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スカイ・レコード  作者: 平田公義
第十二章
89/118

~大樹~ 湯煙と不穏

 メララの里の奥深く、巨大樹の幹にほど近い場所に〔アル・スカイ〕と補給物資を満載にしたコンテナが展開されていた。コンテナは簡易ハンガーとなって〔アル・スカイ〕の診察台となり、修繕作業に追われている。


 木陰の中にありながら、スタジアムのような眩い照明が機体の陰影を色濃く浮き彫りにさせていた。壁に背を預けるような形でマントを脱いでいる〔アル・スカイ〕は囲むようにして展開するロボット・アームによって装甲を解除されていく。


 そして、プログラムされた修繕工程が開始されると溶接機の火花や甲高い研磨の音、分解していく電動ドライバーのけたたましい音が響き渡る。コンテナのロボット・アームたちにまぎれて、作業機械たちも〔アル・スカイ〕を這い回って修理に当たる。


 そして、機械以外にも修理をする少女がいた。


「摩耗してますね……」


〔アル・スカイ〕の下、ジャッキで挙げられている脚部の大腿部を見上げて(サクラ)は細かい配線と人口筋肉、サスペンションの合間を縫って裂傷していたケーブルの修繕をしていた。


 照明の陰にいてもじりじりと焼くような灯りは作業場の熱量を上げており、(サクラ)はパイロットスーツの上半身を脱いで汗を流しながらの作業であった。


「ちゃんとメンテナンスしてなくて、ごめんなさい」


 (サクラ)は小さくつぶやいて額の汗をぬぐうと、腰に巻きつけている作業ベルトからパッチを取り出して裂傷部分を保護していく。


 作業機械を信用していないわけではない。しかし、すべてが機械任せでいたらマニュアル的な修繕しかできない。時には技術者の補填によって完全な修復ではなく、機体の改善ができるのである。


 周りでは作業機械たちが蜘蛛のように〔アル・スカイ〕のでっぱりを利用して動き回る。ハンガーとのデータリンクを行いながら、素早く迅速に作業を進めている。


 そこにミュウが来て、整備状況を眺めながら脚部の下に潜り込む。けたたましい音に表情を渋らせ、飛び散る火花にぎょっとする。上半身がビキニだけならばなおのこと、肌にちりちりと来る熱気に敏感であった。


(サクラ)、いいか?」


 ミュウはすぐに(サクラ)を見つけて声をかける。だが、周囲の作業音がひどく、彼女は気づいていないようだった。


 ミュウはそこで小悪魔的に微笑んで少し身を屈めるようにして進んでいく。それから、作業に集中している(サクラ)の脇をつついた。


「ひゃっ。あ、ミュウ様。どうか、なさいましたか?」


 (サクラ)は脇を固く締めながら、前かがみで見上げてくるミュウを見た。


 その反応がミュウには面白くて、ニタニタと笑みを浮かべる。


「どうかなさいましたか、ではない。温泉の準備ができたから、呼びに来たぞ」

「そうですか。でも、この子の修繕もありますし」


 (サクラ)は修理の終わった個所とミュウを見比べながら言う。


 温泉に入るのも悪くないだろうが、〔アル・スカイ〕の整備もまた大事なことである。現場を離れたくない気持ち、何より早く復帰させたい気持ちが判断を鈍らせる。


「新規のバリアス・ショットガンも調整しなければ……」

「そういうのは明日に回せ。作業機械たちが大方やって、明日わらわたちが点検すればよいだけのことだろう」

「そうおっしゃられましても――」


 (サクラ)がもじもじと言っているとミュウは手を伸ばした。そして、(サクラ)の細い腕をつかむと強引に引っ張った。


勇子(ユウコ)も待っておる。今日一日、わらわたちは囚われのお姫様を助けるために頑張ったのだぞ? 戦士にも休息は必要である」

「ええ、ああ……」


 (サクラ)はいつもより強引なミュウを制することはできず、なすがままに彼女に連行されていった。それが気遣いであると思いたいが、先に進む彼女は単純に早くお風呂に入りたい衝動に駆られている感じがした。


                  *     *     *


 きっとここは世界で一番高い露天風呂だ、と(サクラ)は思った。


「リッサ・ヘッサも約束を守るよい娘のようだな。本当に温泉を見つけるとはな」


 (サクラ)の背後でミュウが満足げに言った。


 巨大樹の枝先に出来上がった窪みに熱々の湯気を上げる温泉が出来上がっているのだ。窪みといっても半径十メートルはあろう巨大な穴で、深さも相当ある。なみなみと張られたお湯からは仄かに甘いにおいを漂わせていた。


