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スカイ・レコード  作者: 平田公義
第一章
10/118

~遭遇~ 避難経路

 火の手が上がり、あちこちで空気漏れが起きている。


 ビジネス街では突如として現れた謎の襲撃者によって、タワービルをなぎ倒され、大通りが消し灰になっている。狂乱する人々はこの世の終わりを悟ったように、我先にとシェルターの避難路、防火ドアへ飛び込んでいく。


 その先はコロニーの外壁へと続き、緊急用のスペースボートが用意されている。それに乗って、農耕コロニーや水産コロニーへ逃げ出すのだ。


 が、ここを失えばいくら食料があろうと人が生活できるわけがない。住居もなければ、生活必需の道具もほとんどない。追随するコロニーはあくまで家畜と食用植物が住まう世界。人間が生きるためには、あまりにも狭すぎる。


「まったく、厄介なことになった……」


 ひっそりと隠れてある老朽化したビルで、その人物は窓の外を見上げてつぶやく。


「警告までさせておいて、何をやってるんだか」


 避難する気はさらさらなく、もうもうと沸き立つ煙の合間からちらつくビルの頂点を見た。


 一機の襲撃者が居座っている。まるで見張り役のようにその機体は倒壊したタワービルにしがみつき、周囲に視線を走らせていた。


 まるで猿のような身のこなし。しかし、宙をかけるその姿は魚のよう。金属を練り上げて作ったような疑似生物といったところか。


 他の機体は見張りの一機を基点として、旋回している。攻撃は最小限に着実に逃げ惑う人たちを仕留めていく。


 その人物は襲撃者の様子に腕組みをして、苦い表情を浮かべる。


 次に捉えたのは空中で無数の煌めき。光の筋が次々と旋回する襲撃者を喰らって、耳をつんざくような爆音をとどろかせる。


「アーム・ウェアが出て、どこまでできるかね……。全盛期に比べれば、ずいぶんと退行したというのに」


 見張り役の襲撃者に爆炎を切り抜けた一機の鉄巨人が突進し、地面へと一直線に叩き伏せる。粉塵が巻き起こり、ガラス窓を叩いた。


〔AW〕は〔カムシャリカ〕と呼ばれる機種だ。長身痩躯ながら盛り上がった四肢、流麗でガラス細工のように滑らかな甲冑。青い騎士だ。その手に内蔵しているビームサーベルが襲撃者の胸を一突きし、とどめを刺す。


 こちらもコロニーへの損傷を最小限にしつつ、敵を着実に倒している。実戦慣れしている様子だ。


 窓際で様子を見届けた人物は、かけているモノクルに指をかける。映画の光画(ホログラム)とは比べ物にならない迫力と臨場感。


 しかし、つまらなそうにため息ひとつ。


「戦時中の奴の冷凍睡眠(コールドスリープ)を解いたか? ま、いっか。それよりも……」


 窓から視線を外し、振り返るとデスクに備え付けられているモニタを見つめる。まだ監視カメラは生きているらしく、随時新しい映像に移り変わる。まるで漫画のコマを眺めるように疾走する一台の電気自動車を追う映像。


 そして、モノクルの人物は背後で起きる爆炎を気にすることなく、改めて椅子に腰かける。爆炎に浮かび上がったふくよかな体は女性のものだ。


「こちらも動いてもらおうか……」


 ガラス窓は相変わらずガタガタと喧しい音を立てて、今にも壊れそうで壊れない不思議な状態を保ち続ける。




 繁華街を抜け出して、(サクラ)たちが乗る電気自動車は隣ブロックに続く桟橋へと入った。当たりには避難する一般車両の姿も見られ、停滞することなく走り続けていた。


「この先、三キロ地点。アンバー区の自然公園に一つある。ルートはこれ。かなりの人が入れるようになっている」

「かしこまりました」


 (サクラ)はフロントガラスに表示荒れたホログラフィの地図を確認して、隣の勇子(ユウコ)に返事する。


 桟橋は広く、追い越しは余裕だ。しかし、車間が狭く、間に入り込もうものなら車体をぶつける可能性もある。時速九十キロ。高速道路を走るのに等しい速度で、接触事故を起こすだけでも大惨事を招きかねない。


