~大樹~ 囚われる!?
山を一つ越えると、そこは山脈に囲まれた森林地帯であった。冷たい空気が北極から吹き込んで、ちらちらと山頂の雪の結晶が舞う。西から東へと三日月型に連なった山脈の尾根から窪地へ向かって青々とした緑が広がっている。
山頂を飛び越えた〔アル・スカイ〕は足場となる圧縮空気を踏んでさらに高度を取った。マントが山の斜面から駆け上がる風に揺れる。
その微振動が操縦席に座る勇子を不安にさせる。
「ん。まったく、補給物資の予定落下コースを外れたって山を越えてしまうものかしら?」
勇子はふてくされながら、バブルスクリーンで波打つ信号の発信源とメイン・モニタの光景を見比べる。
〔アル・スカイ〕は足を延ばす形でホバリングしながら、高度を下げていく。大腿部と背部のスラスターから燐光が吐き出され、斜面の積雪を溶かしていった。
「う、わ……」
ミュウはゆりかごのように揺れるシートの上で、ふと足元に視線を向けて息をのんだ。足元のモニタで大きな落差を見たのだ。
雪に覆われた斜面には時折、岩肌を露出した断崖があり、深い落差が生じている。その深さと荘厳な岩壁は冷たく佇んでいる。
「正面のあの、あれ、山でしょうか?」
桜は機体の状態を気にしながら、正面にそびえる深緑の塊を言った。
山脈の窪地にそびえたつ巨大な塊。眼下に広がる樹林のように、青々とした傾斜は風にあおられてざわめいている。高度を下げていく〔アル・スカイ〕にとって、その存在は接近するごとに巨大さを増していった。
周囲の山々にも負けていない、と桜は内心思った。
と、〔アル・スカイ〕の大腿部のスラスターがドッ光の塊を吐き出すと跳ね上がる。そして、息もつかぬままに機体は純白に輝く積雪の斜面にしりもちをついた。硬い、雹に近い雪が斜面を転がる。
「わわっ」
桜は機体を固定させるのに一瞬体が前につんのめったが、機体が転げ落ちるような惨事は回避できた。
「もうっ。しっかりしておれ」
「申し訳ありません」
「姫様、無理言わないでよ。機体だって、相当無理してるんだから」
勇子は機体の不調を告知する立体スクリーンを一瞥して対処に入る。
度重なる戦闘で各所に疲労が見え始めていた。作業機械たちのメンテナンスでは間に合わないほどに、〔アル・スカイ〕の機構はガタガタになっていたのだ。
問題個所を走査すると同時に勇子は正面にそびえる緑の塊にも索敵をかけた。くぐもった音が操縦席に響き、結果が立体スクリーンとして表れる。
「桜、正面のだけど、あれ、木よ。特大の」
「笠の広がりだけで山ひとつ分か……」
回されてきた拡大映像を見たミュウは肩をすくめながら呆れた。
緑の斜面はそのまま枝葉の広がりであり、また周りにまとう白いものは雲のようである。標高一〇〇〇メートル近くはあるだろう。
ミュウは拡大映像と実寸の映像とを見比べて、確かに大樹の周りがかすんでいるのを認める。それから、大樹の枝葉の下の方へと視線を向ける。
「下の方には日光も届いておらなんだろうに、なぜに光っている?」
彼女の見据える先、大樹の広大な枝葉の下に隠れた地表は濃い日陰になっていた。しかし、わずかに星のような光が瞬いて、それが大樹の根本にもうかがえる。
「生物発光のモノでしょう。菌類とか、虫とかの」
勇子はそう言いながら、〔アル・スカイ〕のソフト面での問題を解決させる。ソフトが復旧すると、件の日陰の一角から補給物資のビーコン反応を拾い上げた。
「あった。日陰になってるところに落ちてるみたい。位置を転送するわ」
勇子から送られてきた座標情報が桜とミュウの操縦席に投影される。メイン・モニタに方向指示の矢印とバブルスクリーンには周囲の縮小モデルが映し出される。光学センサと電波によって形成された数値標高モデルだ。
桜は機体の微調整を行ってから、操縦桿を握り直した。
「位置を確認しました」
「だましだまし動かしてきたけど、何とかなりそうね」
