~部族~ 朝日を浴びて
都には〔アルファ・タイプ〕の残骸が転がり、川岸には無残に打ち捨てられた〔ベータ・タイプ〕が横たわったままの状態である。さらに立ち並ぶ岩の隙間から朝日が差し込み、ギラギラと鏡面装甲が光を反射し、不釣合で幻想的な景観を作り出していた。
「これ、どうしよう……」
勇子の言葉が乾いた風にさらわれていく。
戦闘が終わり、周囲の索敵と生存者の捜索を切り上げて、ようやく桜たちも腰を落ち着けることができた。
機械たちも同様瓦礫に腰掛けるなり、横たわるなり、ひざまずくなりしてしばしの休息を得ていた。
「まったく、マニピュレーターは大丈夫として、武器はどうするのよ」
勇子はさらに辟易した様子でつぶやく。鏡面装甲に背中を預けて停止している〔アル・スカイ〕の頭部を一瞥して、改めてボロボロになった右腕部のマニピュレーターを見た。
彼女が横たわっても余裕があった、鋼鉄の掌は見るも無残な有様であった。機体が作る影のもとでも、その造形ははっきりとわかる。
尖った金属片、引きちぎられた指先、焼き切れた人口筋肉と電子回路の複合繊維からは異臭が立ち上る。作業機械がリア・ラックにあるコンテナから代用部品を運んでは、修繕作業に追われている。それで全快とまではいかずとも、機能を取り戻すことはできる。
しかし、それだって計算上のことだから実際に使うのは何度か試用しなければならない。
「資材は大切にしないと補給もままならないんだから……」
勇子はぼやいて、巨大な尖頭アーチとなっている脚部をくぐって反対側へ回る。
コンテナに積んでいる資材は末端の修理には問題ないが、派手に爆発したバリアス・ショットガンを組み立てられる量はない。そもそも、武装の破損など計算に入れず出発をしてしまった。奢っていたわけではない。機体の積載量を考えると、どうしても操縦者の生命維持に重きを置かなければいけなかったからだ。
「所長と連絡をつけて、補給物資を落としてもらうしかないわね」
勇子は口元に指を添える。『ノア』から直接物資を投下するにしても、綿密な準備と警戒網の隙を突かなければならないから、早くにはできないだろう。
「しばらくは、この状態で頑張ってもらわないと」
ため息を吐き出して、がっくりと肩を落とす。ふと顔を上げると朝日が目に染みて、勇子はパイロットスーツのケースからサングラスを取り出す。
「おお、ご苦労様」
と、反対側でボックスに腰掛けたミュウがクリームソーダを口に含みながら出迎える。
「柾は?」
勇子はサングラスをかけつつ、ミュウに尋ねる。
「みなに飲み物を振舞っておる。律儀というか、腰が低いというのか……」
やれやれとミュウは首を振って、またアイスを一口。
勇子も呆れて首を横に振りながら、よろよろとした足取りでミュウの横につく。
「どいてよ。喉乾いちゃったわ」
「フンッ。随分、態度が変わったの」
シッシと手を振って、退けとジャスチャーする勇子にミュウはむくれながら立ち上がる。
勇子はボックスを開けて、残り少なくなっている飲料パックを一つ手に取る。
「結構減ってるわ。まったく、あの子は……」
桜が景気よく周囲の人たちに配っているために、今後の活動に必要な分まで消費してしまう。現地調達ができるよう、コンテナにはろ過装置やサバイバル用品が詰まっているが、まねできない味というものがある。
ただでさえ供給しずらい状況だというのに、桜には自分たちのことは二の次、三の次にしてしまうから物資の管理をする勇子からすれば厳しい見方をしてしまう。
「食糧か? 里に戻ったら分けてもらえばよかろう」
「それだけでもないけどね」
勇子はため息を吐いて、ボックスを閉じるとその上に腰掛ける。疲れが一気に溢れ出して、開封した飲料パックを口に含んだ。程よく冷えた甘めのスポーツドリンクが火照った体に染み渡るのがわかる。
ミュウはお尻で勇子を押しのけるようにして再びボックスに座った。
「銃一つなくなったくらいで、そうめそめそするな。貧乏くさい」
「さすがお姫様。価値観が違うわ」
勇子は皮肉を込めてそういった。それからふと思い出して、肩を揺らした。
「そういえば、実家には連絡入れたの?」
「うぅん……。したぞ」
