~接敵~ 闇を貫く閃光、ライトニングイエロー!
太陽が上がって、荒野にまた午前の眩しい光がレースのカーテンを思わせるすじ雲から零れ落ちる。
緩やかな雲の流れに反して、寒気が塊となって〔アル・スカイ〕のマントをなぶる。視界は良好。そのため、センサの網に敵性反応が引っ掛かるのは必定であった。
「正面、上空一〇〇〇メートル。雲の下」
勇子はモニタにセンサがとらえた物を拡大表示して、目を丸くした。
太陽の光を浴びて反射する装甲は眩しい黄色。白い雲と青空にくっきりと浮かび上がった派手な〔アルファ・タイプ〕である。
「何だ、あれは? 趣味か?」
ミュウは派手な色にすっとんきょうな声を上げてしまう。これまでの地味な色合いとは一変して、自己顕示欲を発する機体であった。
桜と勇子も当惑して、その色にくぎ付けであった。と、太陽光の反射とは違う、鋭い光が瞬いた。
「光信号、受信。翻訳できます?」
「ファルファーラの言語ね」
桜の声に、勇子は少し険のある含みながらも答えた。それから、受信記録をつけるのと同時に経過タイマーを起動した。
「機体を停止して、会談を設けたい?」
勇子が眉間にしわを寄せて、モールス信号の解読文を口にする。侵略軍から会談を持ち掛けてきたケースは経験したことがないし、聞いたこともない。
その〔アルファ・タイプ〕の下部から発光されるモールス信号を〔アル・スカイ〕はキャッチしつつ、脚部に懸架しているバリアス・ショットガンを持った。
ミュウの独断である。
「ちょっと――」
「出迎えるにしても、牽制は必要だろう」
ミュウは〔アル・スカイ〕が立ち止まる振動で身体を前後させながら、勇子に答える。それから、表示される立体スクリーンに目をやった。文面を表示するものだ。
「話を持ち掛けてくるにしても、相手はそれを承知であろうに」
「機体が降りてきます」
桜も警戒心を強めて、操縦桿を握り直す。
〔アル・スカイ〕はバリアス・ショットガンの銃口を向けつつ、ゆったりと降下し、人型へと変形する〔アルファ・タイプ〕を出迎える。相手も彼女たちの反応に何ら不満はなく、当然といった体で着地した。
不可解な〔アルファ・タイプ〕は頭部のモノアイを発光させ、社交辞令を述べると本題を交信してきた。
「データを取るのですか?」
桜は相手の信号の解読が待っている間に、勇子の指令を受けていた。
「ええ。詳細な資料を作りたいし、光信号での通信でしょう? 時間を稼いで」
桜はその指令に複雑な表情を浮かべながらも了解するほかなかった。
「わかりました」
「万が一の時に、ヘルメットしておきなさい」
勇子はそう言って、素早くヘルメットをかぶってテキストの交信を待った。
〔アル・スカイ〕とおおよそ五〇〇メートルほどの距離を開けて立っている〔アルファ・タイプ〕は頭部のモノアイを発光し続ける。かなりの長文らしい。
ミュウはテキスト化される相手に文章に目を通しながら、まとめ上げた髪の毛をゴムでくくった。
「バカにしおって。所属と名前は教えられないと言っておる。そのくせ、導師のことを聞いてくるなんてな」
身勝手だ、と口をとがらせながらヘルメットをかぶった。ミュウは上がっているバイザーを指先で確認して、こぼれた前髪を奥へ押し込んだ。
「常套句じゃないの。自分が上だと思い込んでる」
勇子は飄々と言って、〔アルファ・タイプ〕を望遠してその構造を分析する。戦闘中に取る情報よりも精密で、少しは対策の足しになる。相手はそれを承知でこのように前に出てきたと考えるべきだ。
同時に〔アル・スカイ〕を分析している可能性も否めない。しかし、〔アル・スカイ〕はマントで機体を覆って、敵に機体情報を取られないよう対策をしている。視覚から得られるデータは多い。だから、こういう時にマントは役に立つ。
「敵の呼称、〔ライトニング・イエロー〕で通すけど、見たところ実戦経験はほとんどないわ」
「なぜわかる?」
「装甲が新品同然。とても、実践を乗り越えてきたとは思えないわ」
勇子がきっぱりという。
「どういたしましょう? お返事?」
