~敵視~ 荒野の迎撃
桜たちが操る〔アル・スカイ〕は不毛の荒野をさまよっていた。キルレやリャオたちと別れたカルスト地形よりも起伏は和らいでいるものの、とがった岩肌が目立つ。植物といえば乾いた草木が寂しげに風に揺れているばかり。赤茶けた岩は風に撫でられるたびに、ボロボロと砂をまき散らす。
〔アル・スカイ〕はマントを抑えながら、その乾いた大地を踏みしめて進む。
「何でしょう……。とても、寂しい場所ですね」
桜は〔アル・スカイ〕の頭部ハッチから上半身を出して乾いた空気とうららかな太陽の光の下、周囲を見渡していた。風に揺れるきれいな白髪を撫でて、純白の頬へと指先をおろしていく。
パイロットスーツ越しではわからない直の刺激を受けるたび、『ノア』の環境がいかに無味乾燥だったのかを思い知らされる。
「見渡す限り岩と乾いた土、か。こんなところに住んでいる人がおるのか?」
「何とも、言えないわ。キルレたちも、このあたりにヒトが住んでるんじゃないかって程度の認識だもの」
勇子はヘルメットをシートの後部に下げて、バブル・スクリーンと二次元スクリーンに表示される地形情報に目を走らせる。
「繋がりがなければ、こういう場所に誰が生きているかすら知らんとはな……」
ミュウの実感である。髪の毛先を指先でくるくると手持ち無沙汰に遊びつつ、『ファルファーラ』の生態系に疑問を感じた。鎖国することで互いを認知せず、それゆえに争いが起こることはなくなった。
だが、それが絶対の幸福でないことを旅を続けていく中で彼女は感じ始めていた。
勇子はお姫様のつぶやきに共感して微笑む。
「電波障害は比較的弱いし、草木も適応している種類もある。原生生物も、ほら、こういうのがいるわ」
そういって、マルチ・カメラがとらえた映像をミュウに回す。
ミュウはさっと長い甘栗色の髪を後ろに払って、送られてきた二次元スクリーンの映像に目を細める。映っているのは、巣穴からひょっこりと顔を見せる甲羅を持った生き物だ。家族なのか、複数で〔アル・スカイ〕の方向を器用にも二本足で立って警戒しているようである。
「食べられるのか?」
「姫様の基準って食うか、食われるかなの?」
勇子は嘆息して、じっとモニタを眺めるミュウを横目にした。一瞬でもセンチメンタルな感性を見たのが嘘のようである。
「この星の人って、かわいい動物を見ても食べるかどうかで判断するんだから……」
『ファルファーラ』のヒトというのは、食用か否かを基準に物事を考えているイメージが、ミュウとかかわるほどに強くなる。
すると、ミュウはムッと口元をゆがめる。
「失礼な。食べられぬなら愛でようもある」
「では、食べられるなら?」
「おいしくいただく」
ミュウのきっぱりとして物言いに、勇子はがっくりと肩を落とす。
「仕方ありませんよ」
ずっと二人の会話を聞いていた桜が操縦席について、ハッチを閉じるとそういった。
「備蓄も少なくなって、ミュウ様に満足な食事をしてあげられないのですから」
「それでも、あなたの食事半分は姫様が食べてるのだけど」
勇子は桜のフォローにツッコミを入れて、額に手を当てる。
備蓄の問題、とくに食料については考えなければならない。キルレたちから分けてもらったものを加工して日持ちをよくしても、次に補給を受けられる人たちと接触しなければ減る一方である。加えて、ミュウの食欲旺盛さは食糧難をさらに逼迫させている。
ミュウは口元をとがらせて、勇子の小言に嫌気がさす。
「無礼者! 桜が好き嫌いが多いために、わらわが処理をしておるのだ」
「それが気づかいだと気付いて……」