 そして、開けた梢の先には夕暮れの白い山脈が黒い影絵のように浮き上がっている。


 (サクラ)は呆然として、タオルを握りしめる。外の、それも何の隔たりのない場所で裸でいると気恥ずかしさとともに妙な開放感が湧き上がる。


「ほら、寒いんだからちゃっちゃとする」


 同じく裸のミュウは(サクラ)の背中を押しやって、自然の浴槽付近に向かう。


 そこにはすでに髪を洗っている勇子(ユウコ)がいた。泡まみれになりながら近づいてきた二人を迎える。湯桶や椅子代わりの布を巻いた丸太が横たわっている。


「遅かったわね。(サクラ)はメガネしてるの?」

「高い場所ですから。ないと不安で」


 (サクラ)は曇ったメガネを少し上げて見せる。


 しかし、駆け抜ける冷たい風に(サクラ)はぶるりと体を震わせる。


「うぅ……、寒い」


 ミュウは屈みこんで用意されていた桶を手にして温泉のお湯を頭からかぶった。桶と言っても、メララ族が酒や醤油を醸造するのに使う巨大な樽なのだが、少女たちの手に収まればそれは湯桶と変わらない。


 熱々の湯を頭からかぶったミュウは憑き物が落ちたようにすっきりとして、長い髪を後ろへかき上げる。水の玉がはじけた。


「やはり、風呂はよい」

「シャンプーとボディーソープはこれね。無駄遣いしないでよ」


 勇子(ユウコ)は小さいボトルを(サクラ)とミュウに回して、自分も髪を包む泡を流した。しっとりとした黒髪が夕日の光を浴びて艶やかに映える。


(サクラ)、髪を洗え」

「は、はい……?」


 ミュウが傲岸不遜に要求してくるので、(サクラ)は思わずそれに従おうとした。


 そこに勇子(ユウコ)が待ったをかける。


「自分で洗いなさい! 姫様は一人じゃ何もできないの?」

「そういう……、わけではないっ。冗談だ」


 ミュウの変な間に(サクラ)勇子(ユウコ)は彼女が一人で体を洗えないことを見抜いた。


 伊達にお姫様をしていないと二人で嘆息する。


(サクラ)、背中流してあげるから姫様の髪をお願いね」

「はい。そのようにします」

「む。気が変わったか。よい心がけだ」


 ミュウは機嫌を直して、(サクラ)の手に自分の髪をゆだねる。(サクラ)もまた勇子(ユウコ)に背中を任せて並んで身体を流す。


「下の方は大丈夫なのでしょうか?」


 (サクラ)はミュウの少しごわついた甘栗色の髪を洗いながら、足元を見た。お湯を打ち付けた樹皮は湿って、その細胞のような溝に染み渡っていく。


「大丈夫でしょう。枝先だし。というより、下に人がいたらプライバシーの侵害だわ」


 勇子(ユウコ)は心配する(サクラ)を諭した。そうでなければ、安心して風呂に入る気にもならない。


「それにしても綺麗な肌……」

「く、くすぐったいです」


 勇子(ユウコ)の手つきに(サクラ)は身を捩じらせて顔が熱くなるのを感じた。


 それでも、互いに体を預けて風呂に入るのは妙に新鮮で少し気恥ずかしくもあり、それだけ長く一緒にいる。確かな絆がここにあるのだ。


 一通り互いに洗髪と体を洗い終えて、お湯を掛け合うと勇子(ユウコ)が号令をかける。


「はい。今度は逆だからね」

「うむ。(サクラ)の髪を洗えばよいのだな」

「お、お手柔らかに……」


 百八十度からの向きを変えて、体を洗いお湯をかける。


 (サクラ)勇子(ユウコ)の体を洗いながらも、ミュウの髪の毛をむしり取るような洗い方に涙目になりなる。


勇子(ユウコ)様、この配置計算していましたね?」

「当たり前よ」


 勇子(ユウコ)は悠々と言って肩にかかるお湯の暖かさに息をつく。


 (サクラ)は加減なしに頭からお湯をかぶらされて、ため息をつく。


「それじゃ、お先に」


 勇子(ユウコ)はタオルで髪を覆って立ち上がると、ミュウの世話をする(サクラ)をしり目に温泉へ足を向ける。足先をつけると熱湯のごとく熱く、一度足を引いてしまう。しかし、意を決して肩まで使ってみるとその熱さが体の心まで溶かしつくすような心地よさに変わる。


