~部族~ 月夜の里
夜になると空気はめっきり冷たくなり、双子月が煌々と輝きを放っている。
里の周囲には見張りの〔ロゴート〕数機が岩の上に隠れて、警戒をしてくれている。そのほとんどがラトゥ族が請け負っており、持ち回りで動いている。彼らの勤勉さは夜が更けても、衰えることはなかった。
一方で当直ではないラトゥ族とラミィ族は役所とその周辺にある民家を借りて、夕食を取っていた。席を同じくして囲む夕食は賑やかで、振舞われる料理の数々に舌鼓を打っては互いを労う。初めこそよそよそしかったものの、お酒やおいしいものを口にしていくうちに打ち解けていった。
同じ苦難を受けた。こうして偶然にも共同戦線を張ることに敬意と栄誉をたたえて、盃を交わす。
親戚が一挙に集まったかのような賑々しさが夜空に響いていく。
その中で桜は民家から民家を渡り、挨拶回りを終えて役所の縁側でほっと一息ついていた。背後でも賑やかな声がこだまして、振り向けば笑顔が溢れていた。
「導師様、こちらにいらっしゃいませんか?」
「あ、ええっと……」
声をかけられて、桜は苦い顔をしてしまう。挨拶回りでへとへとになってしまい、賑やかな場所は遠慮したいところであった。
と、二階の階段からリャオが降りてきて、一階の会場に顔を出す。
「導師様を困らせんなよ。疲れてるんだから」
「ニャオ家が口をはさむのかぁ?」
酒の入ったラミィ族の男がそうはやし立てる。
リャオはすました顔で縁側に出る。浴衣風の寝間着で、前がはだけそうくらい着崩していた。
「こっちはこっちでのんびり月見でもさせてもらうよ」
そういうなり、ブーイングの嵐を背に受けて桜の隣に腰を下ろした。縁側に足を投げ出して、上半身をひねって宴会場を向く。
「なんか肴になりそうなの持ってきてよ。あ、導師様は何が食べられる?」
「あ、えっと、木の実とかお魚とかでございます」
「だって! あとお茶お願いよ。お茶!」
リャオの注文を聞いて、宴会から一人立ち上がり土間のほうへ移動した。
「いやぁ、明日が作戦だっていうのに、このどんちゃん騒ぎはすごいよ」
「ラトゥ族の風習だそうです。狩猟祈願とか、ゲン担ぎだそうで……。わたしたち、これで二度目になってしまいましたが」
桜は思わず苦笑する。一日、といっても地球時間で言えば一日と少しであるが、二度も宴会を開くのはラトゥ族の生真面目さと陽気さの奇妙な組み合わせがなせる催しだろう。
「ふぅん。お祭り好きっていうのは悪くない」
リャオは満足そうに笑うと、輝く双子月を見上げる。星々の輝きが宝石のように瞬き、高い空に吸い込まれそうで胸の内がドキドキした。
桜はその横顔を見て、月光を浴びて白く輝く彼女の肌に見とれた。田んぼのほうからカエルに似た鳴き声と鈴虫の奏でる音が聞こえてくる。
「ラミィ族はこうしたことは、しないのですか?」
「ここまで賑やかなことはしないよ。親戚で集まるなんてこともないだろうから……。だから、楽しいよ」
リャオは胸いっぱいに夜の冷えた空気を吸って吐き出す。胸が膨らんだ時の張った感触がチクチクと残った。
へぇ、と桜は呆けた返事をする。
「導師様のところはどうなの? 何でも、あの月と同じくらい高い所に住んでるって聞いたけど」
リャオはすっと月を指さして、桜に顔を向ける。
桜は彼女の指先を追って、満点の星空を眺める。
「よく、わかりません。お父さんとお母さん、すぐに亡くなってしまいましたから」
「それじゃぁ、今までどうやって生きてきたんだ?」
「それは色んな人のおかげで……」
「親切だね。あたしらは親が死んじゃったら、自力で生き残るしかないのに」
桜は咄嗟にリャオのほうに目を向ける。
「自力で、でございますか?」
「当たり前じゃん」
リャオは言い切って、両手を縁側についた。
「そうやってあたしたちは生き残ってきたんだから」
