~揺らぎ~ 巡る血、繋ぐ命
キャンプ地に戻った桜たちを待っていたのは、多大な疲労感と失望に満ちた人たちの視線であった。迎えた人たちも、戦った操縦者たちも桜たちの行動に納得がいかなかった。
「皆さん、キルレさんのために血を分けてください。お願いします」
降り立った勇子の開口一番がそれであった。
「血液型なんて、わらわは知らんぞ?」
「作業機械に探らせます。お願いです、輸血が必要なのです」
誰もが顔を見合わせて首を傾げるばかりである。血を分けてほしいだの、輸血が必要だと言われも理解しがたい。彼らからすれば、医術ではなく呪術的な贄を連想させる。
帰ってきた〔ロゴート〕は五機。一機撃墜されたことで、彼らの悲しみと憤りが大きく揺らいでいたこともあって、簡単には勇子の言葉を受け入れることができなかった。
それに撃墜された操縦者の家族は、隊長から事情を聞かされて放心状態である。戦死という現実が否応なく襲い掛かる。
しかし、その一方で、片腕を失った〔ロゴート〕から運び出された操縦者の血まみれの姿を見れば、ただ事ではないと直感する。キャンプ地で待っていたレナンは、運び出されたその操縦者、キルレの姿を見て顔面蒼白になっていた。
「おい。しっかりしろ」
シャトーは混乱しながらも、自分の妻の肩を掴んで強く抱きしめる。〔ロゴート〕から、それも血まみれの状態の娘を担ぎ出した彼だって状況はうまく把握できなかった。
それから、大きめのテントに運び込まれるキルレの後を追った。
テントは診療所のようなところで、木の皮で編んだベッドとシーツがいくらか並んでいた。あとは水を入れた甕と薬草が詰まった箱くらいしか目に入らない。
「あなた……。この娘、どうしてこんな」
「お前の責任じゃない」
「でも、朝から見えなかったから、あたしがちゃんとしていなかったから、こんなことに……」
運び込みを手伝っていた操縦者の面々は、苦渋の表情を浮かべる。夫妻の沈痛な面持ちは見るに堪えなかった。
テントに桜と作業機械が運び込んだ人たちと入れ替わるようにして入り込んだ。
「導師様……」
レナンが桜に縋りついて、患部を粗く布で巻きつけられた娘とを見比べる。左の二の腕に巻かれた布は真っ赤に染まり、血をしたたらせている。強烈な臭いが頭を殴りつけるように襲い掛かる。
桜は持ってきた救急箱をむき出しの地面に置いて、パイロットスーツのファスナーを下ろす。
「お母様とお父様は外で血液検査をお願いいたします。キルレ様をお救いにするには、血が必要なのです」
「わ、わかった」
シャトーが震える声で言う。子供を救えるならば、と彼に躊躇はなかった。物静かな印象を持っていた彼が動揺する姿は桜が見ても辛い物であった。
「治療しますから、隣のテントへ」
「娘は助かるので?」
「助けます。そのためにも、おふた方にもご協力願います」
レナンはシャトーに支えられながら、テントを出ていく。
桜は一つ息をつくと、パイロットスーツの上半身を脱いで、腕の部分を腰に巻いた。グローブだけを取って施術することも考えたが、蒸し暑いテントの中ではなるべく涼しい格好でいたかった。
屋根を形成する梢の合間から漏れるまぶしい午前の日差しでテント内は満たされて、視界は良好である。まぶしい光の筋が連なっていた。
その光を浴びるキルレには、呼吸器が付けられていた。しかし、それが気休めであることは理解している。彼女の顔は青ざて、血の気が失せている。短い呼吸を繰り返して、その喘ぎ声に胸が締め付けられる。
「止血はしてるけど、わたしにできる?」
救急箱のアルコールで肘まで消毒し、手袋をつける。心臓は高鳴り、これから行わなければならないことに桜も頭がくらくらする。
すると、作業機械がぴょんとベッドに乗っかり、キルレの負傷した腕にすり寄って施術の準備をする。救急箱には作業機械と連動した検索モニタがあり、随時必要な施術方法を出力してくれる。
桜は帰ってくる間に叩き込んだやるべきことを思い出して、鋏を手にした。
「やってみせます。あなたの仲間のためにも、そうですよね?」