 こわばっていた肩から一気に力が抜け落ち、勇子(ユウコ)は思わず感嘆の声を漏らした。


(サクラ)、早くしろ」


 ミュウはうらやましくて、体を洗う(サクラ)をせかした。


「これで終わりですよ」


 (サクラ)はこの時ばかりはミュウのわがままが直らないものかと切に願った。お湯をかけて泡を流したら、綺麗な心の持ち主にならないかと空想する。


 しかし、ミュウはさっさと体を洗ったタオルを(サクラ)からひったくると素早く絞る。万力のごとく絞り上げられたタオルからお湯が一気に抜け落ちる。そして、ミュウはさらに素早く髪をまとめると温泉へと飛び込んだ。


 湯船のふちから温泉が溢れて、下に滴り落ちる。


 ミュウも体を包み込む温泉の心地よさに顔を赤くしながら、至福のときを味わった。


「うぅ……。久々の風呂は格別だ」

「お婆ちゃんみたいなことをいうのね」


 肩までつかるミュウに勇子(ユウコ)は肩にお湯をかけながら言う。


「それにしても、温泉に入れるとは思いませんでした」


 (サクラ)もようやく温泉につかりながら言う。たたんだタオルを頭に載せると、小さく息をついた。


「ずいぶん遠くまで来たものね。赤道から北上して、今じゃ北の大地だもの」


 勇子(ユウコ)はしみじみといって頭上を見上げた。


 生い茂る梢が揺れる。夜空も見えないその覆いかぶさる閉塞感が、『ノア』の人口の大地を思い出させた。


「本当、遠くに……来てしまったわ」

「それでも、まだ先はあります」


 (サクラ)は少し弾んだ声で言った。


 勇子(ユウコ)とミュウはその反応に違和感を覚える。これからまだ闘いの日々が続くかもしれない恐怖よりも希望を抱いているかのような彼女は珍しかった。


「もっと遠くへ行けます」

「楽しそうに言うじゃないか」


 ミュウはそう言いながら、反対側の縁に移動して山脈に陰る夕日を眺める。縁に腕を載せてぼんやりと眺めていると故郷のことを思い出した。


「少しは海が見たいものだ」

「また見れますよ。〔アル・スカイ〕が連れてってくれます」


 (サクラ)の言葉に、ミュウは一瞬振り返って笑みをこぼした。


 そこに勇子(ユウコ)が割ってはいる。


「あなたはあの機体が好きなのね。戦うために生まれたはずの機械なのに」

「戦いは嫌いです」


 (サクラ)はきっぱりといった。


「だからって放り出したり――」

「しませんよっ」


 勇子(ユウコ)の言葉を遮って(サクラ)は俯き加減に続ける。


「あの子がいたから、わたしは広い世界を知ることができましたから」

「良くも悪くもな」


 ミュウは茶々を入れて、首筋を撫でた。


 対して(サクラ)は顔を上げて、彼女の綺麗な背中を見た。その先にある橙色の空と山脈の光景、湯煙の中にいるミュウは様になっている。


「でも、思うのです。〔アル・スカイ〕には戦う以外にも何かできるのではないか、と」

「たとえば何よ?」


 勇子(ユウコ)は懐疑的に問う。


〔アル・スカイ〕の開発経緯はわからないが、少なくとも軍事目的に建造されたはずだ。でなければ、武装もしないだろう。


 (サクラ)は曇ったメガネのレンズを頭の上に乗せたタオルでふき取りながらいう。


「それは考え中です……。けど、今日のことで少しだけ自信がつきました」

「どんな自信よ?」


 (サクラ)はメガネをかけ直して、勇子(ユウコ)を見る。


「あの子の力だけでなく、勇子(ユウコ)様、ミュウ様と一緒ならどんな困難も乗り越えられそうです」


 勇子(ユウコ)とミュウは気恥ずかしそうな彼女の声を聞いて背中がこそばゆくなる。それから、面と(サクラ)を見ることできず、顔をそむける。


 ちゃぷちゃぷと温泉が音を立てて揺れた。


「そんな気がします」


 (サクラ)が間を埋めるようにつぶやく。


〔アル・スカイ〕を攫われて、自分たちの小さな体で挑まなければならなかった困難は思い返せばとてつもない冒険であった。自分たちの国しか知らないままで、お互いを信頼していなかったら今この場にいなかっただろう。


