~和解~ 雷雨攻略作戦〈後編〉
かなとこ雲と呼ばれるスーパーセルの天頂部で空戦を繰り広げている〔リリック〕隊。描く軌跡はアトランダムに、自由気ままに筆を走らせたような複雑さがあった。
その軌跡を追って、時に交わるように飛ぶ〔アルファ・タイプ〕が遠慮なしにビームを発射し、光が交錯する。
〔リリック〕の操縦者には煩わしい物であった。
「ガァウッ! 誰がやられた!?」
レイドは目を瞬かせて、雲の大地に落ちていく黒煙を目にした。敵か味方かも判別がつかない。
レイドの〔リリック〕を突け狙う〔アルファ・タイプ〕はビームを乱射して、獲物を雲の大地へと追いやっていく。
「野郎ぉ!」
レイドは左右を走る光に苛立ちながら、降下する機体の負荷に身体を力ませる。
レイド機は機体を捻って滑るように雲へと接近。その背中に数条のビームが降り注ぐ。
「こ、のぉおお!」
レイドは操縦桿とラダーペダルを切り返して、機体を蛇行させる。ゆらゆらと揺らめいて飛行する〔リリック〕の周囲にビームが柱となって落下する。それによって、スーパーセルが波打ち、所によっては爆発したように盛り上がった。
内部の雲粒や雷と接触して、膨張したのだ。
その雲に、正確には発生した膨張した空気に〔リリック〕が押し上げられる。腹を締め付けるような痛みがレイドに走る。
バックミラーを一瞥しても、まだ敵は追ってくるのがわかる。
「まったく……」
レイドはキャノピから固そうな雲の表面や機体の陰を見ながら、自機をさらに太陽側へと寄せる。高度も一〇〇〇メートルを超えており、見上げれば雲も星もない紫の空が茫洋と広がっている。
「時間稼ぎも楽じゃないな――っ」
レイドはくぐもった声で皮肉を言って、操縦桿を引っ張った。
「う、ん?」
レイドは操縦桿の引きに妙な突っかかりを覚える。
左右を見て彼はすぐに納得する。ヒレの張っている油膜が気圧の変化で凝結し、揚力をうまく生み出せなくなっているのだ。風を掴むヒレからパラパラと薄い氷のようなものが剥離しているのが見て取れた。
〔リリック〕は素早く、四枚のヒレを開閉して新たに膜を張り直すとジェットエンジンを噴射し〔アルファ・タイプ〕から距離を取る。
付き纏っていた機体は僚機の援護で離れてくれた。
レイドは高度を取って、左右を見下ろし戦況を確認する。雲の中心には上昇気流の抜け道によってできた瘤のような雲を左手に捉えて、戦闘域がそこから距離があること確かめる。
と、激戦区とは離れてスケートリンクのようなかなどこ雲の端っこにパッパと何かが光った。一番星にしては低い位置だ。
しかし、その正体は〔リリック〕隊の操縦者ならすぐにわかることであった。
「来たか!」
レイドは思わずにやけた。
増援である。腹部にドライアイスを詰め込んだ爆弾を抱えて、後続部隊が到着したのだ。それも予想以上の数が導入されており、本土での頑張りが窺えた。
〔アルファ・タイプ〕は端に現れた増援に驚いたようで、その方へ向かおうとうす動きを見せる。
「――――っ」
レイド機が機関銃を放って、その進行方向に割り込んだ。
足が止まり、人型に変形する〔アルファ・タイプ〕数機が背中合わせに円陣を組むようにして、旋回するレイドの〔リリック〕に攻撃を仕掛けると同時に別動隊の動きをけん制する。
「ここまで来てやられるかよっ」
レイドはそう言って、遠心力に耐える。
後続隊はメソサイクロン周辺にドライアイス爆弾を投下する仕事がある。それを守ることに作戦が変わったレイドたち先行部隊の動きは鋭く、敵を翻弄する。
高速で駆け抜ける機体の群れ。
緊迫した状況の中で操縦者たちは己に課せられた任務に全力を傾ける。敵機を落とさずとも、眼下に広がるお化け雲を弱体化させれば、国を守ることができると信じた。
