~揺らぎ~ 増長した戦場
空が白んで、岩石の影が濃くなっていく。
〔アル・スカイ〕と〔ロゴート〕隊は西を指す影の群れの中を駆け抜けていく。〔アル・スカイ〕は一蹴りごとに低空を行き、〔ロゴート〕は機体を前傾させて、森林の中を走っている。
「朝日……」
桜はかすかに地平線にかかっている赤い光を視認する。
「アクティブセンサ、解除。パッシブに移行。敵影はなし」
勇子は機体の各センサをパッシブモードに移行する。敵勢力に探知されないように配慮してのことだが、いかんせん敵機の情報が少ない。せめて、サンプルの一機でも手に入れば打開もできるだろうが。
「全体、止まれ!」
先導する〔ロゴート〕隊長機が岩陰に背を預けて、大きく手を振った。
桜はその反応を受けて、〔アル・スカイ〕に正面の岩を回避させて、隊長機の右舷に回った。岩陰に隠れつつ、他の機体も同じように身を潜めつつ待機行動に出るのが見えた。
「導師様、ここが我等の里です」
「はい。確認しました……」
〔アル・スカイ〕は岩陰から頭部を出して、数百メートル先に広がる田園を捉える。段々畑に、青々とした稲が並んでいる。まだ田植えを終えたばかりらしく、水田の水面が鏡面のように薄明りの空を映している。
そして、その奥、丘陵地たちとなっているところには敵の母艦が三隻鎮座している。艦体の半分を展開し、それを支柱として点在している。足の生えたピラミッドのようだ。艶やかな鏡面装甲は田園以上に目立って、桜たちの目から見ても異質であった。
「あれは……、人?」
ミュウは母艦の側にある茅葺屋根の民家の周辺を移動する影を見つけて、拡大した。
見張りなのだろうか。段々畑の合間を人のシルエットが行きかっている。その先には駐機されている〔アルファ・タイプ〕が数機あった。
「パイロットスーツ? に見えなくもないけど……。これが限界」
勇子は画像解析をしたが、どうしても人影を精細なものにすることができなかった。
ただ、頭は丸く、手には銃器らしいものを手にしているところを見ると武装をしているのだろう。その様相はどこか桜たちに近しい文化を感じさせた。
「では、導師様。始めましょう」
隊長からの通信が入る。掠れた声に聞こえるのは、どうにも電波障害があるようだ。
彼らも喉がひりつくような緊張感の中、攻撃の号令を待っていた。敵はまだ気づいていない。操縦席の向こうから来る静けさは澄んでいる、と感じられるからだ。
〔ロゴート〕の操縦席は座席式で面倒な計器類はない。金属質なものはほとんどなく、漆塗りの木材で囲われているかのような柔らか味があった。操縦者は筒状の出力装置に手足を入れて、神経を繋ぐ。伴う痛みは筆舌に尽くしがたい。
獣に己の血肉をくれてやるようなもので、そうすることによって〔ロゴート〕の操縦権を獲得する。機体は我が身の延長となり、その山羊の見る広大な視界は操縦者を囲うようにしてモニタ投影される。
キルレは幾度か操縦する状態を味わってきて、我慢できるという自信があった。
「……大丈夫、できる!」
キルレは自分に言い聞かせた。体中が熱くなる。つま先、指先から熱湯を注がれているような異様な感触が身体を駆け巡る。
〔ロゴート〕の落ちくぼんだ瞳に光が宿る。獅子が興奮するように、肩で息をして機体を包む放熱索がざわめいた。
「落ち着け。息が乱れているぞ」
シャトーは愛娘が乗っているとは知らないまま、キルレ機の滾った様相を咎める。
彼らが無線などの通信装置なくして連携を取るのは、本能的に〔ロゴート〕の所作に意味を見出していたからだ。しかし、それが誰の息遣いなのかまでは把握しきれないのも現状である。
