~和解~ 雷雨攻略作戦〈前編〉
迫りくる雲の城塞は止まることを知らない。
桜たちはすでに水平線に出たスーパーセルの暗雲と稲妻の光を視認しており、屋敷の側で跪いて待機する〔アル・スカイ〕のマントが揺れ始めていた。
「すぐに敵が来るわ。それまでに、数を揃えておいてほしいの」
「ドライアイスとか言うの、初めて作ってるんですよ? あなたの指示がなくては、無理です」
「初めてなのはこっちもよ。わたしたちだっで専門家ではないわ。この天候で上との通信もできない。やってもらわなきゃ、困るのよ」
勇子は追いすがってくる兵士の一人に声を張り上げて、作業に戻るように人差し指を向ける。
兵士も小さい女の子にどやされるのに、口をへの字にまげて不満な顔をする。
「深層水を煮たたせて、そこから発生する炭酸ガスを取り出す。それを、〔リリック〕のジェットエンジンを使って圧縮して、外気に触れさせて粉末にする。それから樽なり缶に詰めて爆弾にする。いい?」
勇子は指を立てて手順を説明し、兵士に指を立てた手を突き付ける。それから、思い出したように短く声を上げて、付け加える。
「あと取扱に注意して。素手で絶対触らないように! 手袋、要着用」
「了解しまたよ、参謀殿!」
兵士は捲し立てる勇子にそういうとすたすたと屋敷の方へ戻っていった。
勇子は苛立った息を吐き捨てて、機体へと走る。オリノからの情報提供で、スーパーセルを減衰させるいくらかの方法は上がった。ただ、そのすべてが不確実な、古いデータであるために効果がどれほどのものか運しだいであった。
ドライアイスを作るという発想は、彼女があり合わせの道具を使って考え付いたものだ。
深層水――、ちょうどレルカントの屋敷にお風呂のお湯として組み上げられていたもので、それには炭酸温泉に近しい性質があると作業機械による調査でわかった。これに気づいたのはお風呂に入った時、幽かに炭酸らしい気泡が湯船に湧いていたからだ。
事実、勇子発案、桜のこなれた小道具づくりと調整で真空装置を生みだし、精製に成功した。それでも、不純物の入ったものだからとれる量もその効能も純正に比べれば劣る。
ないよりはマシ、では困る代物だから、とにかく数を作るしかない。
桜とミュウは〔アル・スカイ〕に搭乗して、発進準備に取り掛かっていた。
「作戦はかなり難しいぞ。できるのだな?」
ヘルメットのバイザーを下げながら、ミュウが確認する。
「成功させます。わたしたちはとにかく竜巻の抑制か、海中の敵の撃破に専念いたしましょう。勇子様、準備はよろしいですか?」
「ええ、準備いいわよ。レイド隊も動けるって」
搭乗して、機体のチェックをする勇子が早口に知らせる。
桜は一つ息を吐いて、最終調整を急いだ。強風が吹き荒び、崖の植林がざわめき始めるのを耳にしながら、バブル・スクリーンと立体スクリーンに目を走らせる。
「モールス信号は覚えましたね? ドライアイス弾もよし。でますよ!? よろしいですか?」
「いつでも」
「マリーネン部隊はすぐに出るわ。こっちが先導しなくちゃ」
〔アル・スカイ〕が立ち上がり、たなびくマントを引き寄せながら軽く脚部をかがませる。
そして、水平線に浮かぶスーパーセルを見据えながら、機関出力を上げていく。躍動する人工筋肉がかすかに桜たちのシートを揺さぶった。
「〔アル・スカイ〕、出撃いたします」
桜の掛け声とともに、〔アル・スカイ〕は跳躍。
ストレス・コンプレッション機構で圧縮空気を足場に、夕日の影る空を駆けだしていく。
* * *
ディードは暗がりを運んでくる分厚い雲の波に向かっていく、機影を見送っていた。屋敷のテラスに出て、岸壁を打ち付ける波の強さを耳で聞きとった。テラスに設けられた貧弱なアンテナも、今にも折れてしまいそうなほど風に煽られている。
