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スカイ・レコード  作者: 平田公義
第四章
32/118

~跳舞~ 惑星降下作戦〈後編〉

〔アル・スカイ〕は電離層に突入して、それでもなお急速落下を続ける。『ファルファーラ』の地表は遠く、宇宙に近い位置にいる機体だが、星の重力に従わざるを得ない。


 無様に回転し、大気の中で溺れる。巨大な機械は不自由な落下を強いられていた。


 その上空、暗がりの宇宙から高速で迫る〔アルファ・タイプ〕六機が隕石のごとく降り注ぐ。彼らの母艦はすでに船体を上げて、再び宇宙へ離脱するようにしている。どれだけの質量があり、推進力があるのかわからない。だが、着実に高度を上げて、宇宙へと離れて言った。そのゆったりとした振る舞いは、第二宇宙速度で脱出するような危なっかしさや、暴力的な面は見受けられなかった。


 それとは正反対に、落下する〔アル・スカイ〕はマントをぐちゃぐちゃにされながら操縦者の回復を待った。


 なだらかな星の曲線から零れる太陽の光が、七つの機体を照らした。


「————かっ」


 落下のさなか(サクラ)は押しつぶされていた肺が膨れ上がり、呼吸を再開する。くらくらする頭と目まぐるしく変わるモニタの景色、鋭い警報、軋む体に伸し掛かる負荷。


 覚醒した彼女に呼応して、〔アル・スカイ〕もまた縮こまっていた四肢に喝を入れた。


 (サクラ)にミュウと勇子(ユウコ)の安否を考える余裕はなく、トラックボール型の操縦桿にひっつく指に力を込めた。パイロットスーツのグローブには操縦者が意識を失った場合、自動で吸着する機構が備わっていたのが幸いした。シートもまた操縦者を包むようにして固定していた。


 でなければ、(サクラ)の体は操縦席のあちこちにぶつかって絶命していただろう。


 風を切って落下していく〔アル・スカイ〕はセンサーアイを発光させると、四肢を広げて重力の向いている方にうつぶせになる。分厚い大気のクッションに機体を押し付ける。


 機体が安定し、速度が弱まる。鋼の塊がスカイダイビングをしているのだ。


 ブゥウオオオオオオオオ!!


 宇宙へ吸い上げられるようにたなびくマント、風を切り裂く外装の音が(サクラ)の耳を打った。いや、〔アル・スカイ〕が感知しているあらゆるセンサが彼女の頭の中で疑似感触として再生されている。


 体いっぱいに感じる風圧や頬を引っ張る痛みもすべては幻。だが、その疑似感触は(サクラ)が生きていると実感できる、確かなものである。


「う、くっ」

「げ、げぅっ」


 勇子(ユウコ)、ミュウも気が付いて、遠くに見える薄い雲の絨毯に目を白黒させた。身体に流れる風圧の感触に思わず体が震えた。


「————現在位置はっ!?」


 勇子(ユウコ)がいち早く意識をはっきりさせる。


 瞬間、〔アル・スカイ〕はサブ・スラスタを噴射して空中で転がった。日差しのさす方向へ旋回し、マントを巻き付けるようにした。

 

 その軌跡を追って光の筋が数条落下する。流星のように早く、一瞬のきらめきが地上に降り注ぐ。


「ぐっ。敵はまだ追ってくるのか?」


 ミュウは旋回が止まると同時に言い放った。


〔アル・スカイ〕は頭部を地上に向けて、ミサイルのごとく落ちていく。追い縋る敵の射撃にも最小限の旋回機動で回避ができた。が、加速はとどまることを知らない。徐々に『ファルファーラ』と宇宙の境が消えていく。