「了解……」
キルレは掠れた実父の声に気持ちを落ち着かせながらも、喉の渇き、攻撃的な衝動が沸き立ってくる。
勇子は〔ロゴート〕隊の無線を統合する役割をしつつ、キルレの声に焦りを覚える。もともと変声させて、作業機械の不調だと言い訳をするつもりでいたのだが、周囲には電波障害が起きており、当分キルレの存在がばれることがないと安心する。
「隊長さん、陽動をお願いいたします」
桜も〔ロゴート〕隊の様子を気にしつつも、〔アル・スカイ〕を里の東へと移動させる。可能な限り機体を低くして、敵に気づかれないよう配慮する。
各機が岩に張り付いた状態で、〔アル・スカイ〕に軽く手を上げて見送る。対して、〔アル・スカイ〕もマントを引き寄せつつ、マニュピレータを振ってこたえた。
キルレもまた同じように挨拶を交わし、見送ると息を吐いて自機を四つん這いにして背部の砲口を里に向ける。
各機は森林に隠れるようにし、隊長機の合図を待った。
〔アル・スカイ〕が十分に移動をした、と隊長が判断する。すると、そのはやなる鼓動を察したように隊長機は身震いして見せた。
「――――合図っ」
キルレはモニタの端に映っていた隊長機の様子を見て、意識を前面に集中する。
各機の砲門からまばゆい閃光が走ると、光の矢が田園の上空を過ぎて輝いた。陽動の一撃であり、敵機に命中こそしなかったが、光を見た人影や〔アルファ・タイプ〕が驚いたように慌てだした。
母艦からもけたたましい警報が鳴り出して、騒ぎが拡散されていく。
そして、〔ロゴ―ト〕隊は立ち上がると、砲身を肩に担ぐようにして射軸を調整すると、まばらな牽制射撃を続ける。後退を掛けつつ、〔アルファ・タイプ〕の目を向けさせることに成功した。
「始まったっ」
ミュウはモニタの端で瞬く数条の光を見て息を呑んだ。
〔アル・スカイ〕には攻撃はない。里では〔アルファ・タイプ〕が次々と出撃して母艦の防衛隊を残すのみとなった。
「こちらも早く片付けないと、援護に回れないわ」
勇子は敵の位置をバブル・スクリーンで追跡しつつ、桜たちを促す。
地の利があっても数では圧倒的に負けている。迅速、かつ的確に〔アル・スカイ〕は敵拠点を叩いて〔ロゴート〕隊の支援に回らないと危険なのだ。
「人がいる――」
桜は側頭部についている回折カメラが映し出す拡大画像の中で、動き回る人影に息を呑む。同じ人。鋼の塊が相手ではない。
戦場で生の人を見るという感覚は桜には酷く恐ろしいものに思えた。それに銃を向けるという精神的な威圧感は生半可ではない。
「けど、人を殺したというのなら――」
やる、と桜は赤い瞳を鋭く細めた。
〔アル・スカイ〕は岩陰から飛び出して、バリアス・ショットガンを一丁携えた。田園を舐めるように迫ると、まずいちばん近い母艦の支えを射程に入れた。
暗がりの中を風を切って突っ切る。瞬く間に民家の並ぶ丘陵へと接近した。
「内側からならっ」
ミュウはマニュアルの射撃で照準線を標的に合わせると、バリアス・ショットガンの出力を弱めて発射した。
収束率を極限まで高めた荷電粒子は母艦の支えの一本を軽々と溶解して、切り離した。周囲への粒子の飛散は見られず、当たりは一瞬真っ白な閃光に包まれた。
さらにミュウが一射すると、もう一本が千切れ、母艦は本体を支えきれずに地面に横倒しになった。
〔アル・スカイ〕は丘陵地帯を横切り、林立する岩石地帯に身を隠すと再度攻撃の機会を窺う。
「母艦一隻、浮上開始。他は、まだ動いてないわ」
