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スカイ・レコード  作者: 平田公義
第七章
49/118

~和解~ 一人では戦えない

 (サクラ)たちは藁が押しこめられた納屋でパイロットスーツを着こむと、互いに生命維持装置の状態を確かめ合う。


 ここには〔アル・スカイ〕に積んでいた荷物のほとんどが納屋に仕舞われており、しかも家畜のための食草を備蓄しているところである。嫌がらせとしか思えない。


 それでも三人は文句を言う暇もなく、身支度は済ませなければならない。すでに〔リリック〕部隊は全機発進してしまったのだ。


「早くせぬかっ」


 ミュウは苛立った声を上げる。義兄たちを撃退したはいいものの、先頭に出遅れてしまったは焦りばかりが込み上げてくる。自分の実力を認めさせる大事な舞台だと考えている証拠だ。


「わかってるわよ。よしっ。これで大丈夫よ」


 勇子(ユウコ)がミュウの肩を軽く叩いて、点検を終えるのを知らせる。


(サクラ)は?」

「はい。ここに」


 ミュウが呼ぶと、藁の山の陰から(サクラ)が作業機械を抱えて出てきた。


 天窓から差し込む日光が唯一の照明であったが、彼女たちの姿はよく見せる。藁の乾いた臭いは正直厳しい物であった。


「何をしていた?」

「この子の修理を。〔アル・スカイ〕の状態も戦闘に支障ありません」


 作業機械から得た機体のコンディションを言った。


「今まで大した損傷はしていないだろうに……」


 ミュウは腕組みをして、機械の事を気に掛ける(サクラ)が不思議な子に見えた。


〔アル・スカイ〕の整備は作業機械に一任しているのだし、機械同士でなおし合えば人の手など必要ないだろう。わざわざ(サクラ)が確認を取る必要性はないと感じられる。


「わたしたちが確認しないことには不安なのよ。〔アル・スカイ〕という機体は」


 勇子(ユウコ)がヘルメットを被り、首元の二重のファスナーを閉める。気密を守るためのもので、さらにスーツとヘルメットとを繋げて固定する。


 ミュウは出撃前だというのに、冷静にチェックを怠らない勇子(ユウコ)に嫌悪感を抱く。行動に移るのが遅いのだ。


「理屈の上ではわかる。だが、〔マリーネン〕とは違い、あなた方の機体は凄い技術で生み出されているのだろう? そのような手間があるのはおかしいのではないか?」


 機械が機械を直すレベルにまでなっている『ノア』の技術力に、人が介在する意味はあるのだろうか。人の手には限界があり、全てを理解できるわけではない。ミュウにとって『ノア』の機械は正確無比の完成体であると考えている。でなければ、宇宙をはるばる航海しようなどできるはずがないとも思っている。