「ユニットがない……。落ちてるだけじゃない!」

「お二人とも、応戦いたします。行きますよ!」


 勇子(ユウコ)のパニック寸前の叫びに、(サクラ)は自分の指示を重ねた。


 パニックに陥る前に思考に切り替えさせなければ、闇雲に落ちていくだけだ。


 だが、ユニットを失い、〔アル・スカイ〕には単独で飛行する能力はない。メイン・スラスターを全開にしても、自重を押し上げる出力は出せない。正確には、HMCEハイパーノヴァ・サイクル・エンジンが生み出すエネルギー量に機体が耐えきれないのだ。


 絶望的な状況であることに変わりない。そのことを(サクラ)は一生懸命に受け入れて、操縦をしていた。


〔アル・スカイ〕は脚部に懸架しているバリアス・ショットガン一丁を手にすると、機体をくの字に曲げて上を取る敵機に狙いを定める。


「ええいっ! 当たれっ」


 怒りをぶつけるようにして、ミュウは木の葉のように舞う敵機に狙いをつけてトリガーを引いた。


 バリアス・ショットガンからビームが発射される。暗がりに向かっていく一条の光は、ただ〔アルファ・タイプ〕の密集陣形を崩したに過ぎなかった。


 それは(サクラ)たちにとって不利な状況を作ったことに他ならない。


〔アルファ・タイプ〕は四方へ散らばると、岩石形態のまま速度を増した。傘のように陣形を開きつつ、自由に空中を移動する。翼を畳んで急降下をかける鷲のように鋭く、攻撃的な動きだ。


 (サクラ)たちは大きく呼吸を繰り返しながら、大気の不自由さと状況打開に努める。


「空気がこんなに重いなんて……」


 その感慨は〔アル・スカイ〕が受ける風圧のことだった。一挙手一投足の動きに見えない粘液のようにまとわりついて、動きが鈍く感じられた。


「ミュウ様、左舷の敵に集中攻撃をお願いしたします。勇子(ユウコ)様、支援を」

「支援と言っても、大気の中では宇宙と勝手が違うわ。少し待って————」


 勇子(ユウコ)は落ち着けと自分に言い聞かせながら、機体のステータスを呼び出した。バブルスクリーンと二次元スクリーンが出現し、システムの切り替えを急いだ。大気圏内での戦闘に移行。射撃管制、姿勢制御、機体に影響するありとあらゆる状況を再設定し、最適化する。


 最適化のプログラムを走らせるも、それが完了するのに三分を要する。母艦との衝突で一部の回路が故障したらしい。


(サクラ)、姫様、プログラムの最適化まで三分。それまで持ちこたえて」

「何だ、サイテキカとは————、うわぁっあ」


 敵は悠長にそれを待ってはくれない。


〔アルファ・タイプ〕部隊は〔アル・スカイ〕と並んで降下するようにしながら、徐々に包囲陣形を狭めて旋回している。


 砲身だけを〔アル・スカイ〕に向けて包囲攻撃。四方八方からビームが襲い掛かる。


「————んっ」


 (サクラ)は息を止めて、お腹に力を込めた。


〔アル・スカイ〕が宙を舞う。大きく手足を広げて仰向け状態になると、減速をかける。ふわりと背中を押し上げる風の流れをいっぱいに受けてビームをやり過ごす。浮遊感が三人の中に過る。


 さらに機体を捻って旋回し、丸く縮こまって急速落下をかける。迫りくる攻撃をそのアクションで回避。スラスターの力を使いながらも、自由落下の中で〔アル・スカイ〕は大気の中を舞い続ける。


〔アルファ・タイプ〕もその動きが空中機動に優れていない機体の精一杯のものだと知りつつも、あまりに洗練された動きに攻撃を命中させることができない。


 機体が持つ経験値もあるが、(サクラ)が大気に対して早い順応性を見せたのも強い要因である。


「目が回るぅ……」


 ミュウは敵に狙いを定める時間すらなく、平衡感覚を失って天地がわからない。敵を捕捉しても次の瞬間には太陽の日差しがモニタ一杯に映り込む。撃つタイミングが計れない。


「高度五〇キロメートルを切ったわ。機体降下時速八〇〇キロ」


 勇子(ユウコ)が〔アル・スカイ〕のことを言った。


 成層圏に突入し、さらに亜音速で降下している。こんな体験は十四年の人生で初めてのことだった。大気圏突入から一気に減速しているとはいえ、高速で迫る地面との距離に恐怖する。