勇子の報告を耳にして、桜は機体の高度を上げる。
林立する岩の隙間から敵の状況を視認でき、攻撃の閃光は見受けられない。横滑りしていく岩の動き。薄明の時分では敵も視界が取れないように感じられた。
「ミュウ様、お願いします」
「良い働きである。桜っ」
ミュウはしっかりと〔アル・スカイ〕が先程損傷させた母艦の空洞部が見える部分へと回ってくれていた。桜の操縦は鮮やかで、手際の良さを感じさせる。
〔アル・スカイ〕が一つの岩石柱の上に立つとバリアス・ショットガンを標的に向ける。
その時、迎撃のビームが母艦の空洞から吐き出され、〔アル・スカイ〕の真横をかすめた。母艦内部に格納されていた機体からの攻撃であった。
「――――んっ」
ミュウは敵のビーム光に目を細めつつも、迷いなくトリガーを引く。
〔アル・スカイ〕から放たれたビームが口腔のように開かれた母艦の空洞へと吸い込まれた。続いて、血反吐をまき散らす様にして母艦が内部から爆発する光芒が膨らむ。
〔アル・スカイ〕は移動を開始しつつも、母艦の下にある集落が爆風で煽られながらもどうにか耐えているのを確認する。降り注ぐ破片が、いくらかの茅葺屋根を貫く映像が記録されるが、桜たちには眩い光と爆炎で詳細を確認する余裕はなかった。
「桜、姫様、可能な限り里から離して迎撃してちょうだい。被害が大きくなる」
「そうは言うがな。防衛の機体も出たのだ。こちらも余裕はないのだ」
ミュウはセンサが枠線を引いて浮き彫りにした〔アルファ・タイプ〕の三機編隊が低空から攻め入ってくるのを見て愚痴る。岩石型と人型の中間形態で、ビーム・ライフルを握り迫ってくる。
ここでトリガーを引きたい衝動に駆られるも、その下で揺れる若い稲穂に気が乱されて撃てなかった。無意識に勇子の忠告を実践している。
〔アル・スカイ〕は高度を上げつつ、再度里の内側へと侵入した。同時に防衛の〔アルファ・タイプ〕が同じく急上昇を駆けて襲い掛かる。
足元に見える綺麗な田園の光景が小さくなり、岩の林立する大地が見下ろせた。朝日が機体を照らし、迫る敵機の装甲が煌びやかに見えた。
地上にはまだピラミッド状の母艦が二隻。
「なるほど、上空からだと見つからないわけね」
勇子は〔アル・スカイ〕が地上から見た時に記録した座標を確認しつつ、今目で見ている里の風景を見て敵母艦の構造に納得した。
上からでは鏡面装甲の効果で周囲の岩を映して、あたかもこぶのような岩石に見える。『ノア』が侵略軍の詳細位置を把握できないのは、こうしたカモフラージュが施されてるが故なのだ。
「んくっ。白兵戦を仕掛けます」
桜は足元から迫る敵の攻撃を機体に回避させつつ、ショルダー・ホルスターからビーム・サーベルの発振器を握らせる。
そして〔アル・スカイ〕が次に空中の圧縮空気を蹴り上げると、空中でバック転をする。
敵のビームをマントで防ぎながら、スラスターを噴射して一気に〔アル・スカイ〕が切りかかる。
三機編隊のど真ん中。敵機の反応が遅れた。
「斬ります!」
桜は身体に蟠っている気を解放するようにして叫んだ。落下に伴う負荷は視界をぶれさせるも、はっきりと桜には斬るべき相手の姿が見えていた。
〔アル・スカイ〕は機体を捻り、同時にビーム・サーベルを発振さる。
一閃。甲高い金属を削る高音が空に響き渡り、青白い光の帯が円を描く。煌びやかな光を浴びた〔アルファ・タイプ〕三機は真っ二つになって、惰性で上空へ、〔アル・スカイ〕はそのまま地上へ。
次の瞬間、〔アルファ・タイプ〕は空中で力尽き、背部ユニットを排出すると爆発した。排出されたのは一機だけだった。
