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スカイ・レコード  作者: 平田公義
第十一章
82/118

~接敵~ 捨てられた施設

〔ライトニング・イエロー〕のような侵略軍の勢力を警戒しつつ、初期の針路を〔アル・スカイ〕は進んで赤茶けた荒野を抜け出した。


 そして、遠く白化粧をした山脈を望む深い緑に覆われた森へと踏み入れる。そこで、彼女たちは不可解な光景を目にする。


「ここは……」

「爆撃にでもあったのか?」


 ミュウは体を前に出すようにしながら、正面の景色に食いつく。


〔アル・スカイ〕が跳躍から高度を落とすころに、森の中に開けた土地。霞がかった黒煙と倒壊した家屋らしいものが目に付いた。


 (サクラ)たちは〔アル・スカイ〕の着地と同時に見えなくなった土地のことを警戒して、機体にバリアス・ショットガンを持たせた。


 ヘルメットのスピーカーに警告音が鳴って、立体スクリーンがポップアップする。損傷した左脚部への負担が増している。


「周囲に敵の反応はないわ。けど、慎重にね」

「はい……」


 勇子(ユウコ)の観測を聞いて、(サクラ)は深呼吸をする。


 戦闘を終えてすぐともあって、まだ感覚が尖っている。黒煙を上げる場所がどういうところかを考えるよりも、敵がどこかに潜んでいるのではという猜疑心が先行する。


「いきます」


 (サクラ)は操縦桿とフットペダルを操作して、〔アル・スカイ〕を跳躍させる。スラスターの噴射とともに飛び出した白い機体はマントをなびかせて高度を取った。


 放物線を描いて、〔アル・スカイ〕は黒煙を上げる土地へと侵入する。


「妙だな……」

「ええ、なんだかね」


 ミュウの独白を内線で拾った勇子(ユウコ)は近づいてくる地面を見つめて、同じことを思った。


 爆撃を受けたにしては、被害の規模が小さい気がした。周囲の森林は爆風でなぎ倒された様子もなければ、火災の拡大を起こしている様子もない。


 そのぽっかりと開いた土地だけが派手に着飾ったように壊れていた。


〔アル・スカイ〕は門型がまだきれいに残っている施設を飛び越して、禿げた土地へと着地する。と、左脚部ががくっと間接のロックが外れて、機体が片膝をつく。


「ん。これ以上は機体に無理させるわけには行かないわ。ここからは降りて、捜索しましょう」


 勇子(ユウコ)はそう切り出して、ヘルメットをはずした。


「わかりました。機体を座らせます」


 (サクラ)も賛成して、〔アル・スカイ〕をその場で脚部を伸ばすようにして座らせた。伸ばした脚部がわずかに形を残していた倉庫らしい建物を蹴り崩したが気にして張られなかった。