「残り三分で地面に激突するわ!」

「落ち着け、勇子(ユウコ)! 今は敵に集中せい!」


 ミュウが喝を飛ばしながら、敵に狙いを定める。


〔アル・スカイ〕は地上に脚部を向けている状態で安定していた。しかし、〔アルファ・タイプ〕は二手に分かれて、一方は下方へ、もう一方は上昇していく。上下からの挟撃をするつもりだ。


「最適化まであとどれくらいですか?」

「あと、二分————。下方の敵が急上昇。いや、急制動!?」


 パニックになっていた勇子(ユウコ)も敵の配置を察して、落下のことを頭の隅に置くしかなかった。敵に狙い撃ちにされたらひとたまりもないからだ。


〔アル・スカイ〕が足元に回り込む敵機を捉えて発砲。


 狙われた〔アルファ・タイプ〕は旋回して、その攻撃を軽々と避ける。間合いを詰めつつ、人型に可変して応戦してくる。


 上方からも岩石状態の〔アルファ・タイプ〕の編隊がビームの雨を降らせた。


「うっく——」


 (サクラ)はコンソールディスプレイに触れて、〔アル・スカイ〕の空いているマニピュレーターでマントを手繰り寄せた。


 ビームの雨が殺到し、幾度も機体を叩いた。凄まじい運動エネルギーに〔アル・スカイ〕は下へ押しやられて、ついに弾かれた。


「きゃぁああっ」


 三人の悲鳴が上がる。〔アル・スカイ〕は落下速度を増していく。それでも自動で態勢を立て直すのが操縦者の意識を得た機体の反応だ。


 勇子(ユウコ)、ミュウはその激震の中で下方に展開する敵部隊に目を向けていた。


「諸元、入力完了。いつでもどうぞ!」

「よろしい!」


 ミュウは勇子(ユウコ)の支援を受けて、〔アル・スカイ〕に射撃を敢行させる。


 断続的に吐き出されるビーム光が黒い海を照らす。その中で動き回る〔アルファ・タイプ〕の動きは魚を思わせるしなやかさを持って、縦横無尽に空を泳ぐ。


 当たらない。


 ミュウは奥歯を噛み締めて、敵の動きに全神経を集中させる。グルグルと旋回する〔アルファ・タイプ〕の機動力には目が疲れる。


 朝焼けの薄雲の平原が近づいてくる。金色の鱗のように美しいそれだったが、ふっと砂嵐のように霞んで見えた。同時に側頭部を殴りつけられたような痛みに襲われた。


〔アル・スカイ〕が横殴りの強風に煽られたのだ。強烈な風の塊が機体を襲い、大きくバランスを欠て横間に流される。上方からの攻撃を避けるのに都合はよかったが、(サクラ)たちには強烈な一撃だった。


 ジェット気流である。


「自動バランサー、まだダメッ?」


 (サクラ)はまだ機体が星の重力下に順応してないのを肌で感じて、思い切り操縦桿を押し込んだ。


〔アル・スカイ〕はメイン・スラスター、サブ・スラスターを噴射して無理やに回転する機体を止める。気流の中でマントがはためき、どうにか脚部を地表に向けるとその風に乗った。乗ったというより、体よく流されているだけだが。


 対して、〔アルファ・タイプ〕部隊は岩石状態から腕部だけを展開して翼にすると、その気流を掴んだ。揚力を得て、風を背に受けて迫る。上下の部隊が合流して、追撃する。


「機体が流されてるわっ」

「すでに目的地など見失っておる」


 勇子(ユウコ)の警告をミュウは予定が狂っていると感じて、そう言い下した。


 ミュウから言わせれば、ずっと下に広がる海は故郷のそれとは違う深い紺碧の海だったから。


 しかし、勇子(ユウコ)が感じているのはもはや予定不調和のことではない。機体にかかる負荷や嵐のような気流にとらわれている状態を危険だと感じている。〔アル・スカイ〕はジェット気流程度で破損するような軟な期待ではない。だが、立て続けにくる襲い掛かる敵の猛攻や風任せの針路は自分たちが追いつめられているだけだ。