紅蓮の光を背にした〔アル・スカイ〕は対空砲火を受けながら、さらに地上への突進を敢行する。
* * *
〔ロゴート〕隊は引きつけた〔アルファ・タイプ〕を翻弄していた。
〔アルファ・タイプ〕は三機編隊で、四小隊を構築している。〔ロゴート〕六機を殲滅する勢いがあった。
〔アルファ・タイプ〕は高度を取って、ビームによる空爆をランダムに立ち並ぶ岩の合間に仕掛けていた。そこに〔ロゴート〕が身を潜めていると考えたからだ。
その考えは正しかった。
キルレの搭乗する〔ロゴート〕は現に深い緑の中に身を潜めて、背中の砲門を薄明りの空に向けている。通過した瞬間を撃ちぬこうと言う腹である。
周囲で激しく爆発音が鳴り響いて、キルレは身体が震えた。
「この中で、兄さんも、そのまた兄さんも、死んだっ」
口にするのは安く、気持ちの面でもある程度の覚悟を持っていた。
〔ロゴート〕の広い視界はあちこちで光の筋が地上を焼いているのが目についた。一瞬にして、木々が蒸発し余剰の粒子が火災を起こしている現状。
「死ぬのは一瞬だ」
キルレは死ぬ間際の感覚を想像して、少しばかり気持ちが楽になる。苦しんで死ぬよりかは、気づかぬ間に死にたいものだからだ。
と、背後の方、岩の柱三つほど離れた個所で、空へと伸びあがる光が人型形態の〔アルファ・タイプ〕を撃ちぬいた。
爆発の光芒が膨らむと、他の〔アルファ・タイプ〕二機は素早く反応して爆発を避けるようにしながら岩の合間に滑り込んできた。
「凄いッ」
キルレは敵の動きと味方の狙撃技能に思わず見惚れた。
反面、彼女は確実に〔アルファ・タイプ〕を撃墜できる位置に居ながらも、攻撃の意志は失念してしまった。戦場に漂う空気に当てられて、半ば放心状態。
初陣の光景は嫌でも頭の中で強く焼き付いて、周囲で燃え上がる炎のように興奮してしまう。
滑り込んできた〔アルファ・タイプ〕二機が狙撃があった場所を手当たり次第にビームを撃った。重なる爆音。点線を引く様に爆炎が岩の間を走った。
「うわっ」
キルレは梢をかすめるようにして敵が通過したことに驚いた。敵に発見されなかったのは幸運である。彼女の意識は放心状態から意識を取り戻すと、〔ロゴート〕は振り返って上昇を書けようとする〔アルファ・タイプ〕一機に狙いをつけた。
気づかれていない。敵は正面に対してのみ集中しており、それ以外は散漫としていると感じられた。
「当てて見せなきゃ、でしょっ!」
キルレは狙いを定め、操縦桿に入れた指先に力を入れる。
すると、梢から突出した砲身が眩い光を放った。飛散した粒子で葉が焼け落ち、〔ロゴート〕の姿が露わになってしまう。
しかし、彼女の放った一撃は上昇を駆けていた〔アルファ・タイプ〕一機を撃ちぬく。残る一機は咄嗟に岩陰に隠れて、攻撃を恐れた。
「当たった……」
キルレはどっと汗が噴き出して、固唾をのんだ。
殺生への罪悪ではなく、命中した驚きと次の行動はどうすればよいかと混乱してしまっている。機体は体毛をざわめかせて、硬直している。
そこへ〔アルファ・タイプ〕の別働隊が高い位置からキルレ機の背中を発見した。
彼らはノーマークでじっくりと狙いを定める余裕があった。
「何をしているっ!?」
キルレは操縦席の天板に引っ付いている作業機械からノイズ交じりの声を聴いて、左右に視線を走らせた。
次の瞬間、彼女は背中を強く打つ衝撃共に機体が岩陰の方へ投げられたのがわかった。空と地上とがかわるがわるめぐって、頭に血が偏っていく。