ヘルメットをかぶった桜はバイザーを下ろして、HUDに表示される文章を読む。メガネをしていない瞳でも、くっきりとその文字は見えた。
「五分経っても返答がない場合、武力行使いたしますって……」
「交渉の余地なし。相手は何一つ、手の内を明かしていないもの」
「ん。一理あるな」
勇子の意見に賛同するミュウであるが、相手〔ライトニング・イエロー〕が単騎でこの場にいることに今更ながら不穏な空気を感じた。
「だが、一機で正面から来た誠意とやらがあるか?」
「操縦者が出ない時点で、誠意なんてありません」
「しかし、こちらも何一つ返答していないのも事実です」
桜が割り込んだ。
〔ライトニング・イエロー〕が対話を求めるのならば、それに応じる誠意は見せるべきであろう。桜も無為に戦端を切ることは望んでいない。
勇子はムッとしてから、大きく息を吐いた。桜にいくら反発したところで現状が打破できるわけではない。うまくすれば、侵略軍の動向を探るいい機会にもなる。考えを有益な方に働かせて、彼女の価値観を理解するように努める。
「……了解。こちらも光信号で応対して、あなたのことは黙っていること。あとは、好きになさい。こっちでサポートする」
勇子なりの最大の譲歩だ。
〔ライトニング・イエロー〕の目的がどういうものか。何らかの作戦を展開しているとしたら周囲の警戒はしておくべきである。そうなると、正面にいる敵機はかなりの自信家だ。
桜も〔ライトニング・イエロー〕の挙動に気を付けながら、ヘルメットの側面にあるスイッチを押した。音声をそのままモールス信号に変換してくれる。
「えっと……。わたし、桜・マホロバと申します。当方はあなたの目的をお教えしてくださらないのならば、そちらの質問には答えられません」
彼女の声が、〔アル・スカイ〕のセンサーアイの発光と連動して信号を打ち出す。
〔ライトニング・イエロー〕はしばし沈黙して、改めて返信した。
「目的は導師の身柄を引き渡してほしい、との旨か」
ミュウはそう言いながら、侵略軍は少なくとも『ファルファーラ』に関する情報を持っていることになる。『ノア』のような宇宙から漂流してきた存在というのは考えにくい。
「こちらの動きも大きくなって、そろそろ勘付き始めたのかしら」
頭のキレる参謀が侵略軍にいるのならば、『導師』の名のもとに締結される同盟の動きを察知していてもおかしくはない。
侵略軍の度重なる撤退でもたらされた情報によって〔アル・スカイ〕の活躍はそろそろ敵も目に止めるころあいと予測されるからだ。
そして、〔アル・スカイ〕と『導師』の名前が広まった時期が符合しているのだから、可能性の一つに〔アル・スカイ〕と『導師』が一緒にいるという推論は出せる。
「相手も導師を使って何かをしているということ、考えられますか?」
勇子はミュウに内線で聞いた。
「まさかっ」
ミュウは自虐気味に笑った。
「桜に出会うまで、お伽噺を引っ張り出そうだなんてふつう考えないでしょう?」
「説得力、か」
勇子は桜の映像回線を回して、緊張する彼女のバイザー越しの顔を見た。
「相手はどういうつもりで、そんな話を――。大体、どうして、導師様なのよ?」
疑問は膨らむばかりで解決の糸口は見えてこない。
侵略軍が領土権を得たいがために侵攻をしているのならば、わざわざ『導師』の存在を担ぎ出す必要性はないはずだ。
「なぜ、導師様を必要とされるのですか? お話によってはこちらでも協力することができるかもしれません」
桜は侵略軍の動向を鋭く洞察しながらも、余計な言葉を添えてしまう。
「余計なことをっ。敵対関係にあると相手は知っているはずだ」
勇子は桜の回線に悪態をぶつけた。相手の神経を逆なでするようなことは控えるべきである。
しかし、桜の考えは変わらず、ヘルメットの側頭部にある別のスイッチを押して内線に切り替える。
「こちらで和平交渉を持ち掛けることも大切です。侵略軍の方々が、〔アル・スカイ〕を警戒しているのならば吸収したいと思うかもしれませんもの」
「それは飛躍した論理だ」