作戦は失敗できない。いや、そのようなプレッシャーではない。成功させるという気迫が彼らを突き動かす。
* * *
〔アル・スカイ〕は二丁のバリアス・ショットガンを持って、低空を跳んだ。その一蹴りはバネに弾かれたような瞬発力があった。
その周囲では巨大なシルエット、〔ベータ・タイプ〕と仮称した機体四機が荒れ狂う海も風も気にせず、甲羅のような背部から発射口を展開し、ミサイルを放つ。
「ミサイル……? うまくいってよ」
勇子はバブル・スクリーンに投影された多数のマーカーに肝を冷やしながら、トラックボール型の操縦桿のスイッチを素早く入力する。
ミサイルが接触信管であることは、雹や波との衝突で証明されている。しかし、誘導機能があるとなると光波や電磁波、と言った電子兵装を詰んでいる可能性は否めない。
〔アル・スカイ〕は四方から迫りくるミサイル群に恐れることなく、突き進んだ。四つの頭部のアンテナからジャミングを発信させる。
すると、すぐにもミサイル群はあべこべな方向へ向きを転換させて、連鎖爆発を起こす。先の落雷で損傷は見られず、通常に働いてくれた。
「よしっ。ミサイルはわたしが対処するわ。それよりも作戦を」
「わかっておる。しかし、正面の敵!」
ミュウは進行方向にいる〔ベータ・タイプ〕を睨んで声を張り上げる。行く手を阻む巨体が煩わしい。上下一対のセンサーアイが忙しなく動いているのも、妙に癇に障った。
ミュウにはセンサーアイの赤い光と青い光が交錯しているのが、挑発に思えたのだ。
〔アル・スカイ〕が今一度圧縮空気を蹴って飛び、バリアス・ショットガンを構える。
次の瞬間、〔ベータ・タイプ〕のとがった鼻先に光が集中した。
「――――っ」
桜が咄嗟に機体を回避運動を取った。
「あっ!?」
ミュウはトリガースイッチを押した瞬間だったので、急な方向転換に間抜けな声を上げてしまう。
荒れ狂う洋上で、二筋の光が交差する。〔アル・スカイ〕のはなったビームは敵機の平べったい主腕部に命中したように見えた。しかし、命中したビームは捻じ曲げられて、明後日の方向に飛んで行ってしまう。
「母艦と同じ装甲か……っ」
勇子が負荷に耐えながら言った。
〔ベータ・タイプ〕の放った光線は瞬発力に優れており、風に引っ張られて伸びる〔アル・スカイ〕のマントをかすめて海に着弾。ドッと爆発が起きて機体がその爆風に煽られた。
〔アル・スカイ〕はスラスタを噴射して、機体を立て直す。それから、海面の水を蹴るようにして〔ベータ・タイプ〕の横間へと移動する。
姿勢を低くして、振り回される〔ベータ・タイプ〕の主腕部を掻い潜った。
「この速度ならまだ、なんとか――」
桜は機体の自慢の脚部に感謝しつつ、敵の機動力が著しく低いと胸の内に覚える。
〔アル・スカイ〕は簡単に背後を取ることができた。
しかし、敵の甲羅状の装甲は堅牢。ビーム兵器を弾く、鏡面装甲が施されている。攻撃を仕掛けても徒労に終わるだろう。
「ミュウ様、今は竜巻の方に攻撃を集中してください」
「そうなるのか……」
桜の指示にミュウは苦みを含んで返答する。
桜自身、敵の堅牢さにやきもきしているのだろう。対応策が思いつくまでは、回避行動を取りつつ、少しでもスーパーセルを弱体化させることに貢献する方が賢明だと判断したようだ。
〔アル・スカイ〕はバックステップを踏むようにして、のろのろと追ってくる〔ベータ・タイプ〕を視界に入れつつ、右腕部のバリアス・ショットガンは竜巻の方へ連射を仕掛け、左は機関銃モードで敵機を牽制する。
ゆったりと振り返る〔ベータ・タイプ〕四機は雨のように降り注ぐ、細かいビームの連弾など気にした様子もない。受けては弾き、主腕部で防御してみせる。