その中で、一機の〔ロゴート〕が上空に向かって数発ビームを打つ光景がモニタに入った。だが次の瞬間には爆発が起きた。その中で〔ロゴート〕が光の中に溶けていくのがわかってしまった。
「――――っ」
キルレは目を見張った時、〔ロゴート〕は地面を転げまわってさらに視界が悪くなった。
それでも、彼女の意志ははっきりとして脱兎のごとく〔ロゴート〕を走らせていた。疾駆する〔ロゴート〕は森林をかき分けて敵の空爆を避けていく。
「誰がやられた。誰が、狙われている!」
シャトーは敵の爆撃の様子を見て、網目のように広がる森林の中を誰かが逃げているのがわかった。
機体は岩の壁面に固定されて、ビーム砲一門で敵一個小隊をけん制していた。その中で彼は戦況をよく把握している方だった。
「チィッ!」
シャトー機は岩壁を蹴ると、敵の攻撃を回避し、次の岩に爪を立てて機体を固定する。空戦ができない〔ロゴート〕はカルスト地形の岩石を利用して跳び移ることで高度を得ている。
砕かれた破片が降り注ぎ、機体を打った。次が来る。
シャトーは〔ロゴート〕の操縦系統を弛緩させて、岩壁を滑り降りるようにした。強靭なマニピュレーターと脚部の爪が崩れやすい鉱物を削り上げて、煙幕を張る。
〔アルファ・タイプ〕はそれによって、シャトー機が動作不全に陥ったと思ったのだろう。岩石形態で三機編隊が岩石群の中に飛び込んできた。
「ふんっ」
シャトーは次の瞬間、自機の側を通過しようとする〔アルファ・タイプ〕に意識を集中させる。これ以上、戦力を低下させるわけにはいかない。
〔ロゴート〕は強く岩壁を蹴って、直線的に〔アルファ・タイプ〕へと跳び付いた。三機編隊の右翼をなしている機体が大きく揺れた。
サイズ差はほとんどない。
シャトーは宙づり状態になっているのを感じながらも、モニタに映る敵機から目を離さない。〔ロゴート〕の爪が変形のための溝に引っかかってどうにか堪えている。脚部は宙に浮いたままだ。
「継ぎ目を狙えば、爪だって通るはずだっ」
シャトー機は片腕を外して、下半身部に見える継ぎ目に向かって手刀を振り上げる。鋭いかぎづめを思わせる一撃が〔アルファ・タイプ〕の装甲板を抉り、歪ませる。
幾度も交戦して、経験を積み敵の弱所を彼は熟知していた。
〔アルファ・タイプ〕も負けてはいない。機体はそのまま右へと傾き、〔ロゴート〕を岩にぶつけようとする。僚機は誘爆を恐れて手が出せない状態であった。
「援護する!」
〔ロゴート〕隊の隊長機が岩の柱の上を経由しつつ、シャトー機の援護射撃に入ってくれた。
薄明りの空から降り注ぐ数条のビームに〔アルファ・タイプ〕三機はよろめく。
「すまないっ」
シャトーは次の一撃で〔アルファ・タイプ〕の収納された下腹部に爪を突きさし、機体を固定する。
次の瞬間、〔ロゴート〕は雲梯をするかのごとく、自重を掛けて外装を掴んでいたマニピュレーターを解除した。その勢いと重さに〔アルファ・タイプ〕はぐるんと上下逆さまになる。姿勢制御系がやられたのだろうか、ひっくり返った亀のように無様な状態である。
「もらったっ」
シャトーは絶好のチャンスと意気軒昂。
〔ロゴート〕は二門の砲身を担ぐようにしながら、援護射撃にしどろもどろしている他の二機に照準を合わせる。そして、閃光が迸った。
「――っぐ」
シャトーは砲身の反動を受け流しきれず、機体が後ろへとひっくり返る。それと同時に機体の固定を解いて、地上へと落下していった。
しかし、〔アルファ・タイプ〕二機を仕留めることに成功した。盛大に爆発して、その爆風が森林を薙ぐようにして暴れまわる。
