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スカイ・レコード  作者: 平田公義
第十章
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~敵視~ 来訪者たちの現状

『ファルファーラ』の歴史の中で不毛の土地として伝えれる西の大陸中央部。


 そこは荒涼とした大地。特徴的なのは、ひっかき傷のようにある数々の渓谷があることだろう。無数の渓谷が交差し、あるいは浅深の度合いで段差の激しい地形を構築していた。


 だが、そこに暮らす部族もいれば、訪れる人もいる。


『ノア』の巨大戦艦〔アーク・フォース〕は、現地人が住む町から離れた浅い渓谷に身を隠すように着陸して、滞在二日目の夜を迎えていた。


「おい。パッチは用意してきたか?」

「データの更新は終わってます。バックアップも。OSの修正はしたんですよ」

「だからさ、耐熱材だっての」


 その上部にある第一格納庫では、夜通しの機体整備が行われていた。


 そのなかでひときわ目を引くのは、追加装甲(オーバー・ウェア)と呼ばれる装備だろう。二重三重の積層装甲でかためられた鋼鉄の怪鳥、と呼ぶにふさわしい外観。無数に設けられたノズル、内蔵された武装は装甲の裏で眠っている。能ある鷹は爪を隠すがごとく、その外観以上に秘められたものが多い。


「今日の演習は重ね着のシークエンス確認だけだったのに、なんでここまでしなきゃいけないんだ」


 装備の整備に駆り出されたシャントッド・コーディルもまた、整備たちに交じって整備の手伝いをしていた。といっても、ほとんど見ているだけなのだが。


「オーバー・ウェアっていうくらいなんだ。ちゃんと面倒を見ないといけない。お勉強はちゃんとしたんだろ?」


 シャントッドに言い聞かせるのは、便底眼鏡で無精ひげを生やした中年男である。ボロボロのつなぎを煤まみれにして、使い古しの大きな道具箱を横に置くアナログな男であった。


 そんな男と並んで、追加装甲(オーバー・ウェア)の装甲の上でシャントッドは胡坐をかく。


「してきたさ」


 そう言いつつ、装甲版を開けて中の回路を弄り回すアナログな整備員の手先の器用さに目を見張った。


「ん。パッチ」


 アナログな男は回線を指先で束ねつつ、空いている手をシャントッドのほうに突き出した。


 シャントッドは面倒な男だと思いつつ、引っさげてきた資材入れを探ってビニールテープのような耐熱材を渡す。


「俺の生きてる時代には標準装備だったもんが、誰がこんな面倒な合体機構にしたんだか」

「知らねぇよ。歴史に名を残す発明家はバカか天才で、それを支持する人間がねじ曲がった方向に使っちまう」


 アナログな整備員は耐熱材を受け取ると、エネルギーチューブをぐるぐる巻きにしていく。力強くまとめ上げて、別の回線との伝熱を避ける。


「絶縁処理がテキトーだな、こりゃ……」


 アナログな整備員はそう愚痴って、顔を上げると首にかかっているタオルで顔の汗を拭きとる。


「その発明家の恩給を一番受けてる技術屋だろ」

「それで俺ぁおまんま食いっぱぐれずにいるがな。ガッハッハ」


 何が面白いのか、アナログな整備士は大口を開けて高笑い。


 シャントッドは視線をそらして、壁際に並ぶ〔カムシャリカ〕を眺めて、その整備をする人たちの軽快な動きにうらやましさを覚える。


「簡略化されて、整備がしやすい飛行ユニットのほうが優秀じゃないかよ」

「優等生らしい言い分だな。お前の機体にだってついたんだぞ、アレ」

「それで十分だって言ってるんだ」


 アナログな整備士が辟易した様子でハッチを閉じる。


「手間暇かけた方が、お前たち操縦者にはいいんだよ。簡単、安い、あとお手軽ってのは技術屋の首を絞めるからな」

「こういうことに人を当てるの、無駄じゃないか」

「これだ……」


 アナログな整備士は胡坐をかいて、両ひざに手をつくと大きく首を振った。辟易した様子で無精ひげもあって口角が下がるのがよくわかる。


「何だよ……っ」


 シャントッドはその男が自信過剰にしか見受けられなかった。年代が違えば、機体の運用理念も変わってくる。彼はシャントッドより後の時代、ちょうど〔AW〕の衰退期に生きていた男だ。


 削ぎ落された技術の中で磨かれた腕前が、どれほどの役に立つというのか。


「あのな。俺から言わせれば、こんなもんよりももっと安価で使いやすいものを所望するね。あの飛行ユニットとかな」


 シャントッドは固い装甲版をたたいて、続いて壁際に立っている〔カムシャリカ〕を指さした。


「エキゾチック制御機関と、こいつのタキオン機関とじゃ張り合いにならないってか?」


 アナログな整備員が残念そうに言う。


 シャントッドが言及する飛行ユニットは別名エキゾチック推進機関と呼ばれ、反重力力場を生み出し重力下で機体を持ち上げるものである。高出力、長時間を実現させた飛行のみならず、〔AW〕の主力機関としても活躍している。


 一方でタキオン機関はその莫大なエネルギー量で無理矢理に機体を飛翔させる。理論上光速にも達しえる推進力、戦艦級の高火力を一手に賄える機関で扱いが非常に難しい機関である。