 勇子(ユウコ)はミュウの言い分に呆れそうになるも、異星間でのカルチャーショックというものだと胸中で自分に言い聞かせる。


「人の手から生まれた以上、性能の限界はついてくるものです」

「あの子は、とくに無理やりな構造ですから、金属疲労は通常の機体より多いと思われます」


 (サクラ)は修理した作業機械を下ろして、先に外に行かせた。


 作業機械たちには直前まで点検をしてもらっているが、今は腰部のマルチ・パーパス・コンテナに積み重ねたパンケーキのごとく収容されている。


「そんなにか?」

「はい。まだ基本フレームまでは歪んでいませんが、すでに脚部に出ています。作業機械がよく面倒を見ていますから、どうにかなってますが……」

「金属の復元力もあまりあてにできないわね。アクチュエーターに異常が出なければいいのだけど」

「もともと、従来の規格とは違いますから、仕方ありません」


 (サクラ)勇子(ユウコ)は機体の芳しくないコンディションに頭を悩ませる。


 だが、一人、話についていけないミュウは眉根を寄せる。工学系の用語だとは予想できるも、その知識のない彼女には頭が沸騰しそうなほど熱くなる。


「つ・ま・りっ! 〔アル・スカイ〕は使って大丈夫なのか?」

「一応、大丈夫です」


 (サクラ)が声を荒げて追及するミュウに脅えながら答える。


 勇子(ユウコ)は詰め寄って睨みつけるミュウを手で制しながら、噛み砕いて説明する。


「少し消耗が従来のアーム・ウェアより多いだけで、問題はないわよ」

「ああいうのがゴロゴロしておるのが、『ノア』という組織ではないのか?」


 ミュウは驚いて、キスをするのではないかと言うほどに勇子(ユウコ)に接近する。


 勇子(ユウコ)は彼女の熱気と後先考えない行動に顔が赤くなる。彼女の荒い鼻息が頬を叩く。


「そんなわけないでしょ! あのスペックで規格品だったら、惑星系がいくつ滅ぶと思ってるの!?」


 勇子(ユウコ)は無知なお姫様にがなり立てながら、彼女の身体を押しのける。


「では、特別なものであるのだな?」


 ミュウは体勢を立て直して、そう問いただした。


「以前からそう言ってるわよ。その分、今『ノア』で流用されている規格の部品やソフトは適用できない。替えの部品も少ないのよ」


 勇子(ユウコ)は懇切丁寧に言って、ようやくミュウも納得したようである。


「大切にしませんと、可哀想ですから」


 (サクラ)がヘルメットを被りながら、そう付け加える。


 ミュウも勇子(ユウコ)に手伝ってもらいながら、長い髪をまとめ上げてヘルメットを被る。


(サクラ)の感覚、時々理解できないな」

「そう……、ですか?」


 (サクラ)は首元のファスナーを閉めながら弱々しい声を出す。


「機械に可哀想っていうのは、貧乏性みたいじゃない?」


 勇子(ユウコ)はミュウのパイロットスーツとヘルメットを固定し終えると、しれっと言ってのける。いくら〔アル・スカイ〕が特別な機体であっても、その本質は機械である。鉄の塊であって、生き物ではない道具なのだ。消耗、摩耗は当たり前のことと捉えている。


 大事にしようと思えど、同情をしないのが勇子(ユウコ)とミュウだ。


 (サクラ)は首を窄めて、二人の冷徹な見解に悲しくなる。〔アル・スカイ〕がいなければ、こうして三人一緒に居ることはなかっただろう。彼女の生活を一変させてくれた機体だからこそ、思い入れが強く、友人の事も身近に感じるようになっていた。


「さ、すぐに出るぞ」


 ミュウはそう言って一足先に納屋から出て行った。


「張り切ってるわね。そうでもしないと父親に認めてもらえないのかな……」


 勇子(ユウコ)は呟きながら、その後に続く。


 (サクラ)も慌てて二人の後を小走りに追う。外は正午を過ぎた長い影を映し出す頃合いになっていた。


 そして、砲兵部隊が高射砲を牛に似た家畜にけん引させながら、配置へ移動している。街の背後にある断崖に沿って展開する高射砲の数は目に見えて少ない。その上で聴音機が合間に置かれ、侵入してくるだろう敵の音を拾い取ろうとしている。


 レーダーによる索敵能力はない。砲弾は近接信管であるが、都市を防衛するには心許ない。


 (サクラ)たちが納屋の横に駐機している〔アル・スカイ〕に足を進めていると、数名の兵隊が駆け寄ってきた。カーキ色の軍服は先程まで目にしていた藁の色合いにそっくりである。


「姫様、ご出陣なさるのですか?」

「そうだ。出撃が遅れた分、すぐにでも、わらわたちが前線に出て決着をつけてこようぞ」

「なりません」


 ミュウが胸を張って口上を述べると、間髪入れずに集まった兵隊全員が口をそろえて言った。


 それにはミュウも、(サクラ)たちも目を見開いて驚いてしまう。


 代表者らしい口髭の濃い男が慇懃な態度を取る。


「ディード王からの勅令に御座います」

「わ、わらわには関係ない」


 ミュウが喉から言葉を絞り出す。


 父親からの命令で出撃を邪魔されてはたまったものではない。そうまでして、娘が活躍するのが気に食わないのだろうか。


 苛立つミュウを余所に別の兵士が肩にかけていた鉄製のショルダーバックを下ろす。


 (サクラ)勇子(ユウコ)がその行動に興味を示していると、バックが開いて調律器のようなスイッチや周波数を合わせるダイヤル、マイク付きのヘッドフォンと仰々しいものがちりばめられていた。兵士がヘッドフォンを取り、片耳に当てながらバッグの端にあるアンテナを伸ばした。


「無線機、でしょうか?」

「しかも、かなり古い物よ。真空管らしいのもある」


 (サクラ)勇子(ユウコ)にしてみれば、化石レベルの通信技術である。それを扱いながらも、何故〔マリーネン〕という複雑そうな機動兵器を運用できているのか、不思議でならない。