勇子はお姫様のポジティブな考え方に頭痛がしてきた。
桜は愛想笑いを浮かべる。
「好きでしていることですから……」
その時、〔アル・スカイ〕のセンサが何かに反応した。軽快な電子音が鳴り、桜たちは緊張する。
すぐに勇子が受信したものの正体を特定する。
「無線を傍受したわ。『ノア』の暗号コードと一致。回線、まわす」
桜は機体を停止させて、次の動きに備える。出力限界を上げて、各機関、センサ、武装制限の解除。ミュウも簡単な手順操作をして、射撃管制システムを起動させていく。
一方で勇子は相手の状況を探っていた。
距離があるためか、解読された無線は耳障りなノイズが混じっている。その中から女性らしい声が聞こえる。
『敵性機は〔アル・シリーズ〕である、か――、性が高い。――――、追加装甲による運用――、トを中止。実働制圧に移行』
桜たちは下っ腹がキュゥッと締め上げられる感覚を覚える。
「回線に割り込めませんか?」
「居場所を特定される」
勇子は早口に言って、無線の発信元と受信している機体の位置情報を捜索する。
「できたとして言いくるめられるのがオチだ。話を聞いてくれる内容でもなかったからな」
桜の提案に対して、ミュウはシビアな意見をする。
追加装甲がいかなるものか、想像するしかないが、『ノア』はそれを使いたがっている。それも実戦での実用性を図るために、〔アル・スカイ〕を標的にしてきた。
「バカにしおって」
実力を過小評価されて、ミュウは操縦桿を握りしめて戦闘準備に入る。
その瞬間、けたたましい警報が鳴り響いた。索敵範囲に何者かが侵入してきたのだ。
「超高速で接近する機体あり。十時方向!」
「早い!?」
桜たちはヘルメットをする暇もなく、〔アル・スカイ〕を戦闘出力にまでもっていく。即座に機体の人口筋肉に活が入る。
〔アル・スカイ〕は近くの裂け目に飛び込む。正面から接敵するのは危険だ。接近してくる機体の出方を伺うのが、現状有効だろう。
「敵性機、到達まで、五、四――ッ! 衝撃に備えて!」
勇子はバブル・スクリーンに映っているマーカーが尋常ではない速度で加速したのを見て、予想される事態に突発的にカウントを中断した。
桜たちは体に力を込める。
一呼吸する間に標的はやってきた。風を切り裂き、空気の壁を突き破り、雲をまとって〔アル・スカイ〕の頭上を低空で通過していった。
その瞬間、強烈な空気の爆発。ソニックブームが大地を揺らし、砂埃があたり一面を覆い尽くした。
「敵は――ッ」
ミュウは空気の痺れに顔をひきつらせながらも、砂埃で遮られた頭上を見上げる。
通過する瞬間を見ている暇さえなかった。どんな形状だったのかも、人間の動体視力ではとらえることはかなわない。
だが、不気味に空気を貫く音だけは残響して存在を知らせている。
「移動して!」
勇子は議論する暇さえ与えず、指示を出した。
通過していった敵性機のアクティブ・センサを感知していたからだ。すでにこの場所にいることはばれている。
「はい!」
桜は機体にバリアス・ショットガンを保持させると、亀裂に沿って走らせた。バブル・スクリーンに映し出されている映像を見ると、徐々に白んでジャミングがかけられているのがわかる。
「こちらの居場所はバレてるわ。戦うしかないよ」
「わかっておる。情報を頼む」
ミュウは気を引き締めて、勇子に要求した。程なくして簡潔にまとめられた情報が、桜とミュウの操縦席に転送された。
同時に〔アル・スカイ〕が機体を低くして走っていると、後方で次々と爆炎が上がった。爆風が背部を押し上げて、飛び散る火花と黒煙がチリチリと装甲を焼いた。