桜が視線を向けると、作業機械ははさみ状のアームを上げてこたえる。彼らに感情があるのなら、戦死者とともに破壊されてしまった作業機械を悼む気持ちがあってもよさそうである。
桜は鋏で腕に巻かれた布を切り、傷口と対面する。白い骨のようなものが目に入ったが、それ以上に肉の艶めかしい色合いとそこに刺さった細かな破片に頭がくらくらする。
「…………んっ」
その光景に慣れるのに数秒を要したが、口を堅く結って向き直る。それから、メガネの位置を整えた。
桜は意を決して、鋏を戻すとピンセットに持ち替えて傷口を睨みつけながら、破片を取り除いていく。大きいものから小さいものまで、用意したガーゼの上においていく。
破片は血管を切断した根源であり、下手をすれば血流に乗って心臓に達してしまう可能性もある。
「早く、しないと」
桜は焦る気持ちをぐっと押し殺して、救急箱に設置されているコンパクトモニタを逐一確認する。
そこには作業機械が傷口に刺さっている破片の数を把握して、投影してくれている。レントゲンのようなものらしいが、その技術の子細はわからない。
しばらくはその作業に没頭することになるが、時折額の汗を拭ったり患部の血を拭って破片の位置をしっかりと把握しなければならない。
うめき声が耳に纏わりつく。麻酔ができればいいのだが、そんな時間はない。
彼女の赤い瞳は揺れることなく、その手に迷いはなかった。孤独の中で、一人のヒトの命を取り留めようとする行為の重さを知った。
溢れだす赤色。その重みと尊さをこれほどまでに、感じたことがあるだろうか。
* * *
献血には多大な時間がかかった。
ミュウをはじめ、ラトゥの医者は注射針や輸血のパックを見たこともなかったし、機材の扱いなどはもうお手上げと言った様子である。
それは同時に『ファルファーラ』の人々にとって未曾有の恐怖にも値した。自分の血を抜かれるということが、怖いはずがないのだ。
勇子はマニュアルとこれまで教育機関で学んだ応急処置の事を思い出しながら、まずキルレの両親の血液検査を行い、病気があるかないかを確認したうえで、キルレの血液と照合した。
とはいえ、彼らのひじから先は体毛に覆われて、腕からの採血はできない。大腿動脈から採取する、と言っても人の身体に針を刺すことは勇子自身初の経験で機材があるとはいえ恐ろしかった。
採血は拳銃のような注射器を使う。作業機械と連動したつくりで動脈の位置を下部のレーザーポインターで知らせてくれる。とはいえ、機械だよりの方法は勇子も恐ろしく思った。
「勇子さん、お願いします」
いの一番に受けるレナンは長椅子に身体を横たえて、覚悟を決めていた。勇子に医療の経験がないのは、彼女たちのちぐはぐな準備からもわかっていた。
それでも、子供のためならばどんな危険にでも身を投じる。息子二人を失い、その上で娘まで失っては悔やみきれない。
「はい。では、我慢してください」
勇子は複雑な気持ちを一旦追い出して、レナンの大腿部を探り浮き出た血管を目視すると作業機械のレントゲンと注射器のポインタを合わせて、角度を調整しつつ穿刺する。
レナンは腿に走った痛みに顔を顰めてが、針はその頃には抜かれていた。
「はい。ここを抑えてください。検査結果が出次第、次になります」
「はい……」
「次はシャトーさんですね?」
「ああ、頼む」
勇子は注射器を検査用の装置に差し込み、針とシリンダーとを拳銃から分離する。血液の入ったシリンダーからみるみる赤い血が吸われて、検査に入る。
シャトーが長いつなぎのズボンを脱ぐ傍らで、勇子は次の新しい注射器を用意していた。
「気にしたら、ダメ」
勇子は相手が男性であること、さらにはキルレの父親であることを意識の外に追いやって妙な意識は捨てた。今は採決に集中。それだけだ。
シャトーは短パン姿で横たわり、予想以上の速さで採決が済み、先程の検査装置にかけた。
「次の人は?」
「この子が、提供してくれるって」
ミュウが引き攣れてきたのは、川べりでキルレと一緒にいた女の子の一人である。
「キルレさんが大変だと聞いて、助けられるなら、どうかお手伝いさせてください」
「助かるわ。そこで横になって」