リャオの力説に桜は気おされて、体をのけぞらせる。彼女からすれば、『ノア』の社会システムは理解しがたいものであろう。だが、逆にそのような社会に依存せずとも、ラミィ族は存続することができたのだ。
そのギャップに桜はもやもやした気分になる。
「けど、今回のように〔マリーネン〕出されちゃうとそうも言ってられない。あ、勘違いしないで。ラトゥ族のこと、嫌いってわけじゃないから」
リャオが続けて、今度は困った風な声音でそうつぶやいた。
桜はふと疑問を抱く。
「なぜ、〔マリーネン〕が絡むと協調なさるのですか?」
「さすがに体一つで、あのデカイ物に対抗できるはずもないでしょ。こっちもこっちで対抗するには、協力して〔マリーネン〕を動かさなきゃいけないの」
もっともなことをリャオは言って、肩を上下させる。
「では、〔マリーネン〕は今までどうなさっていたんですか? もともと皆さんはバラバラで生活していたのでしょう?」
ラミィ族は家族単位で行動したいたはずだ。機動兵器である〔マリーネン〕の管理をするのは、ある程度まとまった人数が必要だ。二〇機近くを稼働状態にするのにも、それなりに資材や技術が必要になってくる。機体に関する知識だって維持しなければならない。
リャオは口元をゆがめてしばらく唸り、記憶をたどるように言葉を絞り出す。
「有事の際は全員集合って決まりで、あの〔ロゴート〕とかはその集合場所に保管されてて――、誰も手を付けてなかったんじゃない? あっても邪魔だし」
「操縦とか、整備はどうするんですか?」
「そんなの機体と一緒にしてたマニュアルを読んで、覚えるよ」
あ、とリャオは何か思い出したように桜に顔を近づける。
「そういえば、勇子にマニュアル貸してたんだ。あとで、返すように言っといて」
「は、はい……。かしこまりました」
桜は目と鼻の先にあるリャオの整った顔に顎を引いて答える。
「お待たせしました」
と、そこにレナンがお膳を運んできて、二人の間に座った。
「こちら、タケノコの炙りと竹の揚げ物。夏みかんになります」
桜はそのレパートリーにどう反応してよいものか、困り果てた。
炙ったタケノコのスライスと皮をむいた夏みかんは了解できる。が、竹の揚げ物と称された天ぷらのように衣をまとった竹の輪を料理と呼ぶのだろうか。
しかし、リャオは目を輝かせてレナンにいう。
「おお、よくできている」
「味のほどはまだわかりませんから、お口に合うかどうか」
レナンは一緒に持ってきた不格好な土瓶を寄せて、湯のみにお茶を注ぐ。
リャオは竹の揚げ物をまじまじと見てから、爪の先で器用につまんで一口かぶりつく。衣のサクサクした触感、竹のパキッとした歯ごたえ、そして鼻に抜ける竹の香りに思わず口元がほころぶ。
「おいしい。やはり、ここの竹藪はいいところであったな」
「喜んでもらえたようで。こちらも作ったかいがありますよ」
レナンは本当においしそうに食べるリャオにほっとしつつ、湯のみを二人のそばに寄せる。
「ありがとうございます」
桜はそう一言添える。
「導師様も遠慮なさらずにどうぞ」
「それでは、一つ……」
レナンに勧められて桜は遠慮がちに、夏みかんをひと房取る。挨拶回りで散々餌付けされるかのように料理を食べてきたのだ。お腹の中はもういっぱい。
おずおずとレナンとリャオを見比べて、彼女たちの期待の眼差しを受けては食べないわけにはいかない。
「――はふっ」
桜は大きく口を開けて、夏みかんを口の中に放り込んだ。
肉厚な果肉と噛むほどに溢れ出す甘くも酸っぱい味。頬をいっぱいに膨らませて、大きなひと房を味わう。と、固いものを不意に噛んで桜の表情が曇る。
「種に当たったな?」
「そうみたいです……」
桜は口元を抑えて、悟られないように種を吐き出す。
クスクスとレナンも思わず笑みをこぼす。
「本当に、導師様は変わった方ですね」
「そういうものだろ」
レナンの意見にリャオが重ねた。
