~大樹~ 雨宿りをしましょう
イノシシ親子についていくと、彼らの生態は実に危険の連続であった。
ウリ坊を付け狙う肉食巨大虫が闇討ちをかけてくる危険な道中。母イノシシが鼻を利かせ、耳を澄まして、迫る虫を返り討ちにしていく。
桜たちはウリ坊たちと共に発光する苔や、サルノコシカケに似たキノコの下に退避して繰り広げられる弱肉強食の闘いを目の当たりにする。
鋭い牙が巨大な虫を貫けば、硬い蹄は硬い外骨格を踏み砕き、野太い雄叫びは迫る空の虫軍勢をはじき返す。
生きる世界が違うとはこのことか。
母イノシシは伊達に巨大なわけではなかったのだ。生き残るために、年月を重ね、生存をかけて磨き上げられた強さは比類しようのない気高さが宿っている。敵が去れば我が子を引き連れて暗がりの森の中を歩む。
子を守る背中はなおさら、桜たちの胸にくるものがあった。
桜たちは虎の威を借る狐状態で、ウリ坊たちの最後尾についていく。
「いずれはこの子たちも、大きくなってお母さんのようになるんですね」
「その前に、どれだけ生き残れるかね。厳しい言い方だけど」
桜の言葉に、勇子は厳しい口調で言った。
「余計なことをいう」
ミュウは勇子を横目に見て愚痴る。
生存競争が激しいのはもうわかっていることだ。小さなウリ坊たちが巨大な虫と戦えるまでにどれだけの歳月が必要かはわからない。
母親ではないが、元気に育ってほしいと思う。それがたとえ一時の感情が起こす同情だとしても、胸を締め付けるような愛おしさを嘘にしたくない。
そこに、桜のハンチング帽を上げて、リッサ・ヘッサが外の様子をうかがう。
「静かな道になった?」
「はい。出てきて、大丈夫ですよ」
「ううん。ここにいる」
桜の提案にリッサは首を振った。
道中で襲い掛かってくる脅威とは打って変わって、道なりはなだらかでハイキングコースのようである。それは体の小さいウリ坊たちを気遣って、先行する母イノシシが障害を踏み砕き、あるいは牙で粉砕しているからだろう。
砕けた幹の断面はささくれ立って、針の筵のようになっていた。そして、道に散乱する破片は水分を含み、しっかりと引き締まったものであった。
「意外としっかりしてるのね」
勇子は破片を蹴りながら、これが生きた樹の色だと認識する。
それからすぐ、母イノシシは足を止める。そして、もしゃもしゃと何かを食べ始めた。休憩に入ったのだろう。連戦で体力が落ちているのもあるのだろう、それに生傷もできている様子だ。
その隙にもウリ坊たちは母親のおなかに潜り込んで、垂れ下がったおっぱいに飛びつくようにした。が、腰を下ろそうとしない母イノシシでは、小さなウリ坊はゴムまりのように弾むばかりで到達は叶わない。
「お食事のようですね」
「わらわたちでも食べられるものかもしれないな」
ミュウが空腹を抑えながら、率先して移動を開始する。そのあとを桜と勇子がついていく。ゆっくりと根っこの壁に寄生する巨大サルノコシカケを足場に、母イノシシの正面に回り込む。サルノコシカケは階段状に連なっており、フカフカのベッドを蹴っているかのような柔らかさが足裏から伝わってくる。
「何を食べてるのかしら?」
勇子は巨大なサルノコシカケに立って、傘の内側を少し母イノシシの方へ傾ける。かすかな光が母イノシシの巨大な顔をうっすらと浮かべる。
母イノシシは巨大樹に顔をうずめるようにして、樹皮を砕くとその中身を食べているようだった。
「木の根っこみたいですね。食べられそうですか?」
「根っこは食べれないよ。樹液とかなら別だけど」