そして、腹部に並ぶ副腕部から銃口が開かれると、一斉射撃の反撃を開始した。
「火力が〔アルファ・タイプ〕と違いすぎる!」
勇子は四方八方で湧き上がる水柱に目を白黒させながら叫んだ。
火山の連続爆発のように〔アル・スカイ〕の周囲で海水が蒸発し、暴風がそれを即座にさらっていく。〔アル・スカイ〕はステップを踏むようにして、竜巻の吹き荒れるほうへ流されていく。
追い込み漁のごとく、吹き上がる水が壁となって〔アル・スカイ〕を上昇気流の中心へと誘導するのだ。
だが、それは敵にとっても有利なことではない。
「竜巻が消える……!」
ミュウが幾度目かの射撃を休めて、竜巻の方角を見た。
水蒸気を巻き上げる上昇気流は健在であったが、獰猛な逆円錐状の風の動きは消えようとしていた。海から引きあがる中心の渦が糸がほつれていくように崩れていく。
〔アル・スカイ〕は右腕部のバリアス・ショットガンをさらに一撃。伸び上がるビームの光が近くの海面に着弾すると巨大な水蒸気を吹き上げて、崩れていく竜巻を完全に乱した。
「敵の大盤振る舞いの攻撃が助けになってくれたのね」
勇子はシートが跳ね上がって、機体が後退する中で分析する。
竜巻は上昇気流に飲まれて、完全に消滅した。しかし、降りしきる豪雨、雹、雷はまだ衰えを知らない。
〔アル・スカイ〕は右のバリアス・ショットガンを脚部に戻すと、〔ベータ・タイプ〕と向き合った。いまだ副腕部から噴出すビーム光はやまない。
「次は奴らを仕留めねばならないか。実弾使うぞ」
「どうぞ。任せるわ」
ミュウの声に勇子が答える。
桜たちは第一目標を完遂し、次の目標に移行する。敵勢力の討伐である。ビーム兵装がほとんど効かない今、実弾による物質攻撃しかない。
〔アル・スカイ〕は荒れ狂う波間を縫うように、低空を駆けて〔ベータ・タイプ〕部隊の側面に回りこむ。その間にもサイド・アーマーから実弾を開いている右マニュピレーターに握らせると、バリアス・ショットガンの機関部と銃身の接合部を折るようにして展開。そこへ弾丸を押し込め、元に戻す。
「装填完了」
ミュウは確認を取った。
ミュウの立体モニタに徹甲弾の表示が記載され、いつでも発砲できる状態になる。それに伴い、激しく上下する操縦席で勇子から送られてきた諸元を射撃管制に同調させる。ビームとは違い、さらに環境の影響を受ける。
スーパーセルが巻き起こす風速一八〇キロ近くの暴風。それによる弾道の変化など、ミュウは経験したことがない。ここでは〔アル・スカイ〕の観測能力と勇子のデータ予測が必要不可欠だ。
「桜。もっと、近づいてくれ」
「はい!」
〔アル・スカイ〕が追ってくるビーム光をすり抜け、〔ベータ・タイプ〕部隊に突撃のフェイント交えて旋回する。
広く展開する〔ベータ・タイプ〕四機は砲身こそ〔アル・スカイ〕を追っていたが、機体そのものは鈍重なままだ。時に高い波によって標的を失ったような攻撃すらあった。
そして、〔ベータ・タイプ〕は射線に味方機が入ると、ぷっつりと攻撃をやめる。鈍重さゆえに、互いの射線を融通できないのは痛手であった。
その隙を突いて、〔アル・スカイ〕がわざと水柱を巻き上げて、機体は海面すれすれを移動する。走り幅跳びのように脚部を前に突き出して、滞空している。
桜たちは直前まで動きを悟られないよう、思わず息を殺して敵部隊の動きを窺った。
「かかった!」
勇子が声を上げる。
モニタには〔ベータ・タイプ〕がダミーの盛大に吹き上がった水柱に攻撃を集中させている様子が見えた。
暗がりの視界。荒々しく吹く風の中ではその目くらましは一〇秒と持たない。
この数秒で攻撃を仕掛けるのだ。