 そう思えるほどに三人の時間は積み重なって、強い絆になっていた。


 吹き抜ける風が湯煙を払うと、三人は自然と笑みが浮かんだ。


「当然である。わらわがいて、何を恐れることがあろうか」

「姫様はそういうけど、二人とも無茶ばかりするんだから。わたしみたいなのがいないとダメなんだから」

「何を?」

「何よ、事実でしょう?」


 勇子(ユウコ)とミュウは互いの言葉にカチンと来て、にらみ合いが始まる。


 それを間に入ってなだめる(サクラ)は温和な表情を浮かべる。


「導師様! 飲み物を持ってきたよ!」


 すると、そこへリッサ・ヘッサが作業機械に乗って三人の下に現れた。その上には升のような樽が三つ括り付けられていた。


 リッサの鶴の一声で勇子(ユウコ)とミュウはいがみ合うのをやめて、縁に止まる作業機械と小人に視線を向ける。


「リッサか。褒めて遣わす」

「こういうのもいいわね」


 リッサが両手いっぱいに樽を抱えて、勇子(ユウコ)とミュウに渡していく。


「怒られたでしょ?」


 勇子(ユウコ)がさりげなく聞いた。


 それにリッサは目元に手を当てて一瞬と惑ったがすぐに笑顔を浮かべる。


「怒られて当然のことしちゃったから、しかたない」

「少しは反省しろっ」


 ミュウは飲み物を受け取ると、指先で軽くリッサの頭をつついた。


 最後に(サクラ)が受け取りながら、リッサの格好に気付いた。二つのお団子髪に大きな花飾りがつけられている。レタスの葉のスカートも今は青いアサガオのミニスカートになっていた。


「鮮やかなスカート。髪飾りの花も、綺麗ですね。何の花でしょう?」

「これはスズラン。揺するとね、鈴みたいになるの」


 軽く頭を揺するとコロコロとかわいらしい音を奏でた。(サクラ)の知るスズランはそんな風に音を鳴らす品種ではないはずだが、『ファルファーラ』の生態系にあるのなら不思議ではないと思った。


 (サクラ)はその音に聞きぼれながら、ふと思い出す。


「あの、リッサ様。桜という花はご存じありませんか?」


 自分と同じ名前の花。いろんなことがあってすっかり忘れていた。


 リッサは小首をひねって考えるが、気難しそうに眉根にしわを寄せる。


「導師様と同じ名前の花……、う~ん……。たぶん、ここにはないかも」

「そうですか」

「じゃあ、あとで花がたくさんあるところに案内してあげる。もしかしたら、名前が違うだけかもしれないし」

「はい。よろしくお願いします」


 すると、ドッと微振動が走り、湯船が細やかに揺れた。足元からお湯が噴きあがり、三人の足の裏をくすぐった。


「湯船にも小さい間欠泉が通ってるみたいね」


 勇子(ユウコ)はくすぐったそうに身をよじりながら言った。


 そして、ほどなくして大元の巨大な間欠泉が大空に向かって伸びあがり、その飛沫がきらきらと空中に散っていく。


 そして、(サクラ)たちはその自然が織りなす光景を目にした。


「何ですか、あれ?」

「導師様、知らないの?」


 (サクラ)勇子(ユウコ)が驚愕していると、リッサが作業機械の上に立って胸をそらした。


「虹だよ。綺麗でしょう?」


 風に乗って飛散する細やかな雫が夕日を浴びて輝き、七色の大きな円弧を描く。それは後光のように眩しく、そして神秘的に煌めいた。


 ミュウは升になみなみと入っている酸味の利いたドリンクを飲みながら虹を眺める。


 勇子(ユウコ)は知識で知る虹よりも薄らしているのが、気になったがその大きさに目を奪われた。


 そして、(サクラ)は七色に輝く虹に笑顔がこぼれた。


                 *     *     *


「入港してきているのだな?」


『ノア』の防衛大臣ジャック・ニコルスにとって事態の進展は大いに喜ばしいことであった。


 彼は杖を突きながらもオフィスを脱け出して、太陽側の港へと足を運んでいた。無重力の中を真新しい軍服を着た精鋭攻勢(グラナド)軍隊(アルマダ)の士官、将校を引きつれて進む姿はどこか浮き足立って見える。