桜とリッサの短いやり取りを聞いて、ミュウは肩を上げて頬を膨らませる。
「食べられないのではないかっ」
イノシシは地下根を食す動物であるが、『ファルファーラ』の巨大イノシシは木の根まで食べてしまうほど食の幅が広いのだろうか。
桜たちは指をくわえて、その様子を見ているしかなかった。
母イノシシは深く深く木の根を砕いては口の中に運ぶ。食べ終えるころには顔をすっぽりと覆う空洞が出来上がっていた。
のしのしと母イノシシが動き始めて、桜たちも移動の準備をする。
「お腹いっぱいだなんて、うらやましい」
桜の帽子をちょいとあげて、リッサ・ヘッサが言った。
と、彼女のむき出しの頭に雫が落っこちてきた。
「いてっ」
「雨?」
桜も鼻先に飛び散った雫の冷たさを感じて上を向いた。
すると、間をおかずに暗闇の空から冷たい水がしたたり落ちてくる。はじめはゆったりと、しかし、次第に雨脚が強くなってくると虫や植物の光が鳴りを潜め始めた。
突然の雨に雨戸を閉めるかのような減光に桜たちも焦燥感が沸き立ってくる。
「これはまずいのではないか」
ミュウは幹のある方向を見て、その灯りすら消えていくのを視認する。
「ひとまず、雨宿りしましょう」
傘のない桜は提灯草を揺らして、巨大サルノコシカケを飛び下りていく。
頭上では葉のこすれる音が混じって聞こえる。
「何の音?」
「上の方で出た水蒸気が冷えて、葉っぱを叩いているの。昼下がりによくあることなの」
リッサは桜の手に帽子ごと押さえつけられて、呻くような声で返事した。
「イノシシは?」
勇子は思い出したように足を止めて、母イノシシの行方を捜した。ここまでの道案内があっているかは不安であったが、巨大虫を撃退する力は頼りになる。
しかし、母イノシシやウリ坊の所在を今の暗闇では見つけられなかった。遠ざかっていく足音と鳴き声。別れの挨拶をするかのような静かな呻きが耳に残る。
ミュウは迷う勇子の横をすり抜けて、桜の提灯草の明かりを追う。
「雨の中の暗闇では追うわけにはいかんぞ」
勇子はそれを聞いて、小さくな頷く。それからミュウの後を追った。
四方八方ではじける雨音が強くなる。さながら滝壺にいるかのような轟音と飛沫の中にいるかのようであった。
「導師様、先ほどのお母さんイノシシの食べ跡、使える」
リッサは桜に言った。
桜も同意見で、すぐに空洞へと足を踏み入れる。半ドーム状の構造で、雨宿りするにはうってつけであった。
遅れてきた勇子とミュウが駆け込んできた。
「雨宿りには使えそうだな」
「スコール、かしらね?」
桜が削れた幹に提灯草を置いて、濡れたハンチング帽をおもむろにとった。
「わわっ」
「リッサ様、の足、がっ!?」
頭にいたリッサがころりとまわって、桜の顔面を覆った。その細い足が桜の唇にかかって、思わず息をのんだ。
「何をやっておるのやら……」
ミュウは二人の馬鹿げたやり取りを一瞥して、ふと雨に交じって何かが落ちてくるのを聞いた。
咄嗟にその方向を向くと、対応に出る勇子の背中が見えた。
キノコ傘の明かりを頼りに空洞の出入り口に落ちてきたものを照らした。
「何が落ちてきた?」
「大きな葉っぱ。大丈夫、害はないようよ」
そういって勇子は証拠とばかりに葉っぱの中央を走る茎を掴んで小脇に抱えた。
羽毛のように軽い、とまではいかないも少女一人で抱えるくらいは容易の重さである。
空洞で待っているミュウが勇子の抱えている葉っぱの大きさを目の当たりにして目を丸くする。
「結構大きいな」
「そうですね。うわっ、こんなに?」
キノコ傘を置いた勇子がサーフボードよろしく葉っぱを立ててみると、彼女が思っていた以上の面積を持っていた。