シャトーの機体はその爆風と放射線で装甲の一部が溶け、放熱索が縮れ、地面に叩き付けられたが軽い損傷で済んだ。
下腹部を抉られた〔アルファ・タイプ〕はよろよろと飛行を続けて、岩を縦にして蛇行して移動していく。
「イツツ……。次だ」
シャトーは機体の損傷を軽く流して、〔ロゴート〕を立ち直らせる。脚部と腕部はこれまで通り大丈夫だが、砲身の角度調整に若干のズレが出ていた。それは機体に神経を繋げているが故の体感的な検索で、経験則からも大した問題でないと判断できる。
遠くでまだ戦闘の爆音が響いている。敵残存戦力は六機。彼らの見えないところで、他の操縦者たちが〔アルファ・タイプ〕を二機潰してくれていた。
しかし、〔ロゴート〕は五機。気を抜けばすぐにも流れは敵に傾くだろう。
「逃げてばかりじゃダメだっ」
キルレは未だ空襲を避けるの手一杯の状態で、しかし、気持ちは敵に向けられていた。
誰かが自分を庇って目の前で死んでしまった光景が脳裏に焼き付いて、一矢報いなければ胸に居座る衝動を落ち着かせることはできない。
「切り替えし、攻めるっ」
キルレ機は急制動を駆けて、さらに大きく跳躍して岩に飛び浮ついた。
空爆を行っていた三機が瞬時に岩に張り付いた〔ロゴート〕を捉える。人間形態ですぐに、ビーム・ライフルの銃口を向ける。
だが、脚部と肩腕部で支えられた〔ロゴート〕は体を開くと同時にビーム砲一門を敵に向けていた。狙いを定めている余裕はない。キルレの意志は敵を捕らえたと思った瞬間にはトリガーを引いていた。
両陣営のビームが走った。
キルレは視界が真っ白に染まって、強い衝撃を感じた。耳の奥が圧迫されて、何かが弾ける音を聞いた気がした。
モニタにはバランスを崩した〔アルファ・タイプ〕がよろよろと後退していくのが見える。シャトーと隊長機の援護だ。
「やった……。うっ、あっ」
キルレは急に激痛に見舞われて、意識が朦朧とする。そして、自身の左はバックリとさけて血が湯水のように流れ出ているのを目にした。
「痛い、痛い――――っ」
キルレは大粒の涙を流して、堰を切ったように金切声をあげる。
〔ロゴート〕も左腕部を失い、さらには操縦者の意識の乱れから力を失って地上へと落下する。無慈悲なほど、薄明りの空が遠のいて、次に背中を突く衝撃が左腕の傷に殺到した。
血が飛び散った。痛みが肉を駆けあがって、脳髄を貫く。右腕で押さえても、熱い血は止まらない。血の気が引いていく中で、彼女は泣いて泣いて、死の恐怖におかしくなりそうだった。
「助けてっ」
その声はシャトーたちにも届いた。
「誰だ?」
「痛いよ。助けて……」
隊長はくぐもった声に人物が判別できなかったが、操縦者が危険な状態であることを察した。
それはシャトーも同じだ。彼は自機を跳躍させて、岩から岩へ飛び移りながら他で展開してる部隊との連携を図っていた。彼の機体は〔アルファ・タイプ〕二機にマークされていた。
「さっきの機体か……」
シャトーは岩から転げ落ちて行った味方機を思い出して、唇をかんだ。
「助けて……。父さん」
キルレは無意識に父に助けを請う。冷たくなっていく身体で、薄れていく視界の中で戦場にいる父を求めた。自分の思い上がりが、このような結果になったという後悔や反省はできなかった。今はただ、死にたくないと強く願うほかなかった。
「……ッ」
しかし、シャトーには無線から聞こえる掠れた仲間の声が、よもや娘の声だとは思わなかった。仲間が無意識のうちにそう口にしているものだと理解していた。