 後部座席で手すりにしがみつくミュウが四方を見渡してから、前席の二人に言う。


「この先に行けば、助かるのか?」

「わかりません。通信障害も起きてますし、何より人が————」


 勇子(ユウコ)が言っている傍から、桟橋の対岸で大きな爆発が起きる。熱風が巻き起こり、多くの車がそれに煽られる。


 強風と振動が車体を上下させる。


 (サクラ)はハンドルをしっかり握り、一段階ギアを落としながら安定を保った。


「コロニーの中でビーム兵器を使うバカがいるの?」


 勇子(ユウコ)がサンルーフを見上げて、飛び去っていく〔カムシャリカ〕を見送る。そのあとを襲撃してきた機体が後を追い、応戦している。


 ビーム光が頭上を走り抜ける。


 大気がちりちりと焼ける。耳の奥に嘶くような音が籠った。頭上の閃光に三人は首をすぼめて、しかし、意識はしっかりと各々の役割を忘れない。


 ミュウは運転席と助手席の間に身を乗り出して言う。頭の中は恐怖でいっぱいで、気が動転していた。


「このままではこちらも危ういぞ!」

「座っててくださいっ!」


 勇子(ユウコ)はミュウに怒鳴って、車両からアクセスできるネットワークから情報収集を行う。しかし、電波障害によって得られるものは断片的。どれほどの被害が出ているのかも、政府からの誘導指示もまったくわからない。


「十年前に確認された機体か? だとして、このタイミングが仕掛ける意味は何だ?」


 勇子(ユウコ)は十年前の出来事を思い出して、戦闘が巻き起こる宙を一瞥。


「橋の下から!?」


 ミュウが桟橋の下をくぐり、上がってきた襲撃者を見て叫んだ。


「————っ!」


 (サクラ)は一気にトップギアに持っていくとアクセルを踏み込んで、電気自動車を加速させる。


 四輪駆動の車輪が舗装路で軽く空回りするも、すぐに勢いをつける。


「きゃんっ!」


 ミュウの体が後部座席に叩きつけられて悲鳴を上げる。伸し掛かる負荷に身体がシートに埋もれる。


 並走していた襲撃者から離れる。

 

 一呼吸の差で、(サクラ)たちの後ろで閃光が迸り激震が襲い掛かる。敵が撃った。荒れ狂う光の奔流を背に受けて、そう感じた。


 ミュウと勇子(ユウコ)の悲鳴が爆音の中にかき消される。防音処置を施している電気自動車でも、耳の奥を圧迫する威力があった。


 頑強な桟橋は襲撃者の一撃を受けても全体が倒壊することはなく、どうにか持ちこたえてくれる。しかし、バックミラーを一瞥すれば、黒煙に道はかき消されて後戻りができなくなった。すでに道も消し飛んでいることだろう。


 桟橋のワイヤーが撓んで、千切れて、道路に鞭のようにして落下してくる。襲撃者は興味が薄れたように桟橋から離れて行ったのは幸いと言える。


 (サクラ)はハンドルを切って、素早い操作でワイヤーを回避する。


 その前方では混乱して次々とスリップ、壁際に衝突していく車両が目に入った。


「…………」


 言葉が出なかった。


 視界に飛び込んでくるその惨状の酷さに、頭が真っ白になる。同情とか、怒りとか、悲しみとか。何もかもが胸の内で沈殿して、今は走り抜けることしか考えられなかった。


 (サクラ)たちの車はワイヤーを踏みつけて、一瞬浮かぶとそれら残骸を横目に走り抜けていく。


 ひしゃげた車体。そこから飛び出たヒトの一部、ガラス一杯に塗りたくられた血糊。挙句は運悪く、先の攻撃で飛来してきた岩塊に押しつぶされたものまである。


 勇子(ユウコ)とミュウも悲しげな瞳で周りを見ながらも、自分たちが何もできないことを痛感しているのだろう。


 やがて、(サクラ)が運転する電気自動車は桟橋を降りて、指示された避難シェルターへと走る。


 隣のブロックに入って崩れ去った家屋が目につくも、空襲のピークは過ぎているようだった。人影は見えない。時折、対向車線を過ぎる車があって勇子(ユウコ)を不安にさせる。


「こっちは空襲がない、の?」


 後部座席で腰を抜かしていたミュウが捲れあがったワンピースのスカートを直しながら体を起こす。


 勇子(ユウコ)は目の前に出したキィホログラムを操作して情報を確認する。


「わかりません。情報も何も、分断されて……」

「貴殿の指示でこっちに来たのだぞ! 今さら、自信がないでは困るぞ」

「わかっています。少し黙っててくださいよ!」


 ヒステリック気味に勇子(ユウコ)とミュウが叫んだ。空襲が薄れて、彼女たちの緊張もまた薄らいだのだろう。どちらが悪いとかではなく、とにかく胸の内に溜まっているものを吐き出していないと気がおかしくなりそうな鬼気迫る罵りあいだ。