〔アル・スカイ〕は手近で、援護を受けられない〔ベータ・タイプ〕に急速接近。バリアス・ショットガンを構える。狙いは主腕部で守った胸部である。
「――――っ」
ミュウがそそり立つ塔のような〔ベータ・タイプ〕を見上げて息を呑んだ。
〔アル・スカイ〕は這うようにして圧縮空気の足場を蹴って、二〇〇メートルに迫った敵に発砲した。マズル・フラッシュが盛大に瞬いて、搭乗者たちの視界を真っ白に染め上げた。
狙われた〔ベータ・タイプ〕は突きあがるようにして飛んできた徹貫弾をもろに受けた。ビームによる投射であったが、すさまじいまでの初速と運動エネルギーに鏡のような装甲を貫かれ、背部の装甲までも突き破られて巨大な風穴が開いた。
〔アル・スカイ〕がその機体とすれ違うと、別の三機がすぐに援護射撃に入った。
「ぐっ、くぅ……」
桜は機体をジグザグに跳躍させる。
背後でうがたれた胸部から爆発を起こして〔ベータ・タイプ〕一機が荒れ狂う海に沈んでいく。しかし、一機沈めたところで残り三機の包囲網が完全に消えたわけではない。
副腕部のビーム砲に加えて、頭部にあるさらに強力な光線が〔アル・スカイ〕の前に線を引き、ドッと水の壁を吹き上がらせる。
耳の置くが押しつぶされるかのような圧迫感と飲み込まれるという緊張が駆け抜け、桜の操縦も荒っぽくなる。
〔アル・スカイ〕は後ろへ飛ぶ。
と、待ち構えていたとばかりに別の〔ベータ・タイプ〕が頭部光線を吐き出した。
避けられない、と桜たちの脳髄が痺れる。警報がなっていることに気づいたときには、まばゆい光が収束して一気に放出された。
〔アル・スカイ〕はマントを手繰り寄せて、間一髪のところで受け止める。しかし、マントで防御して初めてその光線の並々ならない破壊力に息が止まる。
「――――うぐっ」
〔アル・スカイ〕は放出される光線を押されて、海に落下した。続く巨大な気泡の爆発で機体はさらに深海へと追いやられる。海中はさらに暗く、しかし、水温が高くなっているせいか蒸し暑く感じられた。
桜たちは顔をしかめて、萎縮してしまった気持ちを立て直す。
「一機、撃破ですけど、この調子では……、ンッ」
急に身体を駆け抜けた痛みに桜は苦々しい表情を浮かべる。戦闘速度を維持して、機体が駆け回っていたのだ。その疲労が痛みとなって現れた。
「このくらいは……」
桜は自分を叱りつけるように呟く。
これから先、このような激しい戦闘がまだ待ち構えているはずだ。ここで弱音は吐けない。
〔アル・スカイ〕は機体を持ち直すも、ゆっくりと沈んでいく。〔ベータ・タイプ〕から一度隠れて、次のチャンスを狙おうと桜は考え、急速浮上をあえてしなかった。
彼女の考えを勇子とミュウも承知していた。
「火力が段違いだもの。こんなものが島に上陸するようなことがあったら、スーパーセルどころじゃないわ」
勇子は早口に言って、機体の状態をチェックした。
「さっきの一撃で右腕部に損傷が出てる。中のほうにも、ダメージが蓄積されてる」
「まともに受けたのは、一発ほどだぞ?」
「動き回ったりしていても、機体の磨耗や消耗はあるの。説明したでしょう?」
「むうぅ……」
ミュウはどうにも釈然としない面持ちでスクリーンに映っている勇子を睨んだ。
気持ちが少しほぐれたが、まだ敵が撤退したわけではない。
「浮上いたします――」
桜の焦り気味の声を上げた瞬間だった。
操縦席に警報が鳴り響いて、海中を勢いよく突き進んでくる光と気泡の筋に気がついた。四時方向から二筋、〔ベータ・タイプ〕のミサイルだ。レイドの報告からも魚雷に近い性能を持っていることがわかっていたのに、三人は失念していた。
「このっ!」
「ちょっと、海中でビームは――」
勇子が言い終わる前に、迎撃に出たミュウがトリガースイッチを押した。
