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スカイ・レコード  作者: 平田公義
第七章
50/118

~和解~ 空と海を駆け抜ける

「目標、視認。ヘヘッ」


 レイドは年甲斐にもなく、無邪気に笑って海上の艦隊と悶着している〔アルファ・タイプ〕の群れを左手に見つける。まるで海面に上がってきた魚群を漁る海鳥のように、敵は上昇下降を繰り返して攻撃を仕掛けている。


 艦隊の放つ砲弾が青い空に炸裂して、紅蓮の炎を膨らませて損傷している艦から距離を取らせている。それが精一杯のようであった。


 そのせいか、弾幕の薄いところを突っ切って数機の〔アルファ・タイプ〕が本島へと向かう。


 レイドたち、先発の〔リリック〕部隊はその戦場を左手に捉えたまま、大きく渦を描くようにして降下する。横切っていく敵機には構わない。それらは本土の砲兵隊に任せる。


 ガタガタと計器類が音を立てる。逆側に持っていこうとする舵の重さは気を抜いたら最後、右手の方へ流されてしまう。身体まで重く、風が鉄塊となって胸を打つような息苦しさがあった。


 油膜の鰭が太陽を反射する。美しい(ブイ)字の隊列を組んだ空を飛ぶ魚群が風に乗って迫る。


 彼らの動きに気づいた〔アルファ・タイプ〕の数機が海面すれすれの低空飛行に入る。そして、艦隊の合間を縫うようにして、人型に変形しビーム・ライフルを放った。


「散開っ!」


 レイドは至近距離でしか聞かない無線にそう叫んで、一気に操縦桿とラダーペダルを切り返した。ワイヤーで操作する舵取りで、切り替えした時の手ごたえが妙に軽く感じられた。


 ビームを回避するために、〔リリック〕部隊が散り散りになる。だが、どれ一つとして被弾した機体はない。


「艦隊を盾にするか」


 レイドは垂直降下している機体の中でつぶやいた。


 炎上する甲板がいくつも目につき、そこからもうもうと上がる黒煙は視界の悪い〔リリック〕にとって難敵であった。それでも左右のキャノピを見ては、その合間にチラつく〔アルファ・タイプ〕の機影を捉えることができた。


〔アルファ・タイプ〕は海面すれすれを飛び回る。


 広く展開する艦隊は都合がよかった。艦砲射撃のために互いの間隔をあけている艦隊は障害物であり、厄介なものであったが、上空から迫る機動兵器にとっても同じ働きをしていると確信を得ている動きである。


「厄介だ――――、ンッ」


 レイドは海面すれすれで機体を立て直して、さらに急上昇。(ユー)字の軌跡を描いて、〔アルファ・タイプ〕数機の射撃を回避する。


 海面をビームが叩けば、水柱が上がる。〔リリック〕は機体を捻って柱の周りをなぞるように降下していく。そして、その回転する幅を広げて艦隊の外側を回る。


「避難艇はひい、ふう、みい、よお、いつ、むう……、七つだな」


 敵の射撃を引き付けつつ、レイドは右手に見える避難艇の橙色の塗装を目に入れる。


〔リリック〕は腹ビレを震わせて、被膜となっているオイルを弾き落として、敵のビーム兵器のデコイにした。接触したビームが鋭い閃光を放って、連弾の花火のように煌めいた。


 その光を背にして、レイドはスロットルを噴射して海面に急接近、舐めるように低空飛行に入った。〔アルファ・タイプ〕は撃墜したか、あるいは光に目が眩んでいるようでレイド機には興味を見せなかった。


 レイドはスコープを覗きこんで、操縦桿とスロットル、ラダーペダルを慎重に操る。ガタガタとシートが揺れても、煌めく海面を進む〔リリック〕は迷いのない滑空を見せる。ジェットエンジンは敵にも気づかれやすい上に、操縦者にとって負担が多い。そのために熟練の、とくに現役ギリギリの年齢で飛行をしているレイドは体力温存のためにも、こまめに増減をするのだ。


 艦隊の隙間を縫って、スコープに映り込む〔アルファ・タイプ〕の細い腰つきを捉える。射撃管制などの電子兵装(ベトロニクス)のない飛行潜航艇乗りは自らの目と腕で敵を捉えなければならない。


「――――っ」


 レイドは息を呑んで、操縦桿のトリガーを引いた。


 機首についている二門の機関銃が咆哮を上げる。


 タタタタタッ! 