勇子は一人の少女のために、一人、また一人恐々と様子で入って来てくれる人たちに胸が熱くなる。幼い子供や、妊婦さん、その前の問診で引っかかった人は無論献血はできないが、それでも必要量は集まりそうである。
「俺たちもいいかね?」
「あなたは……」
勇子は遅ればせに入ってきた家族を見て、言葉が見つからなかった。戦死者の遺族たちだ。
「息子は死んじまったけど、まだ、シャトーのとこの娘は助かりそうなんだろ?」
「ええ……」
「困ったときは助け合わないと、でしょう? どこで待てばいいかしら」
勇子の側によって赤く腫れた目と鼻をした女性が気丈に振る舞って言う。直感的にこの人が戦死者と恋仲にあったのだと感じた。
「ありがとうございます。ここは一杯ですので、外でお待ちください」
「わかったわ」
勇子は彼らの心優しさに気を引き締める。
誰だって、人が死ぬところを見たいはずがない。彼女の言葉が深く胸に刺さる。
しばらくしてキルレの両親の照合結果が出た。シャトーが一致して、すぐに献血の準備に入る。レナンは残念ながら不一致となってしまった。
医術発展がないために、彼らの血液型などはわからない。そもそも、『ノア』の人間が扱う血液型とは異なる性質であることが、血液検査からもわかった。『ノア』の医術では測れない部分が多く、作業機械や〔アル・スカイ〕のメイン・コンピュータ、さらには『ノア』で後方支援しているオリノ・ロンナスとの交信を重ねて、慎重に扱わなければならない。
耳元に着けているデバイスからオリノの落ち着いた声が聞こえる。
「献血とはいえ、全血製剤だ。慎重に扱わんと、感染症を引き起こすことになるぞ」
「わかってます。けれど、時間がないのです」
「採血する量も間違えるな。機械の測量だけでなく、自分の目でも輸血パックを見ておけ」
「はい」
勇子は拳銃型をした穿刺装置を取り出して、気持ちが揺らぐ。穿刺を間違えれば、それで中止にせざるを得ない。
献血をしてくれるヒトたちの容態に異変があるかもしれない。その上で輸血者にも、血によって感染症を引き起こす可能性だってある。輸血に伴う危険性も無視できない。
それでもやらなければ、一人の命を救うことはできない。
ここではみなが危険な綱渡りをして、その覚悟を決めて血を巡る仕事をこなしていた。
操作は先のものと変わらない。ただ注射器の部分が太めの針とチューブに変わっただけだ。
「お医者様は偉大だわ……」
勇子は緊急措置とはいえ、このような形で人の命に深くかかわることが恐ろしかった。応急処置とは違う、専門知識が伴う極めて繊細な作業である。
しかし、自責の念とキルレを助けたいとういう両親の気持ちを裏切るわけには行かない。
「気にするな。失敗しても、やり直せばいい」
もう一度寝転がり、反対の足を差し出すシャトーは献血のことがよくわからなかったが、勇子の緊張を解そうと言った。
勇子はその声が胸を締め付けて息苦しくなる。彼の娘が危険な状況になってしまったそもそもの原因は自分にある。謝罪の言葉を口にしたかったが、今はそれを飲み込んで気を引き締める。
「はい。痛いですが、我慢してください」
「ああ。わかってる」
シャトーの声は震えていたが、それは針を撃ち込まれることに対しての動揺ではない。
娘が生きるか死ぬかの瀬戸際の中で、何もできないことの歯痒さであった。レナンは集まった人たちを説得して、どうにか血を分けてほしいと涙ながらに訴えかけている。
医者のラトゥが安静にしているように、忠告してもやめようとはしなかった。彼女は自分にできることを精一杯にしていた。
ミュウもオリノの講義をうけつつ、検査の採決手順を慎重に行う。
勇子は検査の時とは違うポイントに銃口を当てて、トリガーを引いた。
シャトーが顔を顰める。
「力まないでください」
勇子はぴしゃりと言って、拳銃型の穿刺装置と針とを分離させて、足元のポンプを作動させる。ゆっくりと半透明のチューブの中を赤い液体が流れていく。穿刺した部分から血が溢れだすような事態もない。
とりあえず、のどの奥のつかえが取れてほっと一息つく。
「五分ほどで終わりますから、それまでは安静にしてください」
勇子はテープでチューブと彼の足とを接着させながら言った。
「わかった」
