~和解~ 託されたモノ
帰還してきた艦隊の損傷と〔リリック〕隊の減数していた。
それらを迎えるのは無人の街並み。太陽が傾き、色濃くなって崖に立つ家々の影を濃くしている。その墓標に似た様相は返らぬ兵士たちを嘆く様で物悲しい雰囲気を醸し出していた。
〔リリック〕にけん引されて戻ってきた軍艦や避難艇は島の側面、切り立った崖の絶壁にある巨大な横穴に入って、怪我人の受け入れ作業が始まっていた。〔リリック〕もドックの方に回されて、すぐに修理作業に入る。
作業員たちはすでに次の出撃があると、損傷具合から察していたのだ。
兵隊たちの帰りに、領民たちはその無事に胸を撫で下ろしながら退避壕の中で待機している。街の内陸方向、島の地下は蟻の巣のような坑道になっており、緊急時には領民たちの避難所として機能し、最下層は軍のドッグになっている。そして、待機しているほとんどが女子供、老人である。
と、退避壕の部屋部屋を看護師たちが駆け回って声をかけていく。
「人手が足りません。手伝ってください」
それに応えるのは女性たちで、戦地に向かった夫や恋人の安否を知りたいがために、看護師の頼みに積極的であった。もやもやと渦巻く不安を抱えているより、動いていないと気がおかしくなりそうになる。
担ぎ込まれた兵士は重軽傷者合わせて、数百人に上る。
退避壕の下層部に設けられた救護施設で、看護師や医師たちが重傷者の手当てに悪戦苦闘している。まるで体育館のように高い天井とまぶしい照明が吊るされおり、床には敷物が敷かれて、そこには怪我をした兵士たちが横たわっていたり、上体を起こしている。ほとんどが軽傷者でその場で処置ができた。
集められた人たちは、軽傷者の手当てや看護、雑務に従事することになった。包帯と清潔なシーツが山のように運ばれ、消毒液が湯水と消えていく様は心許ない。
その中に真っ白な髪を揺らして、赤い瞳をした少女の姿があった。
「大丈夫ですか?」
「ええ、なんとか……。痛ッ」
「も、申し訳ございません」
少女、桜はぱっと顔を上げて、処置をする兵士の苦悶の表情を見た。骨折をしたという兵士の足に添え木を当て、シーツで固定をしているところであった。
兵士も燃え盛る軍艦から命からがら逃げだした身であったから、それくらいの痛みは覚悟していた。
「いや、大丈夫……です。ハハハ、本当にガキの頃に読んでもらったお伽噺のまんまですな」
「あぁ……。わたしは導師様といえるほど、立派なニンゲンではございませんから」
桜は脂汗を流している兵士の顔を見て、彼が安らかな顔をしているのに胸が痛くなった。少しでも『導師様』という言葉が彼らの生きる勇気に変わるなら、いくらだって名乗って元気を振りまいていきたい。が、桜の生来の性格がどうしても後ろめたさを感じてしまって、うまく答えられない。
兵士は静かにそれでも、と口を開く。
「こんな状況です。聞けば、ここの被害が全くなかったのは、あなたのおかけだと聞きました」
「わたしだけの力ではございません。あなた方の尽力もあって、対応できただけでございます」
「嬉しい言葉ですな」
桜は道具を片づけて、立ち上がる。
「では、わたしはこれで失礼いたします」
「ええ。ありがとうございました」
桜は軽く手を振って兵士と別れると、狭い通路で一人の女性とすれ違った。その人は目に涙を溜めて、先程治療していた兵士のもとに膝をついて喜びの声を上げる。
そうした再会を果たした人たちの声がそここに上がる一方で、不安そうに周りをきょろきょろしている女性たちもいる。もしかしたら、帰ってきているかもしれないと期待に胸を膨らませながら、あるいは沈鬱になる恐ろしい想像に耐えながら。
桜はメガネの位置を直して、歩き出す。
と、今度は同じパイロットスーツを着たミュウが前からかけてきた。行きかう人たちを押しのけるようにして、酷く怖い表情を浮かべていた。しかし、その手には真新しいシーツが抱えている。彼女もここで手伝いをしていたのだ。
「招集、かかってるぞ。ついてこい!」
「え、あ。勇子様は?」
「もう先に行った!」
そういうなり、桜の手を掴んで、ミュウは元来た道を引き返していく。
彼女もできることなら、ここでもう少し手伝いたかったのだろう。その視線は忙しなくあたりを見回して、声を掛けられれば手を上げてこたえた。
「…………」
颯爽と駆け抜けて、それでも領民たちの声に耳を傾ける姿。ミュウには確かな人を束ねる素質があるのかもしれない。
桜は胸が熱くなって、心強い彼女が側にいることを誇らしく思った。
* * *
屋敷にある会議室に招集された面々は、レイドをはじめとした空撮に成功した操縦者を集めて、現像した写真をテーブルに散らしている。
会議室は窓をカーテンで閉め切り、天井の豪奢な照明器具で照らされている。西日がまぶしくては話合いにならないのだが、暑苦しい空気が立ち込めていた。
