~大樹~ 天へと続く道
桜たちは光の洩れる横穴を潜り抜けて驚嘆する。
まっすぐに伸び上る巨大な空間。ネジの抜き後を彷彿とさせる螺旋跡を残した縦穴であった。内壁には電子回路のような光る線が上下に伸びており、光ファイバーに近いものなのか、その細かい線は光を透過しているようだ。
その上を太い蔓が編み物のように絡まって垂れ下がり、巨大な葉をぽつぽつと張っていた。それが裏で透過される光で光合成をし、また反射板のような働きをしているようであった。
見上げればオーロラのように揺らめく光の筋とその光源が一番星のごとく輝いている。
「意外と近くに、あるものだったな。明るい」
最後にミュウが腰に巻いたパイロットスーツの上着を引っ張りながら横穴から這い出る。立ち上がって、腰に手を添えた。爪先立ちをしてトンと踵を落とす。
「空気も湿っている。それに暑い……」
ミュウは肌で感じる空気の質感を言った。
「この管には、水が流れているのかしら?」
勇子は身体をくるめそうなほど巨大な葉っぱをめくって、少し湿った内壁に触れる。苔のふさふさした感触、光の線に触れるとビニールの膜をほうふつとさせる触り心地であった。さらには指先越しからは微かながら流動しているのがわかった。
桜も内壁に触れつつ、肩に座るリッサに尋ねる。
「これ、ご存じありませんか?」
「樹液の管だよ」
リッサの簡潔な回答に桜は感嘆の声を漏らすばかりである。
「これは上の町にもあるから、辿っていけば絶対つけるよ」
「そうは言うがな……」
ミュウはリッサの能天気な声に辟易しながら、頭上を見上げる。
光源は一番星のごとく輝いて見えるが、同じくらいに遠くにある。それだけでめまいがしてくる。そして、視線を下げて管の内壁にお誂え向きに昇る螺旋状の道にため息をこぼす。
獣すら通っていない太い蔓の道はかなり足の負担がかかりそうだ。
「先は長いんだし、そろそろ行きましょう」
勇子はミュウの横間を過ぎると螺旋の道を進み始める。
無駄口をたたいていても始まらないし、道が続いているだけましと思わなければならない。光源が外の光であるなら、夜になるとこの縦穴全体も暗くなってしまうだろう。そうなる前に上の町にたどり着きたい。
ミュウも不服そうな顔をしつつも、先に進むほかないと歩き始める。
桜も二人の後を追うようにして歩き出した。
でこぼこ道が続く。幾重にも絡まった蔓が足を取らんとしているようで、気を抜くとすぐに躓いてしまう。
「もうっ。寝起き早々、これだもの」
勇子は悪態をつきながら、体勢を立て直して先を行く桜とミュウの背中を追った。
しかし、そうしてあちこちに蔓が張られているおかげもあって、多少の段差は蔓を縄にして上ることもできる。
上に進むにつれて、蒸し暑さが和らいでいるようにも感じられた。
「まったく、なぜこうも面倒な登り道しかないのだ」
ミュウは顎に伝う汗の滴を拭って、急勾配を登っていく。蔓に手をかけ、足をかけて四つん這いになりながら先へと進む。絶壁を登るよりは楽であるが、ぬるっとした蔓の表面は油断できない。一歩間違えばでこぼこの急勾配を転げ落ちてしまう。
想像しただけで身震いがする。
最前を行く桜の肩でリッサが振り返って、ミュウに言う。
「昔は機械とかあったらしいけど、全部なくなっちゃったんだって」
「それは『導師』様が出るお伽噺ですか?」
桜はリッサを横目に見て質問する。
「うん。機械人形っていうずっと大きな……、そう! 導師様が乗っていた機械人形みたいなのがたくさんあって、それを使って木の下の動物や山向こうからくる敵をやっつけてたんだって」
「その機械人形は、今はどこにあるの?」
ミュウと並んだ勇子が声を張り上げて質問する。このような場所には害になるような虫はいないだろうと声も自然と出せた。