シャトーは落ち着いた様子で抜かれていく自分の血液をじっと見つめていた。初めて自分の血を抜かれるという感覚。刺された部分からこそばゆい感触が沸き立って、どうにも気になる。
勇子は次の準備をしながら、血の量を気にした。
それから徐々にラトゥの医者が採決前の問診を担当し、適合者をミュウたちが見つけて、勇子が献血に入る流れができる。協力してくれる人に感謝しつつ、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
* * *
キルレの治療を終えたのは、お昼を過ぎであった。献血の量は十分で、すぐに施術を受けるキルレのもとに運ばれて、どうにか出血多量の危機は免れた。
桜が輸血の管を整理して、生命維持装置をテントに置きながらレナンに言う。
「一応、怪我の縫合と異物の摘出をいたしました。あとは、彼女が目を覚ますのを待ちましょう」
「はい。ありがとうございます」
レナンは涙ぐんで桜に幾度も頭を下げた。
桜はしかし、浮かない表情でゴム手袋や使用したガーゼ、布が詰まった袋を見る。真っ赤に染まった中身からは重たいもの感じた。
「ただ、ですね」
桜はレナンの方に向いて、ゴミ袋を救急箱の横に置いた。
レナンは緊張した面持ちで彼女の言葉を待つ。
「今後、左腕が動かない可能性があるのです」
「え……? どうして?」
レナンの動揺した様子に桜は胸が詰まったが、包み隠さず言おうと真摯に赤い瞳を向ける。
「神経が切られてまして……。わたしでは、とても繋げることはできませんでした。後遺症として、残ってしまうかと……」
「……そう、ですか」
レナンはがっくりと肩を落として、しばらく口を半開きにしたままだった。
テントの中は血とアルコールの臭いが混ざって、とても居心地が良いものではない。
「いいえ。娘の命が助かったのです。それだけで十分です」
木を持ち直したレナンは気丈に振る舞って、桜の手を取り、強く握りしめた。
「ありがとうございます……」
桜はどう返していいのかわからず、彼女の手を握り返すのが精一杯であった。ふさふさした体毛の感触や肉球の弾力。生き物の温かみが伝わると同時にかすかに震えているのがわかった。
励ましの言葉を探っていると、外から悲鳴が上がった。
桜とレナンは弾かれたように顔を上げて、外へと出た。
「何をしているのですか!?」
桜たちが見たのは、目を三角にして怒り狂うミュウを取り押さえる人たちと地面にうずくまる勇子の姿であった。
取り囲んでいた人たちが一斉に駆け寄ってくる桜の方を注目する。
「ミュウ様、落ち着いてください。勇子様、大丈夫ですか?」
桜が勇子の背中に寄り添って膝をつく。
ミュウは近くにいた男に羽交い絞めにされながら、怒鳴り散らした。
「ええい! まだ殴りたらん。そこの阿呆に思い知らせんことには、気が収まらんぞ」
「どうしたというのですか?」
「そやつのしたことを皆に話した。話させた! だというのに、卑屈になりおってからにっ」
「ミュウ様、落ち着いてください。できなければ、お痛をしなければなりません」
桜が声を張って言う。覇気のこもった一喝は彼女の気持ちの猛りである。
それを受けて、ミュウの足元で作業機械の一団がハサミ型のアームを上げて、ビリビリとスタンガンをチラつかせる。
ミュウはびくりと肩を震わせると、暴れるのを止める。
「急に度胸をつけおって……」
「一応、導師なので」
桜はほっと肩の力を抜くと勇子の震える背中を擦った。
「勇子様、どうなさいました?」
「…………」
勇子は黙ったまま立ち上がる。彼女の左頬が赤く腫れあがって、涙目になりながらミュウを見据えていた。
「姫様を放してください。殴りたいのなら、殴ってもらって構わないわ」
カチンッときたミュウは額に青筋を浮かべながら、声を張り上げる。
「その態度が気に食わんと言っている。ええい、放せっ!!」
ミュウを羽交い絞めにしていた男は彼女の剣幕に圧されて、腕の力を緩める。
浮いていた彼女の足が地面について、ミュウは軽く髪の毛を払うと大股で勇子に近づく。防衛線を築いていた作業機械たちであったが、彼女に危害を加えることができなかった。