ミュウはもごもごと言って、閉じた口を波打たせる。それから朝焼けの空を見上げて、とつとつという。
ファルフェンとミュウの領地との協調関係が結ばれた経過報告だ。桜たちは活動勢力を伸ばすなかでも、それぞれの部族ごとの自主性に任せている。だからといって持ち掛けた代表が放り投げるわけにもいかない。しっかりとカバーできるところはしなければ、同盟の意味がない。
「ファルフェンのヒトたちとは、折り合いをつけているらしい。あの発掘した船もオリノのおかげで解析が進んでいるとも。それから……」
「それから?」
勇子は待ちわびながら、頬を朱に染めるミュウの横顔を盗み見る。
「報告が遅い、と王から説教された」
「親バカじゃない」
勇子はミュウの父親のことを想像して、思わず吹いてしまった。
ミュウは素早く睨み付ける。
「次からは勇子が連絡を入れろ。もう、やらないからな」
「いいじゃない。心配してるのよ、お父さんもさ」
「何が。延々とねちっこく中身のない説教を聞かされる身にもなれ」
「ふぅん。ちゃんと聞いてるの。嫌なら、通信を切ればいいのにねぇ」
勇子はミュウのぶきっらぼうさにニヤニヤする。
親子そろって愛情表現が屈折しているから、じれったいことこの上ない。しかし、険悪な仲であっただろうミュウにとっては今はそれが精一杯の娘としての姿なのかもしれない。
「何を言う。途中で放棄するなど、それではわらわが負けたみたいではないか。あの男に屈服しないと絶対、断固として心に決めておる! 甘く見るな」
「負けず嫌いも大概じゃない」
ミュウにはこの妙な意地の張り方があって、勇子には時折彼女の言動がわからなくなる。
どうしてもこうも、無為に負けを認めようとしないのか。
「今回の敵みたいにさ……」
勇子はまた飲料パックを口に含んで、周囲を見ながら言う。
母艦を逃がすために、〔アルファ・タイプ〕や〔ベータ・タイプ〕は必死に抵抗をつづけた。最後の最後まで何かに取りつかれたように戦いをやめようとしなかった。
そのことがどうにも頭の中で引っかかっている。胸の内がもやもやして悔しさがこみあげてくる。
「討った敵のこと、今更考えてどうする」
「別に感傷的になってるつもりはないわ。でも、後味悪いじゃない」
ミュウはアイスの溶けたクリームソーダを飲んでむっつり顔になる。
「そういうの自分に返ってくるぞ」
「わかってる」
勇子はそこで区切って、空を仰いだ。
ここで走っていただろう人影のことを思い出しそうになって、胸が苦しくなる。思い出したくないことばかりが頭の中で蠢いて、しつこく脳裏を過る。
ミュウは勇子の繊細さが頼もしくもあるが、危ない面であると感じていた。
「宇宙育ちは、大変だな」
それが『ファルファーラ』の地で育った少女の実感である。
* * *
桜は飲料パックを抱えて、戦闘に参加したヒトたちに配りまわって、最後に瓦礫の山の頂にいるシャトーとリャオのもとに行く。
「シャトー様、リャオ様、お飲物お持ちしました。あうっ」
桜は崩れやすい瓦礫に足を取られて、こけそうになりながらも登っていく。
「うん。ご苦労様」
リャオが見かねた様子でかがみこんで、桜の手を引っ張り上げる。
「すまない」
シャトーが遅れて手をさしのばして、二人の間に桜が引き上げられる。パラパラと小さな破片が斜面を転がって、三人は大河を望んで座り込む。
「いいえ。少しでも皆様のお役に立ちたくて……」
桜は二人に飲料パックを渡して、膝を抱える。帽子が飛ばされないように片手は頭にのせて、大河のほうから上がってくる冷たい風に帽子からこぼれる白い髪がかすかに揺れる。
『ノア』のような閉鎖空間では見られない巨大な水の流れに、桜の純真な心が惹かれる。改めて自然の雄大さと煌びやかさに目を奪われる。
リャオとシャトーはそれを受け取ると、毛むくじゃらの指と指の間にキャップを挟んで器用に開封する。
「健気ね。これからのことだってあるというのにさ」
「やはり、ここを離れるのか?」
リャオの言葉を引き継いでシャトーが落ち着いた声音で聞いた。二人は桜たちの使命をわかっていて、それをとがめるつもりはない。別れが近いと思うと寂しくなるのも道理もあった。
それでも笑顔で送り出すのが、役割だとリャオもシャトーも心に決めていた。