 二人の困惑っぷりをミュウは横目に見ながら、代表者に一歩詰め寄って見上げる。


「侵略軍とは幾度か剣を交えた。実力も心得ておる。その上、我が方の〔リリック〕では無茶だ」

「無茶、とおっしゃいますが、関係ありません」


 代表の男は顎を上げて、高らかに言う。


「我らは兵士であります。そのようなことは考えておりません」

「冷静に考えて――――」

「繋がりました!」


 ミュウが怒鳴りつけようとした瞬間、通信機で誰かと交信を合わせていた兵士が割って入る。


 それにミュウも勢いが削がれて、ヘルメットの中でふくれっ面になる。


「誰と連絡を取っていた!?」

「参謀本部であります。姫様には、軍の指揮下に入っていただきます」


 兵士が通信機のヘッドフォンのプラグを抜いてスピーカに切り替える。


 ノイズが途切れ途切れに漏れる中で、野太い声がこだました。


『導師様、ならびにそのクルーに告げる』

「……ッ」


 ミュウは眉間に皺を寄せて、通信機の前で四つん這いになる。その後ろに(サクラ)勇子(ユウコ)が膝に手を着いてかがみ、傾聴する。


 相手は間違いなくディード・リック・レルカントだ。


『現在、マリーネン部隊が沖合にて交戦中。導師様方には、あなた方の機体で本土防衛をしてもらう』

「勝手な理屈をならべるな。いつもいつも、上から物を言って――」

『防衛網が構築されるまでの時間稼ぎだ。前線を抜けてきた敵機を撃墜するように。以上だ』


 それ以上、スピーカの向こうから声はなかった。


 砂嵐のようなノイズが響くだけで、虚しさだけが膨れ上がる。


「…………むぅ」


 ミュウは一方的な言い分を並べたディードには怒りがふつふつと湧き上がって、同時に悔しくてたまらなかった。


 何一つ認めてくれない。彼は、彼が抱える軍隊だけを信用して、御情けに〔アル・スカイ〕を指揮下に置いただけなのだろう。戦力として考えていないのだろう。


 ミュウは悔し涙が溢れてきて、地面に爪を立てる。


「ミュウ様……」

「いつも、こうだ」


 (サクラ)がミュウの方に触れようとした時、震えた声が聞こえた。思わず手を止めてしまう。


「自分勝手で、何一つわかっていない。そんなに――、信用ならないか、わらわのことが……」


 ミュウは泣いてはだめだ、と内心自分に言い聞かせるも、ぽろぽろと地面に落ちる涙を止められない。すでに侵略軍が来ているというのに、何をか弱く咽び泣いているのか彼女自身理解できなかった。


 すると、(サクラ)勇子(ユウコ)は一度顔を見合わせると互いに頷く。その瞳の色を見ただけ、お互いが何をしようとしているのかわかった気がした。


 (サクラ)が身体を起こして、メガネを取る。赤い瞳がひときわ鮮やかな色合いを見せる。


「わかりました。砲兵部隊と連携させていただきます」

「ハッ。導師様がついておられるなら、兵の士気も上がります」


 代表の兵士が緊張した声で返答する。


 ミュウはばっと振り返って、(サクラ)の言葉に愕然とした。仮にも『導師』を演じている手前、一国の領主よりももっと尊大に振る舞うべきではないのか。


 そうしていると勇子(ユウコ)も通信機を調整していた兵士と打ち合わせを始める。


「この通信機のバンド――――、周波数を合わせたい。すみませんが、付き合ってくれませんか?」

「わかった。ああ、周波数のコード表があるが、参考になるか?」

「ええ、助かります」


 勇子(ユウコ)まで従順になって、ミュウは裏切られたような敗北感を噛み締めて立ち上がる。


「どうして!? 何故、あの男の命令を聞く! 必要なかろう?」


 赤く腫れた目を隠すことなく、視線を向ける(サクラ)勇子(ユウコ)に叫んだ。


「この子があれば、そんな必要――」

「ミュウ様……」


 いつになく真剣な声音で(サクラ)が呼んだ。操縦しているときの威厳のある彼女がそこに立っていた。


 ミュウは言葉を飲み込んで、彼女の赤い瞳を見詰める。視界などぼやけているだろうその目は、確かにミュウの瞳を捉えていた。


「わたしたちは、わたしたちだけの力で多くの人を救うのではありません。そんなこと、不可能です」

「嘘をついたのか?」

「嘘じゃないわ」


 ミュウが不安になる横で勇子(ユウコ)は至極冷静に言い放った。しんと澄み渡る綺麗な声で、宥めるように、いさめるように。


「あなただって経験してるはずよ。ニィたちの島で、たった一機で戦って苦戦したこと」

「それは……」

「だから、わたしたちはここに住むみな様のお力添えをするのです。力を合わせて、乗り越えなければならない困難だからこそ必要なのです」


 (サクラ)は一瞬、兵士たちに視線を配った。


 彼らは誇らしげに顔を引き締める。それはミュウに対しても同じで、皇女として敬う気持ちは忘れていない。


 ミュウは一人焦っている自分を自覚して、肩を落とす。どうしても、父親を見返したい気持ちばかりが先行してどうするべきかなど考えてもみなかった。与えられた力は大きく、それを振えば誰もが皆認めるものだと勘違いをしていた。


 (サクラ)たちはそのような力だけの容認など欲しくはなかったのだ。


「それに、領主様の言うこと一つ聞けないでは、駄々っ子もいいところね」


 勇子(ユウコ)が挑発するように、視線を向ける。


 ミュウは怒りで熱くなっていた頭を冷やす様に、大きく深呼吸。身体を巡る血の流れが冷えていく感覚。自分が今しなければならないことはわかっている。


 縛られるのは嫌いだ。だが、それは連携をするうえで必要な義務だ、と頭に叩き込む。


「よかろう。任務、了解だ」


 ミュウは清々しい気持ちで了承する。


 思い返せば、一人で何もできないから(サクラ)勇子(ユウコ)ともに故郷に帰ってきたのだ。一人での限界は必ずやってくる。だからこそ、ミュウ・ミュレーヌ・レルカントは仲間と言うものを切望したのだ。


 そして、お姫様として人々の模範として示すべき器量を持たなければならない。


 今をなくして、それを知らしめる場所など他にはないだろう。

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