笹によく似た形状で、しかし、その大きさは小舟ほどはあろう面積。段ボールのような固さと、つるつるした表面に産毛のある裏面がある。
メガネの滴をふき取っていた桜も確認のためにメガネをかけ直すと、葉っぱの大きさに上体が少しのけぞった。
「す、すごいですね」
「これで火はできそうね」
言うが早いか、勇子はさっそくブーツにしまっていたナイフを取り出して、葉っぱをばらばらにし始める。
「姫様、薪をお願いします」
「燃やせるのか?」
「何もしないでいると、寒くなる一方よ」
勇子の指摘する通りで、雨が降り出してから先ほどまでの蒸し暑さが嘘のように弱まっていた。雨によって地熱が冷まされているのか。
「確かにな……」
ミュウは二の腕をさすりながら、渋々出入り口付近へ行く。続いて、散らばり落ちている根っこの破片を
集め始める。雨でぬれていないものを選びつつ、壁際で取れそうなものがあれば蹴りつけ、へし折って回収する。
桜は勇子の隣に来ると半分放置された葉っぱを手に取った。
「勇子様、これを使ってもよろしいでしょうか?」
「別にいいわよ」
勇子は自分の作業に没頭していて、桜のことなどはあまり気にかけなかった。
「ありがとうございます」
桜は葉っぱの半分を空洞の出入り口付近までもっていき、同じくナイフを使って工作を始める。葉っぱを器用に正方形に切り分け、それを折り始める。弾力はあるものの、丈夫で折り目がつけやすい。
少女たちはそれぞれにやるべきことをやり始める。
その様子を空洞の奥でちょこんと座るリッサは提灯草の隣でソワソワしながら眺めているしかなかった。自分だけ何もしていないこと罪悪感に落ち着かないのだ。あたりをきょろきょろと巡らせて、何か役立つものがないかと探した。
と、ここがどこだかを思い出して思いつく。
「そうだっ」
ピコンッと触角をたてて、リッサは手を打った。
金色の瞳を右往左往させて、凸凹の樹の壁に触角を当てては何かの反応を追う。肌の上から脈を探るようなわかりにくさはあるものの、彼女の触角は敏感にその流れを捉えていた。
「火種はどうするのだ?」
ミュウは勇子の前に薪を置きながら訪ねる。
「まぁ、見ててよ」
勇子は得意げに言って、破片をくみ上げて細かく切った葉っぱを下地にする。その時には大きめの破片を火床にして、染み込んでくる水に対処した。
ミュウはもの珍しそうに屈みこんで、隣の勇子の誇らしげな顔を見る。
「こんなものかしらね」
勇子は一通り準備が整うと、グローブの端末にある端子を二つ引き伸ばした。それを葉っぱの下地に入れて、コンソールを操作する。スイッチを入れる。
すると、火花が散った。端末二本から電気が走ったのだ。
そのわずかな火種が葉っぱの産毛を焦がして、じわじわと小さな火が波紋となって広がる。
勇子はあらかじめ用意していた葉っぱの団扇で風を送る。湿気が多いために中々、炎は起きず靄ばかりが上がる。
ミュウは顔にかかるその靄を手で払いながら目を細める。
「もうっ。ケホッ」
目に刺さる痛みと喉を焼く煙の弊害にミュウは涙を浮かべつつ、その場を離れる。
残る勇子も目に涙をためながら、火が燃え上がるまで根気強く風を送った。しばらくして、葉っぱが燃え上がり、その火がチップ状の薪に燃え移る。
そうなると、火は勢いを増して燃える。
空洞の中が橙色の暖かな光に包まれる。キノコ傘や提灯草の明かりなど目ではない、力強い光と温かさがたき火から溢れ出す。勇子とミュウの濃い影が壁に張り付いた。
「よし。これでとりあえずはいいかしらね」