幾度となくシャトーの耳に「父さん」という言葉が入り込んで、気持ちが揺れ動く。虫の知らせのような胸のざわめきが、大きくなる。
シャトー機は自身に課せられた任務を果たしながらも、自然とキルレ機が落下した地点にまで後退を駆けていた。
「何をしている、シャトー!」
隊長の怒号が至近距離から響いた。
その時にはシャトー機は岸壁に掴まって、空を飛びまわる敵機に牽制射撃を行いながら眼下に倒れ込んだキルレ機を見つけていた。
シャトーはそれを見て、戦場の暗黙の了解を頭の中に思い出しながらも、どうするかと逡巡した。
「動けない味方を助ける余裕はないんだ! 見捨てろ!」
「しかしっ」
「俺たちはそうやってきた。そいつは、助からない。じきに死ぬ」
隊長機の切羽詰まった声にシャトーはぐっと自分の中で湧き上がる感情を押し殺した。
左腕部が根こそぎ奪われて、胸部の一部も蒸発している。操縦者に意識があっても、重態かもしれない。いや、このビームが入り乱れる戦場で下手に荷物を抱えれば、自分まで死んでしまう。
無線で意思疎通を図ろうとすれば、人情を呼び覚まして判断を鈍らせる。シャトーたち〔ロゴート〕操縦者たちには不要な装備だ。
なかったからこそ、誰が戦死したという動揺は小さく住んで、冷徹に戦いに集中できた。
声が聞こえるというだけで、操縦者の動揺は一気に揺れ幅が大きくなるのを感じてしまうのだ。
「と、う、さん……」
キルレの霞んだ視界で岩壁に掴まって牽制射撃をする機体が見えた。直感的に父の機体だと思った。助けてくれるという安心感が胸の内に広がっていく。
「俺はここでは死ねないっ」
シャトーは心の内で幾度となくすまないと口にして、〔ロゴート〕を跳躍させた。
「女房と娘がいる。待たせている。だから――」
シャトー機は隊長の〔ロゴート〕と連携を取りつつ、先程撃ち漏らした〔アルファ・タイプ〕を撃破して、もう一方の隊と合流を計る。
「あ、ああ……」
キルレは味方機の影が見えなくなって、頭が真っ白になる。見出していた希望は打ち砕かれて、冷たい絶望が身体を蝕んでいく。
そこで彼女の意識が途切れた。
* * *
勇子は立体スクリーンに表示していた〔ロゴート〕隊の各機状況を見て、新たに更新された情報に顔面蒼白になる。
「どうした?」
「勇子様、如何なされましたか?」
桜とミュウは〔アル・スカイ〕に二隻目の母艦を沈めさせると、直掩部隊の攻撃を回避して林立する岩場へと逃げ込んだ。
「キルレが、危篤状態で……」
「キルレだと? 何を言っておる」
ミュウは勇子の震える声に眉を顰めながら、岩の合間から見える敵陣の弱腰っぷりを確認する。
「すでに敵は弱腰。押し切れるのだぞ」
「〔ロゴート〕隊にも一人、犠牲者を出してしまいました。そのためにも、この好機を逃すわけには――」
桜は〔アル・スカイ〕を旋回させつつ、丘陵地帯から離れない〔アルファ・タイプ〕の射撃を回避する。敵の動きは母艦を援護するそれであり、地上に残っている人員を収容しているようにも見える。
立体スクリーンに映し出されている報告は〔ロゴート〕隊に持たせた作業機械の信号を受信したものだ。一つは通信途絶。機体が撃墜されたとみていい。もう一つ、赤い区塗りつぶされた表示がある。それは操縦者の生命機能が著しく低下していることを意味する。
もちろん、桜はその操縦者を助けたいと思う。
「あと少しなのだ……」
ミュウは器用に岩と岩の合間に敵を捉えると、バリアス・ショットガンで威嚇射撃をする。敵が逃げ腰ならば、そのままさっさと立ち去ってくれればいい。ここで攻撃の手を止めたら、侵略軍はとびたたないかもしれない。