「――くっ」
桜は激震する操縦席の中でフットペダルを踏み込む。
〔アル・スカイ〕は黒煙に紛れて、上昇をかける。スラスターの勢いを乗せた跳躍。ジャミングが張られている以上、攻撃手にしても目を頼らざるを得ないはずだ。
「相手は高速で旋回してるわ。気を付けて」
勇子がセンサーの感度を上げて、わずかな敵の気配を探り当てるとその動きを予測した。
〔アル・スカイ〕の上昇速度が落ちてきて、桜とミュウは呼吸を整える。二次元スクリーンに表示している情報に目を向けつつ、相手のステータスを頭の中で反芻する。
「わかった。ゆくぞっ!」
「はい!」
〔アル・スカイ〕は圧縮空気を生成して、それを足場に横っ飛びする。黒煙が一瞬、その足場に凝縮され蹴り上げると同時に四散する。
青い空と、赤い大地。太陽の位置を素早く認識しつつ、マントをなびかせる白い機体は大きく円を描いて飛ぶ物体にセンサーアイが反応する。
「見えた!」
ミュウはその物体を瞳にとらえて、緊張する。
黒い翼を広げた怪鳥。長い機首、光の羽毛を宿した巨大な翼、二つの垂直尾翼が美しく伸びている。その翼から放出される推進光が一層閃光を強くして速度を上げていった。
「これなら、逃さない」
推進の光が強いばかりに、ミュウの瞳も〔アル・スカイ〕のセンサーアイも見失うことはなかった。同時に遠巻きから捕らえるのは簡単でも命中させるのは難しい。ビームの初速と相手の戦闘速度との着弾予測を考慮しなければ、いくら目立っていても撃墜することはかなわない。
〔アル・スカイ〕はバリアス・ショットガンの銃口をぴったりとその黒い怪鳥に合わせる。
「――ンッ!?」
ミュウが拡大画像に注目してトリガーを引く瞬間、怪鳥は一瞬にして変形した。
機首を根本から追って背中に回し、巨大な翼はショルダーアーマーを兼任し、装甲の一部がスライドして変形していく。あたかも、ベールをまとった人魚のようなしなやかで、力強い印象を持っていた。
そして、くるりと機体を反転させて〔アル・スカイ〕に向くとその中に包まれている〔カムシャリカ〕のシルエットがはっきりと映った。
それも、機首に仕込まれた射撃武装を手にして狙いを定めている姿だ。
「『ノア』のアーム・ウェア!?」
勇子が驚きの声を上げる。
〔アル・スカイ〕と〔カムシャリカ〕の発砲するタイミングはほぼ同時だった。
〔アル・スカイ〕は発砲と同時に機体をひねって、自ら地上に向かって落下する。そうすることで敵のビームを回避することができた。
すさまじいビームが足元のモニタに映り込み、飛散した粒子が装甲の一部を焼いた。
「もうここまで来ていたのか」
「予測はしていたことよ。けど、あんな強力な機体、聞いたことない」
ミュウと勇子が動転している中、桜は機体を立て直して高度を上げていく。相手との位置を図り、左上にその姿をとらえていた。
悠々と青空で滞空し、空中を跳躍する〔アル・スカイ〕を睥睨していた。
が、一瞬にして桜たちのモニタから〔カムシャリカ〕の姿が消えた。センサの反応が一瞬途絶えて、消失の表示がなされた。
「消えた――?」
桜がぽつりとつぶやいた瞬間、けたたましい警報が鳴り響いた。センサが再度、敵影を細くしたのだ。
「違う。上!」
弾かれるようにして桜が頭上を見上げると太陽を背にして、狙いを定める〔カムシャリカ〕の姿があった。
索敵範囲から外れていない。だというのに〔アル・スカイ〕の鋭敏なセンサを一瞬とはいえ混乱させた。
圧倒的な速さ。
桜たちから血の気が失せる。
「間に合って――」
桜は祈るように言った。震える手足をその意志の強さで動かす。