「津波が来るやも、しれんな」
そういうなり、彼は踵を返して屋敷の中に戻る。そこは総司令部として、多くの機材が据えられており指揮を執っている。
「領民の避難は済んだな。家財道具は?」
「彼らに携行義務を出していたので、それで大丈夫かと……。それで、避難壕の中はすでにいっぱいいっぱいです。家畜の搬入だって、まだ完璧ではないのです」
答えてくれた士官はしわがれた声で、不安な色を見せていた。歳を取った士官たちには、ディードのことで不安感を拭いきれず、不満が出ていた。
ディードは長机の上に並んでいるものを眺めて、スタンドマイクを手にする。
「避難壕に放送を流す。回線を頼む」
簡素な椅子に腰かけて、無線の調子を確かめていた若い兵士がヘッドフォンをずらして了解する。
ディードの言葉に注目が集まる。その中にはミュウの義理の兄たちもおり、医務室で治療を終えやってきたところでもあった。そして、父が失脚で気味であることも耳に入れていた。
「どうぞ」
ディードは促されて、マイクのスイッチを入れて厳かに口を開く。
「我が親愛なる領民たち、全員に告げる」
その初めの言葉で、退避郷に入る領民たちすべてがディード・リック・レルカントであることを理解し、傾聴する。
「今、我が領土に未曾有の厄災が迫っている。最悪の場合、諸君らの財産、我が領地を失うことになるやもしれない」
ディードはそうなる覚悟を持ってほしいと重々しく通達する。
それを聞いた領民たちは絶句して、予想以上に危険な状況であることを悟る。けがの手当てをする者、広いスペースで固まっている人々、機体を直す人々。誰もがこの狭い空間で苦々しい表情を浮かべていた。
「だが、勇敢な、諸君らの知る兵士たちがその厄災を防ぐために、導師様と共に出撃した。勝率は私にも、誰にもわからない。しかし、見ず知らずの我らのために尽力してくださる。そこで、諸君らの力を借りたい」
ディードの強い語気に領民たちは沈んでいた顔を上げる。
「今展開している、作戦の手助けをしてほしい。ドライアイス、という氷塊を作ること、それから、陸地の家畜の搬入作業だ」
「この状況で領民たちをこき使う気か?」
長男のガルダードがそう避難した。
何もできない彼らだから、退避壕に避難させたというのにここに来て働かせるというのは酷な話ではないか。しかも、聞き覚えのない物を作ろうという試みは誰だって訝しんでしまう。
しかし、ディードは続ける。
「氷塊の製造は下層部第五ブロック、家畜の搬入は上層部の搬入ゲートに集合して欲しい。すまないが、皆の力が必要だ。頼む。生きるためには、多くの力が、皆の協力が欲しい。だから、頼む」
沈痛な面持ちで領主が領民たちに頼み込む。
三兄弟から見れば、哀れな姿と言えるかもしれない。人事には不向きだと感じた。避難壕はほとんど老人や子供しか残っていない。そんな彼らがどこまで役に立つのか知れたものではない。
士官たちは息を呑んで、常に毅然としている領主の姿に心打たれる。
一人の士官が別の通信機の前に立つと、そのスイッチを入れて上層の搬入ゲートと繋げる。
「そちらに一般人が行くことはわかっているな? 対応を頼む。ええ? もう一人、元気な老人が馬の尻を叩いて誘導してるだって?」
通信機の前に立っている士官は信じられないと言わんばかりに声を上げた。
放送からまだそう時間はたっていないはずだが、動き出している人がいるという事実に驚かされる。
また、別の通信機から報告を受けた兵士が目を丸くして、参謀たちに言う。
「下層のボイラーで子供たちが薪をくべ始めているそうです。もっと多くの薪が必要だと要請が来ています。保管庫の場所を教えてくれとも」