 そのタキオン機関を積み込んでいるのが、二人が座っている追加装甲(オーバー・ウェア)だ。


「操縦者への配慮がなってない」

「ここまで来て命が惜しいか?」


 シャントッドはムッと口をひん曲げて、アナログな整備員の便底眼鏡をのぞき込む。


「今更、生きていたって仕方なかろうて。わしゃぁ、潔く死にたか」

「潔く死ねたら、ここにいる連中はとっくに死んでるよ」


 シャントッドの憎まれ口にアナログの整備員はどっと笑って、ひざを何度も打った。


「ガッハッハ、ちげぇね。あれもこれも、この歳でしたいことが山ほどあらぁな」


 シャントッドは整備員の後退し始めている生え際を見て、呆れ気味に笑みを浮かべる。こんな話をしても身にならないことは承知している。


 だが、生きているからこそ、くだらないことに時間を費やしているのだ。


「長生きするよ、あんた」

「言われるまでもねぇ」


 アナログな整備員は団子鼻の下をこすって断言する。


「ここの機械も相当おもしろい。ぜひとも、分解したいからな」


 シャントッドは彼の好奇心に呆れ半分に肩を上下させる。


 彼のようなあくなき探求心はいつの時代にもあったのだろう。『ファルファーラ』という未知の大地に根付いたロボット工学、システム工学に胸躍るのも仕方がない。文化人類学も学者肌の人ならば、興味惹かれるだろう。


「まぁ、どこかで腰を落ち着けられたら、今度は政治屋の出番だ。俺たちが楽しめるのは、今しかないだろうな」


 シャントッドはアナログな整備員に皮肉交じりに言った。


 武装集団など役目を果たせば、肩身が狭くなってしまうものだ。過去の兵士ともあれば、現代のやり方に順応できなければ害悪でしかないのだから。


                  *     *     *


〔アーク・フォース〕の上層部、クルーたちの船室が並ぶ区画は『ファルファーラ』の時間に適応してか、減光されて寝静まった雰囲気が漂う。


 船室はクルー二人によるルームシェア。三等船室ということもあって、二段ベッドとカウンターテーブルを置くだけで手いっぱいの狭い部屋である。


 そこの上段のベッドでトリス・カロリはライトスタンドの位置を変えて、壁に埋まっている物置と衣装ケースを探っていた。


「ちょっと、うるさいよ」


 下段で仮眠をとっている女性が、天蓋を軽くたたいて抗議する。


「ごめなさい」


 トリスはそう言いながら、物置からタブレット端末を取り出して衣装ケースの下着に隠していたケーブルと無線子機をベッドに置いた。


 タブレット端末に無線子機につないだケーブルとを接続し、起動させる。すると、無線子機とベッドに備え付けられている経由ポイントにアクセスして別口の秘匿回線を自動で開いた。


「向こうの時刻は、えっと……、朝の六時くらいか。定刻通りね」


 トリスはベッドに備わっている『ノア』の時間に合わせた時計を一瞥して、枕を抱きかかえるようにしてうつぶせになる。


 ショーツとシャツのラフな寝間着。足にくしゃくしゃのタオルケットを絡めて、タブレット端末のメールボックスを開く。すると、数秒ののち一通のメールが受信された。


 トリスはその一件を開いた。短い文章が箇条書きで書かれた、指令所である。


 文面を読みながら、重たい瞼をこすって無理矢理に意識をつなげる。


「また、こういうの。こっちの気も知らないでさ。上は勝手ね」


 届いたメールは元老院からの通達である。


『ノア』の権力者たちは、〔アーク・フォース〕部隊に対して全幅の信頼をおいているわけではない。彼らはかつて激しい時代を生き抜いた人間ばかりだ。策略、謀略、機略を駆使して『ノア』から離反するか、あるいは反逆を企てる可能性もあるのだ。


 トリスはその監視役として、派遣された人物だ。教育機関で学びを修め、現行の『ノア』のシステムに従順である彼女のような存在は元老院からも扱いやすい人間として見られた。


「所属不明のアーム・ウェアによる惑星干渉が確認されたため、部隊との接触に留意されたし。その際の隊員たちの情操変化、対応を報告……、か。その他諸々っと」


 トリスは声を押し殺して簡潔な内容を口にし、頭の中で反芻させながらメールを消去した。


「なんていうか、面白くない」


 彼女の本音は刺激の足りなさと、言われるがままに動くと元老院が思っているところが気に食わなかった。


 タブレット端末をベッドの端に置くと、枕を抱きかかえて仰向けになる。ベッドのライトスタンドが視界の端にちらついて、思わず目を細める。


「元老院のしてること。上から偉そうにぶつぶついうばっかりで、学校と変わんない」


 トリスは自分に与えられた仕事はきっちりこなす。しかし、同時にそれ以上もそれ以下のことをしたことがない。言われるがまま、やれと言われたことを遂行するだけの退屈なことばかり。


 それ以外のことを何か一つでもできただろうか。あるいは、何か自分から始めようとしただろうか。


 自問すると額に熱がこもって、染み渡るような痛みが増してくる。自然と眉間にしわが寄る。


「かといって、どうすればいいかなんてよくわかんないし……」


 トリスは盛大な溜息を吐き出して、目を閉じた。


 見えない壁にぶち当たって、身動きが取れない状態が続いている感触。頭の中で脱却したい意思があるはずなのに、そのための思考が働かない。


 ふと一人の赤毛の青年の後姿が浮かんで、咄嗟に目を見開いた。


「嫌だ。何考えてるんだろ、あたし……」


 トリスは右手で瞳を覆って、大きく息を吐いた。


「よくわかんないし……」


 胸が熱くなって、思わず枕を強く抱きしめる。それだけで、漠然とした不安が和らいだ。


『ノア』の中で生きてきた彼女にとってこの生理的な反応がどうしても受け入れられなかった。理性的ではないから、訳の分からないモヤモヤした感覚が残留してしまう。


『ファルファーラ』の長い夜に悶々とした気持ちで過ごす。忘れたいと思うたびに湧き上がってくるさざ波のようなノイズに何度も寝返りを打って、トリスはまた下にいるルームメイトに抗議を食らうのだった。

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