「大丈夫だろうな?」

「生体反応は――、まだ残っている火で熱源探知が難しくなってるわね」

「降りてきたところを待ち伏せるには好条件だぞ」


 ミュウは顔をしかめながらも、ヘルメットを取るとパイロットスーツのファスナーを下ろす。圧迫されていた胸が楽になって、大きく息をついた。


「わざわざ対人戦闘をしかけてくる侵略軍ではないでしょう」


 勇子(ユウコ)はパイロットスーツの上半身部分を脱いで、腕の部分を腰に巻きつけるとお気に入りのサングラスをかける。


 侵略軍の徹底した機械による侵略戦法を変えるとは思えない。これまでの経験から、敵はどうあっても自分たちの身をさらすようなことは避けていた。それも神経質なほどに。


「人気も感じられません。わたしが先に出ます」

「ガァウッ。何を馬鹿な――」

「導師様と認識してくだされば、無下にはしないと思いますから」


 (サクラ)は長袖のシャツ姿の上半身にハンチング帽とメガネを身に着けると、ハッチを開いて先行する。


「気をつけなさいよ。グローブの無線を忘れないで」


 勇子(ユウコ)のつっけんどんな言い方が操縦席のほうから響いた。


「はい。いってまいります」


 (サクラ)はその声に後を押されるようにして外に出ると、首についているリフトで地上へと降りていった。


「わらわたちはどうする?」

「一〇分後に降りるわ。それか、あの子の報告を聞いてからよ」


 ミュウと勇子(ユウコ)は外に出るのを待って、(サクラ)の偵察を信じた。


「その間はセンサの感度を上げて、周囲の索敵」


 それが勇子(ユウコ)たちにできる最大の支援であった。


 (サクラ)は〔アル・スカイ〕の正面に構える丘陵地へと進んで、瓦礫の山を捜索する。踏み固められた道には車輪のわだちらしいものがあり、左右に倒壊した施設が並んでいる。土台となっていた木材や石材がむなしく手入れの入った林に転がっていた。


「あの家……」


 (サクラ)はハンチング帽の短いつばをついっと上げて、出入り口の原形をとどめている家屋へと足早に移動する。奥にははじけ飛んだ石材で崩れた壁や尖った骨組みが見えた。火災はないようだ。


 (サクラ)は崩れそうな土台に気を付けながら、足を載せてそっとドアを押した。


 すると、ドアは無慈悲に正面へと倒れて燃えカスがぶわっと沸き立った。カラスの羽のように舞う燃えカスに(サクラ)は一歩後退るも、恐る恐る半壊した家の中へ行く。組んだ手を胸に押し付けるようにしながら、きしむ床を進む。


「普通の家、でしょうか?」


 つぶやきながら、足元や周囲を見渡した。


 丘陵地を見下ろす斜面の光景と燦々と降り注ぐ日光を除けば、もともとは宿舎であったのだろう。そう思うのは、彼女の長く暮らしていた『ノア』の建築公社の奴隷階級寄宿舎に似ている気がしたからだ。


 家の構造はいたってシンプルで、ステンレス製らしいワイヤーフレームでできた梁がまだ残っており。壁の素材はトタンもいいところの安物である。そこに取ってつけたような小さな暖炉の残骸とひしゃげたベッドの骨組みがある。


 (サクラ)はベッドの骨組みに手を伸ばして、その合間に燃え残った布団を剥いだ。灰が盛大に舞い上がり、思わずむせて顔の前で手のひらを振った。


 と、ベッドの上に何かがあることに気づいてそれに手に取った。


「ん。お人形?」


 (サクラ)は灰が外に流れて、クリアになった視界で確認する。


 白地のフェルトでつくられた簡素なもので、祈りをささげる少女のようも見える人形。ちょうどクリスマスの飾りなどにみる天使を髣髴とさせた。


「導師様……、かな?」


 (サクラ)は小首を傾げながら、ぽつりとこぼした。『ノア』ではこういった類の趣向はあまり見られなかったし、白を基調とした感じが『ファルファーラ』の象徴的な色な気がする。


 その時、吹き込んできた風にあおられて部屋の隅で重なっていたものが音を立てて崩れる。


 (サクラ)はびっくりして、濛々と立つ煙をみすえながら一歩下がる。


 煙が収まると、そこから太陽の光を反射するものがあった。おそるおそる近づくと、それは細長い笛であった。手に取って、まじまじと見つめる。


「候補生……、この数字は、生年月日?」


 (サクラ)はシャツの裾で笛をふき取ると、刻印の部分に詰まった煤が文字を浮き上がらせてくれた。だが、爆発の衝撃で傷がついたのか、読み取れない部分もある。


「ここは、いったい……」


 (サクラ)は複雑な思いを抱きながら、丘陵を見下ろす景色に視線を移す。


 高いところか見ると、その地形や施設の全容がなんとなしに浮かび上がってくるものだ。〔アル・スカイ〕の跳躍では悠々と見ている余裕がなかったから、今目にしている光景が漠然とした印象を持たせてくれる。


 露出したハンガーのような構造物や途中でへし折れた通信用の鉄塔らしきもの、広いむき出しの地面はグラウンド。〔アル・スカイ〕が脚部を伸ばしていられる場所も、かつては何かの発着場らしい貨物の山が転がっている。