伝承で聞く『導師』は優れて統率者として崇められ、象徴的あるいは規範的な人物像でしかない。だが、夏みかん一つで困った表情をする桜からは堅苦しさなどみじんも感じない。年相応の表情を見せ、有事となれば凛々しくなる彼女に妹とか娘とかを見るような気分が沸き立ってくる。
「見ず知らずのヒトのために、わざわざ戦ってくれるのだからな」
リャオが少し暗いトーンでいう。
レナンも複雑な表情をして、お茶を飲んで目を固くつぶる桜を見た。
桜・マホロバが戦う理由がわからない。『導師』の子孫としてこの地上に降りてきたとして、それはもう過去の、先代の役割だったはずだ。わざわざ危険を冒してまで戦う理由でもなければ、多種族同士を結びつけるために骨を折ることもないはずだ。
「それだけではないのですけどね。娘のために色々と動いてくださいました」
レナンがリャオの意見に付け加える。彼女からすれば、桜、いや勇子とミュウも娘のために尽力してくれた恩人である。そこに導師云々の敬意よりも、素晴らしい少女だと称賛する
気持ちが大きい。
リャオもそういう心持のほうが好きであったし、レナンの言葉で脳裏に一人のラトゥ族の女の子の顔が浮かんだ。
「あの怪我をしていた娘。あなたの子だったの?」
「はい。もう歩けるほどに回復してます」
レナンの言葉にリャオは感心しつつ、タケノコの炙りを口に放り込んだ。
シャキシャキとした歯ごたえと炙った表面の苦味と甘味の合わさる。癖になりそうだ。
「当たり前ですよ」
桜はお茶の苦味に耐えて、レナンとリャオに視線を向ける。メガネの奥にある赤い瞳が潤んでおり、宴会場の明かりで輝いていた。
「人が死ぬのは誰だって嫌なはずですもの」
桜はすっと月を見上げた。
かつて両親が死んでしまった時やファルフェンの人たちが無抵抗に惨殺されていく時、桜は胸の奥が苦しくなってそれらを認めたくなかった。
「けど、どうし――」
リャオは追求しようと口を開けようとした。だが、月を見上げる桜の横顔を見て口を閉じた。
憐憫の横顔が月明かりに怪しく浮き立つ。白い髪と肌が青白く見え、赤い眼差しは憂いをもって双子月へと注がれる。
彼女の信条で、そこに論理的な言葉を連ねるのは野暮であろう。損得勘定も考えず、ただ誰かが悲しむのを見たくなくて桜・マホロバはここまで来たのだ。そして、〔アル・スカイ〕という力で人々を脅かす相手と対峙してきた。
「導師様よ。暗い顔をしないで、明るくいかないと、でしょ?」
リャオはお茶をすすって、白い歯を見せて笑った。
「はい。明るく、です」
桜は夜空から視線を外して、笑顔を浮かべる。
悩み事は明日の作戦を成功させてからでも遅くはない。だから今は英気を養って、備えるのが一番だ。
春の風がさらさらと白い髪を揺らした。
* * *
勇子は下層から響くどんちゃん騒ぎを遠くのことのように聞きながら、窓から差し込む月明かりを頼りに古びた書物を捲る。そこへ一機の作業機械が近づき、頭部からレーザー光を出してページをスキャンし始める。
「次で最後になります、所長」
「ああ、ご苦労。こちらで以前送られたデータと照合させる」
スキャンを行っている作業機械からオリノ・ロンナスの気だるそうな声がした。
『ノア』で待機している彼女は電波状況のよい時間帯を指定して、こうして有益な情報をバックアップしているのだ。『ファルファーラ』の史料は貴重品だ。今後、別の部族との接触の時に役立つ情報があるやもしれないのだから。
「助かります。マリーネンについて、いまだ技術的にわからないことが多いものですから」
「現状だけでもわかったことはあるがね」
作業機械がスキャンを終えると同時にオリノの冷静な声が響く。
勇子はオリノの仕事の速さに驚く。送受信とともに解析作業を並行させていたのだろう。それにしても『ファルファーラ』の言語に対しても素早い対応を見せるのは驚異的である。『ノア』にとっても機密扱い、というより全体を把握しきれていないはずの情報だからだ。