〔アル・スカイ〕が迫る敵機にバリアス・ショットガンを構えて一射する。


 その光はしかし、大気の屈折と激しい気流の流れに押し負けて霧散する。〔アルファ・タイプ〕に届かない。


「なんで、当たらない!」


 ミュウは怒って、大きく頭を振った。大気圏内の射撃管制への切り替えがまだ済んでいない。最適化までまだ時間がかかった。


 勇子(ユウコ)が手動で修正を加えるも、微々たる効力しか発揮できない。〔アル・スカイ〕の『ファルファーラ』での経験値が低すぎるのだ。システムの切り替えを早めるにも、とにかく動き回らなければならなかった。


「白兵戦に持ち込んで。(サクラ)、姫様」

「ええいっ。そうなるか」

「了解。参ります」


 (サクラ)は声を大にして言うと、〔アル・スカイ〕を敵機に向かわせる。スラスターでの力任せな進行で、高度を稼ぐものではない。放物線を描いて敵へ肉薄する。


 敵も気流の中での射撃は不向きなのか、間合いが詰まると人型になり、ビーム・サーベルを発進させる。


 六本の光柱が揺らめいて、迫る。


〔アル・スカイ〕は空いているマニュピレーターでショルダー・ホルスターからビーム・サーベルの発振器を引き抜くとそれらと対峙する。


 連なる様にして迫るビームの光。


「————ッ」


 三人は息を飲んだ。


 発振器から強力なビームが噴き出すと、まず先発の刃を打ち負かした。横薙ぎの一閃が敵の機体を軽々と側面へ吹き飛ばす。


 次が来る。左右からの挟撃。攻撃態勢に入っていた二機はその瞬間、背部のユニットを排出して特攻を仕掛けていた。


 最初の残光がまだモニタに残って、(サクラ)たちの視界を遮っている。


「左右から挟撃、来るっ」

「はいっ」


 だが、勇子(ユウコ)(サクラ)の連携は視界を頼らなくても成し得た。


〔アル・スカイ〕はその瞬間、バリアス・ショットガンとビーム・サーベルを左右に展開し迎え撃った。


「当たるっ」


 ミュウの確信である。


 瞬間、〔アル・スカイ〕はバリアス・ショットガンを散弾で発砲。右から攻めてきた〔アルファ・タイプ〕を一瞬にしてハチの巣にする。同時に撥ねられたように機体が遠のき、爆発した。