「そんな馬鹿な! こうも早くに動けるものなのか?」
ガルダードが吠えるように言った。
老人や子供までも動き出してしまう。しかも、できることがあって、力になり始めている。
司令部では驚きと胸の内が熱くなる想いであった。
ディードの言葉で動き出したものも多い。このままやられてしまうことに脅えていては、何も解決できないと知っているのだろう。そして、希望の象徴とも言える『導師』が他ならない、自分たちのために前線に出たという報告は底知れない喜びと勇気を与えてくれた。
ディードもまた領民たちの行動力に嬉しさが込み上げてきた。
「すぐに保管場所を教えてやれ。無理はしないようにとも、な」
「了解!」
司令部にも活気が戻り、前線に出た部隊との交信と陸地への通信を再開する。
それぞれの戦いがあり、立ち向かう意思は小さくとも必ず誰かのためとなって、動いていくものだ。
ディードはぼうっと突っ立っている息子三人を見つけると、机から離れて彼らに近寄る。
「お前たちも自分でできることにかかれ」
「え、しかし、何をすれば……」
ボルバルジードが鼻にしているガーゼを気にしながら問う。他の二人に目を向けても、同様に不服の表情を浮かべている。
ディードは情けなくなって、ため息を吐き出す。
「いい歳して、何も考えないのか? さっさと下に行って、子供たちの手伝いをしてこい!」
「何故、我々が!?」
「制作作業は危険なものだ。お前たちもそれを経験してくるといい。いけっ!」
その一喝で、三兄弟は縮み上がって慌てて司令部から出て行った。
出来ることを探り、行動に移った子供たちと比べて何と幼稚なことかとディードは痛感する。父親として、何もしてやれなかったのだなとしみじみ思う。
司令部でもクスクスと笑いが込み上げていた。
その時初めて、ディード・リック・レルカントは我が子のことで恥をかく親の心境を理解した。
* * *
「これがスーパーセル……?」
桜は〔アル・スカイ〕を低空で跳躍させながら、思わず息を呑んだ。
それはもう山としか言いようのない大きさである。自然の中、それも限られた気象の特異性がなせることだ。天頂には太陽の光を遮るように薄い雲が円形に広がり、当たりを暗くしている。
が、スーパーセルの側面は夕日を受けてやわらかそうな凹凸の表面を浮き彫りにしている。その美しくも壮大な大きさとは裏腹に、吹き荒れる暴風とゴロゴロと嘶くような雷鳴が耳に残る。
〔アル・スカイ〕が正面から襲い掛かる風の中でマントを引き寄せていた。
「これを減衰させるというの……?」
勇子も思わず弱音が出る。
宇宙暮らしの二人にとって、このような山は見たことがない。視線を上に向けると、それはもう未知の構造物である。管理された天気の中で生きてきた人にとって、これほどの脅威など想像したこともない。そして、こうした自然現象とも向き合わなければいけないことを喪失していた。
自然が決して人間に優しいものではない。そのことを実感し、科学が常に絶対ではないことを思い知らされる。
「お、驚いてる場合ではない! わらわたちは、あの、下に潜り込むのだぞ!? わかっておるのか?」
ミュウは怯えを隠す様に声を張り上げて、二人に言った。
彼女自身、スーパーセル現象を間近で見たのは初めてのことだ。想像以上の巨大さと雲の下で荒れ狂う光の筋を見てさらにぞっとする。
桜は自分たちの役割を思い出しながら、呼吸を整えて気持ちを引き締める。
と、頭上を見上げていた勇子がチカチカと点滅する光を見つける。上空で編隊を組むレイド麾下の〔リリック〕隊である。その先頭をゆくレイド機からの光信号である。
すぐさま〔アル・スカイ〕に登録していた解析プログラムを走らせて、信号を読み解く。