「わかんない。だって大昔のことだもん」
「わからない……?」
桜は急勾配を登り切って、息をつきながらその発言に疑問を抱く。
他の部族は機械人形、おそらくは〔マリーネン〕の所在をしっかりと把握していた。そして、〔マリーネン〕の扱いも丁寧であった。ファルフェンの前例を思えばわからないでもないが、それにしてはあやふやな気がした。
リッサの口がすべてを語れるわけでもない。
「知っている人はおらんのか?」
ミュウも急勾配を上りきると、少し遅れだした勇子に手を差し伸べる。
勇子は感謝を述べつつ、ミュウの手をとって引き上げられた。肩で息をして、額に浮かぶ汗を拭う。
「さぁ? みんなそんなこと話さないから。けど、どんな形をしていたかは覚えてるよ。ちょうど、ほら、あんなのっ」
リッサは周囲を見渡して、ふと向かい側の壁の方を指さした。
桜たちもその方向に目を向ける。そして、愕然とした。
樹液の管とこぶのように膨れ、凝固した樹液が電球のようにまばゆい光を発していたから、その形ははっきりと見えた。
内壁から盛り上がって出ている形は巨大な人形の上半身であった。蔓の格子に囚われた罪人のようで、その姿はすでに朽ち果てて大樹の一部になっていた。それも一つだけではない、蔓に埋もれて機体の一部だけが飛び出しているものや、横倒しになってこれから進むだろう道になっているものもあった。
光のベールの中でその光景は幻想的に映え、古代遺跡の神秘に満ち溢れていた。言い表せない衝動が胸を貫いた。
それと同時に不安が沸き立ち、自分たちの頭上を見上げるが、次の足場が天井となっている。今更ながら先の見通しが悪いと思い知らされる。
「なんで今まで気づかなかったのよ……っ」
「前を見るので精いっぱいであったからな」
勇子が落胆する横でミュウは呆れた。
「危険ね……」
勇子はポツリとつぶやいて、キャミソールの肩紐の位置を直す。
メララは侵略軍と戦う力を持ち合わせていないようである。今までここが攻め込まれなかった理由が知れない。そして、リッサの能天気さを思うと侵略軍討伐の参戦はできそうにない。
桜は壁に埋まる巨人を見つめ、驚きつつも、耳たぶを引っ張るリッサに気づいて顔をそちらに戻した。
「もっといろんな話があるよ? 聞きたい?」
「そうですね。リッサ様の町のこと、聞きたいです」
桜は優しく言って歩き出す。
「お二人とも、先ほど休んだのですから、先に進みましょう。おっと」
蔓に足を引っ掛けながらも、勇子とミュウを誘って先へと進んでいく。
勇子とミュウは不承不承ながらその指示に従った。彼女が先に進むきっかけを作ってくれなければ、ここにしばらくへたり込んでいただろう。状況が一変するわけではないのだ。動けるうちに動くほうが殊勝というものだ。
と、二人が立ち上がったところで足元がゆれた気がした。互いの上半身がかすかに揺れる。
「今揺れなかった?」
「そう感じたが?」
二人が視線を桜のほうに向けると、彼女もよろけていた。
リッサはそのとき、桜の目元にクマがあるように見えた。
「導師様、ちゃんと寝た?」
「はい。もちろん」
桜は平静を装いながら答える。
仮眠を取れたのはせいぜい一〇分くらいであったが、眠れただけましな方だ。経験的にも一日寝ないで仕事をするくらいどうってことないと桜は腹を据えていた。
リッサは不安そうに顎を引きながら渋々納得する。
「リッサ様の町はどんなところなのでしょう?」
桜に同じ質問されて、リッサも気持ちを弾ませて答える。
「うん。枝の上に家を建てて、みんなで花を育てたり、木の実を育てて生活してるよ」
「木の上で? 花を育てるのですか?」
「木を削って、木くずの畑を作るの。それで種をまいて育てるの。それでね。服のワッペンとか、スカートとか、帽子にシャツにするの。これもね、今年とれた綿帽子でつくったんだよ」