勇子は安堵の息をついて、機体のステータスを一瞥する。
「あとちょっと頑張ってね」
桜はそうつぶやいて、フットペダルをゆっくりと踏み込んでいく。
〔アル・スカイ〕は重々しく腰を上げて、脚部の裏にあるフックで斜面を噛む。そうでもしないと雪崩を引き起こしかねなかった。
「補給物資のペイロードフェアリングは簡単なハンガーも兼ねてるみたいだから、オーバーホールしてあげられるわ」
「了解。では、行きますよ」
〔アル・スカイ〕は機体を起こすと、脚部と背部のスラスターの出力を上げていく。白銀の駆け上がっていく風と燐光の圧力とが混ざり合ってマントがふわりと膨れ上がった。そして、スラスターと脚部の屈伸運動で一気に飛び上がると、大樹の傘の下へと跳んだ。
〔アル・スカイ〕は風を切って上昇をすると、そこからまた足を伸ばしてホバリングしながら大樹の傘の下へ滑り込むように移動する。風の中を揺蕩うように機体が左右に大きく揺れる。
桜は機体の制御に追われながら、足元のモニタを見た。
スラスターの圧力に波打つ木々。その合間から羽ばたく鳥たちに紛れて、巨大な羽虫が舞う。甲殻類に羽が生えたようなその羽虫はハタハタとスラスターの圧力に煽られていた。
「かなり、大きいな……」
ミュウはヘルメットを脱ぎながら、頭上のモニタを覆う大樹の傘を見つめる。
〔アル・スカイ〕のブレードアンテナが大樹の葉をかすめる。すると、小さな船舶ほどの大きさがある葉が零れて、ハラハラと暗い地面へと落ちていく。
勇子もヘルメットを取るなり、周りを警戒する。木漏れ日が星々のきらめきのように輝くも、その恩恵が地上に降り注ぐことはない。機体の高度が落ちていくと地上に散らばった生物発光の疎らな光が幻想的に揺れる。
「意外と気温が高いのね……」
勇子は熱センサが感知する外気の温度にぽつりとつぶやいた。北極に近い北の地だというのに、気温は二〇度近くある。
〔アル・スカイ〕のスラスターからこぼれる燐光が暗い、腐葉土に落ちる。すると、生体発光をしていた虫やキノコ、コケまでもが隠れるようにして発光を止める。
「あと、一〇〇メートル先ね――。っと」
勇子は〔アル・スカイ〕の着地に伴って、お尻が少し浮かんだ。
〔アル・スカイ〕はマントを振り払う挙動をして、飛翔を始める虫たちの生物発光を払う。それから、柔らかい腐葉土の上を歩き、補給物資の下へ移動する。
「ライトをつけて、これじゃ見えないわ」
「はい」
勇子の要請で桜は頭部のセンサーアイを点灯する。
と、地面に朽ちた巨木が横たわり、そこに人並みにでかいキノコが寄生しているのが見えた。腐葉土と混ざった泥のような水たまりがライトの強い光を反射する。さらにライトを避けるようにして、一斉に散った機敏な生物の動きも見える。
「ファルフェンの森とは違うな……」
ミュウはその虫たちの動きに、海岸の石の下に群生するフナ虫を連想させる。さらに、寄生するキノコの中にはサンゴのようなキノコまでも色鮮やかにモニタに映り込む。
しかし、海で見る輝かしさというより夜の艶やかな光沢がミュウの肌を震わせる。
「ありました。これ、ですよね?」
桜は方向指示とビーコンの反応を見比べて、鋼鉄の塊をモニタの正面に据えた。
暗闇の中、腐葉土にシリンダー錠のコンテナが突き刺さっていた。〔アル・スカイ〕をそのまますっぽりと納められるほどに巨大なコンテナなのだが、今は半分が地面に埋まっている。
勇子は下から上に向かってライトが照らされるのを見て、コンテナの先端が溶解しているのを見つける。姿勢制御スラスターらしい部品が溶けているのも視認できる。
「なるほど、これが原因でコースを外れたのね」
「とりあえず、引き抜くか?」
ミュウが素朴な疑問をぶつける。
「そうね。桜、お願い」
勇子の指示を受けて、桜は機体を動かす。
〔アル・スカイ〕はコンテナを抱え込むと、腰を入れて地面から引き抜き、横倒しにした。横たえてみると、その大きさは補給にしては大げさな気がした。