「桜、姫様。マリーネン部隊が作戦行動に出るって」
「わかりました。無理はしないように、とお伝えしてください」
「敵のマリーネンを引き寄せるのだろう? その隙をついて、わらわたちは雲の下に潜り込む」
ミュウは作戦の内容を反芻して、自分を鼓舞する。
桜の指示通り、勇子は了解の打電をする。〔アル・スカイ〕が注を見上げて、四つのセンサーアイを発光させて返答するのだ。
それを見たレイドは確認のサインを出すと、シートに座り直す。
「よぉし。カッコイイ所を見せないと、末代まで馬鹿にされちまう」
眼下の暗い海の上を走る〔アル・スカイ〕のマントのはためきを一瞥して、無線のスイッチを入れる。
「作戦開始だ。導師様の道を作るぞ!」
了解、と混線する無線から返答が返ってきた。
レイドたちの高い視点から見ても、スーパーセルの巨大さは圧巻である。〔リリック〕はジェット気流の上に並んで飛行していたが、その流れの速さを制御できなければ、雲の壁に吸い込まれてしまう。
雲の中は雷と水、さらには雹が荒れ狂う領域である。突入したら最後、〔リリック〕のような軽量な機体は分解され、竜巻の風圧で残骸となって外に弾き飛ばされてしまう。
それでも、敵を引き付けるのに〔リリック〕の機動力は最大の武器であった。
各機、背部のジェットエンジンを点火し、一気に加速する。いつも以上に風の影響を受けている機体は今にもバラバラに崩れてしまいそうな程、激震していた。
「敵影、確認。来るぞ!」
レイドは帯のように流れる雲の合間から、黒い点が蛇行するように編隊を組んでいるのを発見し、僚機に呼びかけて、操縦桿を横へ倒した。
レイドの機体に合わせて〔リリック〕部隊は太陽側へ流れるように降下を始める。そのヒレは鮮やかに夕日を照り返して、まぶしい輝きを放つ。
それを〔アルファ・タイプ〕部隊が危険と認識して、追撃を始める。岩石形態で、まるで龍が身体をくねらせて飛翔するように、数珠つなぎな編隊で下降流の暴風を突き破り上昇を開始する。
「マリーン部隊が敵と接触。交戦を開始」
勇子はスーパーセルの白い側面に浮かぶ機体を拡大映像でとらえて、報告を入れる。
桜、ミュウの肉眼でも〔アルファ・タイプ〕のビーム光を見ることができた。
「ミュウ様、よろしいですか?」
「いつでもよい。かっ飛ばせ!」
ミュウの気勢と共に、〔アル・スカイ〕は脚部の出力を上げて圧縮空気を蹴り上げ、加速する。弓から放たれた矢のように俊敏で力強く伸びあがる。海面はその跳躍のたびに海水が圧縮空気の中に吸い上げられ、破裂とともに海面にクレーターを作った。
波紋は大きく広がって、気泡が後を残す。
と、警報音が鳴り響いて桜たちは警戒する。
「敵、〔アルファ・タイプ〕二機に気づかれたわ。二時方向」
「針路はこのままで迎撃します」
「わかっておる」
〔アル・スカイ〕が次に踏み込んで跳躍。その瞬間に、突き出した右脚部に懸架されたバリアス・ショットガンを右マニュピレーターに持たる。
ミュウはモニタに映る矢印の方向に顔を向けて、照準線を合わせる。マニュアル操作であるが、〔アル・スカイ〕の上下振動は緩和されており、水面を滑るように飛ぶ〔アルファ・タイプ〕の機影をすぐに見つけることができた。
水の尾を引いて距離を詰めてくる。
「ん――」
ミュウは手前の〔アルファ・タイプ〕を捉えてトリガースイッチを押した。
バリアス・ショットガンから眩い輝きを放つビームが発射された。一直線に伸びあがり、前方で巨大な水蒸気を脹れあがらせる。
「外したっ」
ミュウは直接見てはいなかったが、直感的に悟った。
スーパーセルが巻き起こす上空から海面に落ちてくる暴風が水蒸気を払う前に、〔アル・スカイ〕と〔アルファ・タイプ〕二機はそれを追い越して、射撃に入った。