勇子は一喝して、〔ライトニング・イエロー〕と接触からの経過タイマーを見比べる。五分が経とうとしている。
今の彼女に侵略軍の、おろらく一兵士が心を開かせるには難しい。たった五分足らずで、しかも、鋼鉄の鎧越しの文通で相手がどういうものかわかるはずもない。
〔ライトニング・イエロー〕の操縦者が、老兵か新兵か、男か女かもわからない状態である。心理的なゆさぶりをかけるには情報が少なすぎる。
「今は桜を信じろ、勇子」
ミュウはいきり立つ勇子に静かに言って、敵のいびつな人型から目を離さない。
勇子はミュウの芯の通った声に道理を忘れた。彼女の研ぎ澄まされた声は野性的で、獲物に狙いを定める獣の息遣いであった。静かで呼吸は長く、鼓動は小さく身じろぎ一つしない。
「ダメだったときは連帯責任だ。こちらは三人いる。やれるさ」
勇子は一度大きく息をついた。ミュウの言葉が胸にしこりとなって残る。理解するとか、しないとかではない。チーム以上に〔アル・スカイ〕によって集結した自分たちは運命共同体なのだ。
互いの利害についてとやかく言うのは不毛といえる。
「結果は勝手についてくる、か」
勇子はもう気だるいことを考えるのをやめて、しゃんと肩の余分な力を抜いた。それから、桜との内線に言う。
「尻拭いをする身も考えてよ」
「はい。いつも、ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
桜はそれだけ言うと内線を一度切った。
〔ライトニング・イエロー〕はたっぷり時間をかけて、思い出したように打電してきた。
「導師の姿を目撃した、ですか? 彼女の意志を確認したい?」
桜は内心、ドキリとしながら〔ライトニング・イエロー〕の言葉に違和感を覚える。
「どこで、ですか?」
質問を返すと、今度はすぐに昨夜と答えが返ってきた。
身に覚えのある桜は頬に冷や汗が伝うのが分かった。
「昨日の……」
「しらばっくれて。まともに受け取らないで」
勇子は正直な桜を慮ってそう言った。
勇子も桜が夜中に外に出たことは承知している。そのことを認めたところで、相手に正当性があるわけではない。問題は昨夜から今回の接触にあまり時間の間がないということだ。
「敵の拠点か、敵の部隊が近いのかもしれない」
そうでなければ、これほどに早い対応をするはずがない。
桜は勇子の危惧するところをくみ取りつつも、やはり〔ライトニング・イエロー〕の話に興味があった。
「連れ去ろうとは考えなかったのですか?」
昨夜目撃したというのならば、拉致することは可能だったはずだ。
もちろん、〔アル・スカイ〕の存在を事前に察知していたのかもしれない。その存在が不確かだったのやもしれない。
ちょうど、交渉開始から一〇分になろうといったとき、〔ライトニング・イエロー〕のモールス信号が打電された。
その文面が表示されるよりも早く、桜は肌が泡立つ感覚を覚える。
とてもわずかな体を包む雰囲気の変化。直感的に〔ライトニング・イエロー〕から殺気を受けたのだ。相手の刺すような視線とか、予兆動作のようなものを派手な色合いの機体から湧き出てきた気がした。
事実、解読されるテキストは交渉の終わりを告げると同時に攻勢に出ようという身勝手極まりない内容であった。
「ミュウ様っ」
「――っ!」
ミュウが桜の焦りを感じて、トリガーを引いた。
しかし、それよりも早く〔ライトニング・イエロー〕は逆間接の脚部で横っ飛びに回避運動に出ていた。ビームの散弾がむなしく地面を穿つ。
「はずした!?」
ミュウは確実に命中させられた距離と弾種を選択していた。にもかかわらず、こちらの射撃を悟られた。悟られていた。
〔ライトニング・イエロー〕は腕部を収納して、ビーム・ライフルが下部に回ると機動戦車のような出で立ちとなる。そして、逆間接の脚部のバネを遺憾なく発揮して自身の間合いへと距離を開いた。
「やられたわ。やっぱり時間稼ぎだった!」
勇子も桜の判断が正しいと今しがた気づいたところだ。
「なんだ、このふざけた文章は!」
ミュウもテキストに目を通して、怒り心頭する。