リッサは手を前に突き出して、手首についているシュシュのことを言った。
桜は前を歩きながら、メララという種族がとても平和な人たちなのだと感じた。まるで絵本に出てくる妖精そのもののようで会うのが楽しみになる。
「木の実でつくるパイとか、クッキーもおいしいんだよ。何種類も花の蜜を混ぜてね、甘くてサクサクなの。あ! あたしの家ね、お酒造ってて、それともあうの」
「申し訳ありません。お酒はまだ飲める歳ではありませんので……」
「そんなの関係ないよ。ね? 導師様が来たら、ごちそうするから」
リッサは自分の話になると止まらなず、桜も思わず困惑してしまう。
いよいよ桜たちは樹木の中に埋もれた〔マリーネン〕の場所に差し掛かる。
遠巻きからは確認できなかったが、機体の外装に絡まった太い蔓が外側を行くトンネルを作り上げていた。苔に埋もれた装甲に手を添えつつ、蔓の足場を慎重に進んでいく。
吹き上がってくる生暖かい風が恐怖心を煽り、落ちてしまえとばかりに蔓と蔓の合間が大きな口のように開いている。
「かなり下まで続いておるように見えるが?」
「あまり、見ない方が賢明よ」
ミュウと勇子は蔓のトンネルの中で声を掛け合って、恐怖心を紛らわせた。
足元の隙間から見える、樹液の光の線は一点に集中して消滅している。それだけ低い位置まで光が伝達されているのだと思う。そして、足元の隙間から時折吹き上がる生暖かい風に思わず顎を引いてしまう。
勇子はキャミソールのすそから入り込む風の感触にぞっとしながら、壁となる〔マリーネン〕の装甲の観察を忘れなかった。苔をこそぎ取って埋もれた部分を探る。しかし、錆とは違い、腐食した部分からは金属の硬さや光沢は見当たらなかった。
「素材そのものが木材なのかしら。それにしても――」
「どうした?」
遅れている勇子に気づいた、ミュウは足を止めて振り返る。
桜もそのことに気づいていったんは足を止めるも、ミュウがすかさずまた振り向いて言う。
「こっちで対処する。先を見てくれ」
「わかりました。お気を付けさい」
「わかっている」
ミュウの言葉を信じて、桜は先に進む。
「お付きの方たち、なんだかよそよそしい。二人でよく話してさ」
「ええ……」
そういえば、と桜はミュウの後姿を一瞥して再び歩き出す。
「仲がよろしいのですよ」
その声は少し震えていたが、桜はリッサに悟られぬように弾むように進んだ。少しだけ寂しい気持ちがあっても、それは疲れているせいだと思いたい。
一方、勇子のそばに来たミュウは彼女の隣に寄り添った。勇子の視線は朽ちた〔マリーネン〕にそそがれ、その上を走る樹液の管と飛び出した結晶を指先で触れていた。
「何をしている?」
「少しは実地調査をするべきでしょう?」
「こんな時に……」
ミュウは肩を竦めつつ、勇子の隣について片手を装甲についた。
「桜はもう先に行っているのだぞ」
「気にならないの?」
勇子が食い入るように反論して、樹液の結晶を一つ手に取った。不定形の小石ほどの大きさで、管から離れると光を失った。しかし、飛び出していた管はかさぶたをはがされたようなもので、依然と変わりない輝きを流している。
光を失った樹液の塊を観察しながら、勇子はちらっとミュウの様子を見た。
ミュウは顎を上げて、肩に張り付く髪を後ろに払う。
「何が?」
「機械がこうして木の一部になっている異様さによ」
「ファルフェンの前例は前にも言ったと思うが?」
「それとこれとは話が違うわ」
勇子は結晶を握りしめると、ミュウに向きなおる。一瞬足元がよろついたが、壁を背に着けてバランスを保つ。
ミュウはその一瞬の危うさに肝が冷えて、無事であることに胸に手を当てる。心臓が飛び出しそうなほど高鳴っていた。