ビームが交差し、互いにスーパーセルを目指しながら回避運動に入った。
「んくっ」
桜は〔アル・スカイ〕を右斜めに進行させながら、身体にふりかかる負荷に胸がつぶれそうだった。
〔アル・スカイ〕は高速で駆けて、進行してくるスーパーセルの右側面へと流れていく。太陽が雲に隠れて、暗い影の中へ。追いすがる〔アルファ・タイプ〕二機に発砲するが、彼らは素早く8の字を描く様に飛行して、かく乱してくる。
と、ぽつぽつと〔アル・スカイ〕の装甲を打つ水滴が降ってきた。蒸発された海水ではなく、スーパーセルから発生する雨である。強風に乗って降り注ぐ雨だが、大した脅威ではない。
「雨? 近いづいてる……」
勇子は立体スクリーンで雨の事を知った。メイン・モニタはグラフィック処理で水滴は映っておらず、その実感がなかった。
マントを激しく靡かせて、攻撃を続ける〔アル・スカイ〕は敵機の攻撃をジグザグに避けながら、水柱を破って現れる〔アルファ・タイプ〕が左右交差して、挟撃の準備に入るのを見逃さなかった。
「挟撃か? 面倒なっ」
ミュウは命中しないことに苛立って、人型に変形する〔アルファ・タイプ〕二機を視界に入れる。
変形によって、風の抵抗が出たのか一瞬よろけて見えた。
「そこっ」
ミュウは目ざとくそこを狙って、バリアス・ショットガンを一射。
しかし、狙いをつけた〔アルファ・タイプ〕は大きく後退して回避すると、即座に反撃を仕掛けてきた。〔アル・スカイ〕の前方で水蒸気が膨れあがり、視界を遮った。
「四時方向からもう一機!」
「はい!」
勇子の警告に、桜が即座に反応する。
〔アル・スカイ〕は滞空中スラスターを噴射して、機体を翻す。そして、右のショルダー・ホルスターからビーム・サーベル発振器を出すと、空いているマニュピレーターに握らせた。
白い靄を抜けた〔アル・スカイ〕の正面から、ビーム・サーベルを発振して切りかかろうとする〔アルファ・タイプ〕の影が迫る。
「――――っ」
互いの光の刃が振るわれて、衝突。
耳障りな、甲高い音が操縦席にいる桜たちに圧迫感を与える。眩い閃光が視界を遮り、〔アル・スカイ〕は力任せに切り払って、後ろへ大きく跳躍。
思った以上に高く飛び上がってしまった。
が、ミュウは高くなった視界のお蔭で、弾き飛んで体勢を立て直そうと油断する〔アルファ・タイプ〕を見つけることができた。目がちかちかしても、敵のビーム・サーベルの発光を見逃さなかった。
〔アル・スカイ〕がすかさずバリアス・ショットガンを発砲。
油断していた〔アルファ・タイプ〕の脳天を貫いた。続いて爆発が起きると、ひときわ大きな破片がスーパーセルから離れるようにして飛んで行った。
「一機、撃破」
勇子は爆発の衝撃に顔を顰めつつ、お腹の底が浮き上がる感覚を覚える。
〔アル・スカイ〕は降下しつつ、スラスターで向きを変えて、着水寸前で圧縮空気を足場に跳んだ。向かい風の中で鋼の巨体は疾駆し、背後から迫るもう一機の〔アルファ・タイプ〕に注意した。
桜たちは跳躍のたびにかかる負荷に下っ腹に力を入れ、速度が緩むと同時に負荷は和らぐが喉元までも緩んで内臓が気持ち悪くなる。緩急に合わせた体の対応はまだ追いついておらず、悪戦苦闘しているのだ。
「真後ろを取られたわ……、きゃぅっ」
〔アル・スカイ〕の足元に、敵のビームが着弾し湧き上がった水柱に機体がもみくちゃにされる。
「うぅ……んっ」
桜は即座にフットペダルと操縦桿に力を込めて、水柱の中でもがく〔アル・スカイ〕に空中を蹴らせた。
バッと水の中から横間に飛び出た〔アル・スカイ〕は高度を維持しつつ、スーパーセルの位置を確認した。真っ暗な空を目に入れつつ、立体スクリーンが映し出す後方の〔アルファ・タイプ〕の動きも見逃さない。