〔アル・スカイ〕は機体をひねって、バリアス・ショットガンの銃口を向けて発砲。海中を貫くようにビームは飛び出していったが、同時に乱流が機体を弄んだ。
ビームが急激に海水を蒸発させ、ビームの通った筋に巻きつくようにして水は渦作り出すのだ。当然、海中ではビームの威力も射程も減衰してしまう。
「がぅうっ!?」
「だから言ったのに!」
「姿勢制御、最大出力。海面へっ」
困惑するミュウとそれを非難する勇子のキィキィ声を聞きながら、桜は機体を持ち直して、浮上させる。
ミサイルは海中を乱されたことで自爆してくれた。二つの巨大な光芒が膨らんで、さらに〔アル・スカイ〕を押し上げる。
桜たちはあごを引いて、薄明りの差す海面を見上げる。その耳で乱暴な水の音を聞いた。
〔アル・スカイ〕が海面を突き破り、スラスターの光を振りまいて飛び出す。海上には〔ベータ・タイプ〕が三機、センサーアイの光を向けてきた。
ほくそ笑んでいるようにも見えて、鈍重な動作も小馬鹿にしているようにも取れた。
「――――ハァッ」
桜は縮こまっていた体に渇を入れて、フットペダルを踏み込んだ。
三方から光線の瞬き。三角錐を作るようにして、頂点の〔アル・スカイ〕に集中する。
〔アル・スカイ〕はスラスターを噴射して、瞬時に横間に移動すると風になぶられながら落下する。光線が互いに衝突すると、電磁場の反発と吸引で強大な光球ができあがり、やがて極大の爆発を巻き起こした。
甲高い破裂音が押し寄せる。
桜は頭上で光が弾けたのにぎょっとして、耳の奥に刺さる甲高い音に歯を食いしばる。
〔アル・スカイ〕は爆発によって落下が加速するも、海にたたきつけられる直前にスラスターで減速をかけつつ、ストレス・コンプレッション機構で直角に跳んだ。
すると、コツコツと装甲をたたく音が耳を掠める。
「何事ですか?」
桜が機体に回避行動を取らせながら、ヘルメットのヘッドフォンから聞こえる音に胸がざわめく。
すると、勇子が嬉々とした声を上げる。
「雹よ。雨も降り始めてる……」
「ということは――」
ミュウがモニタの横を掠める敵の光線にドキッとするも、胸のうちに湧き上がる興奮に血潮が熱くなる。
「スーパーセルの減衰が始まったのよ。このまま土砂降りになれば、消えるわ」
勇子はスーパーセルの核と言えるメソサイクロンのほうを見て、その穴の直径が小さくなっているのを、立体スクリーンに呼び出した数分前の映像と比較して確認する。
〔アル・スカイ〕は回避運動を続けながらメソサイクロンのほうへ近づき、その正確な情報を収集もした。一つの障害が消えようとしているのか、確証を得るためである。マントが激しく波打ち、風に引っ張られる。
「レイド隊がうまくやったのだな」
「しかし、まだ油断できません。敵を後退させなければ」
桜は緊張した声で念を押す。
状況はいまだ不利な状態。メソサイクロンの規模が小さくなり始めたとはいえ、吹き荒れる暴風や雷鳴、さらには豪雨にまで気をつけなければならない。より一層、射撃が困難な状況になっている。
〔アル・スカイ〕は高度を落とすと、〔ベータ・タイプ〕部隊を中心において円を描く軌道に入る。
遠くの〔ベータ・タイプ〕が光線を発射すると、その軌跡をなぞるように光が走った。命中しないまでも、巨大な水の壁を吹き上がらせて桜たちを脅す。
だが、その光線が降り注ぎ始めた雨や雹に妨害されて、先ほどまでの威力を発揮できていないのを勇子は観測していた。
「向こうの兵装も雨の中では威力が落ちるみたい」
「ならば、接近戦を挑むのみ」
ミュウは鼓舞するように言って、〔アル・スカイ〕にバリアス・ショットガンを脚部懸架させる。これで両マニピュレーターが空き、気流に弄ばれていたマントを手繰り寄せて防御体勢を強化させた。
