~抵抗~ 始動? 指導? 私道?
『ノア』の港では降下するための護衛艦が最終点検と艦載機の運搬を進めていた。
その護衛艦〔アーク・フォース〕二隻は上下に隣接して停泊しており、太陽側の港で無重力に浮かんでいる。輪郭はまさしく軍艦と言えるもので、空気力学を無視したシルエットに仕上がっている。強襲揚陸艦であり、射出用カタパルトは上部に二つ、下部に一つあり、流麗な装甲や有視界の艦橋は宇宙航行を含めたものである。反重力装置と高圧縮ジェットエンジンによって大気圏内でも飛行能力と機動力を得ることに成功している。代わりに、旧態然とした迎撃システムと砲塔を背負い込む形となっている。
『ノア』が維持してきた科学の結晶であるが、戦乱の時代を生き抜いた兵士たちには時代遅れだと感じさせるものがある。
「艦長、アーム・ウェアの受領サインをお願いします」
「ん。ご苦労、コーディル少尉」
〔アーク・フォース〕一番艦の艦橋に、シャントッド・コーディルは書類を挟んだバインダーを持って艦長を務めるダイジロウ・シューキに面会していた。
艦長の座についている男は無精ひげを摩りながら、無重力の中を流れてくるシャントッドを横目にした。掘りの深い目は静かに品定めをしているようだった。
ついで、ひざ掛けにある通信装置のチャンネルを開いて、受話器を取った。
「アーム・ウェアの搬入、どうなってる? わかった。終わり次第、大気圏突入のシュミレーションを始める」
シャントッドはダイジロウの古臭い通信のやり方に眉を寄せながら、艦長席のシートに手を付けた。
ダイジロウは出っ張った頬骨を笑みでさらに浮き上がらせると、シャントッドからのバインダーを受け取った。
「すまないな。雑用を頼んで」
「いいえ。操縦者はやることがありませんから」
「仕事熱心なのはいいことだ」
ダイジロウは受話器を置いて、胸ポケットからペンを取り出すとバインダーに挟まっている書類に目を通してサインを入れていく。
シャントッドはその間に艦橋を見渡して、仕組みを無意識のうちに探っていた。手狭なスペースながら管制官や通信士、操舵士、火器管制の席が確保されており、ぐるりと囲んだガラス壁は四重で組み込まれておりHUDを兼ね備えていた。天井に目を向ければ、三次元モニタを投影する映写機がある。
「新品にしちゃ、出来のいいものだと思わないか?」
「新造艦って言っても、半世紀は埃をかぶっていたって聞きましたが?」
「手ェ付けてないから新品だっていうんだ」
ダイジロウは気さくに言って、バインダーをシャントッドに突き返す。
シャントッドはその横柄な態度にムッとしながらも、書類を確認する。足先が床につかないことに不安はなく、むしろ無重力の中にたゆたう感覚がイライラを押さえてくれた。
「操縦者ってのは楽しいかい?」
「その方が気楽なんですよ。人を動かすっていうの、嫌いなんです」
シャントッドが実直に返すとダイジロウは大口を開けて笑った。拍車をかけるようにして、玩具の猿のように足の裏を叩きあって、腰を浮かせた。
艦橋で作業をしている士官たちは何事かと目を向けたが、すぐに視線を戻した。ダイジロウ・シューキについて彼らは教本の中で名前を知っていたが、あまりに理想像とかけ離れた人物であり、興ざめしてしまう。
シャントッドもまた彼の名前を聞き知っていたから、このはしゃぎようには肩をすくめるほかなかった。
「艦長、仮にもあなたは大乱時代の名艦長の懐刀、『十手のダイジロウ』なんて呼ばれてたんでしょう?」
「そいつはぁ、後の時代の奴らがつけたあだ名だ。凄かったのはその名艦長様っていうの。わかるだろ?」
ダイジロウは実直に言って、ケラケラ笑いながらシートに落ち着いた。
彼は大乱期の中期で、数々の死線を潜り抜けてきた不屈の軍艦の乗組員であった。その艦長であった男の部下であり、参謀を務めていたのがダイジロウ・シューキという男である。彼が展開した戦術によって幾度となく自軍を窮地から救い、生き残ってきた。
それでも、彼もまた守るべき故郷を略奪されて、永い眠りにつくことになった。
シャントッドがいた時代でも彼の活躍は才気ある参謀として教本にたびたび登場し、彼の提唱した兵法も取り上げられることもあった。
が、実際会ってみれば飄々として、不真面目な雰囲気が否めない。
シャンドットはため息ひとつついてバインダーを閉じた。
「そういうのもあるかもしれません。しかし、艦を任される以上は仕事はしてくださいよ」
「真面目だねぇ。そんな気を張っていて、持つのかいね?」
ダイジロウは猫なで声で言いながら、シャントッドの不愉快そうな顔にへらへらと笑って見せる。