〔アル・スカイ〕は空いているマニピュレーターを太陽にかざした。同時に掌に収縮される漆黒の圧縮空間。制御もままならない、条件反射の挙動であった。
そこへ〔カムシャリカ〕が構える二丁の射撃武装からまばゆい輝きが飛び込む。
正面衝突するエネルギーの激流と圧縮空間。
〔アル・スカイ〕は自動で姿勢を制御しようとスラスターを全開にして圧縮空間を維持し続ける。
「――っ」
桜は膨れ上がる破壊球に危険を感じて、スラスターの出力を抑え、空間圧縮を解くと〔アル・スカイ〕を射線からそらした。
しかし、完全には逃れられない。
〔アル・スカイ〕はマントで直撃は避けるも、ビームが半身をかすめて勢いよく落下していった。
「きゃぁ!」
後ろに突き飛ばされる衝撃に三人の体がくの字に折れ曲がる。
その時、桜のメガネが外れて操縦席内を跳ね回った。
「持ち直して!」
桜はかすんだ視界の中で声を上げて、〔アル・スカイ〕に喝を入れる。メガネがないことに気づいていない。衝撃で目がかすんだ、と彼女は思っていた。
〔アル・スカイ〕は背部、脚部のスラスターを断続的に噴射して落下の減速をかけつつ、地上へと着地する。同時に後ろへとジグザグに跳んだ。
〔カムシャリカ〕はすでに低空にまで迫って、ビームを乱射していたからだ。目の前で地面に強力なビーム光が降り注ぎ、視界が真っ白に染め上げられる。
爆発四散する礫が〔アル・スカイ〕に殺到する。しかし、その衝突音などビームの爆発でかき消されて、桜たちの意識までも押しつぶそうとする。
「敵が速すぎる。センサの追跡が追い付かないなんて」
勇子はダメージコントロールを行いながら、相手の行動を学習装置に反復させている作業を並行させているが、まったく予測機動が算出できない。
「データ頼りだが――」
ミュウは目もくらむ閃光の中でトリガーを引いた。センサがとらえた〔カムシャリカ〕に向かって、半自動的に照準を行って発砲するものだ。
そんなものに命中を期待できないが、何もしないままでは相手の思う壺だ。
〔アル・スカイ〕は後退を続け、バリアス・ショットガンを発砲し続けた。そして、攻撃が緩んだ一瞬をついて上空へと飛び上がった。
「敵は――、どこ?」
「ちょっと待って――、きゃっ」
勇子のオペレートよりも早く、〔カムシャリカ〕は〔アル・スカイ〕の下を取って強力なビームを打ち上げ続ける。
「直撃をしていないというのに、この威力……っ」
ミュウは上下に激しく揺れる操縦できないで首をすぼめる。
機体を横切るビームから波紋のように広がる衝撃波が直撃を避けた〔アル・スカイ〕に襲い掛かり、機体を不安定にしていた。空気を貫く高出力のビームは、〔アル・スカイ〕のバリアス・ショットガンの威力を超えている。
「う、ん」
桜は視界がぼやけている中で、操縦桿とフットペダルを素早く切り替えた。メガネがないことに気づいて、とにかく〔アル・スカイ〕を動かし続けなければならないと気持ちが焦っていた。
〔アル・スカイ〕は下方右へと流れつつ射撃してくる〔カムシャリカ〕に対して、空中で大きくムーンサルトを決める。射線を外し、ミュウとの連携でバリアス・ショットガンの射線を確保する。
〔カムシャリカ〕は自分に銃口が向けられているとわかったのか、すぐさま高速移動を開始した。
「また――」
勇子は機体のアクティブ・センサを数秒の差で幾重にも発信する。一瞬でも軌道予測のデータを収拾するためにも必要であったし、道筋がつかめると思った。
〔アル・スカイ〕は逆さまの状態で地上へ向かって跳躍。
その動きが勇子の張った幾重もの網へと〔カムシャリカ〕をとらえさせた。