「桜、一気に接近しろ。わらわがマルチ・ハープーンで援護する」
「はいっ。少々荒っぽくなりそうです」
桜はミュウの意図を読み取って、〔アル・スカイ〕を手近な〔ベータ・タイプ〕へ突進させる。大波、小波をすり抜けて疾駆する。
〔ベータ・タイプ〕各機も近づけまいと一斉射撃を敢行する。その行動こそ、接近戦が不向きだといっているようなものである。
〔アル・スカイ〕は頭部光線を避けつつ、向かってくる副腕部のビームはマントで弾き飛ばす。スラスターで射線を離れ、強靭な脚力で距離を詰めていく。
水と光が乱舞する幻想的な光景。その中を〔アル・スカイ〕は跳ねていく。
桜たちは過ぎていく光景に方向感覚が薄れて、とにかく先に見える巨大な影に向って意識を集中させる。
「――――っ」
ミュウが〔アル・スカイ〕が次の跳躍をしようとした瞬間、肩部のマルチ・ハープーンを〔ベータ・タイプ〕に打ち込んだ。
〔ベータ・タイプ〕の主腕部に食い込んで、敵機が驚いたように後退した。ワイヤーが一気に張って、〔アル・スカイ〕の跳躍と共に機体は弧を描く。
「うっ――」
勇子は天地が逆転する視界に思わず吐きそうになる。その一方で立体モニタにマルチ・ハープーンの打ち込みによって、自動的に敵機のデータを取集している様子を捉えていた。
〔アル・スカイ〕が逆さまの状態で忙しなくセンサーアイを動かしている〔ベータ・タイプ〕を見据える。その背後で雷鳴がとどろき、浮き上がった陰に敵機が慌てて上空を見上げた。
桜は目元に力を込めると、一気に機体のスラスターとワイヤーを巻き上げて急速接近。加えて、ショルダー・ホルスターからビーム・サーベル発振器を握らせ、突き出す。
〔ベータ・タイプ〕のとがった鼻先が輝きを集める。
「――――遅いですっ」
桜は敵よりも〔アル・スカイ〕が発振した刃が先に届くと確信した。
頭部光線が発射される前に、〔アル・スカイ〕の突きだしたビーム・サーベルが〔ベータ・タイプ〕の首筋を貫いた。装甲と装甲の隙間に刺突する、正確な攻撃。雨の中でスパークが弾け、溶けた装甲が破片となって〔アル・スカイ〕の装甲を叩いた。
桜たちは迸るスパークに目を細めながら、脚部が〔ベータ・タイプ〕の肩部に着地した衝撃に耐える。
しかし、〔ベータ・タイプ〕は沈まない。頭部光線の収束はできなくなったが、まだ海上に出る力は残っており、主腕部が掴みかかろうと上がってきた。
「離脱しますっ」
桜は仕留められなかったことに歯噛みして、素早く操縦桿を切り返す。
〔アル・スカイ〕はマルチ・ハープーンの銛を回収しつつ、〔ベータ・タイプ〕を足場にして跳び去った。
「ダメ押しの一撃だ。取っておけ」
ミュウは勝ち誇ったように言って、トリガースイッチを押す。
〔アル・スカイ〕が跳び去ると同時に脚部に懸架された状態のバリアス・ショットガンを発砲。ビーム・サーベルが溶解した傷口に向かって一条のビームが炸裂する。
すると〔ベータ・タイプ〕は首筋から血のような爆炎を噴き出し、頭部が吹き飛び、背部の装甲までも内側から気泡が上がるように凸凹になる。残弾のミサイルに誘爆したのだろうか。
大爆発を起こして、海が真っ赤に染まった。強大な光玉が生まれ、それを避けるように海が引いていく。
〔アル・スカイ〕は十分に距離を取っていたにもかかわらず、空中で二回転してしまう。
「はぁ……なんて、こと」
勇子は機体がバランスを取り戻したことに息を突きながら、敵の保有している動力がいかなるものか気になった。
「あんなものをいくつも爆発させられないわ」
〔アル・スカイ〕は爆風に乗って他の〔ベータ・タイプ〕と距離を取ったが、それらからの攻撃はぴたりと止んだ。電波障害が起こって、勇子にも索敵が困難な状況である。