「わたしたちが来るとわかったから、慌てて――」


 その時、〔ライトニング・イエロー〕との戦いが脳裏を駆けた。


 (サクラ)はハッとなって、青い空を見上げる。


「味方を逃がすために、あの黄色い機体は挑んできた?」


 その問いかけに答えるものなどなく、寂しげに薄い雲が流れていく。


 その流れは滑らかで、荒野へと流れていった。


                *     *     *


 (サクラ)の偵察報告を聞いてから、勇子(ユウコ)たちもこの施設跡の捜索に出た。


 ミュウは力の限り、目の前の扉を蹴り飛ばした。


 ガタついていた扉は、彼女の一蹴りで内側へと吹き飛んだ。こんもりとした臭いと焦げ臭い煙が立ち込めた。思わず、手を振って煙を払った。


「ケホ、ゴホッ。まったく、内側から爆発したのか?」


 ミュウは目を細めながら、残骸が散乱する室内に入る。パイロットスーツの上を脱いでいるためか、素肌に煙がすり抜けていく感触が妙に生暖かい。


「そう時間は……、経っていないか?」


 慎重に崩れた天蓋から差し込む太陽光が照らす室内を見渡す。


 足の裏でガラスらしいものが割れる音と感触があった。何かの製造所だったのだろうか、黒焦げになっている鋼鉄の塊が部屋の端から端まで伸びている。


 ミュウはその塊に触れて、表面をさっと拭いた。うわべの煤だけが取れて、新品の外装が太陽光に輝いた。指先に絡んだ煤を指先でいじりながら、塊とを見比べる。


「中身は――」


 続いて、ミュウは黒焦げの塊を蹴り飛ばした。まだ形がはっきりとしていた外装がひしゃげて、こらえていたように中身が飛び出した。今度は石炭のように真っ黒な部品が飛び出した。そして、床に転がると形を崩して、灰に変わっていった。


 外装にさしたる情報はないのだろう。しかし、肝心の中身だけはしっかりと消し炭にしている。


「だめだな」


 それで、ミュウはこの施設が外部から攻撃を受けたとは考えられなくなった。


(サクラ)のいっていた侵略軍の戦い方……。ありえるか」


 ミュウも〔ライトニング・イエロー〕との戦いを振り返って、敵の必死さが〔アル・スカイ〕を前にした緊張からではなく、味方の証拠隠滅の時間稼ぎをしていたというのなら、仕掛けてきた動機も納得できる。


「姫様ぁ!」


 ミュウは遠くから聞こえた勇子(ユウコ)の声を聞いて、室内を後にする。


「何だ!」


 勇子(ユウコ)が瓦礫の陰からひょっこりと現れると、ミュウに気づいた。


「ここ、軍事拠点だったみたいよ」

「そうだな。農村という雰囲気ではないな」


 その報告に、ミュウは冷静にいって、周囲を見渡しながら勇子(ユウコ)と合流する。


 燃えカスが風に乗って、舞い飛びミュウは思わずそれを目で追ったが、すぐに勇子(ユウコ)に戻した。まだ気が立っているのだと彼女は自覚する。


「それは?」


 ミュウは勇子(ユウコ)が持っているものを指差して問う。


「ええ、電子基板なんだけど……」

「よく残っていたな。こっちは消し炭になっておった」

「余程慌てたみたいよ。探せば、まだありそうだもの」


 ミュウは勇子(ユウコ)の言葉を適当に流して、半分炭になっている電子基板を受け取って目を細める。


 勇子(ユウコ)が横について、細い指先を集積回路の一つを指さした。


「ここっ。印字されてる文字、わかりますか?」

「ん? ファルファーラの言葉だが、文字が崩れていて読めんぞ」

「そうではなくて、ですね」


 ミュウは眉間にしわを寄せたまま、勇子(ユウコ)の息巻いている顔を見る。何を言いたいのかさっぱりわからない。『ファルファーラ』の言語を用いているからといって、すなわち侵略軍のモノだと断定するのは早計だ。