 左からくる〔アルファ・タイプ〕にはマニピュレーターを回転させ、ビームを円盤状に展開して見せた。


 刃が接触して、激しいスパークを生んだ。〔アル・スカイ〕の力任せなビームの乱流で大気が揺らぎ、膨張し、破裂した。


「ああっ」


 勇子(ユウコ)は短い悲鳴を上げて、後続の三機を見やった。


 一機は大きく旋回するようにして、空を駆けていた。同じくして、最初の一機と合流して何かを受け取っているように見えた。


「排出されたユニットを回収している……」


 勇子(ユウコ)はその行動に疑念を抱いた。


 だが、残る二機がバランスを崩している〔アル・スカイ〕の背後に回り込むのを感知して、意識を集中する。迫る海原を背景にして、ビーム・サーベルの閃光が噴き出した。


(サクラ)、背中からっ」

「こ、の——」


 (サクラ)は咄嗟に操縦桿を力いっぱいに押し込んで、メイン・スラスターを全開にした。


 背部から吐き出される閃光の塊が〔アルファ・タイプ〕二機を強襲し、照準を鈍らせる。


 その間に〔アル・スカイ〕は力ずくで剣戟を回避すると、雲の中へと入っていった。薄いベール上の雲の中で、体勢を立て直しながらバリアス・ショットガンを構える。


 薄雲は何層にも連なって、いい隠れ蓑になっていた。


「————う、うぅ」


 (サクラ)は妙な息苦しさを感じた。


 息が詰まりそうな圧迫感は雲のせいではない。すでに高度がかなり下がっているからだ。


「機体、損傷軽微。適応まであと三〇秒で完了よ」

「それまで、敵には大人しくしていてほしい」


 ミュウは雲間から見えた一機に狙いを定めて、バリアス・ショットガンを発砲した。


 その機体は乗り捨てられたもので収束したビームは簡単に命中した。ドッと光芒が膨らみ、あたりの雲海を照らし、薙ぎ払った。


 東の空が明るみになっているとはいえ、まだ視界は暗い。その光が上昇を始める一機の影を浮き彫りにする。


「撤退する機影だけ————、他はどこに行った?」


 勇子(ユウコ)は目に見える情報と索敵範囲を見比べながら、他の三機を探した。


〔アル・スカイ〕が雲を突き抜けて、スラスターで勢いを殺しながら降下する。その減速は敵にとって好都合だった。


 警報が鳴り響く! 


「上方、雲の中!」


 勇子(ユウコ)が声を上げたときには、〔アル・スカイ〕は横間へ飛んで雲から飛び出してきたビームを回避していた。すぐさま雲に向かって応戦する。


 しかし、太陽の光を浴びて朱色に染まった雲には敵影らしいものは見えない。飛び出してきた個所に撃っても手ごたえはなかった。


 薄い雲の層が幾重にも重なって、その合間を飛ぶ敵機の影は空戦を熟知している風であった。


勇子(ユウコ)、敵の位置はわからぬのか?」

「索敵してますが、レーダーが変で——」


 勇子(ユウコ)は降下するにしたがって、精度の下がっている索敵機器をざっと見て言う。


 敵の攻撃でセンサが破損したなら、その報告が出ているはずだ。しかし、そのような破損や欠損はない。強いて言うなら、受信している情報が欠落しているのだ。だから、メイン・コンピュータが再構成しどうにか持ちこたえている状態となっている。


〔アル・スカイ〕は機体を仰向けにして紫がかった朝焼けの空を望んだ。


「敵の数はどうなっていますか?」


 (サクラ)が尋ねた。


 勇子(ユウコ)はすべてのセンサを最大稼働させて、敵の数を捉える。


「残り、三機」

「では、その三機、倒せばよいだけのこと」


 ミュウは朝陽でちらついた敵機に発砲する。


 勢いよく伸びる光であったが、標的を射抜くことはなかった。敵は何かじらすような動きをしている。ミュウにはそう感じられた。


「がぅ……。奴らめ、攻撃をしてこぬぞ」

「こちらに飛行能力がないと思っているのかもしれません。最適化、大丈夫ですよね?」

「ええ。問題ないわ」


 勇子(ユウコ)はプログラムが最適化されたことを確認して知らせる。


 (サクラ)は小さく頷いて、対空戦闘のマニュアルを呼び出す。〔アル・スカイ〕は大気圏内での運用にシステムが設定されて、数々の誤差が修正されていく。


 大気との屈折。空気抵抗。スラスター出力。センサの感度。アクチュエーターの放熱からコンデンサの電圧調整と各種内部機構が変動している。


 ミュウは雲の中に隠れ続ける敵を見据えながら、背中を押される感覚に焦りがこみ上げる。


「ならば、飛べるというのか?」

「厳密には飛ぶとは言いませんが、やれるみたいです」


 勇子(ユウコ)も適応しだした機体の駆動音に心が揺さぶられた。


〔アル・スカイ〕はスラスターによる飛行能力は持ち合わせていない。そこまでの推進力を出せない。だが、他に空へ舞いあがる能力は備わっている。


 それが本来の使い方なのか半信半疑ではあったが、今は信じるほかない。


「…………よし」


 (サクラ)はコンソールディスプレイを操作すると、遠ざかっていく空を見据えて小さく息を吐いた。これから行うことは彼女自身初めての試みだ。しかし、〔アル・スカイ〕の中にはその記録は残っている。