「大きすぎません?」
「簡易的なハンガーも兼ねてるって言ったでしょう?」
勇子は遠隔操作でコンテナを起動しようとしたが、制御プログラムの受信を拒否された。
「どこかで配線が断裂してるのかしら? 桜、姫様、降りて手動で動かしますよ」
「手動ですか?」
「緊急用のコンソールくらいはあるはずよ」
〔アル・スカイ〕は機体をかがめて、コンテナへと寄る。ライトはそのままに、胸部と頭部のハッチが開く。
「気が進まないな……」
ミュウはハッチから顔を出すと、零れてきた前髪を横に流した。
ふっと鼻を衝く湿った空気に顔をしかめる。頬を撫でる生暖かい空気が気色が悪かった。気分が一気にそがれる。
太陽の光も届かない暗闇の中に横たわるコンテナは鈍い光を反射し、胞子のようなものがライトの下で舞う。
マリンスノーに似ていた。
「どうするべきか……。ん、桜、ありがとう」
勇子はハッチに回されてきたマニピュレータに飛び移って、コンテナに落ちる自分の影とコンテナの全体像を見比べる。
その後ろにミュウが降りてきた。
「コンテナを移動させてはどうか? 暗すぎてわからなんぞ」
「武器や装甲機材もあるから、今の〔アル・スカイ〕では動かせないわよ。大丈夫。起動さえできれば――」
勇子は目の前を過ぎた羽虫を振り払って、言葉を区切った。
「こういう虫のことを心配しなくてすむわ」
「勇子様」
「何?」
勇子はグローブの無線から聞こえた桜に応じて、眩しい光を放つ〔アル・スカイ〕の頭部をふり仰いだ。
桜はハッチの周囲に展開したワイヤーの策につかまりつつ、ハンチング帽を抑えて周囲を見回していた。
生物発光が弱々しく輝く一方で木陰の切れ目には山脈の白い肌が反射する太陽光が壁のようにそそり立っている。そして、耳元には何かが這いずり回る音が聞こえる。
その音にミュウも気づいた。
「何かいるのか?」
ミュウはとっさに勇子の手を取って口元に当てた。
「こちらからは確認できません――」
桜が報告を入れた瞬間、機体が大きく揺れた。
「うわっ!」
桜の体が策を超えて一回転して、腰を固い頭部に強打する。手はまだ必死にワイヤーの手すりを掴んでいる。
勇子とミュウは暗闇の中で大きく揺れるのを感知して、姿勢を低くする。
「伏兵?」
「そんな物ではないみたいだぞ!」
勇子の疑問の声にミュウはコンテナの方を見て意見した。
コンテナに太い蔦が急速に絡みついていく。大蛇が獲物を締め上げるようになまめかしく、力強く動くその様は異常であった。
さらに、衝撃が走って〔アル・スカイ〕が前後に大きく揺れた。
勇子とミュウはマニピュレータにしがみつきながら、収まるのを待った。しかし、頭部にいる桜の衝撃はその比ではなく、すぐにもワイヤーから手がほどけた。
「きゃぁああああ!」
絹を裂くような悲鳴を上げて、桜はとっさに頭を抱え激しく揺れる頭部から落ち、胸部装甲をかすめて落下する。
「桜!」
ミュウが頭上から影となって落ちてくる桜を見て取ると、〔アル・スカイ〕の掌を這いつくばって手を伸ばした。
だが、その手は空を切って桜の丸まった体が暗闇へと落ちていく。
ミュウはその光景を理解する直前、機体が大きく跳ね上がってミュウと勇子の体も機体から転げ落ちていた。
「――っ!?」
勇子は落ちていく中で、〔アル・スカイ〕もまた巨大な蔦に絡み取られている光景を目撃する。
三人の少女は暗闇の中へと落ちていき、柔らかい巨大キノコの傘の上で弾んだ。小さな体が二転、三転、重なり合うキノコの傘をおちて腐葉土のクッションに身を沈める。
桜はメガネを直しながら、離れていく〔アル・スカイ〕のライトを目で追った。
巨大な蔦に締め上げられた機体とコンテナは大樹が創る夜空へと昇っていき、やがて枝葉の闇の中へと消えていった。
「ダメ、遠隔操作がきかない」
暗闇の中で勇子は毒づいた。
〔アル・スカイ〕が森にさらわれたという現実に少女たちは唖然とした。