「どんなことです?」
興味津々に勇子が問う。
「一つはこの前送られてきた〔ベータ・タイプ〕の情報と今回の〔ロゴート〕とかいう機体。技術的に差はほとんどない。『ファルファーラ』特有の機構も姿かたちを変えて流用されてるし、基本的な理論は同じみたい。ビームの駆動系とか、収束装置、人口筋肉……。あと、反重力装置とかも説明ができそうだ」
「では、侵略軍はこの星に住む部族?」
もともと、そのことは視野に入れていたことだ。『ノア』による自作自演にしては手が込んでいたし、被害も大きかった。まさか、自ら犠牲を出してまで『ファルファーラ』に降りたいとは思わないはずだ。
「その可能性は大きい。が、〔ロゴート〕の現状を見る限り、判断しにくい部分がある」
オリノの冷徹な声に勇子は息をのむ。
「部族ごとの差はあるやもしれないが、〔マリーネン〕はいわば発掘兵器のようなもの、と現状の『ファルファーラ』では考えられている。ファルフェン族にしろ、姫様の部族にしろ、そこは共通されている。生産能力に乏しく、貴重品。だが、これまでの戦闘報告を見るかぎり、未確認勢力の――」
「機種と機体数、ですか?」
勇子は反射的にオリノの言葉に割り込んで言った。
オリノからの通信から不愉快そうな息遣いはなかった。代わりに淡々としていた。
「ええ。少なくとも、部族としての技量は侵略軍が上とみていい。生産ラインを確保しているな」
勇子は下唇を噛んで、眉根を寄せる。
技術格差が部族ごとにある。そうなると、そのまま文化レベルに直結するのではないだろうか。ラトゥ族とラミィ族の生活水準が中世くらい、ミュウたちは近世くらいか。ファルフェンはもっと原始的な雰囲気がある。そう考えれば、侵略軍はもっと近代チックな文化を営んでいる可能性が高い。
「引き続き、調査を頼むよ。それから、『ノア』に降りた二個中隊だがな」
オリノは淡々と報告をつづける。
「北上航路を取っていた一個中隊が『ノア』に引き返している。南下しているほうはそちらと鉢合わせになるやもしれない」
「一個中隊が『ノア』に?」
彼らの目的は『ノア』に来ていた外交官を送り届けること。そして、そのうえで交渉をしようという目論見であったはずだ。
「早すぎません?」
勇子たちが『ファルファーラ』に来て一か月もしないうちに、早くも撤退行動をとっている。
「そうだな。だが、交渉などせずに敵情視察をしただけ、と考えれば納得のいく日数だ」
勇子はオリノの言葉に緊張する。
そして、オリノの声もまた張りつめる。
「警戒はしておくよ。気を抜くな」
「はい」
勇子が返答すると、作業機械の通信が途切れて沈黙する。
急に肌寒さが増して、体が震える。緊張と不安が押し寄せてきた。明日の作戦のこと、『ノア』の動き、侵略軍の究明と様々なことが頭の中で混線して頭痛がする。
「頑張らなきゃ」
勇子はそうつぶやいて、自分を奮い立たせる。例え、どんな困難があろうとも進むと決めた道だ。そして、父が果たせなかった願いを成就させる。
「勇子、いる?」
と、階段のほうからキルレの声が聞こえて、勇子は這って階段のほうへ移動し顔出す。
下にはキルレが目を凝らして、首を動かして様子を見ていた。体力の回復が目覚ましく、彼女はすでに自力で動き回ることができる。それゆえに左腕は三角巾でつるされているのが不自然に感じられる。
「どうしたの?」
「ええ。そっちに絵本ない? ラミィの子供たちが寝物語がほしいって」
「わかった。そっちに持ってく」
勇子はキルレに無茶はさせられないと思い、体をひっこめると散らばった本を整理しつつ選定する。ノリで製本されたものばかりで、気を抜くと本そのものがバラバラになりかねない。
「これで、いいわね」
勇子は慎重に埃を払いつつ、一冊の本を手にする。表紙には手書きで『ファルファーラ』の文字が書かれている。
「導師様の伝説を知るのに、ちょうどいいわ」