操縦者たちは長机にたむろする作戦委員たちとは距離を取って、休めの体勢で彼らを見ていた。その中にはディード・リック・レルカントの姿もあり、彼の反応が気になった。
そして、もう一気になるのは、大人たちの大きな身体に阻まれて長机の写真を見れずうろうろする黒髪の少女。青い瞳とお団子状にまとめた髪、奇妙なパイロットスーツを身に纏っている。
「あれが、例の機体の操縦者ですかね?」
「従者だろ、導師様の。参謀らしい」
レイドはここに入って初めて挨拶を交わした時のことを思い出して、そう付け加えた。礼儀正しい令嬢的な子だと思った。
「ウチのガキにも見習わせたいね」
そんなこともついぼやいてしまう。
「あの小さいなりで……」
「シッ。姫様が来た。導師様も」
操縦者たちは緊張して、口を閉ざし背筋を伸ばした。
堂々と入ってきたミュウと桜を見るなり、大人たちはぎょっとしたように顔を向ける。
「姫様。これはこれは――」
「かしこまらなくてよい。それより、こちらに来ているという嵐は?」
「はい。これにございます」
慇懃に士官たちが隙間を作り、そこにミュウと桜、のけ者状態だった勇子が身体をねじ込んだ。
ミュウは肩をぶつけてくる勇子に頬を膨らませて怒りの視線を向ける。領主様を前にしても憚る様子はない。
その様子には遠巻きに見ているレイドたちからすれば、可愛らしい物である。お尻を突き出して、肩を押し合い寄せ合いしている。
「見たのだろ?」
「見てないわよ。ここの人たちが意地悪するんだから」
「そんな、滅相もございません」
士官たちがお姫様の機嫌を取り繕おうとあたふたとする。
ミュウは鼻を鳴らして、そっぽを向くと写真を手にとっては見比べ始める。彼らの媚売りに構っている時間などない。
「南東で撮影されたものだ。何かわかるか?」
ディードが業務的に発言して、三人の様子を窺った。彼女たちを集めたのも彼だ。
桜は空を仰ぐようにして撮影された写真を見て、小首をかしげる。カラー写真なのだが、少し光彩が淡く白い壁がそそり立っているようにも見える。しかし、もこもことした凹凸を発見すれば、それが大きな雲であることがわかる。
「巨大な雲の塊、でしょうか?」
「…………」
桜はディードの顔色を窺いながら、上目遣いに応対する。
「わたちたちは長らく、このような自然現象に直面したことがありません。これは、どなたが撮影したのですか?」
勇子が件の雲の写真を取り上げて、操縦者たちの方を向いた。
すると、端っこに立っていた若い操縦者が一歩前に出る。
「自分であります」
丁寧な言葉を使うのは、上官たちがいる前だからである。でなければ、年下の女の子相手に敬語など使う気にもなれない。
勇子は写真と双樹者の顔を見比べて問いを重ねる。
「この時の様子を教えていただけませんか?」
「ハッ。自分は敵との交戦中、たまたま撮影に成功したものであります。おそらくは巨大な積乱雲かと思われます」
若い操縦者が顔を引き締めてこたえる。
それに、レイドが付け加える。
「そっちに海の写真はないか? 竜巻がおこっている奴だ」
「はい。ありました」
桜が答えた。
レイドのフランクな物言いを誰も言及せず、士官たちだけが冷や汗をかいて緊張している。王家の二人と『導師』と思しき人を前にして平然としていられるレイドの気持ちが知れない。彼が王族の端くれであっても、その権力は微々たるもので対等ではない。
「すでにそれはスーパーセルと呼ばれる強い雷雨の塊になっている」
「ほ、放っておけば北に流れるのであろう?」
士官の一人が場の緊張した空気に耐えきれず、割り込んだ。
が、勇子が目ざとく、レイドが海中で撮影した二枚を見つける。青い瞳を細めて、写っているものを吟味する。
「人為的に作られた、というのですか? こちらの写真に写っているものに」
「ああ。いい感をしているよ、お嬢さん」
「おい! 口を慎め」
写真を見せられたレイドはぴしゃりと上官に咎められて、失礼しましたと返した。反省の色は見せず、上っ面な言葉である。
「そもそも自然災害を人為的に作るだなんて、できるのか?」
「しかし、現状、起きているのだ。やるしかあるまい」
ディードが渋々と口にする。彼自身、このような現象は認めたくないところだ。
勇子は写真を長机に戻して、空撮された他のものも眺める。
「これがここに上陸するようなことがあれば、どうなる?」
「ハリケーンとは段違いのものだ。竜巻に雹、豪雨に雷……。退避壕で人命は守れたとしても、前面にある民家は倒壊するかもしれないな」
「それに便乗して、敵機の空襲が来るかもしれません」
ミュウの意見に、桜が上乗せする。