「軌道予測、きた! 六時方向、水平に落下してる」
勇子の報告を受けて、桜は機体を反転。ミュウもバリアス・ショットガンを算段モードに切り替えて、照準線の近くに〔カムシャリカ〕の姿をとらえた。
「後ろばかり狙いおって、恥を知れ!」
間髪入れずに、ミュウはトリガーを引いた。
〔アル・スカイ〕の振り向きざまの一射。バリアス・ショットガンからビームの散弾が咲いた。
〔カムシャリカ〕は銃口を上げた状態で、広げた翼のブースターで急加速。その攻撃をも回避して見せた。しかし、無傷というわけではない。
「命中。けど、かすり傷みたい」
勇子はわずかに〔カムシャリカ〕の装甲にビームの粒子が着弾した反応を検出して知らせた。その報告はミュウも自信をもって、次に備えた。
桜はその中で奇妙な感覚にとらわれていた。
胸の内のモヤモヤした感覚。肌の表面を鈍い刃物で撫でられたような感触が残っていた。足先からお尻へ上がって、左のわきを経由し胸元に伸びている。
「観測データ、送るわ」
勇子の弾んだ声とともに、〔カムシャリカ〕の軌道データが桜とミュウのもとに転送される。その軌道は直覚的な軌道を描いて、〔アル・スカイ〕の足元から這い上がってくる軌道である。
桜はその表示を正確にみることはできなかったが、彼女のしこりとなって残る感触のラインに似ていた。
〔カムシャリカ〕は瞬間移動をしているかのように、突然消えては別の場所に出現し射撃を繰り返す。
〔アル・スカイ〕もその動きについていくのがやっとであったが、勇子の索敵が功を奏してミュウの射撃に正確さが戻りつつあった。
そのうえ、桜の体が感じる感度というものも増して、その描くラインに沿って機体を動かすと〔カムシャリカ〕を正面にとらえることができた。
二、三のビームの交差を減るころには〔カムシャリカ〕の操縦者にとってかなりの疲労が見え始めてきた。
「――当たる?」
ミュウは〔カムシャリカ〕の動きが一瞬、鈍ったのを感じてトリガーを引いた。確証があったわけではない。だが、立ちくらみをしているようなものが広がったブースターの揺れから考えられた。
案の定、〔カムシャリカ〕の回避はコンマ数秒遅れて、脚部の追加装甲をかすめた。今度ははっきりと着弾の瞬間が瞳に映った。
「接近戦をしかけてこないわけだ」
ミュウは変形して垂直に上昇をかける〔カムシャリカ〕にダメ押しに連射をつづけながら言った。
急加速急停止を続ける〔カムシャリカ〕の運動は確かに脅威で、懐に入られたら最後一瞬で決着がつくだろう。だが、相手が仕掛けてこないのは停止時に意識がほんの一秒でも飛んでいる証拠だ。
装甲をかすめたのも、疲労が蓄積されてきた証拠だろう。
この好機に際して〔アル・スカイ〕の足は消極的な回避運動を続けるばかりで高速で飛行する〔カムシャリカ〕をとらえることができない。
「どうした、桜? 早く追わんか」
「は、はい。でも、目が……」
桜は目を細めて、必死に青と赤の狭間で動き回る黒点を追う。だが、〔カムシャリカ〕が距離を放していくと身体の嫌な感触は和らいで額に痺れが残る程度となっていた。それも距離を置く機体の延長線上にある部位である。
「なんとか、しないと……」
〔アル・スカイ〕は縦横無尽に飛び回る〔カムシャリカ〕に翻弄されて、委縮し徐々に高度を落としていた。
鳥形態の〔カムシャリカ〕は従来の戦闘機の機動ながら柔軟な動きを見せている。突出した加速力はないも、曲線を描いた軌道は彼女たちのリズムを崩すのにはちょうどいい軌道であった。