「いい加減にしな!」
ミュウはむくれて、照準を〔アル・スカイ〕の射撃管制に任せにトリガースイッチを押した。
〔アル・スカイ〕は右腕部を後ろに振って、バリアス・ショットガンを放った。一条の光が伸びあがったが、〔アルファ・タイプ〕は海水のベールを上げて横滑りするように回避した。その途中で岩石型へと変形して、機動力を上げてきた。空気抵抗を少なくするためだろう。
「もうっ! 当てにならない」
「温暖前線の中にいるのよ、きっと。湿気が酷くて、ビームが屈折するの」
「ご高説どうも!」
勇子の専門的な説明にミュウは理解の範疇を越えていたので、適当に返した。
〔アル・ガイア〕はドッグ・ファイトを仕掛けるようにして追撃してくる〔アルファ・タイプ〕のねちっこさに鋭角な回避運動を取って攻撃を避ける。
コツッ、コツッと装甲を叩く何かの音に桜はぎょっとする。
「雹がこんなところにまで……」
桜は装甲を打ったものが豆粒ほどの雹だと知って、驚いた。
「竜巻の影響で、はじき出されたのよ。まだ小さいから、機体には何の影響もないわ」
「桜、反転しろ。一撃で仕留める」
じれったくなったミュウが意見する。
これから雷雨の中に突入するというのに、いつまでも〔アルファ・タイプ〕一機に付き纏われている場合ではない。
桜はミュウの意見に賛成で、とにかく後ろで左右に揺らめいている敵機を落とすことに集中する。
「勇子様、サポートをお願いいたします。ミュウ様、行きますよ」
「いつでもっ」
「ちょっと待って、桜。もうすぐ風の急流に出るわよ」
勇子の慌てた様子に桜は〔アル・スカイ〕の反転を待った。
操縦席にバブルスクリーンが投影されて、ホログラフィのスーパーセルとその風の動きが投影された。そこには雲の下を這って、中心に向かい、さらには渦を巻いて上昇する矢印があった。
そして、現在地を知らせる赤いマーカーと風の流れを示す矢印は接触しつつあった。
〔アル・スカイ〕はまさにその渦に向かう流入の暴風に乗ろうとしているのだ。
しかし、迷っていても敵の攻撃がやむわけではない。
「こちらで、うまく操縦しますから、お願いします」
「その言葉、信じるからね!」
勇子は早口に返答して、〔アルファ・タイプ〕の動きをトレースする。不規則な動きであっても、ミュウの射撃のタイミングを計るのには敵の動きを把握することは重要なことである。
その動きを学習させて、射撃管制に反映させる。もともとミュウの射撃の腕は一級品だ。彼女の不足分を補う程度の補助操作だけでよかった。
横間を過ぎたビームが再度、目の前に水柱を作った。
「お願いします!」
桜の掛け声と共に、〔アル・スカイ〕が水柱に背中を向けてバリアス・ショットガンを構える。
敵との距離と動き。ミュウの動体視力は即座に敵を捕らえて、操縦桿を素早く操作して照準線を敵に重ねる。本来なら〔アル・スカイ〕がこの彼女の反応速度よりもコンマ数秒遅いのだが、学習を重ねた射撃管制はその差をほんの少し埋めることができた。
〔アル・スカイ〕はバリアス・ショットガンを発砲し、鋭い閃光が走った。
〔アルファ・タイプ〕の側面をかすめ、ジリジリと装甲を蒸発させる。機体はそのままビームに引っ張られるようにして回転。海面へと叩き付けられて、盛大な水しぶきを上げた。
〔アル・スカイ〕は敵の落下を確認しつつ、背後の水柱を突きぬけて空中を蹴り上げる。機体を捻って、スーパーセルの方に正面を向ける。
その瞬間、今まで向かい風だった強風が、突如背中を押し上げる追い風へと変わった。
「うわ――っ」
桜は機体が雲の中に引きづり込まれるのを感じて、フットペダルを踏み込んだ。
