~部族~ 里帰り
ラトゥの里の景観には、住んでいた人たちも思わず口の端をひきつってしまうほどの荒れっぷりであった。
水田には敵機の残骸がモニュメントのように突き刺さり、用水路もところどころ断水している始末。踏み慣らした道も抉れられて、里の中心にある民家の屋根もいくらか捲れ上がっていたり、最悪踏みつぶされていた。
普通なら故郷の凄惨たる光景に力が入らないだろう。
しかし、ラトゥ族は違った。
「さて、家だけでも補強せんとな」
「ラミィ族の寝床も確保しなきゃならないんだ。食事の支度は女子供に任せる」
「仕事だ、仕事。男どもは集まれ」
先に里にたどり着いていたラトゥ族の〔ロゴート〕隊操縦者数人が扇動して、里の復興に乗り出していった。日はまだ高い位置にある。太陽が顔を出しているうちに、できることをしないと夜が怖いからだ。
ラトゥ族は棚田の合間に点在する民家の修理に入ると、それぞれが持ち場についていく。
「いやぁ、働き者だね。ラトゥ族は」
「感心するなら、もう少し考えてください」
勇子は能天気なラミィ族の長、リャオの言葉に肩を落とす。
網目のように広がる畦道。勇子とミュウ、リャオは無事な道を歩きながら、里の中心にある民家の群れを目指していた。
「のどかな里だな」
ミュウの感想は至極簡素であったが、胸中は故郷と違う街づくりに浮き足立っていた。田んぼなど見たこともなかったし、茅葺屋根の家などは海に面しているレルカント領では見かけない行動のものであった。
と、食材集めの一団とすれ違う。まだ幼い子供の集団。二桁も歳を重ねていないだろう。そんな子供たちが、頭に大きなザルを載せて、てくてくと歩いていく。中には赤子を紐でくくって背負う女の子の姿もあった。
これにはミュウもリャオも驚かされる。どちらも、子供が赤子を背負いながら仕事の手伝いをする光景など見たことがなかった。
「あ、異人さんだ」
「おう。異人さんだ」
子供の声に、リャオがひょうきんに答える。
「笹の葉とタケノコ、期待してるよ」
「うん。わかった」
すれ違いざまのリャオの要求に、子供たちは笑顔で答えて大きく手を振った。
リャオは振り返ることはしないも、片手を上げて答える。
「真面目な子たちだね。ラミィの子たちにも見習わせたいよ」
「しかし、食べることしか考えておらんのか」
「ま、いいじゃない」
ミュウの質問に対して、リャオはやる気のない返答をする。
「キルレ、大丈夫かしら?」
ふと勇子が心配そうにつぶやく。
「子供たちを見たろ? 生真面目な連中だ。ちゃんと丁重に送ってくれるさ。輸血とかいうのも必要ないんだろ?」
リャオの軽薄な物言いに勇子は辟易する。
〔アル・スカイ〕を里のはずれになる〔ロゴート〕の格納庫付近に駐機させて、キルレは先に到着した父親のシャトーに預けた。そのことに関しては心配はしていないのだが、キルレは責任を感じて〔ロゴート〕の修理をすると怪我を押して、作業しようとしているのが心配なのだ。
「現状の戦力も心配になるわ」
重々しため息とともに勇子はつぶやく。
格納庫と言っても、カルスト地形で出来上がった幅の広い岩の割れ目の中。そこから緩やかに地下へと進む洞窟である。彼らにとって〔マローネン〕とは発掘兵器で、洞窟を掘り進めると部品や機体が出土してくるらしい。その掘削作業にはかなりの労力が伴い、部品ひとつ見つけるのにも二日、三日はかかるという。
それだけに現在ラトゥ族、ラミィ族を合わせた〔ロゴート〕二十一機は貴重な戦力であり、資源であった。
リャオはその愚痴を聞き取って、ころころと笑う。
「とやかく言っても、始まらないって」
「それでよく、族長が務まるものね」