「お二人とも、しっかりおつかまりください」

「何をする気だ?」


 ミュウは仰天して、大声を張り上げた。


 その瞬間、〔アル・スカイ〕は機体を反転させ、足を地表に向ける。スラスターを噴射。減速をかける。爆発したような閃光が脚部、背部から吐き出される。


 激震する操縦席で三人は体を強張らせながら、タイミングを待った。落下速度が時速二〇〇キロを切った。


 暗い海原にスラスターの閃光が反射する。眩い光が照り返し、〔アル・スカイ〕を照らした。


 上空で旋回をしていた〔アルファ・タイプ〕三機はその海に揺らめく極光を見て、雲の層から飛び出した。機体は礫のように力強く降下速度を上げて、下部の砲口を〔アル・スカイ〕に定める。


 一斉射撃が〔アル・スカイ〕に向かって降り注ぐ。


「――――っ」


 (サクラ)たちはその光に恐怖を抱いても、回避しようとは考えなかった。命中確立云々ではなく、全神経を〔アル・スカイ〕の反撃にかけていたからだ。


 そして、〔アル・スカイ〕が脚部にあるストレス・コンプレッション機構を発揮した。足元にビームの偏光が凝縮され、海面の水が引き上げられ、圧縮された。


 鼓動のように伸縮する空間は今にも破裂してしまいそうだ。


〔アル・スカイ〕がその空気の塊に躊躇いもなく着地した。


「————っ!?」


 (サクラ)たちは体の芯に杭を打ち込まれたかのような衝撃に、意識が揺らめいた。


 敵のビームが海面を打って、周囲が濃い霧に包まれる。蒸発する海水の音を聞いている余裕はなかった。


〔アルファ・タイプ〕は機首を上げて、吹き上がる煙を避ける。命中したとは思わない。だが、目くらましを作ってしまった焦りがあって、距離を開く必要があると判断する。


 次の瞬間、爆音をとどろかせて膨らんだ水泡が濃霧を飲み込んだ。


〔アルファ・タイプ〕はその飛沫に注目するあまり、巨大な影を見落としていた。


 神速の矢となって〔アル・スカイ〕が宙へと舞い上がる。その初速は計りしえない。〔アルファ・タイプ〕も〔アル・スカイ〕の姿を捉えきれていなかったのだ。


「その機体、撃つっ」


 ミュウは口の中で広がる苦い味を噛み締めながら、不快感を覚えながら操縦桿のトリガーを引いた。


 上昇を続ける〔アル・スカイ〕は敵部隊の頭を取ると、バリアス・ショットガンを構えて一射。朝日の方に向かっていた一機を見事に貫いた。


 朝陽に負けない爆発の光が発光して、残骸が海面に落ちて行った。


「成功だけど、なんなのよ、これ」


 勇子(ユウコ)は〔アル・スカイ〕が上昇したことに喜ぶと同時にそのふざけた方法に頭がぼうっとする。実際、急上昇によって血が下半身へと落ちていた。頭に血が回るまでその鈍痛も感じられない。


「これが、この子の飛び方……」


 (サクラ)は視界が上昇して、また高い視界を得た。その目に見た水平線の眩しい朝日に、言いようのない感動を覚える。


 人が重力の拘束を羽もなしに振り切った、という不思議な感慨である。


〔アル・スカイ〕は跳んだのだ。圧縮した空気の破裂とビームの反発、そして何より強靭な脚力を持って跳躍したのだ。


 他の〔アルファ・タイプ〕が僚機が落とされたのを悟ると、上空で浮遊するマントの機体を視認した。すぐさま機体を切り返して、砲撃に入る。


 一方で〔アル・スカイ〕は上昇の加速がなくなり、ほんのひと時の無重力状態を味わっていた。やがて、上体を逸らすようにしてあとは重力に任せて落下した。その優雅で滑らかな動きを持って、敵の砲撃を回避すると返す刃とばかりに反転しながら応戦した。


