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スカイ・レコード  作者: 平田公義
第一章
11/118

~遭遇~ 推参、甦る巨人

〔カムシャリカ〕に乗る若き兵士は首を回し、凝り固まった筋肉をほぐすとモニタへ目を走らせる。左右正面、足元に広がる『ノア』の景色は彼にとって懐かしいようで、むさ苦しさを感じさせる。


「これが『ノア』というか? まったく、やってくれるっ!」


 彼、シャントッド・コーディルは小手のように纏った操縦桿と膝関節まで伸びるフットペダルを操作して、機体を次の目標に向かわせる。膝を曲げれば、機体は大きく傾いて旋回する軌道を取って降下を開始。小手先にあるリング状のコンソールを操り、〔カムシャリカ〕の腕部に内蔵されているビーム・チェーン・ガンを展開する。


「何百年と眠らせておいて、この体たらくか」


 劣化した機体の着心地はあまりにも酷い。ノリでパリパリに固まったシャツを着ているかのようなぎこちなさが、操縦桿とペダルから感じ取ることができた。


 シャントッドはアンバー区と呼ばれる居住ブロックに低空で迫ると、背を向けている敵性機に照準を合わせる。


〔カムシャリカ〕がビーム・チェーン・ガンを発砲。ソフトボールほどの大きさをした電荷重粒子が敵の背後へ殺到する。


 敵性機を打ち抜くことはかなわずとも、その場にくぎ付けにすることができた。


 一瞬の隙をついて肉薄。手のひらからビーム・ソードを発振、切り裂く。そのまま横間をすり抜けた。


「隙はつけばこんなものだが、あの機体は一体なんだ?」


 シャントッドは背後で真っ二つになった敵性機が爆発し、血潮のように真っ赤な火花をまき散らすを一瞥していった。


 彼を含めて敵対しているものが〔AW〕とは思っていない。詳しい説明はなく、未確認機による奇襲としか聞いていない。それだけで十分であったが、ブランクの空いた戦場は気怠いものだ。


「ライブラリにもない。この機体、大丈夫だろうな?」


〔カムシャリカ〕の性能に疑義を抱きながら、指先のコンソールを操ってウィンドーを閉じる。


 気持ちの面でのゆとりを取り戻しながらも、シャントッドは警報によって左舷から発砲してくる敵性機三機を視界に取らせる。


「考えるのは後回しにしろ」


 自分を叱責して、機首を持ち上げつつビーム・チェーン・ガンで応戦。


 雲間に隠れながらも、敵のビーム光が突き破り切迫する。


 横間を過ぎるビームが巻き起こす乱気流に〔カムシャリカ〕が圧倒されて、後方に一回転。


 大気の中では十分な威力を発揮していないと見えるが、その初速は人間の反応速度で対応しきれない。


「くっ。勘がまだ戻らない」


 シャントッドは悔しさとともに、〔カムシャリカ〕のもう一方の腕部に内蔵されているビーム・シールドのジェネレーターを露出させ、シールドを展開する。


 次に飛んできたビームが接触。ビーム・シールドは敵性機のビーム兵器にも有効で、反発して強い風圧を生み出した。


 あたりの雲が払いのけられて、〔カムシャリカ〕が露出する。


「やはり目立つ。他の連中は?」


 シャントッドは孤立していると認識して、機体をもう一度低空へ進める。


 戦場ではあまりにもビーム・シールドの光は目立ち、標的にされやすかった。しかし、羽虫がライトに引き寄せられるように敵性機もまたシャントッドの機体に引き寄せられていく。


 陽動しつつ、内壁に背を向けながら〔カムシャリカ〕がビーム・チェーン・ガンを発砲する。速射性に富んだビームが五機の編隊を組む敵性機を散開させる。


 もっと火力のある武器、リア・ラックに装備しているビーム・ライフルがつかえればもっと着実に敵を撃墜できるだろう。しかし、彼が背にしている内壁、敵が背にしている空を思えば勧められる装備ではない。そのことは眠りにつく以前の戦場でよく身に染みていた。


 シャントッドは機体を持ち上げて、一度着地させる。それから、〔カムシャリカ〕はバックステップで飛びのいた。同時に背部と脚部のスラスターで高度を上げつつ、敵を牽制する。


「こんなところに、まだ人がいるのか?」


 前へと流れていく景色に一台の電気自動車が走行しているのが見えた。


 敵を引き連れてしまったことで、その車両に危険が及ぶかもしれない。味方の何機かが敵性機の背後や頭上に展開しだしているのがさらにたちが悪い。


「クソッ。間の悪い奴もいたもんだよ」


 シャントッドはいまさら情に流されてはいけないと目の前の戦闘に集中する。




 頭上を過ぎる巨人の群れに、(サクラ)たちは不安な面持ちで指定された場所へ急いだ。戦闘が彼女たちのいるブロックに流れ込んで、激しい閃光と轟音がすぐ近くにまで聞こえてきた。


