~部族~ ラミィ族の女性
まだ太陽は高い位置にあり、暖かな光が降り注いでいる。
〔アル・スカイ〕と白黒の〔ロゴート〕部隊が森林をかき分け、梢をへし折っていく。小鳥が羽音を立てて舞い上がり、木々がぼろ屑のように地面に落ちては巨人の足に踏み潰されていく。
その騒音を聞きつけたラトゥの〔ロゴート〕隊がキャンプ地の広場に集結し、人々もまた木々に隠れつつ〔アル・スカイ〕の帰還に複雑な表情を浮かべている。
すべては、白黒の〔ロゴート〕隊がいるからだろう。
〔アル・スカイ〕は警戒するラトゥの〔ロゴート〕と白黒〔ロゴート〕の合間に入り、両腕部を広げて制止をかけ、頭部を動かして両陣営の動きを見守った。四つのセンサーアイがかすかに発光し、側頭部の回折式カメラがピントを合わせる収縮を繰り返す。
「攻撃は止めてください。ラトゥの方も、ラミィの方もよろしいですね?」
桜は外部スピーカーでそう呼びかけると、集まったラトゥ族は隣近所と顔を見合わせてどよめきたつ。
「ラミィというとあの……」
「他にも生き残りの部族がいたのか」
「自由奔放な部族が集まっているとは、珍しい」
ラミィ族、と称される部族。ラトゥ族が住まうカルスト地形のこの場所より北西に住まう部族である。彼らは基本的に集団生活を好まない傾向であるが、こうして目の前に白黒の〔ロゴート〕の隊列を見ると、彼らにも侵略軍の影響が出ているとみてよかった。
ラトゥ側の〔ロゴート〕は白黒の〔ロゴート〕を警戒しつつも、おずおずと下がって跪く。
「暴動にならずにすんで、よかったな」
ミュウは深くため息をついてシートに凭れ掛かる。
「そうね。けど――」
勇子はヘルメットを取って、顔の汗を拭う。
「里の様子も、随分とひっちゃかめっちゃかになってたし、ラトゥの人たち、きっと落ち込んでしまうわ……」
戦闘が終わってすぐ、〔アル・スカイ〕は白黒の〔ロゴート〕隊に連れられて、里の様子を窺ってきた。戦闘の傷跡が色濃く残っており、綺麗だった水田も踏み荒らされていたり、残骸が突き刺さっている有様であった。それでも、傷は小さいと思うほかないのである。
「あまり行儀のいい連中でも、ないのかの」
ミュウもヘルメットを取ると、結わえていた茶髪を広げて、軽く撫でつける。
メイン・モニタにウィンドー表示された映像には、背後についている白黒の〔ロゴート〕一〇機は隊列を組んだまま、腰を落として操縦者の降機姿勢に入る様子が窺えた。
桜はそのようすを見て、一息つくと気を引き締める。ヘルメットを取り、腰のケースからメガネを出してかける。
「降りましょう」
その宣言と共に桜たちも降機を始める。
ワイヤーリフトの着地地点には多くの人だかりができて、不安げな表情をしていた。ラトゥの人たちの視線が容赦なく刺さる。
「導師様……」
「里は……、どうなりましたでしょうか?」
開口一番、そういう質問が飛んできた。
「あぁ……」
桜が里の様子を思い出して、まごつく。正直に話すのは抵抗があったし、どう説明したらよい物かと悶々とする。
すると、ミュウが彼女の背中を押して、白黒の〔ロゴート〕の前に集まる人影の方に誘導し始めた。
「あなたは、こっち。話し合いをしなければらんからな」
「え、ええ」
ラトゥの人たちがつられていく桜に釘付けになる。
すかさず、勇子がその前に出て、
「わたしがかわりにご説明します」
と買って出てくれた。
その様子をミュウはしっかりと見ていたし、勇子の方が言葉上手だろうとも思っていた。
「説明は勇子がしてくれる。あなたは正直すぎるから、いらないことまでふきこむのだぞ」
「ああ、はい……」
桜は情けない声で返答して、自身の言葉下手を恥じる。ふと後ろに視線を向ければ、勇子がうまく対応してくれている。そのことに心の内で感謝しつつ、正面に向き直る。
となれば、もう一方の部族との話し合いに集中すべきだろう。
「ありがとうございます、ミュウ様」
「うむ。礼には及ばん」
ミュウは背中を押すのを止めながら、やわらかい笑みを浮かべる。
二人が向かう先で、十人の人影の内一人が前に歩み出る。
遠目からだと男か女か、判別がつかない。背は低めながら、綺麗な足のラインが目を引いた。
ラトゥ同様、手足は熊のように鋭い爪と体毛で覆われている。ラトゥと違うのはまず服装である。身に着けている服装は二重の着物で、お腹には帯を巻いており、短いホットパンツを履いている。涼しげな材質で、薄っぺらいつくりである。アジア系の民族衣装に近いだろうか。
「なるほど、導師様という話。本当らしい」
前に出たラミィの人は感心した風に呟き、桜とミュウの前に立つ。