勇子は皮肉を込めて言い放った。ささやかな仕返しで、これでリャオが戸惑ってくれればいいと思った。
が、リャオはそれすら意に介さず広い空を見上げながらいう。
「有事の時だけの仕事だからね。ま、爺様、父様が死んじまったんじゃ仕方ないさ」
「そういう家の出身なのか?」
「だから、姫様と同じだって言っただろ?」
お飾りみたなものだけど、と付け加えてリャオはミュウに視線を落とした。
ラミィ族は基本的に一組の夫婦から一人の子供が生まれる。その後は家族単位で生活を営み、集団で集まるのは出産祝いや葬式、定例会くらいなものである。その中で議題を取りまとめるのが、リャオの継いだ役職、ニャオに当たる。それ以外に行政的な役職はなく、事実上、族長の家柄なのだ。
「苦労してるのだな。その性格でも」
「そうかな?」
リャオは小首を傾げて、鋭い爪で太ももを掻く。
そのずぼらな風体に勇子とミュウは大丈夫だろうか、と不安になってくる。機体越しでの出会いとはえらい違いである。
畦道を歩き、棚田に差し掛かると修繕中の民家には多くのラトゥ族がとび職のようにせっせと働いていた。
テキパキと束ねた茅葺をバケツリレーのごとく屋根に運んでは焼け落ちた個所に埋めていく光景。新しく柱を立て、梁を渡して、骨組みを補強する姿。実になれた手つきであった。
用水路の残骸撤去も進み、いくらか田んぼへ水がいきわたるようになっていた。
三人はしばらく両手に広がる棚田を眺めながら、上段へと進んでいく。
「これから、あの家に向かうけど、二人ともいい?」
勇子が立ち止まり、ひときわ大きい邸宅を指さして、ミュウとリャオに言った。
一階建ての民家とは違う三階建ての建造物で、役所のような場所である。幸いというべきか、ほとんど戦いの影響を受けず残っていた。
「何をするのだ?」
「色々と、ラミィ族とのことも決めなくちゃいけないもの」
ミュウにそういうと勇子はリャオのほうに視線を移す。出席してほしい、と瞳で訴えかける。
事前にラトゥ族の新たなリーダーたちを集めて、ラミィ族の受け入れについて協議するように指示を出しておいた。受け入れられる側である代表としてリャオにも参加してほしいのだ。
が、リャオは役所の建造物を仰ぎ見て苦い顔をする。それから勇子の視線に気づき、視線を向ける。
「あんたに任せる」
「そんな無責任な……」
勇子もさすがにこれは容認できない。
これからのことを話し合おうというのに、一族の代表者がすっぽかすようなことがあっていいはずがない。
勇子が詰め寄ろうとした時、リャオはさっと棚田の下段を指さす。
「あたしにだって、やることありそうだからね」
勇子はムッとしながら彼女の指さす方向を見た。
曲がりくねった畦道を蛇のように連なった人の列が勇子たちのいる民家のほうへ向かってきている。
「ラミィ族のようだな」
ミュウは目を凝らして、服装や特徴を見て取ってそうつぶやいた。
勇子は言葉が出ず、リャオのほうに視線を向ける。すると、やんわりとほほ笑みを返してきた。
「こうも仕事が多い場所に大人数で来るのは悪いでしょう?」
「それは、まぁ……」
「それじゃ、そっちはよろしくー」
勇子の渋る顔をしり目に、リャオは来た道を引き返していく。
「根はやさしい人なのだろうな」
「姫様に言われると、複雑な気分ね」
ミュウはそう言われて、ふっと怒りが込みあがってきたがすぐに抑え込む。
「わらわもリャオと行動する。監視役が必要だろう?」
「お願い。ラミィ族のことも知っておきたいから」
ミュウは高飛車そうに甘栗色の長い髪を払って、リャオの後を追う。
「……はぁ」
勇子は短く息を吐き出すと、サングラスの位置を整える。