「ファルフェンの『船』は起動したわ。けど、こっちは完全に腐食していて使い物にならない」
「だから?」
ミュウは面倒くさくなって、勇子に背を向ける。わざわざ心配して来てみれば、学者っぽいことを言う。
ミュウが歩き出すと、勇子も不満顔をになりながら続いた。
「おかしいじゃない? そもそも、ファルフェンの洞窟は文明的な特色はあったわ」
「ここは植物だらけで、金属もなければ、石も見当たらないものな」
ミュウは彼女との問答に応えつつ、蔓のトンネルを抜ける。そこで、桜とリッサが待っていた。
「どうかなさいましたか?」
「いいや。勇子の学術的好奇心よ」
桜はなるほど、と小さく頷いて納得した。ミュウも面倒くさい顔をするわけだ。
遅れてきた勇子は蔓のはびこる道に立つと雄弁と語る。
「だから、この木は有機プラットホームとしての役割もあったんじゃないのって思わない?」
桜は勇子の仮説に渋い表情を浮かべる。
「ここが機械の腹の中だと言いたいのか?」
ミュウは興味なさげに言う。
「そういうテクノロジーは考えられるでしょう。ねぇ?」
同意を求められた桜は頷いて、不機嫌そうなミュウの横に回る。
「有機的な技術は考えられますよ。〔アル・スカイ〕をさらったのって、そういうものではないでしょうか?」
「樹液の管がそのまま信号の伝達経路っていえば辻褄は合うしね」
勇子は満ち足りたような顔をして、一人頷いていた。
その論旨はミュウも納得しないでもなかった。しかし、ただの辻褄合わせな気がしないでもないのも観想である。
「ゆーきてき、な、てくのろじー?」
リッサに至っては何のことだかさっぱりと頭を抱えて小首をかしげている。
勇子は手にしている結晶を再度確認すると、それをブーツのポケットの中にしまった。
「こういうことってロマンがあるじゃない」
勇子の言葉に桜とミュウは複雑な表情を浮かべる。そして、歩みだそうとした瞬間、突然足場が激しく揺れる。
巨大な縦穴が重低音を響かせて鳴動する。
桜たちは姿勢を低くして、足元の蔓にしがみつくようにした。
「何事だ?」
「わかりませんっ」
ミュウの疑問にとりあえずと桜は答えた。
勇子は蔓の上を這いながら、二人の下に来る。その間にも壁から水蒸気の筋が噴出して、肌を焼くような熱さに肝を冷やした。
「あなた、何か知らないの?」
勇子は桜の体の下に潜り込んだリッサに怒鳴った。
リッサも動揺しているようで、身を震わせながら勇子の方を見る。
「わからないよ! 怖いよ!」
「――ッ」
勇子が呻いたとき、中央の空洞から何かが噴きあがってくる音が響いた。
そして息つくまもなく、あたりの景色が真っ暗になった。
身体を揺さぶる爆音と熱風が渦を巻く。熱い飛沫が桜たちの体を打ったが、その量は微々たるものである。
もし頭からかぶっていたなら、素肌をさらしている部分は火傷を負っていただろう
その怒涛は十秒ほどであった。
その勢いが過ぎ去ると、全体は余震に震え、樹液の光がちらほらとよみがえってくる。
桜たちは顔を上げると、しばらく余震が収まるのを待った。
「また、すごいものが通り過ぎたぞ」
ミュウは濡れた髪に触れながら、ゆっくりと上体を起こす。
勇子も立ち上がりつつ、通路の端によって上を見上げる。キラキラと水飛沫の光が輝いて、降り注いでくる。
「樹の中で間欠泉が出ているの? どういう原理よ……」
「原理はともかくです――」
桜はメガネをはずして、濡れたレンズをシャツで拭きながら言う。
「これを利用しましょう」
その自信に満ちた声に、ミュウと勇子は戦慄した。そして、同じくらい期待が膨らむ。
「材料はあります。やりましょう」
桜はメガネをかけ直すと、不安げなミュウと勇子に言い放った。その赤い瞳に迷いはなく、濡れた白髪は微かに輝いて見える。