おおかたディードたちも同じ考えで、スーパーセルによる災害を防ぐにしろ、敵機の空襲を防ぐにしろ、手を打たなければならない。そうなると、傷ついた艦隊や〔リリック〕だけでは対応しきれない。
すでにレルカント領だけの力では対抗できない。それを一番痛感しているのは、領土を収める者だ。
ディードは重々しい表情で桜の方を見る。
「導師様。恥を忍んで、お願い申し上げます」
「ディード王……」
桜は彼の迷いのない瞳に、身が震える。
怖いのではない。器の違いというのか、圧倒されるものがあった。
ディードは部下たちの前で白髪の少女に頭を下げる。
「お力をお貸しください。我々だけでは滅ぶだけです」
その言葉の重みに、この場にいるものすべてが緊張する。
士官やレイドたち操縦者にとってすれば、総大将が一国の危機を少女に託そうというのだ。恥ずかしいことで、見るに堪えない光景であった。
勇子はその誠実な態度に心打たれたが、彼の立場が失墜するのではないかと恐れる。思慮深く、恥すらも受け入れて最善だと思う手段を彼は選んだのだ。その決断力こそ称えられるべきものであろう。
そして、娘のミュウはそんな王の姿に、ただただ唖然となって悔しさとどこか安堵する気持ちがあった。
「はぁ……」
ミュウの溜め息に誰もが注目した。
ディードはしかし頭を下げたままだった。
「そういう堅苦しい頼み方、できるのだな……」
「……お前にも苦労を掛けたと思っている」
ディードがそう返した。
ミュウがはっと息を呑んで、唇をかんだ。
「とりあえず、顔を上げてくださいまし。全力でご協力させてください」
桜は慌ててそう言って、勇子の方に回る。それで、ディードとミュウとの間に入ったつもりなのだ。
ディードは頭を上げると、ミュウの顔は見ずに手前にいる桜の方に注目した。
「ただ、スーパーセルの打開策はわたしたちにも考えあぐねるところでございます。そこで、少々お時間をいただけませんでしょうか? 頼りになる方と連絡を取りますので」
「わかった。作戦の立案はそちらに任せる」
ディードは全幅の信頼を寄せて言った。
これではここに集まる軍人たちの立場がない。それに士官たちが不満げな表情を見せるが、彼は意に反さない。これで王座から引きずりおろされても、文句はない。潮時だったのだと納得もする。
レイドだけは、笑みを浮かべて、静かに頷く。レルカントの名を端くれとは言え継いだものとして、彼の心労は想像するに難しくない。
「よしっ。お前ら、次の作戦は導師様方の指揮下に入る。光栄に思うんだな」
その発言で桜たち、そしてディードも驚いた表情を浮かべる。
「それが筋ってもんでしょ?」
レイドの言葉に嘘はなかった。何もせず、作戦も実行にうすせないまま終わるよりかは、お伽噺の英雄の作戦に乗る方がいい。
他の操縦者たちも了解したように顔を引き締め、気を付けをする。
桜たちはその姿を見て、心にのしかかる重しに押しつぶされそうになる。しかし、彼らは危険な空域で確かな腕を持って帰還した操縦者たちである。信頼を置ける、人たちだと感じる。
桜がふっと短い息を吐き出すと、メガネの向こうにある赤い瞳に力が宿る。
「勇子様、オリノ様と連絡を取ってください。スーパーセルを消滅、あるいは減衰させる方法を聞いてください」
「了解した」
「ミュウ様は退避壕への家財などの搬入指揮をお願いいたします」
「わかった――」
ミュウはいいながら、一度ディードの顔色を窺った。咎めれるのではないかと不安になったが、彼は士官たちの方を向いて静かに口を動かす。
「作戦の立案は、導師様に預けた」
「――やってみせよう!」
ミュウは声を張って、了承する。
「他の地域への連絡はみなさまのお力をお借りしたいのです。どうか、お願いいたします」
「ま、まぁ、そういうことであるなら」
士官たちも桜の頼みに渋々と言った様子で応える。
彼女がここまで素早く指示を出せるとは思わず、少したじたじになっていた。貫禄と言うものはまだないが、だが決断力はディードと並び立つのではないかと思わせる迫力があった。
桜は次いで操縦者たちの方を見た。
「具体案がでるまでは、操縦者の方々は休息を取るようにしてください。具体案が出次第、部隊編成を行います」
「ハッ。どこまでもお供いたします、導師様」
レイドは冗談交じりに、しかし、彼女の指示を受け入れる。
操縦者たちのことを考えての処置は見事なもので、簡単にできることではない。傷ついた兵士たちには休息が必要だった。もちろん、レイドにとっても嬉しい事である。
桜は最後に全員を見渡しながら、はきはきと言う。いつものおどおどした様子はなく、凛々しい姿であった。
「必ず、成功させます。皆さま、どうかよろしくお願いいたします」
その一言で、この場にいる者たちが呼応した。
敵に勝つため。故郷を守るため。その気持ちは誰の胸にもあって、揺るがない信念であった。