 狙われた〔アルファ・タイプ〕に命中。可変機構による露出してしまったフレームは通常弾でも効果はあった。腹から下がごっそりと海に落下した。


「チィッ」


 レイドはスコープから目を離すと、身体ごと右に倒して舵を取り、フラップを切り返した。右手はスロットルを握ったまま、バラストフロートの展開スイッチを押していた。


 下半身を失った〔アルファ・タイプ〕がよろよろと酔っぱらったように振り返って、ビーム・ライフルを向ける。


 レイドからはそんな銃口は見えておらず、彼はバックミラーに映る羽の役割をするヒレの角度に注意していた。


〔リリック〕がバラスト・フロートを出すと、海面に白い波を立てさせて鰭の角度、さらには機体全体をしならせて急速転換。尾ビレが舵となって、大きく左にドリフト。


 白い水のカーテンが〔アルファ・タイプ〕に覆いかぶさり、視界を奪った。ビーム・ライフルを放ったところでレイド機に命中はずもなく、無為に水柱を一つこさえただけだった。


「ハッハー! こいつはぁ、まだまだやれるね」


 レイドは歓声を上げる。愛機と自分が侵略軍の機体とやれることに自信をつける。


〔リリック〕は勢いに乗ったまま無理やりに離水して高度を上げていく。バラスト・フロートには海面を放る前に少し中に流し込んで引っ込ませた。


 高度を取って、一度腹ビレを収納、そして展開して油膜を張り直す。そこでようやく操縦桿にいつもの粘り腰が戻ったと感じた。バラストの重みで上昇力が駆けるが、彼の得意とする手ごたえにさせてくれたのだ。


〔リリック〕も鋭角に敵部隊の中を切り込んで敵機を翻弄する。


 周りの味方機も〔アルファ・タイプ〕部隊を翻弄して、ヒット&アウェイの戦法でおちょくっていた。


 先鋒の〔リリック〕部隊は撃墜数を稼ぐというより、〔アルファ・タイプ〕を艦隊から引きはがすことに従事する。彼らが最低限度の人道を知っているのか、避難艇に手を出さないだけレイドたちも攻撃に躊躇いはなかった。もし人質に取られるようなことがあっては、トリガーを引く指に力など入れらるはずもなかっただろう。


「そろそろか……」


 レイドは自機を捻らせて、〔アルファ・タイプ〕の射撃を回避する。宙返りして、カウンターで機銃を発砲。〔アルファ・タイプ〕の側面を通り過ぎて、命中には至らない。


 敵機の動きはスコープから見ても、上空で旋回する〔リリック〕部隊に注意を向けている。


 四方八方から打ちあがるビーム。レイドは肝を冷やしながら、自機のヒレを震わせて渦を巻くようにして降下。回避運動に入る。次々と膨らむ光芒が渦となり、龍が鎌首もたげて下るように幻想的な輝きを放つ。


 その光は太陽をしのぐまばゆさを持って、〔アルファ・タイプ〕の影を海面に落とした。


 キラリッと海面下で何かが光った。


「遅いんだよ――」


 レイドは目を細めてその信号を認める。


〔リリック〕は素早くヒレの膜を補強して、背部のジェットエンジンを一度噴射して上昇。光の渦の中心を駆け上っていく。


〔アルファ・タイプ〕の多くが天に上るレイド機に狙いを定めていた。


 だが、その瞬間、彼らの足元から一斉に鋭い刃が飛び出してきた。後続の〔リリック〕部隊が海面へと真っ直ぐに跳躍したのだ。あたかも海面に集まるプランクトンを貪る魚群のように、勢いよく無鉄砲に飛び出した。


 機首の衝角が次々と〔アルファ・タイプ〕に襲い掛かる。展開されている敵機の腕部や脚部を食いあぶり、はたまた胴体に突き刺る。


 しかし、飛び出しただでは勢いが足りずほとんどの機体は敵機と食い込んだ状態であった。そこで、さらに背部のジェットエンジンを点火して、無理やりにでも上空へと押し上げていく。


 無茶な機動と言ってしまうのは簡単であったが、〔リリック〕の接近武器を活かすにはこの方法しかない。機関銃に比べれば、格段に上の破壊力も持っている。


 次々と〔リリック〕隊の機体が敵機を貫く。装甲の無理やりに食い破り、突き抜けると煌びやかな鰭を広げて空を舞う。


〔アルファ・タイプ〕は背中のユニットを射出して、末端をやられた機体はそのユニットが捨てた残骸を破壊する意図をもって、射撃。そここで爆発の閃光が膨らみ、爆風が当たりを揺さぶった。