〔アル・スカイ〕も臨戦態勢を取って、機体をひねると大地を駆け抜ける〔ライトニング・イエロー〕に銃口を向ける。
〔ライトニング・イエロー〕は突き出た胸部装甲の下にぶら下がっているビーム・ライフルの銃口を回頭させて、走りながら射撃を開始する。
〔アル・スカイ〕はその場に跪いて、マントで防御姿勢に入る。一定間隔で撃ち込まれるビームは〔アル・スカイ〕の近辺を穿ち土煙が舞った。その中に〔ライトニング・イエロー〕の姿が隠れていく。
「どうして、わかったの?」
「テキストからはわかりにくかったのですが、緊張のようなものが――」
桜が言い終わる前に、敵のビームが〔アル・スカイ〕の正面に落ちて、強い土煙の波を浴びせた。昨日の砂嵐の影響で、熱せられた砂が派手にぶつかる。
「くっ」
桜は口の中が苦くなるのを感じながら、〔アル・スカイ〕を真上に跳躍させる。
完全に出鼻をくじかれて、〔ライトニング・イエロー〕のペースになっていた。この状況を打破するために動かなければならない。
土煙から抜け出し空へと出た〔アル・スカイ〕であるが、敵機を見失っていた。
「上!」
勇子が上空を見上げながら言った。
すでに〔ライトニング・イエロー〕は高度を取って、太陽を背にしていた。その明るい色が完全に太陽の光と同化して肉眼では判別がつかない。
ビーム光が容赦なく降り注ぐ。
〔アル・スカイ〕はマントを手繰って、スラスターを噴射して緩やかに降下しながらその攻撃をしのぐ。
だが、射撃と同時に降下をかけていた〔ライトニング・イエロー〕の機体が太陽よりも大きく映る。
凶暴な両翼を広げた鷲を思わせる影が〔アル・スカイ〕を覆った。
「このっ」
ミュウが〔アル・スカイ〕にバリアス・ショットガンの銃口を上げさせたときには、〔ライトニング・イエロー〕の巨体はするりと懐に飛び込んいた。たたんでいた両脚部が強靭なはじけたように伸びて、〔アル・スカイ〕の巨体を蹴り落とした。
「あ、ああああ!」
悲鳴が上がる。喉が熱くなる。言いようのない恐怖がのど元まで駆け上がってくる。
桜たちの体が前に押し出される。シートで固定されていてもその衝撃に意識は混乱していた。
〔アル・スカイ〕は薄れ掛けてきた土煙の中に突っ込んで、地面にたたき付けられた衝撃波がその煙幕を吹き飛ばした。
「が、はぁっ」
桜たちは背中から杭を打ち込まれたかのような衝撃と息をするたびに激痛を伴う呼吸に意識をつなぎとめた。
モニタに映る〔ライトニング・イエロー〕は止めを刺すつもりはなく、銃口を構えたまま様子を伺っていた。撃墜の意思はないらしい。が、〔アル・スカイ〕の機体を鹵獲したいのではないだろう。
『導師』の存在の有無を知るために操縦者を確保したいのだ。
先の会話からも〔ライトニング・イエロー〕は『導師』に固執していた。いや、動揺していた。自分たちの正体が暴かれたのではないか、と緊張していたように。
「投降勧告の光信号?」
桜はおぼろげに〔ライトニング・イエロー〕の頭部が光っているのを見た。
「馬鹿にしないでよ」
「先手を取ったくらいで、勝ったと思われては困る」
勇子とミュウは深呼吸を繰り返して、機体の機能を復帰させる。
「桜、相手は見逃してはくれないわ」
「侵略軍がどういうつもりかは知らぬが、ここで負けを認めて敵の手に落ちるわけにはいかない」
ミュウの言葉に勇子は一瞬、渋った表情を浮かべたが、すぐに気を引き締める。
「あなたはみんなに必要とされているの。だから――」
「勇子様とミュウ様も、です」
桜が威勢よく返答すると、〔アル・スカイ〕はスラスターをバッと噴射してすぐに立ち上がった。
「汚名返上、させていただきます」
〔ライトニング・イエロー〕は強敵だ。
「侵略軍に負けるわけにはいきません。『ファルファーラ』も『ノア』も苦しめるヒトには、負けません」
桜の声に、勇子とミュウも応えた。
桜たちに軽率な行動でいざこざを引き起こしてしまったことで後悔している暇はない。
〔アル・スカイ〕はバリアス・ショットガンの銃口を上げて、戦闘意思を上空で見下ろす派手な敵機に示した。