「すぐに出発はいたしません。ほかの、この周辺の部族とを統合する仕事もありますから」
「それなら、あたしらの間で片付く。都の解放を知れば、自然と人が集まる」
桜は両手で膝をぎゅっと抱きかかえる。それから、飲料パックを口にするリャオをちらっと見てほっと一息つく。
「防衛策についても、すでに協議がされている。敵の残した装甲がつかえそうだ」
シャトーが誇らしげに言う。
「それを周囲に配置して角度を合わせれば、敵の隙をついた攻撃ができるって寸法。数が揃うまでの付け焼刃ではあるけど」
シャトーの言葉に重ねて、リャオが皮肉気に言った。
現状の戦力では、今回のような大きな戦いを挑まれたら防衛しきれない。小戦闘でも何度も迎撃できる力をラトゥ族、ラミィ族にはない。〔アル・スカイ〕が抜けることを考えると、策の一つや二つ講じないことには侵略軍に対抗できない。
桜も彼女たちの負担を考えると、流浪の旅の脆弱性を思い知らされる。
「申し訳ございません。なんだか、都合のいい時だけ偉そうに……」
「いや、そんなことはない」
しょんぼりする桜にシャトーが生真面目に言う。
「あんたが来て、我々は里を取り戻し、都もまた解放できた。これ以上は甘えられん」
「自分のことは自分でって。お伽噺の教訓じゃ、そういう風になってる」
リャオとシャトーは目配せして、確かめ合う。
かつての『導師』がこの世界を導き、救った。しかし、それは『導師』の悲しい善意である。母のように寛大な存在を失って初めて、残された種は互いに自立する道をようやく歩み始めたのだ。
今度はその存在を失わずとも、よりよい未来を築いてく。過去のお伽噺だとしても、学ぶべきことを実践しなければ先になど進めない。
「桜を必要としているヒトはまだまだいる。そのヒトたちの力になってくれ」
リャオは無造作に桜の帽子をつぶすようにしながら、頭を撫で繰り回す。
桜は拒否しようと手を伸ばすも、彼女の力強い手を振り払うことはできなかった。機械がなければ非力なもので、自分のちっぽけさを思い知らされる。
「わたしだけではありません」
桜がそういうと、リャオは手を放す。
「一人の力ではないのです。ここまで来れたこと、今回の戦闘で勝利を収めたのも……」
桜はメガネの位置と帽子を直しながら、すっと振り返る。
シャトーとリャオがつられてその方向に視線を向ければ、降機している〔アル・スカイ〕が目に飛び込んでくる。その足元には何やら言い争いをしている小さなシルエットがあった。
「あの子が頑張ってくれているからです。そして、わたしを支えてくださる勇子様、ミュウ様、そして皆様のお力がありましたから、変わることができました」
リャオとシャトーは桜の謙虚さに脱帽する。
桜は自分の力をまだよく理解していない。どんなに支えてくれる人がいても、どんなに強力な機械があっても、必要とされない時だってある。互いを認め合う心と選択する意思が何よりもこの星に生きるヒトの心を動かしている。
そして、多くのヒトの可能性を信じてやまないのだ。
「きっとまた、素敵な人たちに出会えると信じています。皆様と手をとってこの難局に立ち向かう、勇敢な方々に」
桜は優しい声でその言葉を紡ぎだした。
リャオとシャトーもそれに微笑みを返した。
「これから、忙しくなるな。同盟の参加に、部族の統合……。しかし、頼もしい話だ」
リャオは素直にそう思った。
「変わらなけばいけない時が来たということか」
シャトーはしみじみという。
すると、桜が少し厳しい目つきでシャトーのほうに向きなおる。
「そうですよ。キルレ様もレナン様もいらっしゃるのに、無茶なことはお控えください。親子そろってダメなところ、直してください」
シャトーはうっとのけぞって、しぶしぶといった様子で返答する。
それを見たリャオはニヤニヤして、小さな桜に抱き付いた。まだ年若いというのに小姑のようなことをいうものだから、おませな可愛げが心をくすぐった。
桜は混乱して、借りてきた猫のように固まってされるがままである。
しかし、リャオの抱擁が乱暴になるとバランスを崩して、二人の体が斜面へと傾いていく。
「あっ!?」
間抜けな声が三人から出ると、次に桜とリャオの悲鳴が上がった。