 海面の艦隊が大きく動揺し、避難艇も荒波に弄ばれる。


 レイドはもう少しスマートなやり方があってもよいのだが、と思いながらラダーペダルを上げて機体を降下させる。彼は高高度からグライダー飛行で旋回しつつ、スロットルから手を離し、シートのわきについているハンドガン式の投光器を手にした。


 味方が〔アルファ・タイプ〕と交戦している空域に向けて、モールス信号。


 それは奇襲に成功した後続機たちの横に広い視界からよく見えた。彼らは〔アルファ・タイプ〕の自爆で編隊を乱しており、そこに敵機の陰湿な攻撃が来るのだから各個に対応するしかなかった。


「後続ハ南東ニ針路ヲ取ラレタシ……、先発ハ追イ立テロ。牧羊騙し作戦か」


 牧羊騙し作戦とは、二個部隊が追いかけられる羊、追い立てる牧羊犬と役割を二分し、標的に囮の羊部隊に目を向けさせ、戦場を移動させる作戦である。後続が今回、羊役をするのだ。


「無線を使えよ、飛行機バカがさ!」


 敵機を振り切ろうとする〔リリック〕の操縦者の一人が悪態をついた。


 無線の距離は短いとは言え、混戦で忙しいときにさらに目を使うようなことをさせるのは馬鹿げている。が、そのちゃちな無線は〔アルファ・タイプ〕の残骸処理で大きく電波を乱されて、まともに使えるような状態ではなかった。


 使えていれば、そもそも、後続の再編はもっと早くおこなえるものだ。


 奇襲をかけた操縦者たちは数機撃墜に興奮して、そうした些細なことを気にする冷静さをなくしていた。それでも投光器の信号を素直に聞く余力はあったりする。というより、部隊長との交信がない以上職業軍人の気質か、とりあえず指示に従うことにした。


 いや、操縦者としてその指示に生きる術があると直感的に感じていたからかもしれない。


「チッ。こっちが見えないのか!」


 レイドは南東に向って飛んでいく羊役の〔リリック〕隊を確認しつつも、未だ負傷した艦隊の陣形の中で執拗に〔アルファ・タイプ〕を追い回す数機を目にした。


 スコープをずっと覗き込んでいるのか、とにかく猟犬よろしく追い回していた。一見すれば、牧羊犬のように追い立てているように見えるのだが、彼らは良いように振り回されていた。


 追い回されている〔アルファ・タイプ〕も飛び出していったユニットの回収をしたばかりで、戦闘をする余裕がないようだった。


 レイド機は単独飛行をしていたから、すぐにもその中に割って入るように急降下を掛ける。胸鰭を収納、尾翼をなしている腹鰭でバランスを取る。それはもう高高度から重力に任せて落っこちるミサイルのようなものだ。加速を掛けて、一気に肉薄する。


 先発の牧羊犬部隊は各々、生き残っている〔アルファ・タイプ〕を追い立てて、囮へと目を向けさせる。救護を行っている敵機はすぐにも高高度へ逃げて、雲を使って目をくらませている。それを追うような軽率な操縦者はその中にはいなかった。


 羊部隊は危険な役回りになるのを知っていたが、彼らの腕も見事なもので、時折、バラスト・フロートを出しては水の尾を派手に立てて、注目を集めている機体もあった。いい傾向である。


「ぐっ」


 身体にかかる負荷に頬の肉が後ろに引っ張られるのを感じながら、スコープを覗きこむ。〔アルファ・タイプ〕の脳天へ迫り、確実に捉える。


「取った!」


 レイドの脳髄に弾ける絶好のタイミング。トリガーを迷いなく引いた。


 高高度からの機関銃の雨が〔アルファ・タイプ〕の頭部を吹き飛ばす。破片が舞い散り、単眼の光学センサは壊れる。奇襲を受けた機体は驚いたようにガクンッと高度を落として脚部を海面にとられて無様に転がった。