勇子は満ち足りた顔をして、大きめの破片を継ぎ足してミュウの横についた。
「便利な使い方をするな、まったく」
ミュウは目元の涙を指で払って、ベンチにちょうどいい凹凸に腰を下ろした。それから燃える火に手をかざし、その温かさにほっと一息つく。
空洞の外では雨の滴る音が増してきて、流れ込んでくる空気が肌寒く感じられた。
「お待たせしました。どうぞ」
すると、桜が葉っぱで造った箱を勇子とミュウの前に差し出した。折り紙の要領で折られた葉っぱは風情があり、中にたまった水が染み出すようなこともなかった。箱というよりも升に近い。
「桜が作ったのか?」
ミュウは感心しつつ、その箱を受け取るとまじまじと観察する。升の中で水が躍るように揺れているのには、渇いたのどが引くついた。
「はい。雨水ですが、水分補給は必要かと」
「容器に贅沢は言ってられないしね」
勇子も葉っぱの升を見て、飲み口を軽く指で撫でつつ口に運んだ。少々青臭かったが、身体に水がしみわたる感覚が心地よい。
「あの、リッサ様は?」
「ここ、ここ!」
桜が自分の分とリッサの分の升を手にしていると、リッサのはつらつとした声が壁際に聞こえた。
桜はいったん升を置くと、声のする方を見る。
「何を、なさっているのです?」
桜たちとは反対側の壁で、リッサの小さな身体を見つける。樹液に群がる虫のように引っ付いている様子には、桜も思わず疑問符を浮かべてしまったが。
「導師様、ここをちょっとつついてみて」
リッサは自信満々に言うと、半身を開けて桜をせかした。
桜は小首をかしげつつ、ブーツのファスナーから折り畳みナイフを取り出す。それから、リッサの小さな体を肩に飛び移らせる。
「どこです?」
「そこ。穴があるでしょう?」
肩の上で居直るリッサが細い腕を上げて、一点を指し示す。
桜はそれを横目に見て、たき火で明るくなった壁に手を這わせる。指先を木目に沿って動かし、ぽつりと窪んだ箇所を見つけ出す。
「そこそこ!」
リッサが満面の笑みを浮かべていった。
桜はその個所を何度か突くと、次第に透明な液体が流れ出てきた。
「ストップ!」
リッサが耳元でそう叫ぶものだから桜は渋い顔をして動きを止める。
すると、リッサはキャベツ型のスカートの葉を一枚むしり取る。
「これでその透明な液を取って、なめてみて」
「え、えぇ。でも、スカートが」
「大丈夫。また明日には新しいのができるから」
桜は促されるままに、スカートの葉を受け取るとこぼれ出てくる透明な液体を掬った。感じは普通の水と大差ない。臭いも別段際立ったものでもなかった。
「なにか、あるのか?」
ミュウが火にあたりながら尋ねる。
「おいしいもの」
と、リッサが返す。
これには勇子とミュウは顔を見合わせて首をかしげる。
何しろ人間が食べられそうなものがあるとは思えなかったし、虫を食べろとはさすがに言わないだろう。期待はせず、しかし、妙な不安ばかりが膨らんでいく。
そうしている間に桜が恐る恐るスカートにたまった透明な液体を口に流し込んだ。
するとどうだろう。口の中で仄かに甘い味が広がる。久方ぶりに味わった甘味に桜の真っ赤な瞳が見開かれる。
「ん。甘いです」
「何っ!?」
ミュウが目の色を変えて立ち上がると、桜の横に颯爽とついた。
風圧が桜の背中を押した。
「甘いだとっ」
「姫様、行儀が悪い」
火の番をする勇子は興奮するミュウを言い咎めながらも、桜たちの方をちらちらとみていた。彼女とて、微妙な味のする水ばかりでは味気ない。味のあるもの、甘味ならばぜひとも味わってみたかった。