手にした本のタイトルは『白銀の導き手』と書かれた本である。一〇ページにも満たない薄いもので、子供向けに簡略化されているものだ。中身はまだ読んでいないが、『導師』に関わる童話だろう。
勇子はそのほかの本を慎重に積み重ねてから、作業機械と本を小脇に抱えて梯子のような
階段を下る。
二階にはまだろうそくの明かりが壁にともっており、ラミィ族の寝室となっていた。薄明かりの中で酔いつぶれた人や早くに寝る人たちが固い床の上に転がっている。
「姫様まで……。はしたない恰好で」
勇子は寝ている人たちの中に、着替えもせずに横になっているミュウ・ミュレーヌ・レルカントの姿を見つける。寝言なのか、しゃっくりのような声を時折あげていた。
「お姫様、ラミィ族の子供たちとの遊びで疲れたみたい」
「キルレ、大丈夫?」
勇子の隣についたキルレはもちろん、とほほ笑んだ。
それを見て安心したのもつかの間、勇子の周りにラミィ族の子供たちが集まる。目の周りのクマが抜けきらない子たちの顔はどこか呆けて見えたが、彼らの期待に膨らんだ瞳に思わず気押されしてしまう。
「読もうか?」
「いい。お母ちゃんに読んでもらう」
一人の子供が指をさした。勇子とキルレはその方向に目を向ける。その先で、一人の女性が申し訳なさそうに会釈する。
「そっか。わたしも一緒していい?」
「いいよ」
勇子はありがと、と言って子供たちを引き連れて女性のほうへ歩んでいく。雑魚寝状態の人の合間を縫うように歩いていき、目的地に着く。子供たちが遊んでいたのだろう、彼女の周りにだけは寝ている人がスペースを譲るようにしていた。
「こういうのに興味があるの?」
「導師様について、知りたいからね」
後についてきたキルレがふぅんと適当な返事をする。彼女からすれば、幼稚な風に見えるのだ。
勇子が本を渡して、子供たちの最後列に回るとひざを抱えて朗読を待つ。キルレもそんな彼女の隣に座った。
「導師様に聞けばいいでじゃん。近くにいるんだから」
「それは……、そうっ。ラトゥ族ではどう言い伝えられてるか気になるじゃない? でしょ?」
勇子が早口にまくしたてるようにキルレに言う。自然声も大きくなり、じっと彼女の見開かれた瞳を凝視していた。
すると、前にいる子供の一人が勇子のひざを小突いて注意する。
「あぁ、ごめんなさい」
勇子はキルレから距離を取って、前列で睨み付けてくる子供に愛想笑いを浮かべる。
それから、すぐに朗読を請け負ってくれた女性が澄んだ声で読み始める。
「白の導き手。わたしたちがまだ、生まれるずっと昔。言葉も、文字もない時代。どこから来たのか、一人の女の子が獣たちのもとへあらわれました。二本の足で歩み、真っ白な髪と真っ白な肌、赤い瞳をした女の子でした」
導入を聞けば、なるほど桜と似た女の子が主人公なのだと納得できる。
勇子はしばらくその話に耳を傾けた。
「女の子は争いを続ける獣たちを心苦しく思い、言葉と文字を与えました。すると、彼らは互いに言葉を交わし、見る見るうちに女の子と同じように二本の足で歩き始めました。小さいもの、大きいもの、みなが同じように考えを持ち、心を持ち、女の子はいつもニコニコ。お話がとても大好きでした」
どんちゃん騒ぎが床下から響く中でも、子供たちは女性の声に集中していた。
物語の面白味というよりも、語り手である女性の感情のこもった声が子供たちを魅了している。ナレーションは落ち着いた声で、獣の声は低く、導師の女の子は明るく、ひょうきんなものはステップを踏むかのように語りかける。
勇子は心の内が熱くなり、懐かしさを覚える。
「上手……」
「ああいう風に読める人、なかなかいないよ」
キルレも語りをするラミィ族の女性をほめた。
「しかし、獣たちがやがて女の子と同じヒトになると、彼らは爪や牙の代わりに武器を作って自分たちとは違うヒトや獣を襲いました。女の子は悲しみ、嘆き、やがて一体の人形を作りました。心を持たない、ヒトの形をしたものです。『この子は優しい人が使えば、襲ってくるヒトたちを追い払える』と涙ながらに言いました」