すると、〔ライトニング・イエロー〕は間髪いれずに手にしているビーム・ライフルを放った。
〔アル・スカイ〕も横っ飛びで回避運動をしつつ、スラグ弾状のビームを放つ。そして、次の一歩では大きく跳躍して左腕部を右のショルダー・ホルスターへと回していた。
〔ライトニング・イエロー〕は〔アル・スカイ〕の強力なビームに怖じけることなく、力を抜いて滑らかな落下機動を見せ回避。そして、あっという間に迫る〔アル・スカイ〕を正面に見据えていた。
互いの距離が縮まる。
〔アル・スカイ〕がビーム・サーベルを抜刀。鋭い光が溢れて、刀身が伸び上がった。
だが、それすらも〔ライトニング・イエロー〕は風に揺れる木の葉のように紙一重で避けると、〔アル・スカイ〕の下へと回りこんだ。なめるようなその挙動は美しい線を描いていた。
「下に潜り込まれた」
「好都合です」
勇子が狼狽する中で、桜はフットペダルを踏み込んだ。
銃口を上げようとする〔ライトニング・イエロー〕に〔アル・スカイ〕のしなやかな脚部から生成される圧縮空気の足場が合間に入る。
次にその空気の塊が破裂するのと同時に〔アル・スカイ〕は上昇をかけた。逆に〔ライトニング・イエロー〕は膨れ上がった大気の塊に激突して落下していった。
「五、六、七……。照準――、遅いっ」
ミュウは〔アル・スカイ〕が機体を翻してから、照準線が落下する〔ライトング・イエロー〕を捕らえるまでの時間が遅いことに悪態をついた。いつもなら遅くとも三拍で合わせられるのだが、今回の挙動は明らかにセンサが鈍っていた。
それでも、ミュウはトリガーを引いた。敵に付け入る隙を作るわけにはいかないのだ。
〔ライトニング・イエロー〕は脚部をたたんで、両腕部を広げて鳥のように滑空しながら蛇行する軌跡を描いて降下する。その合間をビームの光が刺すように走った。
〔アル・スカイ〕は機体を縮こまらせて、頭部を下にする。そして、再び脚部で圧縮空気を生成、蹴った。
頭から直線に斜線を引くように降下する〔アル・スカイ〕は赤茶けた大地を悠々と飛行する〔ライトニング・イエロー〕のまぶしく照り返す装甲を追う。
「あの〔アルファ・タイプ〕の操縦者、なんて強さなの」
勇子は戦慄する。
これまでの戦闘経験からも、戦闘記録と照らし合わせた〔アルファ・タイプ〕のデータからも段違いに強い。
これまで編隊を組んで、フォーメーションによって撹乱してきた〔アルファ・タイプ〕だが、単機で〔アル・スカイ〕を翻弄する相手は今までにいなかった。
「勇子、照準の感度が鈍っておる。そちらで手直しを頼む」
「りょ、了解」
ミュウの要望を受けて、勇子は〔ライトニング・イエロー〕の強さについて考えるのをやめた。
〔アル・スカイ〕は数回空中を蹴って、横に大きくジグザグに軌道を取りながら敵の間合いを計る。
高度が下がってくると、〔ライトニング・イエロー〕の頭部が回転して上空を走る〔アル・スカイ〕の機動を捉える。それで揺さぶりをかけているのか、とあざ笑うかのようにさらに高度を下げて、地面すれすれを飛んだ。
「調整完了。微調整はそちらでお願いします」
ミュウは勇子の声を受けて、地面を滑るように飛ぶ〔ライトニング・イエロー〕を捉える。その航跡に土煙が舞い上がる。膨れ上がる土煙を右手にとらえて、〔アル・スカイ〕は高度を下げた。
「挑発か? 仕留める――っ」
ミュウの冷徹な声とともにフットペダルで出力調整する足とトリガースイッチを押す指が機敏に反応する。
〔アル・スカイ〕が〔ライトニング・イエロー〕に狙いを定めて、ビームが一条発射された。
が、〔ライトニング・イエロー〕は単調なリズムから繰り出される射撃など意に介さず、さらに加速をかけてよけて見せた。
「んっ」
桜は膨れ上がった砂柱を見るなり、〔アル・スカイ〕を急降下させる。
「んっと。高度一〇〇以下は空は跳べないから気を付けて」
「はいっ」
桜は〔アル・スカイ〕の限界高度ギリギリまで下げる。
その時、先の攻撃で膨らんだ砂埃の中を突っ切って、最後の一蹴り。地面すれすれで強靭な脚力と圧縮空気の力で一気に前に出た。