「ミュウ様、どうぞ」
「う、うむ」
桜はもう一度スカートの葉に零れだす液体をためて、ミュウに渡した。
ミュウは気難しい表情を一瞬見せて、さっと口に運んだ。その一口で、彼女の顔はとろけたような笑みをこぼす。
「ちょっとしか甘くないのに、うまい」
「当然」
と、リッサが胸をそらして、解説する。
「樹液は甘いものだからね。栄養もある」
その解説に勇子は肩を揺らした。前に樹液の危険性について力説してしまった手前、わたしもと便乗しずらくなった。
「ほぉ、樹液とな?」
ミュウは悪戯な笑みを浮かべて勇子の方を見る。その顔は勇子の言いにくそうな顔を面白がっているようであった。
「なるほど。しかし、ばい菌だらけだ、と力説する者もおるってな。そういう人はやめておくのが得策だろう?」
「ミュウ様、意地悪はよくありません」
「そうだ。よくない! がめついヒト」
桜とリッサに言われて、ミュウは口元をとがらせる。
「冗談だ。真面目なのだな」
ミュウはスカートの葉っぱを差し出す。ちょっとからかってみただけなのに、と顎を引いて口元だけ動かす。それが精一杯の言い訳の仕方であった。
桜は受け取って、透明な樹液をため込むと勇子の方に移動する。
勇子は内心喜んだが、顔はふて腐れていた。甘いもの一つで気持ちを乱してしまった自分が許せなかったし、桜とリッサにまで気を使わせたことが情けなくてしかたない。
「いらないわよ」
「そんな意地を張らないでください」
桜は温和な物腰で勇子の隣についた。
「どうだぞー」
ミュウは細い指先で樹液をからめとって、赤子のようにしゃぶった。われ関せずと意地汚い姿を見せないように彼女たちに背を向けていた。
「だまされたと思ってなめてみてよ。疲れが取れるよ」
桜の肩でリッサも大きく手を広げて付け足した。
勇子に対しての苦手意識はほとんど薄れていた。自分が人の役に立ちたちという思いだけが今の彼女を動かしている。
「そこまで言うんなら……、さ」
勇子ははにかむ顔をかくすようにして俯くと、スカートの葉を受け取った。それから、ちらちらと青い瞳を動かして二人の様子をうかがう。
桜とリッサの期待する顔、その後ろにいるミュウのはしたない姿を見て思わず笑ってしまう。
そして、樹液の滴を口に入れた。確かに甘い味がしたが、同時に頭を強く打つ刺激が感覚を鈍らせる。
「おいしかったわ。ありがとう」
勇子は顔を上げて、ぼうっとした笑みを浮かべる。
「えっへん」
リッサが胸をそらして、かすかに翅を動かした。
「少し休んでから、先を行きましょう」
「そうね……」
桜の提案を聞く勇子は胡乱な瞳で、次第に頬が赤くなっていた。心なしか、体が左右に揺れて見える。
桜はその異変に気づいて、彼女の肩に手をかける。
「少し、横になられた方がよろしいのでは?」
「そうね……。そうする」
そういって、勇子は桜の肩に寄り添うようにして目を閉じた。すぐにも寝息を立てて、眠りに落ちる。
その様子に桜はリッサの方に顔を向ける。
「リッサ様……」
「ああ、そういえば、原液は酔いやすいみたい。体質の問題?」
それを聞いて、桜はぞっとして振り向いた。ミュウも樹液を口にしたのだ。『ファルファーラ』のヒトには耐性があると信じたいところであったが、胸のざわつきは収まらない。
「ミュウ様!」
「はぁい」
桜の不安が的中した。
ミュウは赤子のように指をくわえて振り返り、千鳥足で桜の横にくる。
「桜ぁ、眠いぃ」
ミュウも顔を真っ赤にして、座り込むと桜に身体を寄せる。猫なで声と浮ついた瞳がじっと桜の引きつった笑みを浮かべる顔を見つめる。