彼女たち、『ファルファーラ』の人類は鎖国的な国づくりをしているわりに、別種族に対して強い警戒心がないように思える。話が通じれば、互いに武力に訴える手段を取らない。
交流を絶っている部族同士がこうも同調しあえるのは、やはり『導師』にまつわる伝承がカギになっているのだろう。
「資料があると、いいのだけど……」
勇子は回れ右をして高い位置にたたずむ役所のほうへと歩んでいく。
役所に向かうのは、今後の対策会議に出席することだけが目的ではない。この里に伝わる『導師』にまつわる資料を閲覧するためでもある。
* * *
ミュウ・ミュレーヌ・レルカントはリャオとともに行動し、避難してきたラミィ族の誘導をしていた。
「よぉし。しばらく、ここで休憩」
リャオが列の先頭でそう宣言した場所は棚田の下段、平地の田園近くの広い道であった。被害が少なく、往来も少ない。大きな荷車が来るわけでもなかったから休憩する分にはちょうどよかった。
「許可はとったのか?」
「いいじゃない。みんな、疲れてるんだから」
ミュウは道の端に座り込みだすラミィ族とリャオを交互に見ながら困惑する。
彼らは大荷物を下ろして、毛玉のような容姿をした山羊から荷を下ろしては彼らにも休息を取らせるようにしていく。まるで露店でも開きそうな光景であったが、全員腰を下ろすなり、荷物からわずかな食料を出して黙々と食べ始める。
中には食糧も尽きて、うなだれる人の姿もあった。
「田んぼには入るな。水路の水は足を洗う程度に」
リャオは列の最後尾に向かって、歩き出し、呼びかけていく。
ミュウもそのあとについていって、周囲の様子を見まわした。誰もリャオのいうことに逆らうことなく、さらさらと流れる用水路に足をつけて、ほっと一息ついている。
と、リャオが一組の家族のもとで立ち止まる。みれば、その父親の腕に乳飲み子が抱かれていた。ピーピーと甲高い赤ちゃんの泣き声がこだまする。
「今年、生まれた子だな?」
「はい。ニャオ家にはお世話になりまして……」
母親はのんびりした口調で言うが、顔色はあまり良くなかった。父親のほうはわが子をあやすので手いっぱいといった様子。夫婦そろって疲労困憊であった。
彼らもまた長い道を歩き、さらには侵略軍の攻撃におびえていたのだ。心身ともにつかれているのは、当然といえた。
ミュウは乳飲み子の顔をそっと覗き込んで、目を丸くした。
「目に、黒い斑がある!」
口を大きく開けて泣きわめく乳飲み子はまだ手足の産毛で軟かそうなうえ、鋭い爪など見当たらなかった。だが、代わりに目の周りには真黒な斑があった。思わず母親の顔と赤ん坊の顔を見比べてしまう。
リャオが呆れたようにミュウを横目に見る。
「ラミィの子はこうだ。年を取れば、自然と無くなる」
説明して、リャオは今一度母親のほうに顔を向ける。
「乳の出が悪いのか?」
「はい。あまり、よくなくて……」
彼女の弱々しい声音から、リャオは何かを感じ取る。
「夜にはラトゥ族が夕飯を振舞ってくれる。腹の足しにはならないだろうけど、これで我慢してくれ」
リャオは懐から笹の葉をありったけ取り出して、母親の手に乗せた。
「ありがとうございます」
彼女は恭しく受け取って、頭を下げる。
リャオは小さく頷いて、あやすのに悪戦苦闘する父親の肩をたたいて立ち上がる。
「妻子を守れよ」
「あ、は、はいっ」
若い父親の上擦った声を受けて、リャオは再び歩き出す。
ミュウも慌ててその後ろについていく。
「意外と族長してるではないか」
「何言ってるの。当たり前のことだろ」
そういってリャオはミュウと歩幅を合わせて、彼女の綺麗な背中を叩いた。
ミュウはつんのめりながらも、体勢を立て直す。力加減を知らない彼女にむくれながらも、周囲のラミィ族を見ると怒鳴る気持も失せた。