〔アル・スカイ〕は追い風を受けて、スーパーセルの下へと潜り込んでいく。ぐんぐんと加速して、雷鳴の閃光があたりを照らす海域に踏み込んだ。
雨脚が徐々に強くなっていき、機体を打ち付ける滴が弾ける。海は強風にあおられて、狂ったように轟音を立てている。
「…………」
桜たちは言葉が出なかった。
これが星の中で起きる驚異の産物。しかし、それを発生させているのが未知の敵であるというのなら、その技術力は一体どれほどのものだというのか。
風が機体を浚おうとし、雨は鋼を海面に叩き込もうと降り注ぐ。そして、海は腹を空かせた大蛇がのたうつように空を掛ける〔アル・スカイ〕に食らいつかんと荒波を巻き起こす。
雲の下と外ではまるで別世界である。
〔アル・スカイ〕は高度を上げつつも、頭上を走る稲妻の光に警戒しなければならない。
その時、黒い雲の天蓋が眩い閃光を放った。
ズドンッと〔アル・スカイ〕の四つの角に落雷が命中する。
「きゃぁ!」
ミュウが短い悲鳴を上げる。
操縦席にまでその電圧は届かない。しかし、モニタは真っ暗になり、〔アル・スカイ〕は一時的にショートして、ぐらりと海面に向かって落ちていく。
「落ちてる……? 起きて、アル!」
桜はがむしゃらに操縦桿とフットペダルを押し込んだ。と、モニタが発光し、プロセッサーの起動音が耳を打った。
〔アル・スカイ〕は着水寸前で、スラスターを全開。青白い閃光を噴射して、機体を持ち上げると次に脚部に作った圧縮空気を蹴り上げ、迫りくる荒波を回避する。
「な、何なのだ……」
「寿命が縮んだわ……」
ミュウと勇子は大きく息を吐いて、安堵する。
しかし、〔アル・スカイ〕は流入の風に乗って先に進めば進むほど雨はやがて雹へと変わり、そして、巨大な空気の螺旋を発見する。
竜巻だ。海水を巻き上げて、轟々と鳴り響く獰猛な風の音を纏い、ラッパのように広がった壁雲と呼ばれる中へ飛翔する。その先にはスーパーセルの心臓とも言えるメソサイクロンの渦が太陽光を微かに取り込んで明るみになっている。
気流の捻じれから生じた水平の捻りが風向きの変化で縦に持ち上がり、強力なストームとなってそそり立っているのだ。この回転上昇気流、メソサイクロンを消滅させたいがそのような方法はない。現状の装備では早く気圧を安定させて、スーパーセルを霧散させるほかない。
「見つけた。あの根本にビームで蒸発させた海水をぶつけて行けば、竜巻はなくなるはずよ」
彼女たちの第一目標である。
勇子はそう言いながらも、機体に叩き付けられる雹が乱暴な音を立てて装甲にぶつかるのが気になった。
竜巻はずっと先に小さく映っているのだが、モニタにはすでにソフトボール大の雹が四方八方から降り注ぎ、機体に打ち付けていた。
「大丈夫なのだろうな?」
「どうにか……。ミュウ様は射撃を開始して。桜は機体を風の流れから離脱させて、このままだと竜巻に吸い込まれるわ」
「わかりました」
〔アル・スカイ〕は左マニュピレーターが握っていたビーム・サーベルの発振器を仕舞い、残りのバリアス・ショットガンを握らせる。機体は雹の嵐を避けるようにして横間へと移動し、竜巻に向かってビームを連射する。
何度も竜巻周辺で水蒸気が爆発し、それが巻き取られていく。
水蒸気は熱湯もいいところの湿った熱い空気である。これがメソサイクロンに侵入することで気圧を安定にしていき、竜巻を消滅させることができる。
「少しずつだけど、効果はあるみたいね。周辺の気温と湿度も上がっている。このままサウナ状態にすれば、勝算が――」
勇子はいくつもの立体スクリーンに目を走らせて、スーパーセルの活動を観察していた。
すると、警報が鳴り響いた。熱源、急速接近。海面下からである。