勇子はその一文を聞いて、胸が詰まる思いであった。
「これが〔マリーネン〕の始祖といったところか。これがもし、本当なら……」
導師の胸中はいかほどのものだったのか。
物語が進んでいき、血なまぐさい話へと発展していく。多種族との相容れない争いが激化し、〔マリーネン〕の技術を吸収したヒトたちはその技術をもってさらに強力な兵器を生み出していく。
誰が誰と戦っているのかもわからないほどに、戦乱は混濁し、疲弊していった。
子供たちにはその痛烈な惨状を想像することはできない。だが、勇子とキルレは戦場を体験した身であったから、その凄惨さが頭の中をよぎった。
「やがて、成長した女の子は各地を回ると人形たちを埋め、船を沈め、空を飛ぶ船をも落とさせるように言いました。『武器を捨てて、争わないで、血を流すために機械を使うのは間違っている。じきに大きな天災がくる。助かるためには、みんなで助け合うの』と。しかし、ヒトはそれなしに生きることができない、獰猛な獣のころに戻っていました。女の子は各地から心の綺麗な人たちを集めて、三隻の船を作りました。天へと上る大きな船です。そして、女の子のいった災いが空から迫ってきました」
真に迫った声に息をのむ。
「大きな星が三つ、それはこの星をも壊しかねない大きな星でした。ヒトがその存在に気づいたとき、女の子が三隻の船を従えて空へと上りました。そして、二つの星を食いとめ、最後の一つを砕きました。破片は地上へと降り注ぎ、争いを続ける人々に襲い掛かります。『助けて』『助けてくれ』。悲鳴を上げて、彼らはようやく自分たちの愚かさに気づくのです」
子供たちは怯えたように隣の人同士寄り添う。
「これが導師様の伝説? こういうのが人気なの?」
勇子は隣のキルレに耳打ちしてきいた。自分が興味本位で選んだことも失念している。
だが、童話にしても、英雄譚としても適切でない気がした。悲哀に満ちた話の筋で、どうして導師を崇めるまでに至るのだろうか。
「わからない? 導師は最後まで優しくあろうとした。一人ぼっちだった彼女は誰よりもさみしさを知っていたし、悲しみを知っていた。だから、そうなって欲しくないと行動し続けた。今の導師のようにね」
キルレの感情のこもった声。
その言葉を聞いて、勇子も納得の声を漏らす。
「しかし、女の子は帰ってくることはありませんでした。彼女は広い宇宙へと旅立ち、二隻の船をこの星に残したのです。その意思を聞いた人々は女の子の言葉を思い出し、兵器を地下に埋め、破壊しました。それでも、女の子の笑顔を見ることは永遠にありませんでした。おしまい」
話が終わると、何とも言えない後味の悪さが残って勇子は胸の内がざわついた。
子供たちも頭で論理的にまとめられないものの、胸の内に隙間風が入り込んでくるような寂しさを追体験できたようだった。幸福な終わり方を望んでいた気持ちは寂しさで埋め尽くされてしまう。
すると、朗読をしていた女性が本を閉じて子供たちを見渡す。
「こうならないように、わたしたちはラトゥの人たちと仲良くしなくちゃダメだよ?」
そう付け加えると子供たちも力強く頷いた。
勇子もまた心の内でその言葉に共感する。それが目的でもあるのだから。
「明日、無理はしないでよ」
「わかってるわ」
キルレの心配そうな声に、勇子は笑顔で返した。
「あんたが怪我して帰ってこられても、あたしは何もできそうにないから。だから、無事に帰ってきてっよ」
キルレは痺れて動かない左腕をさすっていう。
「いいヒト、なんだからさ。そういうヒトは死んじゃダメ」
「……ありがとう」
勇子は静かにつぶやく。気恥ずかしさがあった。だがそれ以上にこれほどまでに心配してくれることが嬉しいと思ったことがない。
だから、目にあふれる涙を見せたくなかった。