「ハッハー! ワォオオオンッ!」


 レイドは思わず歓喜の声を上げてシートに凭れ掛かる。


 視界の端に高度を上げる味方機を見て、そのまま自機を海へと飛び込ませる。ジェットエンジンのエアインテークのシャッターをおろし、腹ビレで機体を海面と垂直にさせる。


 スッと巨大な魚が水と一体になるように、わずかなしぶきと音を立てて潜水した。


「海中機動にゃ、向いてないようだな」


 レイドはきらきらと輝く頭上を見上げつつ、先程頭部をやられた〔アルファ・タイプ〕が沈んでくるのを観測した。途中、水泡の尾を引いて、ユニットが飛び出したのを見るとそれに操縦者が乗っていると確信する。


「助けられるといいんだが、こっちもいるんだ。悪く思わんでくれよ」


 言って、自機全体をしならせて泳ぎ始める。バラストフロートの水を排水しつつ、海面へと躍り出る。


 まぶしい太陽が目に入る。サングラスのゴーグルでもその南国の眩しさは強烈である。


 レイドの機体はバラスト・フロートを展開して、尾ビレを振って海面を滑りながらあたりを偵察する。数機撃墜された〔アルファ・タイプ〕は躍起になっているのか、面白いように羊部隊へと突き進んでいた。こちらが襲撃の心配はないが、彼らが破壊した味方艦隊の損傷を見ると悔しくなる。


「先発隊は避難艇の救助をしろ。聞こえているか?」


 レイドは当たりを見回して、無線のスイッチを入れ呼びかける。


 それから上空を見上げて、旋回する〔リリック〕の機影数機を見て、彼らにその意図が届けばいいと思いながらダイヤルをつまんで調律。


 波に持ち上げられて、ふわっと大きく浮き沈みするレイドの〔リリック〕は浮かんでいる残骸を跳ね除けながら進んでいく。


「こちら、ジョグ。了解しました」


 ようやっと、部下の一人が返答してレイドも一つ息をつくことができた。


 返答からすぐに上空にいる〔リリック〕隊がゆったりと降下してくるのが窺えた。


「さて、南東の方角。やれるだけやるか」


 救助に出ている部下たちの働きに期待しながら、レイドは計器類を再度チェックして、膝元に作戦概要と海図を挟んだバインダーに透明プレートと一体になった方位磁針を重ねる。


 レイドは一度ゴーグルを上げて、素早く概要書をめくって海図とコンパスを重ね、メモリを見て距離を測り、ストラップのようについている赤鉛筆で現在地とそれまでの航路をメモして、次の航路を矢印で示した。一分と満たない素早い測量で彼はすぐさまゴーグルを下ろして、バインダーをシートの下に詰め込んだ。


〔リリック〕は回頭して、南東へ機首を向けるとジェットエンジンのエアインテークを開放。エンジンに火をつけると水面を加速していく。


 右へ左へと機体が跳ねる。


「まったく、こういう離水は難しいんだ」


 レイドは主翼と尾翼になる鰭を展開させて、機体を安定させ、操縦桿を引いた。


 波とぶつかってバラスト・フロートが海から一度離れて、ふわりと舞って着水。飛んでいる状態からの一時的な離着水は力技でどうにかなるモノだが、手順を踏んだ離水はなかなか骨が折れるのだ。


 すぐに水に掴まるし、尻を上げ方も繊細なのだ。下手をすれば頭から海に突っ込む情けない格好を晒す。


「格好悪いとこは見せられないからなっ」


 レイドは意気込んで、スロットルを上げていく。


 水の上を滑走する〔リリック〕は燃え盛る艦隊の中を突っ切って、徐々に尾ビレを上げていく。そして、海面の綺麗な太陽の帯を横目に居て、波が矢のように後ろに下がるのをレイドが一瞥する。天井からはジェットエンジンの酷い金切声のようなエンジン音。速度表示の針も右へと一気に流れていく。


 そして、傾斜のかかった波をジャンプ台にして〔リリック〕は大空へと飛翔する。


                *     *     *


 (サクラ)たちは〔アル・スカイ〕のセンサーアイの範囲にものを言わせて、本当に迫る〔アルファ・タイプ〕を狙撃する。肉眼ではまだ水平線に被る程度の黒点である敵機をしっかりと捉えて、その距離を逆算、バリアス・ショットガンを狙撃銃モードに切り替えて、片膝を突きながら待ち構える。