 (サクラ)は不安な視線を二人に向けながらも、黙って指示されたルートを進む。仲裁に入ったほうがいいのだろうか、と悶々としながらも自分にそんな資格はないと結論する。


 逃げ口実のように二人から視線を外し、運河のようなコロニーの窓の対岸で激化する〔AW〕と襲撃者の交戦を一瞥した。まるでお伽噺のような出来事。つい先ほどまで散策をしていたというのに、あたりには煙と爆音、閃光が溢れて現実感を乖離させる。


 と、砂嵐の様なノイズが走っていたカーステレオから声が聞こえた。


『あー、あー。聞こえてるかな、女の子三人組?』


 場違いな、能天気な声に顔を真っ赤にして叫んでいた勇子(ユウコ)とミュウがカーステレオに視線を向ける。


「誰? 名乗りなさい!」


 ミュウが身を乗り出してカーステレオに向かって怒鳴った。マイクが入っていないのも知らず、というよりカーステレオがどんなものかも知らない彼女には乗っている車両がしゃべったのかと思った。


 勇子(ユウコ)は潤んだ瞳を手の甲で拭う。感情的になりすぎた、と反省しながらマイクのスイッチを入れる。


「あなたは誰? どうして通信できる?」

『疑問に答えるのはいいけど、後ろが危ないんじゃないの?』


 その言葉にミュウがいち早く反応して、リアガラスを見た。


「敵が来てる!?」

『ご名答』


 茶化すようなカーステレオの声とは裏腹に、背後から低空で迫ってくる襲撃者が得物の先を(サクラ)たちに向ける。音もなく、緩慢な動きはどこか作業的な色をしている。


 三人がその動きに気付いて、戦慄する。


「右に避けろっ!」


 ミュウが叫び、(サクラ)がハンドルをすぐさま切った。


 刹那のうちに、襲撃者の得物から光が暴走しあたりを白く塗りつぶす。間一髪のところで吐き出された力ある光を避けた(サクラ)たちの電気自動車。しかし、車道を飛び出て森林帯に飛び込んでしまい車体が暴れまわる。


 オフロード用にできている車種ではない。しかし、バッテリーは十分にあり走破は可能。問われるのは運転手である(サクラ)の腕だ。


 枝葉が車体を引っ搔き、四輪駆動のタイヤがサスペンションでは殺しきれない勢いに負けて上下左右へと浮かぶ。あたりに飛散した光が森林を燃やし、火の手が広がる。


 勇子(ユウコ)とミュウは必死に手すりにしがみつき、歯を食いしばる。


 (サクラ)は必死にハンドルとペダルを踏み分けて、暴れ馬のように狂う車体を持ち直していく。


『やるわね、運転手さん』


 カーステレオからまたも場違いな声。


 (サクラ)はメガネの位置がズレて視界がぼやける。


 彼女の懸命な働きで、電気自動車がバランスを取り戻す。公道へと飛び出す。森林帯を抜け、さらには煙が上がっていくのが幸いしたか襲撃してきた機体の追撃はなかった。


 なだらかな坂を上がり、ようやく三人は人心地がつけた。


「追手はない……?」

「ええ……、そうみたい。褒めて遣わすぞ、(サクラ)

「あ、ありがとうございます」


 (サクラ)はメガネのブリッジを押し上げて位置を正す。


 後部座席ではミュウが周囲を警戒し、次に備えていた。


 彼女の指示がなければ、おそらく三人は光にのまれて蒸発していたことだろう。ミュウが右手の森林帯を指示したのは、こうして敵から逃れるためだったのかもしれない。それ以上に攻撃のタイミングがわかっていたように言い出していた。


 そう思う(サクラ)の横で勇子(ユウコ)が声を発した。


「何、添付ファイル?」

『この場所に向かいなさい。助かりたかったらね』


 勇子(ユウコ)はフロントガラスに映る新しい地図の情報に目を凝らして吟味する。


 そこは目指している避難シェルターから、さらに離れた場所だった。場所は住宅街のど真ん中。公園にある体育館を指定している。その先には何もない。シェルターへ引き返すしかないルートだ。