突撃してくる瞬間はその鋭い機首が鋭利な嘴となって迫り、二門の射撃武装が火を噴いた。
〔アル・スカイ〕は応戦するも姿勢が安定せず、照準は微妙にズレる。弱腰に逃げ回って、巻き起こされるソニックビームの衝撃に吹き飛ばされてしまう。
「チィッ。ちょこまかと――」
「反応、鈍ってるよ。桜――って、あなた、メガネ!」
「す、すみません」
勇子はようやく内線の映像通信で桜の鼻先にメガネがないことに気づいて絶句する。
ミュウも映像通信を一瞥してから、背後に回る〔カムシャリカ〕を目で追った。
「まともに戦えないなら持久戦で消耗させるしかない」
「ええ。相手があきらめてくれればいいのよ」
ミュウの意見に勇子は賛同する。桜を責める場合ではない。今できることを考えて対応していかなければ、確実に〔カムシャリカ〕に撃墜される。
桜は申し訳ない気持ちになりながら、操縦桿を引いて機体のスラスターを噴射させる。
〔アル・スカイ〕は地面に着地すると、その場で直立し〔カムシャリカ〕の動きを追った。相手が変形しようがしまいが、回避を重点的にする桜たちなら敵の追跡は機体のセンサに任せる方がいい。
さらに言えば、ミュウの動体視力もあって上空を旋回する〔カムシャリカ〕の動きを敏感に察知できる。
「さぁ……。どう出る?」
ミュウは安全策の中でも気を張って、敵から目を離さない。バリアス・ショットガンはライフルモードに移行し、射程距離を伸ばした。
〔カムシャリカ〕は高高度で旋回を続けている。体力の回復をはかっているのだろうか。
「長期戦に持ち込むの? 従来のアーム・ウェアなら不利なはずなのに……」
勇子は追加外装をつけた〔カムシャリカ〕でも高出力のビームと推進力を鑑みて、長期戦は不利だと考えていた。それなのに長期戦にもつれ込むような流れを作ったのには、相手にも策があると思うのが道理だ。
その時、桜の敏感になっている肌が新たな刺激を受けた。同時にけたたましい警報が鳴り響く。
「新手!? 三機? こんな時に――」
勇子は低空から侵入する機影三機をキャッチして愚痴った。
「機種は?」
「待って――。アーム・ウェアじゃない……」
ミュウは上空を飛び回る〔カムシャリカ〕を警戒つつも勇子のつぶやきに冷や汗を流す。
「アーム・ウェアの反応ではない? ということはマリーネン、侵略軍なのか?」
「それは何とも……」
勇子は返事に困って視線を右往左往させる。距離がある上に電波障害がかかっており、思考性を持たせてかろうじて数は把握できても、詳細まではつかめない。
桜はトラックボール型の操縦桿を握って、呼吸を整える。身体が疼く。精神的な飢渇が体を熱くさせる。
それに呼応するようにして〔アル・スカイ〕のセンサの感度が鋭敏になっていく。
勇子は右手の空から向かってくる二機のシルエットをとらえた。そしてもう一つ、大きな砂埃を巻き上げて地上を這う機体を視界に入れた。
「二機は戦闘機型。一機は戦車型と見えるわ」
「どうする?」
ミュウは指示された方向を一瞥しつつも、〔カムシャリカ〕へ銃口を向けて牽制を忘れない。
桜は肌がヒリヒリする感覚を覚えながら、赤い瞳を細めて向かってくる影を見つめた。ぼんやりとした陰にしか見えない。だが、三機が接近するにつれて、右肩が熱をもって皮膚が焼けたような痛みを覚える。
「――くるっ!」
直感だった。気泡が破裂するような神経質な不快感が襲い掛かってきた。
〔アル・スカイ〕は大地を蹴って走り出す。スラスターの推力で大きな一歩を踏みしめては、マントを手繰り寄せて接近してくる三機から距離を取る。