〔アルファ・タイプ〕は回避しつつ、一度寄り添うようにして集まった。


(サクラ)、今のうちに接近して」

「は、はい」


 勇子(ユウコ)の指示に、(マサキ)は正気を取り戻して機体を持ち直した。


 ビーム・サーベルの発振器を仕舞うと、暴れまわるマントを手繰り寄せる。そして、機体が宙返りをして天地をはっきりさせると、もう一度宙を蹴った。背中を思い切り押されたような衝撃とともに、〔アル・スカイ〕が水平に粘りのある浮遊を見せた。


 ストレス・コンプレッション機能は良好で(サクラ)の制御下で任意に形成されている。


〔アルファ・タイプ〕二機はその奇怪な機動に慌てたのか、上昇軌道に入っていった。脇目も振らず速度を上げて、撤退していく。


「敵、撤退していくわ」

(サクラ)、早く追え! 見失ってしまうぞ」


 ミュウはまだ夜の幕が引けない、星空に溶けていく〔アルファ・タイプ〕の影を見据えながら言った。


 今ならまだ〔アル・スカイ〕の跳躍で間合いを詰められる。今の彼女では空中での遠距離射撃ができないことを十分にわかっていた。


「いいえ」


 対して、(サクラ)は静かに言って〔アル・スカイ〕が放物線を描いて落ちていくのに任せた。


「ここで追っても仕方ありません。とにかく今は手近な陸地を探しましょう。勇子(ユウコ)様、よろしくお願いいたします」

「それが無難というものか。おっと」


〔アル・スカイ〕が高度を維持するために、今一度跳躍した。


 その振動に勇子(ユウコ)はつんのめったが、緩やかになる速度に緊張がほぐれていく。コンソールを操作しながら、バブルスクリーンを呼び出して人工衛星からのGPS情報を受信する。


 ミュウは二人の態度に今だ興奮冷めやらぬ自分を戒める。口元を尖らせながら、バイザーを上げるとその乾いた唇を指で払った。


「まったく、帰ってきてそうそう。こういうことに巻き込まれる。どうしてもっと早く、これを使わなかったのだ?」

「仕方なかったんです。わたしたちも初めてのことだったのでビックリしているんですから。姫様は周囲の警戒をお願いしますよ」

「ふん、言われずとも」


 勇子(ユウコ)の少し緩んだ声に、ミュウも肩肘の力を抜いて大きく息を吐いた。


「もう、汗が気持ち悪い」


 勇子(ユウコ)は検索結果を待つ間に、バイザーを上げて顔の汗を拭った。パイロットスーツの中は暑く、汗の濡れた感触がへばりついている。


 それは(サクラ)もミュウも同じ事である。


「早く体を拭きたいものだ。どうせ、お風呂も入れんのだろうし……」


 ミュウが愚痴る。


「…………」


 (サクラ)は機体の高度を維持するように設定すると、あとは自動操縦にして操縦桿から手を離した。震える手でぎゅっと体を抱きしめると、その二の腕を力強く擦った。


 今になって体中に恐怖で震撼していた。宇宙から『ファルファーラ』へ降下し、あまつさえ海面すれすれまで落下していたのだ。体にかかっていた負荷が小さくなると、緊張も解けて生理的な反応が表出していた。


 脅威がないと判断されると、〔アル・スカイ〕はバリアス・ショットガンを脚部に戻してゆったりと空を跳ねる。その様相は風に任せた旅人の足取りを思わせる軽快なものだった。


 空が青く染まっていく。朝日が昇り、活力がみなぎる様に海原が輝く。

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