彼から言わせれば、シャントッドといった〔AW〕操縦者の気性がどういうものか理解しているつもりだ。彼もその典型というべきか、野心はあっても上り詰められるタイプの人間ではない。
とりあえずのスリリングと劇的なまでの刺激があれば、生きている実感が得られるといった風である。目の前のことしか頭にない。
「ま、面白いじゃぁないの。異界の星に降りるって言うのも」
「現地語はわかるんですか?」
「艦を任されている以上は、というやつだ。お前も覚えておけ。できそこないの愚図は、俺の艦にいらないよ」
剽軽に言う艦長の男にシャントッドはさらに怒りを覚えた。
人の上に立つ人間。才能や努力を収めた男だ。だが、それゆえか自身の才気に酔っているように見えた。それが自身の青さだと気付いていないから、操縦者としても余裕がないのだ。
すると、シャントッドは面白そうに口の両端を吊り上げて、どっぷりとシートに体を押し付ける。
「それじゃ追加装甲の運用、少尉に一任するよ」
「何勝手に決めてんですか!?」
いよいよもって、ダイジロウの態度に我慢できずシャントッドが彼の胸倉に掴みかかった。
タバコと酒の臭いが濃くなり、自堕落な臭いだとさらに怒りを強める。
他のクルーたちが止めに入ろうとすると、ダイジロウは飄々とした顔つきのまま彼らを制止する。
「無責任か? 俺ぁ、艦長だぞ?」
「その艦長がふざけてるから、怒ってるんです。それでも稀代の参謀だったんですか?」
シャントッドはふと歴史がいいように彼を脚色したのではないかと思った。いや、そうであると思い込んだ。でなければ、不真面目な態度を取る男が艦長の座にいるはずがない。
頭突きをくれてやろうかというほど艦長の顔に迫った。
すると、シャントッドの胸元に固いものが押し当てられる。
ぞわっと背筋が凍りついてダイジロウから離れようと押し放そうとすると、彼の力強い右腕が首に回り完全にホールドする。鳩尾に押し当てられるひんやりとした鉄の感触に恐怖する。
「ああ、稀代の参謀だったんでしょうねぇ。だから、お前はこういう風に銃突きつけちゃったりできる。周りを見なさいよ」
ダイジロウは低い声で言って、左手に握っている拳銃の安全弁を外した。
その音を聞いたシャントッドは冷汗をかいて、心臓が破裂しそうなほど高鳴る。こんなくだらないことで死ぬのか。いや、わざわざ部下を殺すまではしないだろう、と心の隅で安堵している。
しかし、それ以上にダイジロウの纏っている雰囲気が先ほどとは打って変わって冷え切っていた。
「撃つんですか?」
思わずシャントッドは口にしてしまった。
「撃つよ。俺だったら」
ダイジロウは言って迷うことなく引き金を引いた。
ドッと鳩尾に鈍い音が走った。シャントッドの体が浮き上がって天井に背中を打ち付けた。
「が、は——」
息が詰まった。だが、撃たれた箇所が貫通したという痛みではない。殴打されたような痛みがジクジクと居座って、鋭い痛みが頭の中でのたうちまわっている。
シャントッドは鳩尾を押さえて、背中を丸めながら天井を打った反動で床に降りてきた。
「エアピストルって言ってもプラスチック弾を込めれば、こんなものか」
ダイジロウはへらへらと笑って見せて、手にしている拳銃をしげしげと眺めると太もものホルスターに戻した。
エアピストルは宇宙での銃撃も可能な高圧ガス銃である。実弾を込めれば、十分殺傷力がある。
「どうだ、少尉? ケツの青さが身に染みたか?」
せせら笑って、ダイジロウは艦長席から離れるとうずくまるシャントッドの前に立った。
シャントッドは泡を拭きながらも、目の前で仁王立ちする男を見上げた。発砲した。プラスチック弾とはいえ迷いなく部下に発砲した。その事実が彼の頭の中でぐるぐるとまわって、ダイジロウに対して苦手意識を刷り込まれてしまう。
「上っ面ばかりの男ほど、情けないものはないな。言われたことを、こなす根性もないのか、えぇ?」
ダイジロウは見下ろしながら、シャントッドを嘲る。
あまりに小さい。過去の大乱で故郷を失い、戦線で幾多の視線を潜り抜けたバックボーンがありながら、今の彼は人として器が小さい。戦うことに縛られて、一兵士であることで収まっている。
ダイジロウはそれを良しとはしない。
「お前の腕は評価している。だから、追加装甲だって預けるんだ。人の好意はしっかり受け取って、結果を出してから文句を垂れるんだな」
どちらにしても、シャントッドを叩き上げるつもりではいるが。
ダイジロウは内心そんなことをつぶやきながら、口ではこう続ける。
「俺の艦に愚図はいらない。よぉく覚えておくんだな。優等生」