もともと、彼女に対して攻撃権がなかったし、桜か勇子の命令がなければできない。
桜は周囲の不安げな視線を感じて、素早く二人の間に入った。
「待ってください。わたしたちで争ってどうするのですか?」
「争っているつもりはないわ」
「そうだッ! 卑屈なこやつを立ち直らせるためにも必要なことだ」
ミュウが鋭い眼光で勇子を睨みつけ、拳を作る。
桜はすかさずミュウに抱きつくようにして止めに入る。だが、ずんずんと桜の身体を引きずりながら、両腕を封じられていようと構わず進んだ。
「勇子の独断専行で、民間人に怪我人が出て、あと一歩のところで作戦が失敗した。ここの者たちに私刑を下されても文句は言えん。ならば、わらわ直々に制裁してくれるっ」
ミュウは大声で怒りを露わにしながら、大きく上体をのけぞらせる。
「――――っ」
勇子が身構えた瞬間には、ミュウの強烈な頭突きが繰り出された。
ミュウの固い頭が勇子の鼻を直撃し、もつれるようにして二人の身体が折り重なる。
桜はミュウと勇子を放して、ミュウに馬乗りの状態になる。こうでもしないと暴れまわりそうで怖かった。
「ミュウ様が手を下すのはおかしいです。勇子様もどうして――」
「――――あなたが信じられなかったからよ」
仰向けになって、鼻血を流す勇子が呻き交じりに言う。それは突発的に、弛緩した精神によって不満をぶちまける形となった。
桜はミュウの両手を封じたところで、その言葉に血の気が引いた。
ミュウも暴れるのをやめて、忌々しげに勇子の横顔を睨んだ。
「あなたはいつも人の顔色ばっかり気にして、わたしたちの目的を考えていない。人にいい顔してばっかり、弱みに付け込まれるだけよ」
「自分のことを差し置いて、桜を愚弄するのか! 恥を知れ!」
ミュウが吠えかかる。
「ミュウ様、いいのです」
桜は苦い顔をして、ミュウに言う。
「以前から、言われていたことです。改善できないわたしに問題があるのです」
「しかし――」
「そういうところが、気に食わないのよっ」
勇子が怒りを抑えた声を発した。
桜はびくりと肩を震わせる。だが、それは恐怖あってのことではない。勇子が戦闘以外で感情的になっている事に驚いた。
勇子は鼻血を拭って、よろよろと立ち上がる。
「どうして? ねぇ、どうして? わたしのせいで、キルレも大怪我して、作戦だって失敗したのよ。そんなわたしにボロクソに言われてるのよ? 悔しくないの?」
解けた髪を揺らして、勇子は思いのたけをぶちまけた。
どんなに自分を責めても許せなかった。キルレが大怪我したことも、作戦成功を不意にしたことも自分の身一つでどうにかできるはずがなかった。だから、ミュウに殴られることも罪滅ぼしだと思えて気持ちが軽かった。
そして、勇子が増長してしまったのは桜への嫉妬心である。その彼女から詰られるのも、制裁を受けても文句は言わない。
その方が楽でもあった。
すると、桜はミュウから離れて、立ち上がる。沈痛な面持ちでゆったりと勇子と向かい合う。
「しかし、勇子様は責任を感じております。それで率先して皆様から血を分けていただいたではありませんか?」
「それはここの人たちがいたからでしょう?」
「いいえ。勇子様のお力添えがなければ、できなかったことです」
桜は笑顔を作って、周りを見渡す。
「そうですよね?」
周りにいるラトゥの人々は隣近所に視線を走らせて、返答を迷っていた。
「わたしが原因を作ったのよ。許してくれるわけ、ないでしょう?」
勇子はうならだれて、まともに彼らの視線を受けきれなかった。
身勝手な行動が生んだ不祥事だ。仲間を一人失っても里を取り戻せなかった。たった一人の少女を救うために、彼らの希望と仲間を見捨てたことに他ならない。
ミュウが立ちあがった時に、ふと一人の人物が彼女たちの前に躍り出た。
「里を取り戻せなかったのは、確かに手痛いことだ」
「シャトー様?」
桜がそう言うと、勇子はますます顔を上げられなくなった。
自分の過去をキルレに重ねて、それを晴らしてもらえるというふしだらな動機は口が裂けても言えなかった。口にしたら、この土地に留まることはできないだろう。