それは〔ライトニング・イエロー〕にとって死角になる機動であった。盛り上がった砂柱が視界を邪魔されて、低空から侵入してくるなど考えもしないだろう。そうでなくても、その鋭く切り込む機動を機械の目を以てしても正確にとらえられるものではない。
「あ、うぅ」
勇子はうめいた。あばら骨が肺に突き刺さるような衝撃と眼球が圧迫される感触は気持ちが悪かった。
だが、〔アル・スカイ〕の一回の跳躍で一呼吸の合間に〔ライトニング・イエロー〕の警戒心の薄い角度に入り込んでいた。
〔ライトニング・イエロー〕の頭部が咄嗟に横並びに高速で滑空する〔アル・スカイ〕を捕捉する。そのバリアス・ショットガンの銃口が胴体を狙う。
「――そこっ」
ミュウは完璧といえる呼吸で攻撃を繰り出す。
すると、コンマ数秒早く〔ライトニング・イエロー〕は広げていた大きな碗部を九〇度傾けてエアブレーキをかけ、さらにたたんでいた脚部を出すことで空気抵抗を増やした。
ほんの些細な微々たる変化でしかない。それで回避が間に合うはずがない。
しかし、〔アル・スカイ〕の一直線に走るビームはわずかに〔ライトニング・イエロー〕の胸部を掠めただけであった。
その瞬間、桜たちは体感時間が引き延ばされて、敵がゆっくりと下がっていくのを見た。
「嘘……」
ミュウの口から敗北に満ちた声が漏れた。
瞬間、〔アル・スカイ〕と〔ライトニング・イエロー〕の距離はあっという間に開いた。
「嘘だっ!」
ミュウは思わず顔を後ろに向ける。ほとんど鳴き声に近い声で、喉がキュッと締め付けられる息苦しさに身もだえる。絶対の自信を崩されて、感情が高ぶっていた。
「姫様、落ち着いてください」
勇子も敵機の動きに動揺していたが、ミュウの悔し涙を流す顔を見てしまったらそちらに気が働いてしまう。
「う――、まずいです」
桜は敵に後ろを取られたと思って、〔アル・スカイ〕を上昇させた。彼女の予想通り、背後から狙いをつける〔ライトニング・イエロー〕の下部にあるビーム・ライフルが二、三発放たれた。
その光から逃げるようにして、〔アル・スカイ〕は幾度も宙を蹴って大きな弧を描いて宙返りしていく。薄い雲のじゅうたんを突き破って、機体がさかさまになろうとしていた。
「姫様、敵が来るわ。準備して!」
「あ、ああ」
ミュウは失敗したときのショックでまだ心臓の高鳴りが収まらず、足元に太陽がある光景に気づかなかった。
〔アル・スカイ〕が空中で浮遊感を得たとき、〔ライトニング・イエロー〕が白い舞台へと飛び出してきた。
青と白の世界で〔アル・スカイ〕と〔ライトニング・イエロー〕は互いの存在を認める。邪魔するものはない大空の戦場に鋭い風が下へと流れていった。
それが開戦の合図となって、操縦者たちは敵に集中する。
〔ライトニング・イエロー〕が右腕部に握ったビーム・ライフルを放つ。
〔アル・スカイ〕はサブ・スラスターを噴射しつつ、機体をひねって光の線を避ける。
「ミュウ様!」
桜は正面から上昇をかけてくる〔ライトニング・イエロー〕を見据えて叫んだ。
ミュウは迫る閃光に目を細めるが、いつもの自信でトリガースイッチを押すことができなかった。挫折感を味わいたくない恐怖心が指先から力を奪う。
〔アル・スカイ〕はマントでそのビームを防ぎ、落下すると、〔ライトニング・イエロー〕のほうが先に離脱して旋回する。岩石形態で空気抵抗を減らして、高速でジグザグな乱機動を取る。
「この機動、強化型の〔カムシャリカ〕と似てる。うっく」
勇子は上昇する衝撃に身体がくの字に曲がる。
〔アル・スカイ〕はメイン・スラスターを全開にして、雲ごと圧縮した足場を蹴って高高度戦闘へと復帰する。
クリアな空は〔ライトニング・イエロー〕の装甲はよく目立った。ジグザグに走る黄色い航跡が目に焼きく。
どちらが上でどちらが下かを判断するのは容易かったが、操縦者たちの中にあるのは無限の青空を遊泳するかのようなまとわりつく風の流れだ。
わずかに無重力空間に似ていた。
その懐かしい体感が、桜と勇子の縮こまっていた体を解きほぐした。