 砲兵隊の観測でもようやく異常に気付くかどうかの距離で、当然彼らの高射砲で届く距離ではない。


「耳を塞いで! 身体を伏せてください! 次、撃ちます」


 勇子(ユウコ)が何度目かの警告を足元に展開する砲兵隊に告げて、迫ってくる〔アルファ・タイプ〕の数を確認する。


 砲兵たちはその忠告通り、うつ伏せになって耳を塞ぐ。数十メートル離れた個所にいる〔アル・スカイ〕を見上げては緊張の面持ちをする。


「姫様、数は一機。他に機影は御座いません」

「うむ。(サクラ)、準備は良いか?」

「はい。いつでもどうぞ」


 三人は呼吸を合わせて、〔アル・スカイ〕に狙撃体勢を取らせる。


 水平線に捉えた敵影を拡大解析し、ミュウはその映像とCGコンピュータ・グラフィックが作り出すモニタの映像を見比べる。


 射撃管制の補助は勇子(ユウコ)がテキパキとこなして、左右に揺れようとも銃口が追跡できるようにしてる。微かに銃口を動かしては、〔アル・スカイ〕は肩部に当てた銃床(ストック)を擦らせる。


 (サクラ)もわずかな震えも見せず、操縦桿を握りしめてミュウの狙撃を信じた。


「――ん」


 ミュウが息を止めて目に力を入れると、トリガースイッチを押した。


〔アル・スカイ〕が構えるバリアス・ショットガンに閃光が迸った。目もくらむ眩いマズルフラッシュと衝撃。全身を覆うマントが乱暴にはためき、周囲には爆音が轟いた。


 砲兵たちは口を大きく開けて、そのけた違いの衝撃に耐える。脳震盪で気絶しかねない、超長距離射撃を何回も間近で見ているが、やはり慣れない。


 放たれた圧縮されたビームの塊は流星のごとく伸びあがっていく。


 接近していた〔アルファ・タイプ〕はレルカント領の島を見つけたところで十字に煌めく光を目にした。それから一呼吸する間に胴体に風穴を開けて、爆発四散してしまった。


 誰もゴマ粒を打ち抜こうなどと考えもしないだろう。


 しかし、〔アル・スカイ〕はその機体性能と操縦者の技量で見事に撃ち抜いてしまった。


「ハァッ。撃墜だな」


 ミュウが水平線に膨らんだ黒煙を見て、大きく息を吸い込んだ。


「これで、脅威対象はなくなったわ。前衛がうまくやってくれた証拠ね」


 勇子(ユウコ)は言いながら、広域索敵を掛けて敵の洗い出しを始める。


 気が抜けたところを一気に攻め込まれるかもしれない。用心に用心を重ねて、厳戒態勢のまま彼女はバブル・スクリーンや立体スクリーンに表示される情報に目を走らせる。


 (サクラ)も一息ついて、水平線を眺める。


「五機ですか。どれくらいの部隊が展開しているのでしょう?」


 本土に接近してきた敵の数を言って、敵情を考察する。


 それには勇子(ユウコ)が答える。


「艦隊との接触時には二個中隊規模あったから、一個中隊とちょっとくらいかしら……」

「ならば、ここはもう大丈夫なのであろう? 前に出て援護に回ろうではないか」


 ミュウはそわそわして進言する。


 前衛が撃ち漏らした敵は掃討したのだ。すぐにでも応援に駆け付けて、一気に攻勢に出るべきだと考える。〔アル・スカイ〕なら広い索敵範囲で〔リリック〕部隊か〔アルファ・タイプ〕部隊の居場所をすぐにでも見つけることもできる。