その瞬間、大地を這う機体、武骨なキャタピラを備えた大型戦車がミサイルサイロを展開して大空と放った。無煙のミサイル軌道は大きく山なりを描いて〔アル・スカイ〕へと迫る。
「ミサイル、急速接近!」
「迎撃するぞ」
勇子の知らせを受けてミュウは即座に、バリアス・ショットガンを機関銃モードに切り替える。
桜もまた脳天から来る不快感を感じて、機体を反転。背部と脚部で中座姿勢を維持しながら、後方へとホバー移動を行う。
〔アル・スカイ〕は上空に浮かぶ無数のマイクロミサイルを標的に、バリアス・ショットガンを連射した。小さなマズル・フラッシュの輝きが銃口から十字に飛び出て、凝縮されたビームはミサイルを迎撃していく。
頭上で紅蓮の光芒がいくつも膨らんだ。
「九時方向、一機。小型の戦闘機」
勇子は低空から忍び寄る鏃のような戦闘機を観測した。翼のないその機体は〔アルファ・タイプ〕に似ていたが、赤いカラーリングと細長い機影はそれとは違った趣である。
「何、この嫌な感触……っ」
桜は頬を赤く染めて、左の脇をつついてくる感触に身もだえる。恥ずかしさがあったが、それで相手の位置が知れるのだから今はそれに頼るほかない。
すぐさま〔アル・スカイ〕を着地させて、急停止をかける。脚部が踏ん張りをきかせて耐えるも、赤い砂彫りを上げて機体は後方へと滑走する。マントを手繰り寄せて、攻撃に備える。
その時、小型戦闘機は鼻頭から強力な光を発した。
あっという間に〔アル・スカイ〕のマントと光線が接触。光がマントの表面に集まった荷電粒子に屈折されて四散する。
〔アル・スカイ〕は横殴りの強風にあったかのように右へとよろけた。
「まだ――」
ミュウは右へ倒れる体を持ち直しながら、モニタに映る標的を照準に入れる。
〔アル・スカイ〕が両脚部で地面を踏みしめると、離脱しようとする小型戦闘機にバリアス・ショットガンンを向ける。
だが、ミュウがトリガーを引く前に桜の操縦で〔アル・スカイ〕はジグザグに後方へとさがる。
「ちょっと!」
「上から来てるのよ」
怒った声を上げるミュウに勇子がフォローを入れる。
勇子のいう通り、頭上からもう一機の増援が弧を描いて攻撃を仕掛けてきた。
中型の戦闘機。巨大な円筒を二個携えて、武骨な装甲版で覆われた胴体。速度は小型機ほどではないが、十分な機動力をもって〔アル・スカイ〕へと接近する。
その円筒のシャッターが開くと大口径の実弾の雨が降り注いだ。〔アル・スカイ〕を追うおようにして、破壊力抜群の弾丸が地面を穿つ。
「うぅっ」
桜は機首を持ち上げて離脱していく中型戦闘機を、文字通り肌で感じて〔アル・スカイ〕を上昇させる。
そこへ間髪入れず〔カムシャリカ〕の攻撃が来る。強力なビームが縦一閃に大地を走った。
〔アル・スカイ〕はマントで飛散する粒子を防御しつつ、その閃光に紛れて〔カムシャリカ〕と中型戦闘機と距離を取った。
「気持ち、悪い」
桜はマントが装甲を擦る感覚すら共有されて、体が痙攣を始めていた。体中を虫が這いずり回り、弄ばれている不快感が体を駆け回る。視覚に頼らない、装甲の向こう側を知るとなると人間の触角はあまり鋭敏で生理的な苦痛をもたらした。
〔アル・スカイ〕は回避運動をつづけながら、空中を駆け回る。
「敵の動きがおかしい。一か所に集まってるわ!」
勇子は桜のつらそうな顔を承知しながらも、増援の妙な動きに注意を払っていた。
そうしなければ、次の攻撃に対処がきかない。
「アーム・ウェアはまた上におるぞ」
ミュウも〔カムシャリカ〕の動きに精神を費やして、精神的にも肉体的にも追い詰められていた。自分の最大の武器である目から逃れ続ける敵に対して焦りが出ても無理はないことだ。