「この声、もしかして……」
桜は近くで見るその人の短い黒髪や鼻筋の通った顔にドギマギする。中性的な魅惑、他に漂う爽やかな葉の香りが清涼感を彷彿とさせる。
きれいな人、と心の内に呟いて桜とミュウは息を呑む。
「あなた様がリャオ・ニャオ様、でございますか?」
里を視察した時に交わした部隊長の名前を思い出して、桜は肩を窄めて言う。
ミュウはいつになく大人しく、ぽぉっとしていた。
「ああ。あんたは――、サクラ・マホロバとか言ったっけ? 白い髪の毛が綺麗ね。赤い瞳も」
「ありがとうございます」
桜は女性、リャオ・ニャオと握手を交わす。パイロットスーツのグローブ越しでも、肉球のプニプニした感触が伝わってくる。
「こっちがミュウ・ミュレーヌ・レルカントか? 一国の姫君というが、随分とやんちゃそうなこと」
ミュウはからかわれているとわかって、口元を尖らせる。
「レルカント領第一皇女であるところの、わらわをそのように言い表すのは無礼である。以後、気を付けてもらおう」
煮え切らない怒りを込めて、リャオのすまし顔を見上げる。それから、差し伸べられた彼女の手をさっと握って握手を交わす。
「そうするよ。一応はあたしも、姫さんと同じ立場だったからね。どういうものか、と興味もある。もっとも、こっちは小規模の部族だけど」
リャオは握手を解くと眉を開いて、上の着物の懐から笹の葉を取り出すと口の中に入れた。まるでガムをかむように、彼女はそれを味わっていた。
桜はますますリャオたち一族がパンダに似て見えてきた。
「なぜ、笹を食む?」
「小腹がすいたからさ」
マイペースな、とミュウを呆れる。
「あの、リャオ様たちはこれからどうなさるので?」
「う~ん。適当に行き当たりばったり、といきたかったんだが、ラトゥも住処がないと厳しいだろ? 取引をしたいと思ってね」
「取引、ですか?」
「里は返還する。代わりに飯と寝床を提供して欲しい」
リャオはこともなげに言って、背後でくつろいでいる部下たちを顎で示す。
緊張感の欠片もない、大あくびをかいて話がどう転ぶか待っている。のんびりした一族なのだろう。
それでも、桜はリャオの鋭い瞳から倦怠を感じられず、部下たちの様子と比べて視線を戻す。
「苦労をなさったの……、ですよね?」
「まぁね。ここよりも北の地から移動してきたが、まぁ、敵の偵察隊が多くてね。他の部族も散り散りに逃げてる。で、たまたま大きなな戦闘があったのを見て加勢したというわけ」
リャオはさらさらと言うが、それなりの場数を踏んできたのだ。呑気なだけでなく、一応は部隊を率いる強い意志があるようだ。
それから、しみじみとした様子で続ける。
「ラトゥとはテリトリー問題でいざこざが絶えなかったが、生き残っているのを知って安心している。サクラたちが先導してくれていたのだろう?」
「導師様だ、無礼者」
ミュウは体裁上、桜のことを敬うように忠告する。その一言を発するだけでも、目の前の人物に対して緊張してしまう。敵愾心から来る感情ではなかった。
「いいのです。名前で呼ばれる方が、わたしも気が楽でありますから」
「だが、威厳と言うものがだな――」
桜の気にしない態度に、ミュウが口酸っぱく言い聞かせようとする。
と、リャオはけらけら笑いながら、着物の襟に隙間に手をいれて爪の先で胸を掻く。
「いいじゃないの。本人が良いって言ってんだから。あたしのことも別にリャオでいい。それで? 話はどうする?」
人前で堂々と胸を掻く彼女に桜もミュウも唖然であった。
彼女に恥じらいと言う精神はあるのだろうか。そんな心配が湧き上がって、機械を通じて話していた彼女との印象のギャップにますます混乱しそうになる。
「わ、わたしたちだけでは決めかねますので、ラトゥの代表とお話をしていただけますか?」
桜はリャオの態度に困惑しながらも、言葉を絞り出した。
「いいとも。けど、明るい内に移動したいな。こちらも民間人がいるし、籠城する準備もある。それに敵の動向も気になるからなぁ」
リャオは掻くをの止めて、手を出す。それからその爪の先を宙に向けてくるくると円を描く。思案するときの癖だろうか。
だが、適当そうに見えて、考えていることは考えている。桜は彼女が部隊長をしていることに納得した。
「では、こちらに」
「うむ。しかし、相変わらず生真面目な人たちだ」
リャオは桜たちに促されて、勇子の周りに集まる人だかりを見て呟く。
血筋の近い部族であるが、環境の違いや食性の違いから分岐してしまった間柄である。ジャイアントパンダとヒグマの違いのようなものだ。