「勇子様、ミュウ様。遠距離での攻撃ではこちらが不利になります。なので――」
「白兵戦を仕掛けるのね?」
「はい。ミュウ様は敵を撹乱して、間合いが切れる瞬間を狙ってください」
「う、うむ。やてみよう」
ミュウは自信なさ気につぶやいた。
「ミュウ様ならば、すぐに敵の呼吸を取れるはずです」
「――っ! そうか。相手の出方か」
ミュウはうじうじと自身に原因を求めるのやめて、敵に対してその洞察力を向ける。完璧なタイミング、完璧な自身の呼吸であった。それでいい。そのことを突き詰めても答えなど出ない。
今、青い空の中をジグザグに降ってくる〔ライトニング・イエロー〕を落とすには敵のタイミングをこちらに引き込むか、合わせるかする必要がある。
「よしっ」
ミュウは自分の落ち度がないことを認識すると、立ち直りが早かった。敵は強いのだ。その強さに躓いたのなら、それを踏み越えるようと躍起になる。反骨精神を鍛えてきたミュウ・ミュレーヌ・レルカントの処世術だ。
「姫様、こちらで軌道データ、取っておいたわ。参考にして。桜、敵のスペックはこれまでの〔アルファ・タイプ〕と変わらないわ。この子の方が強いってところ見せるわよ」
「はいっ」
仕切りなおしとばかりに勇子は桜とミュウを支える。
マントをなびかせて、空を流れる〔アル・スカイ〕は敵の攻撃を避けながら、牽制射撃を行う。
〔ライトニング・イエロー〕もまた変形機構を巧みに操ってエアブレーキをかけて、不規則な機動を取りつつ大空を舞う。
そして、〔アル・スカイ〕が仕掛ける。
左腕部が握り締めていたビーム・サーベルの発振器から光の刃が現れると〔ライトニング・イエロー〕に向かって斬りかかる。
〔ライトニング・イエロー〕は身を翻して軽々とよけた。
「このタイミングっ」
ミュウは〔アル・スカイ〕が残心を取る瞬間、モニタの正面に同じく振り返ってビーム・ライフルを構える敵を見つけた。
互いが最良のタイミングで撃った。
そして、両者のビームが衝突して、干渉し、爆発。膨れ上がったビームの干渉波は〔アル・スカイ〕を容赦なく地上に向けて押し出す。
「ぷはっ。あとちょっと」
ミュウは息を吐き出して、仰向けに落っこちていく感覚に身を任せる。
減速のために〔アル・スカイ〕の広げた四肢から白い糸のような雲が湧き上がっていく光景は戦闘中であるにも関わらず、心が躍った。
〔ライトニング・イエロー〕はビームの爆風に押し上げられながら、その閃光を利用して〔アル・スカイ〕の側面に回りこむ。
「桜、左からっ」
勇子はセンサの感度を上げて、雑多なノイズの中で滑らかに回り込んでくる〔ライトニング・イエロー〕を捕捉する。
〔アル・スカイ〕はスラスターで姿勢を当てなおすと、左腕部を振るって接近する黄色い敵を払いのける。わずかに飛散した粒子が〔ライトニング・イエロー〕の焼け爛れた装甲にかすかに降りかかった。
が、〔ライトニング・イエロー〕は上体をそらすようにしながら、人型に変形すると左の手首の収納kらビーム・サーベルの発振器を抜いて、斬りかかった。
空中できりもみする二機のビーム・サーベルがぶつかった。
「なんて、強いっ」
桜はバチバチとはじける閃光に目を細めながら、相手の強さに感嘆する。
〔アル・スカイ〕の出力に押された〔ライトニング・イエロー〕は無理に受け止めることはなく、刃の干渉に任せて受け流し、風に流されるようにして、脚部の方へと潜り込まれた。
〔ライトニング・イエロー〕はしなやかで美しい〔アル・スカイ〕の脚部にビーム・サーベルを振う。
「間に合えっ」
桜は脚部にエネルギーを回して、装甲に電荷した重金属をまとわせる。
衝突。
〔ライトニング・イエロー〕の鋭い光の刃が、薄っぺらいビームの膜を破って左脚部の装甲を深く抉った。
バッと小さな爆発が起きて、黒煙が筋を引いた。
「装甲を斬られた?」
勇子は損傷した振動に驚きながら、警報音に顔をしかめる。ちぎれてはいないが、左脚部はほとんど使い物にならない。
「ならば――」
ミュウが右に回り込もうとする〔ライトニング・イエロー〕へバリアス・ショットガンを向ける。短銃身となり、機関銃モードで乱射した。