 しかし、勇子(ユウコ)は電子回路をなぞって説明を加えていく。


「この電子回路の配列、『ノア』では見たことないわ」

「遠回しに、わらわたちの技術が劣っていると?」


 ミュウには嫌味にしか聞こえなかった。


 勇子(ユウコ)は身を引くと、腰に手をついて指先をピンと立てて説明する。


「とんでもないわ。素晴らしい技術だと感激してる」

「なら、この程度のものは我が国でも製造されておること、知っておろう? 自分の故郷の疑念がはれて浮かれておるのではないか?」


 ミュウは今一度電子回路に視線を移していぶかしむ。


 勇子(ユウコ)は図星をつかれて、ぐっと喉を鳴らす。


「先の機体といい、何かあるのか?」


 ミュウは話題を切り替えた。


「おそらくね。〔アル・スカイ〕が駐機されている場所に、〔アルファ・タイプ〕の外装があったわ」

「黄色いのか?」

「いいえ。ただ教官機とかならああいう色をしても、おかしくないかも。そういう資料もあると思うけど……」


 勇子(ユウコ)は憶測を言ったが、〔ライトニング・イエロー〕の行動を思うと否定できることではないだろう。そして、もしそうであるなら、ここは操縦者の養成学校であった可能性がある。


 ミュウは〔ライトニング・イエロー〕のことを思い返して、小さくうなずいた。


「そうだな。動きはそういう感じであった」

「ええ……」


 勇子(ユウコ)はそう言って、キャミソールの胸元を引っ張っては戻すを繰り返して風を送る。戦闘の後ともあって汗で張り付く感触が気に入らないのだ。


「しかし、こういう軍事施設は侵略軍のを思い出す。リャオたちの都にも構えていた……」

「そのあたりの調査もしなければならないわね」

「ところで、(サクラ)はどうした?」


 ミュウは電子回路を適当な瓦礫の山に捨てると、首筋を撫でながら聞いた。汗のべとついた感じがどうにも取れない。


「ええ、〔アル・スカイ〕の修理のほうに当たっているわ。直さないと先には進めそうにないからね」

「では、わらわたちも一度捜査を切り上げて、修理を手伝うべきだろう」

「わたしは……、遠慮しておく」


 ミュウの提案に、勇子(ユウコ)はつんとした態度を取る。


 いまさらになって(サクラ)とのことが気まずくなった。が、面と向かって話せないわけではない。どこか気恥ずかしさが残って、二の足を踏ませる。


 ミュウは胸を押し上げるようにして腕組をすると、意地の悪い笑みを浮かべる。


「そうか。まぁ、傲慢で見栄っ張りなあなただものな」

「何よ。別に(サクラ)のことはなんとも思っていないわ」

「うむ。では、そのように伝えておく」


 ミュウはさっと背を向けると、〔アル・スカイ〕のほうへ歩いていく。


 勇子(ユウコ)はその甘栗色の髪が揺れる背中を見据えながら、彼女が何かしらいらないことを(サクラ)に吹き込むのではないか、と不安になってくる。


「ま、待ちなさい。そんなこと、いちいちリーダーに報告する必要ないでしょう」


 勇子(ユウコ)はミュウの後を追って声を張り上げる。


「自分のことは、自分で決着をつける」


 ミュに並ぶと勇子(ユウコ)は毅然として言ってのける。


 それをミュウは適当に返事しながら歩き続ける。


「本当なんだからね!」


 勇子(ユウコ)一人が空回りするように言い続けて、〔アル・スカイ〕の前まで来てしまう。


 (サクラ)に対する嫉妬心はまだある。だが、それ以上に勇子(ユウコ)は自分よりも大きな存在を目の当たりにして、自分にとっての一番は何かを意識するようになる。


 チームの一員として(サクラ)にも負けない、かけがえのない強さを彼女はもう持っている。


 意地っ張りで傲慢だが、チームの基盤を支える存在である。その勇気を与える澄んだ声は(サクラ)とミュウの耳に確かに届いていた。

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