彼らも侵略軍から逃れての生活をしてきたのだ。慣れない集団生活もあってか、精神疲労が大きく見える。
「そういえば、お姫様の国はどうなってる?」
「え? ええ。一応は対抗して見せてるみたいよ。けど、このままだとジリ貧になって負けてしまうかもしれない。だから、大陸に渡って協力を仰ごうと思ったら、この様子だ……」
「悪いね。自分たちのことで手いっぱいな状態で」
「お互い様だ」
こればかりはリャオやキルレたちに文句を言っても解決できることではない。
どこもかしこも侵略軍による被害が広がっている。連携を取ろうにも、身動きが取れないのでは話がつかない。
リャオも表には出さないが、現状を憂いているのだろう。時に同族に声をかけては励まし、食糧に余裕がある者には分けるように促すなど、真面目な一面を発揮していた。
ミュウはその後ろについて、リャオとともにラミィ族の激励に回る。そうするのが一番であるとわかって、リャオ・ニャオが伊達で族長をしていないことに感心しながら。
* * *
「資料は三階にあります」
「ありがとうございます。休憩を挟んでから、協議を再開すると伝えてください」
勇子は役所の土間で若いラトゥ族の女性に言伝を頼んだ。
役所の一階では、ラトゥ族の女性たちが行き交い食事の支度や掃除をしている。ここを宿泊施設として開けるためである。彼女たちが一段高い居間に上がるときは、桶いっぱいに入れた水で足を洗って手拭いで水けをふき取ってから上がっている。
会合に参加している男たちは掃除のために追いやられて縁側に座っている。
時代錯誤的な光景に勇子も目移りしてしまう。ぼんやりとしばらく眺めていたが、目的を思い出すと頭を振って雑念を追い払う。
勇子はパイロットスーツのブーツを脱ぐと、それを持ったまま二階に続く急な階段を這いずるように登っていく。ブーツは土間においていたら、ごみと間違えられて捨てられな兼ねない。
二階に行っても、掃除をしている女性の姿がちらほらと見受けられた。高い天井と窓から注がれる日差しのおかげで閉塞感もなく、のびのびとした間取りが確認できた。木造というのか、芳醇な藺草のような香りが立ち込めて、ほっとする。
「いいところね」
勇子はそうつぶやいて、背後にある三階へ続く階段に割り込む。ほとんど梯子のようなもので、足をかければ木材がたわんで不安が募る。
慎重に昇って、三階に顔を出すと二階とは打って変わってほの暗く天井の低い空間であった。屋根の天頂に近い部分で、幾重にも梁が渡され、骨組みがむき出し、下地になっている茣蓙が丸見えであった。窓から差し込む光が舞う埃をきらきらと映し出している。
同時にこのラトゥ族の里に保管されている書物がうずたかく積まれているのもよくわかった。
「ここから、探すの?」
勇子は口元を覆いながら、三階に中腰で上がるとブーツを置く。
目当ての資料がどこにあるのか、皆目見当もつかない。『ファルファーラ』の文字は共通らしいが、習いたての文字をどこまで解釈できるかの不安もあった。
しかし、ここで断念するわけにはいかない。
「こんなことなら姫様のところで資料を見せてもらうんだったわ」
勇子はそう愚痴りながら、『導師』に関する資料を探し始めた。
部屋の奥へと進んでうずたかく積まれた本を慎重にとって、装丁の誇りを払いのける。ぶわっと埃が舞い上がり、鼻をくすぐった。
「――くしっ!」
耐え切れず、勇子がくしゃみをした瞬間、本の山が雪崩のごとく崩壊を始めた。
勇子は何が起きたのかを理解する間もなく、埃まみれの本の下敷きになってしまった。静けさと舞い上がる埃が三階を包み込んだ。