「うわっ。酷い」
リッサはその酔い方に唖然としながら、シッシと手を振る。そんなことをしたところで、ミュウの頭が桜の肩から退くわけがない。
「しかたありませんね」
桜は観念して、ミュウの頭を撫でやりながら頭を膝元に誘導する。
「お休みください」
「お休みぃ」
ミュウは膝枕に満足したのか、体を小さく丸めて瞳を閉じる。勇子同様すぐに眠りに落ちて、寝息を立て始める。
桜は二人からくる体重がどこか懐かしくも、愛おしくもあった。
リッサが桜の腕を伝って、ミュウの頭に取りついた。
「不味かった?」
「疲れが出ただけですよ。歩きっぱなしでしたから」
桜は見上げてくるリッサの頭を指先でそっとなでる。柔らかい髪が指先からもわかる。
リッサも親切心から甘い樹液を勧めてくれたのだ。桜も元気が出たし、勇子とミュウを休ませることが出来たのはよかったと思う。寝付けないよりは短時間でも睡眠をとらせた方が先々のことにも柔軟に対応してくれるだろう。
リッサは猫のように背中をのけぞらせて、その指先を愛おしそうに抱きかかえる。
「わたしも、疲れた……」
「火の番はわたしがしますから、お休みしてください」
そう言いながら、腰に巻いているパイロットスーツの腕の部分、グローブを取り外す。
慎重に勇子とミュウが起きないように体を移動させつつ、グローブをまくら代わりにあてがった。
「うん。お休み」
リッサはミュウの体に取りついて、横向きになる彼女の腕を枕に眠りこける。
桜は自分も酔って眠れればよかったと思いながら、材木をたき火にくべて火加減を調整する。葉っぱの升にそそいだ水を含みつつ、雨音に耳を傾ける。
ハラハラと落ちる雫の音。葉がこすれ合う音。ついさっきまで蒸し暑くて、虫たちが闊歩していたのが嘘のようだ。その違う世界の音色に桜は少しばかり心が安らいだ。
それから横になる二人から離れて座り、余った葉っぱで折り紙を始める。
雨音を聞きながら、船や兜、カエルに兎と手持無沙汰に作品を次々と作り出していく。
「……おかみさんは元気にしているのでしょうか?」
桜は折り鶴の羽を広げて、ふとそんなことを呟く。
折り紙を教えてくれた『ノア』での恩人。まだ四、五歳であった桜を監視する名目で家においてくれた里親家族だ。犯罪者の子供であったにもかかわらず、里親家族は色々なことを教えてくれた。政府からの命令で家事手伝いをさせる傍ら、折り紙や料理、遊びや機械いじりまで桜の才能を伸ばすよう手を尽くしてくれた。
桜がのちの十年、捻くれずに育ったのも里親たちのおかげだろう。
優しい思い出が胸を締め付けて、桜は人知れず涙を流していた。ただ、不意に寂しさがこみ上げてきて耐えられなかった。
『ノア』には恩人がいると同時に自分を痛めつけた人たちもいる。失敗をすれば叩かれ、間違いをすれば独房に入れられ、怒りを買えば食事すら与えられなかった。それは悲しい思い出で、一人の寂しさを痛感させられる。
侵略軍との戦いが集結した時、桜は善悪を詰め込んだ『ノア』を受け入れられるだろうか。誕生したことへの免罪符を『ノア』の政府から渡されて許せるのだろうか。
その答えは未だ見つからない。
「あ、火が……」
桜は赤く腫れた目をこすって、たき火が弱まっていることに気づく。すぐに新しい材木を取ろうと空洞の出入り口付近に出ると、ぼうっと光る個所を見つける。
「……?」
桜は材木を抱えて、その方向に目をやった。
意外と近い。幹のスロープを何段か登ったところで強く輝くところがあった。生体発光とは違う強い光量に目を細めた。