リャオの姿を見つけたラトゥの人たちはどこかほっとした様子でいう。
「よかった。他にも生き残りがいたのね」
「ラミィ族は数が少ないと言われとったけど、長生きしとるものだ」
ラトゥの人たちはリャオに対して批判的な感情はないようである。
桜も胸を撫で下ろして、勇子の横に着いた。彼女はサングラスをかけており、頬の湿布を煩わしそうに触っていた。
「説明したら、みんな、お礼がしたいって」
「律儀だな」
勇子の言葉に、ミュウはラトゥ族の民生がいかに友和的か思い知らされる。
「隊長さんはいらっしゃいますか?」
「おお、ここにおるぞ」
桜の呼び声に、〔ロゴート〕隊の隊長が前に出てくる。
蓄えた顎鬚を固い爪で掻きながら、リャオと対面する。二つの部族を並べてみても、ラトゥは狩猟民族らしく、ラミィは遊牧民族らしい雰囲気があった。リャオが隊長より一回り小さいこともあって、さらに異文化的な印象が強くなる。
根底が同じ血族でも、所変われば品変わるとはよくいったものだ。
桜は二人の間に入って、仲介役を務める。
「こちら、ラミィ族のリャオ様です。里においていただきたい、ということですので、協議していただけますか?」
「俺が、ですかい?」
「族長がいらっしゃらない以上、誰かが果たさなければいけません。わたしではない、みなさまを引っ張っていける力のある方が必要なのです。隊長さんはマリーネン部隊を率いておいででしたので、適任かと存じます」
「は、はい。精一杯、努めさせていただきます」
隊長は力んだ声で引き受ける。本人は相当のプレッシャーであったが、『導師』様のご指名ならばやって見せるのが当然だと決意する。
リャオはびっくりした様子で目を皿のように開いた。
「族長がいないって――、そういうことか」
が、周囲を見てどういう状況にあるか、冷静に見極めれば族長不在の理由も頷けた。
「お互い、苦労するようだ」
「そちらも若いのに大変ですな。みなを代表して、里を取り戻してくれたこと感謝する」
「困ったときはお互い様だ」
リャオと隊長さんは両手で握手を交わし、好印象で話し合いができそうな雰囲気だ。
そこに勇子が割り込む。
「話の席は?」
「ここでいいだろう。時間が惜しいからな」
リャオはいうなり、地べたに座ってリラックスする。噛んでいた笹の葉を飲み込んで、軽く肩を解す。
その態度は一見すれば、無作法であったが隊長にとっては親しみやすい空気を感じていた。
「そうだな。敵の動きもあるのだろう?」
「話が早くて助かる」
隊長も腰を下ろして、サクサク話し合いが進められる。
里の現状。移住する区分けや食料の配給。〔ロゴート〕隊の配置や編成、防衛策などなど、彼らの間で様々事が取り決められて、勇子が主だって助言をする形となった。
「荷物をまとめろ。ここを離れることになりそうだ」
ラトゥの隊長は話の流れを読んで、周りにそう伝えた。彼自身、里に帰らない選択肢などない、と心に決めていた。
その声が木霊すると、囲んでいた人たちは了解して自分たちのテントへと戻っていく。このキャンプ地を離れることに何も執着していない。
「待ってください」
勇子が慌てて、地面に手を着いて二人の合間に顔を入れる。
「怪我人がいるんです。動かすのは、危険です」
「怪我人?」
リャオが怪訝そうな顔をする。
「はい。重傷を負った方で施術を終えたばかりで――」
桜も落ち込んだトーンで説明する。が、ふとあることを思いついて、膝に手を着きラトゥの隊長とリャオ、そして勇子に視線を配る。
「それでしたら、〔アル・スカイ〕で運びましょう。操縦席のシートでしたら、大丈夫です」
「誰が操縦するのだ?」
「ミュウ様か、勇子様がすれば問題ありません」
桜の言葉に勇子とミュウは不満げであった。
操縦席の一つに重傷の怪我人、キルレを乗せて、一人が看護、残る一人が操縦。それなら移動の際の問題も対処できるだろうし、遅れが出るということもない。そもそも、簡単な移動であるなら操縦席に着かなくともパイロットスーツに内蔵されたリモコンで動かすことが可能だ。
「じゃあ、あなたはどうするのよ?」
「わたしはここの都の偵察に行きます。それにつきましては、リャオ様にお願いしたいことがあります」
「なんだ?」
リャオが小首を傾げて問う。
「機体と操縦者をおひとり貸していただけないでしょうか。偵察の邪魔は致しません」
「いいぞ。好きな奴に頼め。導師様のご指名なら名誉だからな」
「ありがとうございます」
とんとん拍子で話が決まっていくと、いよいよもって実行に移す雰囲気が出てくる。
桜は心強い協力者が現れてくれたことに深く感謝した。