「ミュウ様、わたしたちはここを離れるわけにはいきません。最終防衛ラインを任されているのですから」

「敵は水平線の彼方におるのだ。もし、マリーネン部隊に何かあっては遅いのだぞ?」


 (サクラ)は彼女の急く理由が自分のためだけではなく、他人を心配するところがあるのにほっとした。


 それでも動こうという気持ちを表出そうとは思わない。


「あの人たちはわたしたち以上に海での戦いを心得ていると思います」

「だからと言って、敵との性能差を見ただろう。それで全滅してしまっては、あまりに……」


 勇子(ユウコ)はミュウの沈んだ声にため息をついて、手元のトラックボール式の操縦桿を操作する。


「姫様、前衛に出た部隊は兵士。きっと戦いで死ぬことだって覚悟の上で出撃して、ここを守るために戦っているのよ。帰る場所を守るのも立派な役目よ」

「ガァウッ! こう、じっと待っているだけなのは性に合わない」


 ミュウはじたばたと手を振って、大声を出す。


「何もせずにいる、この身を焦がす思い。わらわは嫌だ。民を救えずして、守れずして何が力だ」

「ミュウ様。あなた様のお考えは素晴らしいものです」


 (サクラ)がぽつりと答える。


 ミュウはぱぁっと笑みを浮かべて、彼女が動いてくれると思った。しかし、機体は動くことなく、射撃姿勢のまま警戒を続行している。


 ミュウが講義を申し出ようと口を開いた瞬間、(サクラ)の声が遮った。


「しかし、ミュウ様、わたしたちは一人で戦っているのではありません。ここに居る方々、水平線の向こうで戦っている方々……。皆さまがここの地を守るために一丸となっておられるのです」


 ミュウは口を閉ざして、映像通信が送られてきた(サクラ)の顔を見た。彼女はバイザーを上げて、やわらかい優しげな笑みを見せる。


「信じましょう。それもまた、ミュウ様が皇女のお勤めでございます」

「…………」

「きっと、ディード様も同じお気持ちでミュウ様のお帰りを待っていたと思います」


 その言葉にはミュウは嘘だ、と叫びたかった。しかし、それは声にならず、その意志すら自ら否定した。


 今胸に渦巻く烈火のような熱さ、ざわめき、動かないとそのまま引きずり込まれてしまいそうな不安。それらを振り切って走り出すことはできるだろう。何も知らないでいることほど、気持ちを焦らせるものはない。


 ディード・リック・レルカントもこのような気持ちを抱いて、宇宙に出た我が子を待っていたのだろうか。行方不明の通達もあって、もっと辛かったのではないだろうか。


「待つことの辛さにディード王は耐えきったのかもしれません。ミュウ様にもそれはできますよね?」


 (サクラ)はそう問た。


 すると、ミュウは目元を吊り上げて言う。


「当然である。王に出来てわらわにできぬことはない」


 言い切って、ミュウははっとなる。


 (サクラ)に乗せられていた。どうにもディードがらみだと意地を張る性格を利用された。


「はい。これくらいでいいかしらね」

「ん? どうした、勇子(ユウコ)?」


 勇子(ユウコ)は澄んだ声で満足げに微笑む。


「二人の会話、みんなに聴かせてあげたのよ。お姫様が民衆の前で嘘はいけないわよ」

「何!?」


 ミュウはモニタをぐるりと見渡して、ぽかんと見上げている兵士たちを目にする。


 湯気が噴き出しそうな程、顔が真っ赤になる。


「どこから!?」

「わたしが言ったところから」

「ガゥ……。なんて恥さらしな」

「そうでもありませんよ」


 (サクラ)も恥ずかしさにほんのり頬を朱に染めていたが、外の音を拾い上げてほっとする。それから、ミュウと勇子(ユウコ)のもとに流す。


「そういうお考えを持っているとはな……」

「領主様の娘だぜ? そのくらいは考えてくれていたさ。だろ?」

「ありがたいこったねぇ」

「おいっ! 気を抜くなよ。導師様、姫様の前で恥はかけんぞ」


 湧き上がるのは皇女のミュウに対する信頼の念である。


 (サクラ)は〔アル・スカイ〕を通して、ヒトが持つ温かみを肌で感じて嬉しくなった。戦いの中で感じてしまうのは少し残念であったが、彼ら一人一人がしっかりと意志を持ち生きている。心を通わせることは不可能ではない。


 ミュウも嬉恥ずかしくて、どういう顔をしていいのかわからなくなってコツコツとヘルメット越しに頭を叩いた。


「これでいい宣伝にはなったかな……」


 勇子(ユウコ)は周囲の反応を見て、姫様の評価もさることながら、(サクラ)の『導師』様としての株が上がったことを期待する。利用できるときにしておかないと、この先のファルフェン族への支援を取り付けるのにも苦労するだろう。


「はぁ……。今回の出番はこれくらいね」


 勇子(ユウコ)はがっくりと肩を落として、もう少しパッとした活躍をしたいとも思ったりしていた。


               *     *     *


 南東へと機体をかっ飛ばすレイドは太陽の位置を確認しながら、時折スコープを覗きこんで前方の水平線を確かめる。


 雲の絨毯を見下ろし、紺碧の海を眺める様はいつみても美しいものである。


「そう遠くへ入っていないはずだが――――、ん?」


 レイドは右手に火線が走ったように見えて、操縦桿を倒しながらそのほうへ機体を寄せて行った。


 やがて、空中で一つ光芒が膨らんで戦闘域に入ったと確信する。計器についているコンパスの方位を確認して急速回頭。機体が大きく傾いて、右手へと流れていく。そして、スロットルを上げて、加速を掛ける。