「はい。民間企業、公社にも退去命令は出しています」


 ジャックの横についている将校が言う。


 今回入港してきたものは、とてもではないが民間人の目に触れられるわけにはいかない。多少強引な手段ではあったが、将校、士官も最善策であると自負していた。


 ジャックもあごを引いて見せて答えると、管制室へと体を流していった。


「ご苦労」

「これはニコルス大将!」


 管制室にジャックが流れ込むと、勤勉な下士官が無重力の中で起立して敬礼をした。


 すでにジャック・ニコルスの存在は末端にまで広まっているようであった。


 その事をジャックは内心嬉しく思いながら、軽く手を上げて答える。


「仕事に戻ってよい」

「はいっ」


 随伴の将校が代わりに下士官に敬礼を解かせて、仕事に戻した。


 ジャックはそのやり取りを耳にしつつ、管制室から見える港ブロックを見下ろした。HUDヘッドアップディスプレイ兼用の強化ガラスを隔ててみる桟橋は実に乱雑で、機械がひしめき合う奇妙な光景である。


「あれが、交渉団か?」

「はい。月からの使者だと」


 すぐに隣ついた将校が説明を付け加えて、桟橋に入り込んでくる艦影に視線を送る。その視線には不安がにじみ出ていた。


 鏡面装甲をしたひし形の艦影は侵略軍のものなのだから。


「侵略軍という割には大人しく入ったではないか」


 ジャックは侵略軍を間近で見るのが初めてで、そんなことを零した。軍艦としての機能やポテンシャルは一見すればわからない。


「監視カメラは作動しているな?」

「は、はい。滞りなく」


 下士官が緊張気味に答えた。彼にしてみれば、ジャックは親玉である。機嫌を損ねたら最後また冷凍睡眠(コールド・スリープ)されてしまう。胃がキリキリと痛む。


「そうか……」


 ジャックはどこか満足げに言って、片方の口の端を引き上げる。


 その独特の引きつった笑みに士官たちも緊張の色を見せる。冷凍睡眠(コールドスリープ)に入る前に上官であったジャックと目の前で杖を突くジャック。彼らは彼の微笑に驚いたのではなく、変わらない野心の雰囲気に圧倒されたのだ。


「そうか……」


 ジャックは喜びに震えた声で同じことを言うと、再び侵略軍母艦に視線を戻す。これほど面白いものはないだろうと思いつつ、強化ガラスに投影される管制表示に目を走らせる。


「彼らも『ファルファーラ』の力は排除したいようだな」


 侵略軍が『ノア』に近づいてきたのは、ひとえに同じ目の上のたん瘤を抱えているからだろう。


『ファルファーラ』に見られる結束の兆候。『ノア』から発した〔アル・シリーズ〕が軍の頭目となって、それを操る『ファルファーラ』の英雄『導師』を語る者によって、星の原住民たちは結束しだしている。


 それが完全なものになった時、彼らは『ノア』も侵略軍をも抑え込む一大勢力になる。完熟する前にそれを叩くには、現状の闘い方では駄目だとわかったのだろう。


 ジャックは侵略軍との共同戦線は願ったりかなったりである。


 しかし、その不穏な接触を精鋭攻勢(グラナド)軍隊(アルマダ)以外にも察知した人物がいた。


「ジャック・ニコルスめ。侵略軍のことをわかっているのか?」


 港から遠く離れたオフィス街で監視カメラの映像をハッキングしていたオリノはこの事態に焦りが滲んだ。


 港ブロックの退去命令を探っていたら、案の定よからぬたくらみが進行しているではないか。


「嫌な連中だ」


 オリノはそう毒づくのが精一杯であった。


 少しずつ勢力を拡大していく(サクラ)たちであるが、『ノア』と侵略軍の武力が合わさったらこれまで以上に厳しいものになる。


 彼女にできるのは、情報収集と『ノア』の情報操作だけである。それ以上の動きをするつもりはない。現状のハッキングにしてもかなり危険な橋を渡っているのだ。


「侵略軍か……」


 監視カメラの映像に移る母艦の輝きが嫌に不気味に見えた。

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