「だが、我々にはあなた方の力が必要だ。ここで終わりにするわけにもいかない」
シャトーは桜の横に立ち、項垂れる勇子を見下ろす。
それから、そっと彼の重たい手が勇子の頭を優しく叩いた。シャトーなりの不器用な励まし方である。
「娘が迷惑をかけた。そして、助けられた」
勇子は不意に涙があふれて、奥歯を噛みしめる。嗚咽を漏らしてはいけない。泣いているところを見られまいと、必死にこらえる。
重大なミスを犯してなお、この土地に踏みとどまりたい理由。失敗を帳消しにしたいだけではない。初めから、彼らを助けたいと願ってここにいるというのに、そのことを忘れていた。
大きい、小さいでの成果に囚われて、なすべきことを失念していた。
「導師様、ミュウ、そして、勇子。娘が死なずに済んだのは、三人の働きと、そして、ここにいる皆のお蔭だ。この身に余る幸福だ。ありがとう」
勇子はゆっくりと顔を上げて、周りを見渡した。
彼らは怒ってなどいなかった。勇子のことを少なからず受け入れてくれている。そこには、キルレの両親を除いた一番目に採決を受けた女の子の顔、戦死者遺族の顔があって小さく頷いてくれる。
それは偏に、彼女の誠実な行動が彼らにも伝わったからだろう。勇子はそれだけの働きをして見せたのだ。
「フンッ。当然のことをしたまでだ。それに大きい仕事はまだ残っておる」
ミュウが声高に不敵な笑みを浮かべる。
「はい。再度、奪還作戦をいたします」
桜は勇子を見据えると、続ける。
「わたしたちと〔アル・スカイ〕で成し遂げるのです」
「…………」
「では、俺たちも準備をいたします」
シャトーが勇子の頭から手を退けて、申し出る。まだ戦える機体は残っている。このまま一気に攻め込む精力も操縦者の間にはある。
「マリーネン隊にはここの防衛をお任せします」
「しかし、それでは――」
「キルレ様を動かすわけにはまいりませんから。いざという時は、〔ロゴート〕隊の防衛が必要になります」
桜の言葉にシャトーは口籠る。
勇子は桜の姿、そしてミュウの姿を交互に見る。
「二人とも……」
「わたしたちはチームですから」
「勇子の失態はわらわたちの失態だ」
その言葉にどれほど救われただろうか。
チームで戦うことの意義を勇子はこれまで意識したことがなかった。自分の役割をこなして、達成感を得ていた。そうすれば正当性を持てたからだ。
桜を妬んでいたのもそういう理由である。
「勇子様」
桜の優しい呼びかけに、勇子は思わず溜めていた涙を流す。晴れた頬を伝う涙は熱く、染みわたる。
「キルレ様が多くの人の血によって助かったように、勇子様が困っていらっしゃるのなら、わたしとミュウ様が支えます」
「わらわとて、狭量の姫ではない。一人の失敗程度許して進ぜよう」
ミュウは位の高い言葉づかいで言った。
すると、勇子はムッとしようとしたが、晴れた頬に阻まれて涙目になる。
「二度もぶったのに、今更じゃない?」
「気合を入れた、というのだ」
ミュウのツンケンした態度に、勇子はいつもの調子を取り戻し始める。
周りで不安げに見ていたラトゥの人たちも、とりあえず一安心といった感じで肩の力を抜く。
桜もほっと一息ついて、シャトーを横目に見た。彼も呆れ気味に固い爪で頭髪を掻き始める。
「では、仲直りと言うことでミュウ様は勇子様の手当てをしてください」
「う、うむ。致し方あるまい」
ミュウの面倒くさそうな顔。
桜と勇子はその態度には苦笑いを浮かべてしまう。
すると、シャトーが人垣の一点を見ていう。
「レナン。導師様たちの食事を用意しろ。精の出るものを頼む」
「はい。さっそく」
夫婦の掛け合いを見て、周囲からも次々と声が湧き上がる。
「では、出陣の宴かね?」
「久々にやりますか?」
「導師様の一層のご活躍を祈って、皆で御馳走を振る舞うぞ!」
ラトゥ一族上げての、壮行会が急きょ決まる。
彼らの中にも血を抜かれて、青ざめたものがいるから、元気を突けようという魂胆だろう。それに、戦死した仲間の事を偲びつつ、いつまでも落ち込んでいられないと感情を奮い立たせる。
その気迫は桜たちにも伝わって、次の作戦の成功をそれぞれの胸の内に刻み込んだ。