 車体が通過で巻き起こった烈風に煽られて後部を振ったが、(サクラ)は必死にハンドルを握り締め、アクセルとブレーキを踏み分けて態勢を立て直した。


「もうすぐ、指定された場所につく」

「数が増えておるぞ」


 後部座席で手すりにしがみつくミュウであったが、上空を飛び交う影が増えているのをよく見ていた。


 (サクラ)も瓦礫が散乱する道路で運転をしつつも、正面で飛び交う閃光には気づいていた。目立った光を放つのはおそらく〔AW〕だろう。しかし、彼らはまるで渡り鳥の群れを取り囲むように敵性機を追い詰めていた。


 ガンッと電気自動車が瓦礫を踏み越えて、車体が浮かんだ。衝撃が走り、三人はしかめっ面になる。


「状況は芳しくない。このままでは……」


 助手席に座る勇子(ユウコ)は渋い顔をして呻く。


 いくらうまく敵を包囲し攻撃を仕掛けても、目立った撃墜も損壊もさせていない。それだけ敵性機が頑丈ともいえたが、むしろ〔AW〕隊の火力不足に原因があった。彼らは『ノア』を傷つけないために、火力を制限している。


 それでも、彼らの腕が低いとは思わない。徐々に徐々に追い詰めている。


『ノア』が崩壊するのが先か、彼らの攻めが圧倒するのが先か。それとも、敵性機が巻き返すか。


「指定された場所と言うのはまだか!」


 ミュウが恐怖と不安にたまりかねて叫び声を上げる。


「見えてきました。左手のアレです」

「瓦礫の山じゃないか!」


 ミュウは泣きたい気分だった。


 勇子(ユウコ)が指差したのはドーム状の建物が倒壊した後らしい場所だった。


 ドームの天蓋がすっぽりと会場を押しつぶす形で崩れており、天蓋のところどころから鉄骨が貫通している。


「信じるしかないとはいえ、あの声の主は本気なのだろうか?」


 ミュウは眉根を寄せて忌々しげにつぶやく。


 その時、(サクラ)たちの乗る電気自動車の真横で爆発が起きる。一瞬にして視界が奪われると同時に車体が横転する。見えない力で払いのけられたように車体が二転三転して、彼女たちは作動したエアバックに身を任せるしかなかった。


 電気自動車が目的地の方へ転がって、やがて地面を押すって逆さまになって停止する。当たりには誰もいない。だが、頭上を行きかう戦闘が激化し、遠くへ流れ弾が落下しては爆音を奏でている。


「う、うぅ……」


 (サクラ)はエアバックにうずまっている顔を上げて頭を振った。目が回って視界が定まらない。シートベルトが肩に食い込む痛みで、上下逆さまの状態であると認識する。


「みんな、大丈夫? 姫様? (サクラ)


 助手席でも意識を取り戻した勇子(ユウコ)が額に手をやりながら問いかける。


「まったく何て有様」


 後部座席では左右正面からエアバックに包まれたミュウが辟易した様子でつぶやいた。全身に鞭打ちを喰らったような痛みが駆け巡っては、体を強張らせる。


「フレームが歪んでいるのか。このっ」


 勇子(ユウコ)が体勢を立て直して、助手席の窓ガラスを蹴りつける。先の横転でひび割れたガラスは彼女の数回の蹴りで破られる。それから、丁寧に残っているガラス片を蹴って外へ放り出す。