あと数分ねばることができれば、当初の作戦は完遂できる。
勇子にもこの戦術的な成果の大きさはわかっている。
しかし、自分の中で膨れ上がる罪悪に冷静さを欠いていた。
「お願い。引き返して! キルレを見捨てたくない!」
「だから、あの熊の手娘がいるわけないだろ! 痛ッ」
ミュウは怒鳴り散らすも、壁にしていた岩が崩れるのに驚いて舌を噛んだ。
桜は〔アル・スカイ〕を後方に下げながら、はたと思い出した。
「勇子様、出撃前の作業機械の点検。あの時に――ッ」
「そうなのよ。そうだから、お願い。引き返して……」
勇子の心は完全に折れていた。戦闘継続は不可能だ。
桜は勇子の震える声と内線映像から伝わる錯乱した様子に判断を下す。
「ミュウ様、申し訳ございません。ここは撤退いたします」
「何を言っている。小娘の一人のために、民全員の希望を潰すのか?」
「キルレ様もまたその一人でございます。敵もかなりの損害を受けたはずです。一度、体勢を立て直す時間はあります」
ミュウが次に文句を言おうとした瞬間、〔アル・スカイ〕は敵陣に背を向けて薄明の空へと大きく跳躍して〔ロゴート〕隊と〔アルファ・タイプ〕の抗戦する戦闘域を確認する。
方位は西南。何条ものビーム光の交錯が見えた。
背後からも攻撃が来る中で、桜は複雑な面持ちで〔アル・スカイ〕に宙を疾駆させる。
「勇子様、戻り次第お話を聞かせていただきます」
「…………」
勇子は口籠り、しかし、彼女の判断に感謝した。思わず涙があふれて、頷くことしかできない。
「全く、この帳尻合わせをどうするつもりなんだ?」
「ミュウ様、戦闘域に攻撃を。勇子様はキルレ様の所在を探してください」
桜の緊張した声にミュウも勇子も返す言葉がなかった。
彼女は『導師』としてラトゥの人たちに里の解放を約束した身である。それができなかったことを告げるのも彼女である。それで信頼を失えば、ラトゥとの協力関係はなくなるかもしれない。
その責任の重圧に耐えながら、今は一人の少女の願いと命を守るために戦術的成功を棄てたのだ。
〔アル・スカイ〕はバリアス・ショットガンを構えて、数発最大出力で発射した。その眩い閃光に〔アルファ・タイプ〕が驚いたように低空から高高度に上がってきた。
「あの光、導師様の機体か?」
「成功した、ということか!」
〔ロゴート〕隊の面々はそう思い、歓喜した。フライング気味の喜びが伝播して、空中にいる〔アルファ・タイプ〕への攻撃は半ば祝砲を上げるかのように乱雑になっていた。
敵も強力な援軍の出現に戦力差を冷静に分析して、高速で朝日に向かって撤退していく。
桜は無線から聞こえる〔ロゴート〕隊の牽制に苦い顔をする。
「桜、東に五〇〇メートル。キルレに渡した作業機械の反応があるわ」
勇子の落ち込んだ声に、桜は素っ気なく返答しつつ、無線を開いて全軍に告げる。
「申し訳ございません。作戦は、失敗してしまいました。全機、帰投してください」
「失敗だと!?」
桜の報告に度肝を抜かれた隊長の声が響いた。
そして、歓声は鳴りを潜めてお通夜のような空気に満たされた。〔アル・スカイ〕は高度を下げつつ、キルレ機のもとへ寄る。
「詳しい話は後程、しかし今は撤退いたします。重態の操縦者を手当てしなければなりません」
〔アル・スカイ〕はバリアス・ショットガンを脚部に懸架し、ボロボロの〔ロゴート〕の前に立った。
不幸中の幸いは、まだキルレの生命活動が止まっていないことだろう。