すると、地上で移動する大型戦車と中型戦闘機、小型戦闘機が縦一列のフォーメーションを取り出した。
「何をするつもりだ? うわっ」
ミュウもその動きに思わずつられてしまった。
その隙を感じ取ったかのように上空を飛び回る〔カムシャリカ〕が牽制射撃を加えてきた。
桜も相手の動きの不審さに気づいていたが、〔カムシャリカ〕を突破できず、機体を回避するので手いっぱいであった。頭がぼぉっとして、呼吸にも妙な熱がこもり始めている。
そして精神的にも〔カムシャリカ〕の動きに引っ張られているところがあった。
「動いたわ!」
勇子が、低空でアクションを起こした三機のこと言った。
大型戦車の中心が裂けて、後部へと伸展。二つに割れた先端が起き上がって、その二つを連結する後部からノズルの光が瞬いた。
大型戦車はその瞬間、強靭な下半身として足裏まで伸びているキャタピラを回しながら大地を滑走し始めた。
後続の中型戦闘機も変形。円筒を左右に展開、伸展させ、装甲版をスライドさせると装甲版だけの胸部と屈強な腹部、武骨な腕を形成する。
そして、
「合体機構!?」
勇子は中型戦闘機と大型戦車が合体して、下半身と胴体の半分を形成したのに目を白黒させる。
最後、小型戦闘機は機体の半分を折りたたんで、その未完成の巨人の背部から空いているスペースへと突撃し、完璧な胴体を形作る。その瞬間、四肢を震わせてみなぎる力を開放するように兜に覆われた雄々しい顔と円筒から掌が突出した。
その姿、緋色の鎧が炎のごとく燃え上がる豪傑の将。各廃熱機構からむせ返るような熱風を吐き出した。
「明らかに世界観違うじゃないの!」
「そういう部族が作ったマリーネンなのだろう」
勇子が動転しているところにミュウが苛立った声を上げる。
彼女とて合体する機体など見たことなかったし、何より地上に立つ赤い機体の自信ありげな佇まいは侮れない。
桜は〔カムシャリカ〕の追撃から避けるために〔アル・スカイ〕を降下させる。地上に合体した機体がいる。その懸念もあったが、〔カムシャリカ〕の攻撃の手を緩めるには、その機体を射線上に乗せるのが一番効果的だと思ったからだ。
しかし、甘い見込みだ。
合体した機体は大仰に右腕部を引くと、迫りくる〔アル・スカイ〕に狙いを定める。互いの距離は一〇〇〇メートルは離れているにもかかわらず、その動きには自信に満ち溢れていた。
視界がきいていれば、その距離を危機的範囲だと思わないだろう。
「――――っ!」
しかし、桜は一直線に射抜く敵愾心を感知して、体がすくんだ。同時に防御しなければと本能的に〔アル・スカイ〕の腕部をクロスさせた。
そして、合体機体が右腕部を振った瞬間、強烈な爆音とともに剛腕が飛翔した。目にも留まらない必殺の拳。肘から先が飛び出していったのだ。
それを〔アル・スカイ〕は腕部にまとったビームの膜で真っ向から受ける。機体は拳の勢いに負けて、上空へと押し戻されてさらには弾かれた。
桜たちはその瞬間頭が真っ白になって、甲高い耳鳴りが脳髄に響き続けた。
〔カムシャリカ〕は無様に落下する〔アル・スカイ〕を見届けて、人型へと変形すると落下地点へと降り立つ。その横に合体した機体が寄り添い、ピクリとも動かない〔アル・スカイ〕を睥睨した。
その二機が並ぶと、大きさは一目瞭然で、合体機体は着膨れした〔カムシャリカ〕よりも二倍近い大きさを持っていた。
桜は意識が暗闇へと落ちる手前、モニタに影となって映る一体が銃口らしいものを向けてくるのを目撃する。
そして、死を意識した瞬間、彼女の意識は途切れる……。