 グググ……と自重で車体が不協和音を奏でる。


 勇子(ユウコ)は背筋が凍って、ひとしきり窓枠を整理するとしぼんでいくエアバックと座席の合間を縫って、外に這い出る。


 (サクラ)とミュウは勇子(ユウコ)が出るのに続いた。


「破片にお気をつけて」


 勇子(ユウコ)が助手席の手前でまずミュウを引き出し、次に(サクラ)の脱出を手伝う。


 焦げたにおいが鼻につく。あたりを見回しても瓦礫とちらほらと火の手が上がっている程度しか目に見えない。民間人がいるような気配はない。


 (サクラ)はメガネと帽子の位置を整えて、指示されたドームを見上げる。


「ここで間違いないのだな?」

「ええ、間違いなく。ただ連絡手段が……」


 服の汚れを払いながら問うミュウに勇子(ユウコ)は物憂げな声音で答える。


 と、タイミングを計ったように電気自動車の支柱がひしゃげてつぶれた。プレス機に賭けられた空き缶のごとく、圧縮された。


 三人はびっくりして、身を寄せ合って無残に潰れたそれを見下ろした。


「使い物にならなくなった以上、ここへ誘導した人物とのコンタクトが難しい、です」


 代表するように勇子(ユウコ)が目を見開いて言う。


 三人の心臓が今にも飛び出してしまいそうなほど高鳴って、互いに緊張しているのがわかった。


 不安な気持ちにかられながらも、(サクラ)がぽつりとつぶやく。


「あの、とにかく行ってみましょう?」


 そういわれて、勇子(ユウコ)とミュウは不安な面持ちで頷く。


「悩んでいても仕方ない」

「そうだな。行けばわかるとも言っておったからな」


 勇子(ユウコ)とミュウは自分に言い聞かせる。


 頭上で飛び交う〔AW〕の動きが活発になって、三人の気持ちはますます縮こまってしまいそうだった。


 それでも無理を言い聞かせて三人は走り出した。


 爆音が焦燥感を駆り立て、巻き起こる爆風は彼女たちの背中を押しやる。ここは戦場だ。何千年も前にあったという現実と非現実の狭間の世界。


 彼女たちにはビームの咆哮も、〔AW〕の地を割る音も聞きなれないもののだ。


 そして、地鳴りのような音までも三人の耳に入り込んでくる。


「何?」


 走りながら勇子(ユウコ)が声を上げる。


 すると、ドームの天蓋が粉塵を巻き上げて崩れ出す。流れ弾が来たわけでもなく、突如として崩壊を始めたのだ。


 (サクラ)たちは立ち止まって、もうもうと上がる粉塵を凝視する。


「崩れ出したのか?」

「いいえ。地面が————!」


 (サクラ)は煙の向こうで地面が円形状に開いていくのが見えた。広がっていく穴にドームの瓦礫が落ちているのだ。


 (サクラ)たちは怯えながらも、背中で起きる爆発に急き立てられて走り出す。悩んでいる暇はない。動かなければ、頭上からビームが降り注いでこの身を蒸発させてしまう。


 息せき切って走る三人はやがて拡張が止まった穴の縁にまでたどり着いた。ドームの瓦礫は見事になくなり、そしてその穴の深さに足がすくんだ。


「ど、どうすればいい?」


 ミュウが無意識に(サクラ)の手を取って問うた。


 目の前に広がる空洞が指示された結果だというのならこの先何をするべきかなど見当もつかない。竪穴からは脈動のような音が上ってくる。


 勇子(ユウコ)も一歩後退ってどうするかと冷や汗を流しながら思考する。


「…………」


 そして、(サクラ)は縁から底を覗き込んで緊迫感にさらに鼓動が早なる。


 奥底で鳴動する何か。瓦礫が落っこちたのとは違うはっきりとした震動が足の裏から脳髄に伝わってくる。


 ついに、戦闘をしていた敵性機と〔AW〕部隊にも地上に現れた巨大な穴に気付かれる。


 接近する音が聞こえた。無数の圧迫する轟音が頭上でひしめき合う。


 (サクラ)の思考はその時閃いて、勇子(ユウコ)の手を握った。一か八か。頭に浮かんだ直感を信じる。


 強く、生きていたいと願う。


「な————っ」

「飛びます!」

「嘘だろう!?」


 ミュウの悲鳴が上がった時には、(サクラ)は二人の手を引いて穴へと飛び込んだ。


 勇子(ユウコ)とミュウも引き込まれる。浮遊感が体を包んで、もはや何が起きているのか考えが追い付かない。


 そして、三人の頭上でビームの光がいくつも瞬いた。


 その一瞬、(サクラ)は目にする。


 奥底から競り上がってくる巨人の存在を。その巨大な手のひらを。




 ビームが殺到し、大穴は一気に爆炎に包まれた。


 攻撃を加えた敵性機もそのあっけなさに見当違いかと〔AW〕部隊に気を向けなおす。


 だが、煙の中で蹲る塊があった。


 迫から上がってきた歌舞伎役者のように膝をついて、頭部を全身を隠すマントで覆いながら、やがてゆっくりと立ち上がる。


 三〇メートル近くはあろう巨体。


 マントが大きく振り払われて、纏わりつく煙を排して白日の下に姿をさらす。ビームの残光が舞い散り、花弁のように舞った。


 白銀の兜、天と左右に伸びた四つの角、側頭部についた一対の回折式カメラ、四つの鋭いセンサーアイ、マントの下に隠くれた細身で強靭な鋼の肉体。


 宙を舞う機械たちがその美しく、荘厳な機体に注目する。


「まさか、まだ存在していたか……」


 シャントッドが忌々しげに地上に君臨した巨人を見てつぶやく。


 完全に破棄したはずの機体。あってはらならない禁忌の産物がそこにあった。


 巨人はその手に三人の少女を乗せていた。


「…………」


 三人の少女、(サクラ)勇子(ユウコ)、ミュウは自分たちを光から守った巨人の顔を見上げる。言葉が出ない。怖いとか、すごいとか、感想を持つ余裕などなかった。


 ただ放心してこれが声の主が言っていた『プレゼント』だと受け入れるので精一杯だった。


 そして、巨人の外部スピーカーから例の女性の声が響いた。


                     『ようこそ、新しいパイロットたち』

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