「どこから来る……?」
ミュウが緊張した様子で旋回する機体のモニタの映像に目を走らせる。
「スーパーセルの活動も弱まって来てる……。ちょっと待って、移動する熱源多数あり!」
勇子がバブル・スクリーンに映しだ出されたセンサのマーカーの数に悲鳴にも似た声を上げる。海中に無数の巨大な影が南下を始めている。まるでクジラの群れが通っているかのような、巨大なコロニーであった。
「先の敵か? 多すぎるぞ……」
ミュウは更新された情報を見て、〔ベータ・タイプ〕だろうと予測しながら、その数の多さに頬が引き攣った。二機撃破するのにも、苦労したというのに、十機、ニ十機を相手に出来るわけがない。
桜は緊張して、〔アル・スカイ〕の移動を機敏にさせる。戦闘はまだ終わっていない、という焦りがそうさせるのだ。
しかし、あたりを見回しても攻撃の予兆はない。
メソサイクロンが小さくなるにつれて豪雨は激しく降り注ぎ、当たりは土砂降りで視界も悪くなっていく。霧が立ち込めたようにあたりは暗くなり、頭上では雷が機嫌悪そうに轟き、海はゆっくりと静けさを取り戻していく。暴風の粘り強い風圧はなく、突風となって〔アル・スカイ〕のマントを揺らす程度に収まりつつあった。
「後退……、していく?」
桜は〔アル・スカイ〕を先ほど〔ベータ・タイプ〕を撃墜した場所へ引き返させたが、浮上していた他の敵機もいなくなっていた。
騒がしい雷鳴と雨音に言い知れない不安と、接触しなくて済んだという安堵で三人は深いため息をつく。気持ちが緩み始めて、身体の火照りが疲労感を呼び込もうとする。
「一度、雲の外に出ましょう。マリーネンで戦っている人たちが気になります」
桜は緊張を保とうと提案する。
「そうだな」
「とりあえず、北西へ進んでちょうだい。レルカント領への直接侵攻もあり得るわ」
勇子の用心深い警告に桜は静かに返答し、〔アル・スカイ〕を一度雲の外へ向けて跳ばした。その移動の最中にも索敵を掛けるが、空中にも海中にもそれらしい影は見当たらない。
やがて、星空がかかった水平線を見つけて〔アル・スカイ〕はずぶ濡れの状態で特大の積乱雲となったスーパーセルから抜け出した。
日は落ちて、夜空の星がぽつぽつと輝きだす頃であった。左の側面を見れば、双子の月が顔を出そうとしている。夜風が熱気を含んで駆け抜けていく。
しばらく進んで、正面の海上でライトの光がいくつか瞬いた。
「レイド隊の光信号よ。作戦終了、だって」
「敵は来なかったかって聞いて」
ミュウがそう言ったころには勇子は打電していた。
桜は〔アル・スカイ〕の速度を落として、水平線に光が一つになってその瞬きをじっと見つめる。
勇子は不審そうに解読文を見て、二人に報告する。
「来てないって」
「敵は本当に撤退した、のですね」
「あれだけの戦力がありながら、余裕のつもりか?」
ミュウは〔ベータ・タイプ〕の大群を思い出して、背筋が震えるも、それだけの戦力差を持ちながら攻め入ってこないことに苛立った。
「今は帰投しましょう。作戦は果たされましたから……」
桜はミュウにそう言い聞かせて、操縦桿を強く握りしめた。
作戦は成功したが、妙なしこりが三人の中に残る。敵の意図がますますわからなくなり、不安の帰路に着くのであった。
「結局、ドライアイス弾、使わなかったな?」
「使わなかったなら、冷凍にでも使えばいいでしょう」
ミュウの言い分に勇子が至極家庭的な回答をした。
ミュウは目を丸くして、ぽかんとしていう。
「そういう使い方もできるのか……」
ドライアイスについて知らない彼女には、それはとても便利なものだと感心するのだった。