それから、ダイジロウは周囲を見渡してクルーの顔を色を窺った。ほとんどが頬肉を引きつらせて、尻込みしている。
が、一人だけ、ほんの一瞬だがダイジロウ・シューキににらみを利かせた女性士官がいた。
「そこの————、そうお前」
ダイジロウは手招きして、それを察した件の女性士官が自分を指差した。
彼女のボブカットの髪が無重力で広がり、大きな瞳を瞬かせる。
ダイジロウが頷いた。
「医務室まで運んでやってくれ」
「は、はい」
女性士官は持ち場を離れて、艦長席の方へ流れた。
その時、ダイジロウは流れてくる彼女の手を取って支えになりながら、冷やかすような口笛を鳴らした。
綺麗な体つきをしている。軍属にしては丸いのだ。硬質な肉付きではなく、包容力がある。女性らしいがあまりに不釣り合いと言える。
「なんです?」
女性士官は険のある言い方をする。大きな瞳が訝しむように細くなる。
その反応には、ダイジロウもなるほどと思う。
「お前さん、確かこの時代の人だったか?」
「そうです、トリス・カロリ少尉です。乱暴なやり方、嫌いなんです、わたし」
女性士官、トリスは物怖じせず、きっぱりと主張した。
「そりゃそうか。ま、そう思うんなら、こちらの青年さんにサービスしてやりな」
ダイジロウの物言いにトリスはいかり肩になりながら足元で蹲るシャントッドの腕を無理やり引き上げる。
「ほら、馬鹿にされて悔しくないの?」
「うぅ……」
トリスは呻くシャントッドをかわいそうと思う反面、情けないと思う。
それから床を蹴って、彼の体を引っ張りながら無重力の中を進む。艦橋から出て行く時の流れは見事なもので、無重力になれている。
「いい腰使いだ」
ダイジロウはそう判別しながら、ニタニタと笑ってシートのひざ掛けにもたれ掛って、通信の受話器を取る。それから医務室の方に一報を入れてから、とある人物にとの回線を繋いだ。
「ああ、俺だけどそっちはどうよ? いい操縦者がいるから、面倒見てやってくれ。そう、あの乱闘騒ぎ起こした奴」
その口ぶりは『ファルファーラ』に赴くことを楽しむ者の声だった。
「了解した。こちらも『ノア』の動きに進展があれば、報告するよ。頑張りな」
オリノ・ロンナスは勇子からの原住民の集落に行くという報告を受けて、一息ついた。通信機を切ってぐるりと窓側へと体を向ける。
事務所には彼女一人で、外はどんよりとした雲が居座って雨を降らせていた。『ノア』では大々的に『ファルファーラ』への外交アピールが強くなり、人々に元老院の支持を喚起させる。
元老院は長年の権威の座についていることもあり、不満を持っている者がいてもおかしくはなかった。だが、共和制まがいがあるの『ノア』ではそうした権威の有無は強く刷り込まれており転覆など誰もしようともしない。
「人間、欲が出るとトコトンだからね」
オリノはそう一人愚痴りながら、自前のデスクのモニタに映っている〔アーク・フォース〕二隻を思い出しては辟易する。まだ戦艦を作る元気があったのか、と呆れてしまう。
外交官を送り出すのに、かなり物騒な入れ込み方だと感じる。
閉塞した人類は何も学んでいなかった。科学を絶対にして、文明を隆盛させた。が、自らの手に有り余って自滅したことをわかっていない。
しかし、肉体的にも弱い人間はそうした科学という知恵を行使しなければ、自己を確立することさえ難しくなっていた。マニュアルや規範というものに当てはめて、それが人間だと信じるのだ。
生存する術を砂の城のように築き上げたシステムに託した。それの最たるものが今では『ノア』なのだ。人と英知が生みだし、人が永遠を生きられると自信をつけさせた箱庭。
「あまりに虚しい……」
オリノは深々とシートに持たれて、背もたれを倒した。
さらりと前髪が横に垂れて、モノクルは天井の照明を反射する。長いこと待機してきて、身心ともに疲れていた。
しかし、と思考を回した。
人は生き物である。どんなに生きながらえようとも、どんなに栄えようとも、いずれはその命を全うして消える。恐ろしいことだ。この今、目に見ている世界、触れているモノ、聞いてる音、空気の味も臭いも感じ取れない肉体の滅びを、想像できるだろうか。
死生観が鈍化した『ノア』はそれを考えるいい機会ではある。
そして、『ファルファーラ』へ降りた桜たちにもそれは同じである。命は永遠でないから、いずれはその源に触れて考えなければいけない。
「ま、気長にことの顛末を見届けよう……」
ぽつりとつぶやくとオリノは瞳を閉じた。
降り注ぐ雨音を聞きながら、己の活動を休息させる。また目覚めたときには、彼女たちのサポートをする。それが自明の理である。