〔リリック〕は飛行機雲を引いてぐんぐん加速していく。機体全体が軋んだような音を立てるが、問題ない。キャノピを撫でるように流れる雲の筋は機体の速度が速い証拠だ。


「不味いな……。誘われたか」


 レイドはスコープを覗きこんで呟いた。雲を突きぬけて、クリアになった視界の先でドッグファイトが繰り広げられていた。


 スコープから目を離して、自機の高度を下げて弧を描くようにして接近を掛ける。面倒であったが、様子を窺う必要がある。


 左に旋回して徐々に戦闘空域の全体像が見えてきた。しかし、彼の目にはそれ以上に目を見張るものがあった。海上近くを浮遊する巨大な雲の塊。高々と膨らんだ綿あめのような様子とは裏腹に、大きく影を落とした海面には幾度となく閃光が走っている。


「スーパーセル…………。天候は安定しているはずだ」


 沖合で島一つは飲み込むであろう強大な雲の形成は季節柄あり得ないことであった。


 レイドは機体がそのお化け雲の気流に乗り始めているのを操縦桿とラダーペダルの感触から察して、顔を顰める。上昇気流が生み出した巨大な水蒸気の塊は絶えず、その中心で渦を巻いて空気を取り込んでいる。


 その気流が荒々しく〔リリック〕を揺さぶる。


〔リリック〕はその気流に逆らわずヒレでしっかりとうけて流れていく。その方が戦闘空域に最速で接近を掛けられるうえ、スーパーセルの軌道も読めるというものだ。機体も安定した。


 と、レイド機の背後に〔アルファ・タイプ〕が雲間から飛び出してきた。岩石状態から腕部だけを広げて飛んでいる状態だ。


「分が悪いなっ!」


 レイドはバックミラーで敵影を確かめると、操縦桿を倒してジェットエンジンを切った。


 急降下する〔リリック〕を追って〔アルファ・タイプ〕も降下。下部のビーム・ライフルを発砲して撃ち落とそうとする。しかし、ゆらゆらと木の葉のように舞って鮮やかにそれらを避ける。


 海中へ逃げれば、相手は追ってこれない。


 レイドは目の奥が圧迫される痛みを覚える。そして、ふと横を向くと空中で味方機が敵のビームに射ぬかれて、爆発四散する光景が目に飛び込んできた。真っ赤な光が右から照りつけて心臓が飛び跳ねる。


「クソォッ!」


 レイドは敵機の挙動が風に左右されない、実に自由な飛行を見せているのが気に食わない。


 レイド機は敵の追撃をかわして、胸ビレ、腹ビレを収納。ジェットエンジンのエアインテークも閉鎖する。そして、一気に海面下へと滑り込んだ。気泡を纏って尾ビレを振って深く深く潜っていく。バラストに海水を注水し、操縦席の与圧も忘れない。


 頭上でビームによって蒸発した海水の乱流に〔リリック〕はふらついたが、降り注ぐ太陽のカーテンを分け入るように泳ぐ。


「厄介なことになったもんだよ」


 レイドはシートの後ろからフィルムカメラを引っ張り出す。伸縮式の支柱に下がった小鳥の巣箱のような図体で右のキャノピのでっぱりに固定する。右手で軽く角度を調整すると、遠隔のスイッチを持ってスロットルを上げていく。