〔ライトニング・イエロー〕は返す刃を取りやめ、両腕部をクロスして、ばら撒かれるビームの光弾をやり過ごして離脱した。だが、至近距離で食らった以上はその腕の機能は低下していた。貫通しなかったのも、落下中の空気の濃度変化に助けられたようなものだ。
頭から落下する〔アル・スカイ〕と〔ライトニング・イエロー〕は呼吸を整えるようにして距離をとった。
「桜、左脚部はほとんど使えないわ」
「電源、カットです。他のもので対応します」
勇子の動揺に対して、桜は力強く答えて、〔ライトニング・イエロー〕を見据える。
そして、薄い雲へと機体が突入して、赤い大地を視界に捉えた瞬間二機は正面から突進した。
桜たちは乾坤一擲の突きを繰り出す。それは相手も同じであった。
互いの刃が伸び上がる。
「――――っ」
その瞬間、桜は相手の切っ先が〔アル・スカイ〕の心臓めがけて伸びていることを悟り、〔アル・スカイ〕の刃が空を切ろうとしているのがわかった。
胸部を貫かれる映像が頭の中になだれ込む。
だが、その瞬間、地上から数条の光が伸び上がってきた。
「何っ」
桜は我に返って、声を張り上げた。
〔アル・スカイ〕が自動反応で回避行動を優先させる。
それは〔ライトニング・イエロー〕も同じようで機体をひねって回避行動に入っていた。
緊迫していた状況が途切れて、勇子はどっと汗が噴出すのを覚えながら、地上からの、正確には低空からの攻撃を調べる。
「今になって、敵の援軍?」
上昇をかけてくる〔アルファ・タイプ〕の編隊。その実直な動きと直線的な攻撃は射的ゲームの的のように安直である。
落下中の〔アル・スカイ〕でもスラスターの噴射で軽々と回避できた。
「こういうときに――」
ミュウはバリアス・ショットガンの狙いをその編隊に向ける。銃身を伸ばして一撃で仕留める姿勢を整える。
そして、迷うことなく撃った。編隊の頂点に位置する〔アルファ・タイプ〕にビームが飛んでいく。
だが、上空から急降下をかけてきた〔ライトニング・イエロー〕がその〔アルファ・タイプ〕を踏みつけてかばった。
変わりに、「ライトニング・イエロー〕の下半身が吹き飛んだ。
「庇った……」
その瞬間、桜は編隊を組んでいた〔アルファ・タイプ〕たちが緩やかに回答するのを見た。逃げる気なのだろうが、その切り返しは遅く余計な隙を作っていた。
それを守るようにして〔ライトニング・イエロー〕はビーム・ライフルを必要以上に乱射して、彼らの撤退のしんがりを勤める。
〔アル・スカイ〕はマントで派手なだけの射撃を防御し、交わしていくと〔アルファ・タイプ〕の編隊は上昇していった。
そして、閃光弾の輝きが瞬いて〔アル・スカイ〕の追跡を巻いたのであった。
「あの動き、慣れていなかったのか?」
ミュウは横槍を入れてきた部隊のことを言った。
勇子は警戒姿勢を強めながらも、バイザーを上げて額の汗をぬぐった。
「桜、〔ライトニング・イエロー〕の予測針路を出しておくわ。どうするかは、あなたが決めて」
桜は〔アル・スカイ〕の落下速度を減衰させながら、操縦桿を握りなおす。
「いいえ。初期の予定針路を取ります。どうにも引っかかりますから」
桜は大きく息を吐いて、操縦桿を軽く引いた。
〔アル・スカイ〕は左脚部を庇うようにして、メインとサブのスラスターを目いっぱい噴射して、片足立ちする。ミュウの機転で、バリアス・ショットガンを杖代わりにして安定を得る。
「それに空を翔るのも、先の戦いで危険みたいですので」
桜は足元のモニタから見える〔アル・スカイ〕の脚部の傷口を見て苦々しく言う。煙はもう吹いていないが、かなり危険な状態であった。
勇子はそこ前気が回らなくて、ああ、と弱々しい声を漏らしてシートにもたれる。
「そうね。そのほうが賢明ね。ごめん。気が回らなくて」
「いいえ……。しかし、緊張はしておいてください」
桜はそういって、操縦桿とフットペダルを操作して〔アル・スカイ〕をスラスターと片足の脚力を併用した跳躍で北へと進行させる。
その先に何かある、と桜は直感していた。