 

「どういうつもり?」

『どうもこうも。このあたりのシェルターは一杯で、ついでにスペースボートもない』

「出鱈目を」

『すでに政府高官たちは逃げ出している。今討伐に当たっている部隊だって、どこまで持ちこたえられるかわからない。そこで、君たちに素晴らしいプレゼントを上げようと思ってね』


 カーステレオから流れる声は次第にノイズが大きくなり、通信が困難になっていることを示していた。


 勇子(ユウコ)がキィホログラムを操作して、受信感度を調整するが回復の見込みは薄い。爆発が遠くで起きて、ミュウが歯噛みしていた。


 もし、声の主が言うように避難する手段がすでに手詰まりならば従うべきなのかもしれない。


 (サクラ)はそう思いながらも、表示している目的地が近くなるのを視認する。


「みなさま、目的地が近づいてまいりました。いかがいたしましょう……」


 あくまで判断を二人に任せて、決断を待つ。


 もっとも前方に見えるシェルターのハッチの周りは空爆された跡がそこここに見受けられる。すでに人でいっぱいなのか、はたまた定員に余裕があるのか。それても、機能を失っているか。


 確かめるには向かうしかないのだが、見上げれば白い雲の上で戦闘が繰り広げられている。


「…………指定された場所に向かおう」

「姫様、それは——っ」

「信じるに足るかはわらわにもわからん」


 ミュウはサンルーフから視線を外して、(サクラ)勇子(ユウコ)を交互に視線を配る。


「だが、得られた情報を信じるべきではないのか。今のような状況では……」


 ミュウは静かに告げて、勇子(ユウコ)の疑念を解こうとする。


 仮にシェルターへ行って、その先でやり過ごせるかもミュウにはわからないのだ。ここは異界の地と言っていい場所で、何もかもが目新しいもので埋め尽くされている。


「得られた情報を最大限に利用すべきだ」


 ミュウの決断である。


「しかし、それはあまりにも無謀すぎます」


 勇子(ユウコ)は逆だ。先ほどまでどことも繋がらなかった通信がいきなり通じて、安心ている面もある。だが、信じるにしても周囲の状況はあまりにも凄惨だ。すぐそこで助かる可能性が転がっているのなら、それを試すのが道理。


 閉口する勇子(ユウコ)の不安そうな顔を横目に見ながら、(サクラ)は速度を維持して電気自動車に丘陵地帯を下らせる。


 このままでいいのか。


 (サクラ)は締め付けられるような不安に固唾をのんで躊躇いがちに言う。


「…………姫様のご意見に従いましょう」


 その一言に、勇子(ユウコ)とミュウが反応する。今まで自分から意見を口にしなかった彼女がこの土壇場で発言している。


 カーステレオの向こうで感嘆らしい声が聞こえた。


「このままシェルターへ向かっても、空いている確証はございません。でしたら、この方のお言葉に耳を傾けてはいかがかと……」

『嬉しいことを言ってくれる。少しは成長したようだね』


 (サクラ)はその言葉に間抜けな声を漏らす。まるで自分を知っているかのような口ぶり、そしてどこかで聞いたことのあるような声音だった。

  

 確かめようと口を開くもノイズがさらに激しくなり、一方的にカーステレオから声が響く。


『限界か……。こちらも準備がある。君らが到着次第、すぐにでも発進させる』

「な、何を——」


 狼狽する勇子(ユウコ)


 ミュウもどういう意味なのかわからず首をかしげる。


 (サクラ)もまた疑問が膨らむ中で半開きになっている口を閉じる。


『とっておきのプレゼント』


 そこでカーステレオはぶつんっと無慈悲な音を立てて通信が切れた。


 (サクラ)たちは唖然としながらも、もう後には引けない気がした。すでに電気自動車はシェルターへ向かうルートを外れている。いまさらUターンして戻るにしても、上空から時折降ってくる流れ弾が圧倒する。


「行きましょう」


 (サクラ)が真剣な眼差しで新しく更新された目的を覚える。


「仕方ない。姫様はお座りください」

「わかった。わらわは周囲を警戒する。頼むぞ、二人とも」


 ミュウが檄を飛ばすと(サクラ)勇子(ユウコ)は小さく頷いてそれぞれの役割に戻る。


 彼女たちを乗せた電気自動車が速度を上げて、瓦礫と化した住宅街へと突っ込んだ。

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