〔リリック〕は頭上で起きる戦闘を無視して、光のカーテンが途切れた暗黒の海へと入り込んだ。すると、ドォンッと水の奏でる重低音がレイドの耳を打った。


 スーパーセルの真下に出たのだ。


 それと同時に〔リリック〕の温度計が上昇して、海水の温度が上がっていることを知らせる。


「海中で何か企んでるなぁっと」


 レイドは操縦桿を切って、自機を左へと潜航させる。暗がりで全く目が効かない。しかし、海流の乱れと熱量、そして水の奏でる不気味な音が敵の居場所を教えてくれる。


 レイド機は機体を右へ倒して、カメラのレンズが海底を見るようにした。


「チャンスは一、二度程度か……」


 それは長年、飛行潜水艇に乗ってきた勘である。


 ゴポォッおっきな水泡が〔リリック〕のキャノピを撫でた。ビンゴだ。海流も不安定になって、長居していると上昇していく激流に飲まれかねない。


 ガタガタと揺れ始める機体の中で、レイドは覚悟を決めてシャッターを切った。


 カメラのフラッシュが暗闇の海中を照らした。その光に呼応するように、鈍い光が返ってきた。一つではなく、複数あった。


 それで気づかれたのか、残光の中でその何かがレイド機に機首らしいものを向ける。


「もう一枚――ッ!」


 レイドは恐怖を押し殺して、もう一度シャッターを押した。


 バッと今度はクジラの群れのような流麗なシルエットが浮かび上がる。


 それ以上はもう無理だ、とレイドはスロットルを全開にして、自機を反転させて全速力で暗い海域からの脱出を試みる。


 その時だ。バックミラーからいくらかの小さい光が瞬いて線を引く水泡を目の当たりにする。


「なんだよ、そいつはよ!?」


 レイドはこの時初めて焦りを感じた。


 彼らにとってすれば、水中で高機動で発光しながら迫るものなど知らない。魚雷という兵器を知らないのだ。


 しかし、その中であっても、彼は空中戦の癖もあって〔リリック〕のバラストの水を排水させながら、ヒレを展開した。油が海水に浮き上がって、ヒレが微振動すれば油膜を張った重たい気泡が水中浮遊する。


〔リリック〕が全速力で海面に向かって泳いでいく後ろでいくつもの爆発が起こった。


 その余波が〔リリック〕に襲い掛かる。


「ぐっ、この!」


 レイドは邪魔くさいフィルムカメラにイラつきながらも、重たい操縦桿を目一杯引いた。


 押し上げられる感覚は恐怖心を仰いだが、上等だと思った。これを利用して海上に出てやる。豪胆な気概が彼を励まし、奮い立たせる。


 そして〔リリック〕が水泡と共に海面に顔を出す。


 スーパーセルの下は真っ暗でゴロゴロと雷鳴が頭上で愚図っている。強風が海面の波を強く撫で、中には空に上がる渦潮が一瞬昇っては霞みに消える。


「これを敵が作っているってんだ。嫌になるよ」


 レイドはバラスト・フロート展開させて、海上を滑らせながら数枚の写真を撮影した。


「さっさとコイツを報告しないと……」


 レイドはフィルムカメラをシートの後ろに追いやって、しっかりと操縦桿とスロットルを握りしめる。 

 強風の中で〔リリック〕のジェットエンジンを点火し、ヒレを展開させて青空に向かって激走する。その衝撃に身体がシートに押し付けられた。しかし、今飛び立てばそのまま空へと吸い込まれていくのが目に見えていた。


 レイドは自機の機尾を海面から反しながらも、全体は海を滑るようにしたままにする。キャノピを叩く雨が強くなる。


 そして、〔リリック〕が太陽のもとに出るとスロットルをさらに上げて前のめりに離水する。


 左右を見るとまだ味方部隊は交戦している。その数が減っているにもかかわらず、妄執に駆られたように戦い続ける。


「馬鹿野郎どもが!」


 レイドは勝ち目がないのを瞬時に判断する。怒りを露わにして叱責の声を上げるが、誰も聞いてなどいない。


〔リリック〕は敵の攻撃をかわしつつ、交戦空域の中心を突っ切る。そして、腹部にあるスリットから閃光弾を吐き出させて、戦場をかき乱した。


 打ち上げ花火のような轟音が轟き、眩い光に双方の動きが鈍り、水を差されて互いの火線もうやむやになる。


「操縦者なら、ここが潮時だとわかるはずだ。ついてこいよ!」


 レイドは無線を開いたまま言ったが、振り返りもしなかった。


 彼自身、重要な情報を手にしたのだ。これを国に持ち帰らなければ、対策もできない。


 レイド機が大空の彼方に飛んでいくのを見て、〔リリック〕部隊もそれに続いた。撤退戦となり、彼らはとにかくレルカント領の風土を思い出しては、帰らねばと自分を鼓舞する。


〔アルファ・タイプ〕部隊は思ったよりも早く切り上げてくれたのは、レイドを含めて幸運だったとしか言いようがなかった。

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