「――っ」
桜は咄嗟に機体を前方に跳躍させて、海面から飛び出してきたものを回避する。
「魚雷? いえ、ミサイル!?」
勇子は背後で爆裂するものを見て叫んだ。
飛び出したものの形状は円筒状で、噴射口とその近くに操舵翼らしいものをマルチ・カメラがとらえた映像から解析した。
そのミサイルらしきものが波に乗るようにして、斜めに飛び上がる。艦対空ミサイルなのか、〔アル・スカイ〕を追い回してくる。
「しつこい!」
ミュウは〔アル・スカイ〕が一瞬ミサイルの方へ向きを転換した瞬間、ショルダー・ホルスターにある発振装置を展開して、バリアス・ショットガンの要領でビームを投射する。
ビーム・サーベルの発振器は増減によって、ビーム投射兵器としても使える。バリアス・ショットガン程の破壊力はないが牽制や迎撃には十分に役立つ。
そのビームが海面を叩いて水柱を上げると、ミサイルはそれに飲み込まれ爆発した。
膨れがる爆発の閃光に桜たちは目を細めて、〔アル・スカイ〕を急速離脱させる。身体がバラバラになりそうな衝撃に耐えながら、次にどこからそれが飛来してくるのかと恐れた。
「次は――?」
勇子が緊張して立体スクリーンを呼び出し、近海を索敵する。
〔アル・スカイ〕は竜巻の近くにまで跳躍し、明るみになった視界と雹の嵐から脱して竜巻の巻き上げる強風から距離を取る。マントが引っ張られ、バタバタとはためく。
そして、〔アル・スカイ〕のセンサが海面に上がってくる巨大な影を捉えた。
「後ろ!」
「――――うっ」
桜は機体を突発的に跳躍させて、滞空中にスラスターで向きを変える。
「チィ――」
すかさずミュウがバリアス・ショットガンのトリガーを引いて浮かび上がった物体にビームを命中させる。
ビームの爆発が眩い光を放った。
〔アル・スカイ〕はぐるぐると竜巻を中心に飛び跳ねながら、命中したものの正体を探ろうとした。
そして、竜巻に爆炎が瞬時に巻き取られて、現れたのは巨大なシルエット。〔アルファ・タイプ〕とは違う軍艦のような巨大さを持っている。
とがった鼻先を持つ頭部に、伸びた首。螻蛄のような大きな腕と副腕らしいものが一対。下半身は海面に浸かっているが、その装甲は鏡のように艶やかでわずかな太陽の光を反射している。
「あれが、報告にあった海中の機体……」
「海水の温度を上げている要因、でしょうか?」
「直撃だったはずだ。なのに、立っているのか」
三人は唖然として、ぎょろりと上下一対のセンサーアイの赤い発光を見てぞくっとした。
しかし、その機体だけではない。
「熱源、多数接近。囲まれた!」
勇子がモニタで確認したことを言うと、〔アル・スカイ〕の行く手を阻むように巨大なシルエットが飛び出した。
〔アル・スカイ〕はすかさず切り返して、衝突を避けるが行く手を阻むように次々と巨大なシルエットが出てくる。その数、四機。部隊の総数ではないだろうが、機種不明機が四機も現れて桜たちは動揺を隠せなかった。
〔アル・スカイ〕は姿を現した巨大な敵と嵐の下で踊るように飛び跳ね、様子を窺う。
そして、巨大な敵すべてが禍々しい機械の咆哮を上げた。頭上で稲光が瞬き、竜巻が勢いを取り戻そうとしていた。
スーパーセルにつきまして、『丸善出版株式会社「最新気象百科 C,ドナルド・アーレン」 監訳者 古川武彦、訳者 椎野純一、伊藤朋之 平成20年2月15日発行、平成24年9月30日第3刷発行』を参考にさせていただきました。
なお、本文の説明にある減衰の効果は筆者の推察です。資料から得たものを構築したものです。科学的推論、根拠は希薄ですので、ご理解のほどよろしくお願いいたします。
ご意見、ご感想などありましたら是非お願いいたします。




