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スカイ・レコード  作者: 平田公義
第四章
30/118

~跳舞~ 星に惹かれて

〔アル・スカイ〕は頭部を『ファルファーラ』に向けて、ゆっくりと引き寄せられるように流れていた。星が起こす自転や引力の流れに乗って、一個の漂流物のように慣性飛行をしている。


 もちろん、小惑星帯(アステロイドベルト)を超えると『ノア』が惑星の衛星軌道上に設置した監視衛星の索敵範囲に入ることもあって気は抜けない。スペースデブリと誤認してくれれば幸いだが、そううまくはいかないだろう。


『ノア』に発見されるのは降下直前まで知られてはならない。その慎重さは搭乗者の忍耐力を試す座禅のようになっている。


 操縦席にかれこれ三時間は詰め込まれている(サクラ)たちもこのじれったい移動に飽き飽きしていた。


「お腹、痛い……」

「お手洗いでしたら、パイロットスーツが処理してくれます。ご無理なさらず」

「そうではない……。気持ち悪いのだ……」


 慣れない無重力にミュウ・ミュレーヌ・レルカントは顔を真っ青にして身体をくの字に曲げている。腹痛に頭痛、腹が据わっていない感触は気色悪い。先ほど飲んだドリンクも胃の中でふわふわと浮いている気がしてならない。


 バイザーを上げて、大げさに呼吸を繰り返す。閉塞感が喉を詰まらせる錯覚さえあるのだ。モニタに浮かぶ青い星の輪郭を見ても、のっぺりと張り付けられた絵画のようで見飽きていた。


 一方で、ヘルメットをかかえるながら、勇子(ユウコ)はトラックボール型の操縦桿を指先で転がした。


 バブルスクリーンや二次元スクリーンを呼び出して、角度計算と針路の修正、機体の状況と周囲の索敵に余念がなかった。


「針路は良好。大気圏突入のユニット、これで大丈夫なのかしら?」


 勇子(ユウコ)は〔アル・スカイ〕の背部補助アームに支えられた二枚のボードのことを言った。


 大気圏突入ユニットは繋ぎ合わせて、突入時に機体を保護してくれるシールドの役割を持っている。耐熱素材と〔アル・スカイ〕の持つ動力炉から供給でビームコーティングを施し大気の中へ潜る仕組みだ。


 しかし、問題はある。


(サクラ)、大気圏突入のシュミレートは大丈夫?」

「はい。この子が覚えているようです」

「そうしてもらわないと困るわ。わたしたちは大気圏だなんて知らないもの」


 勇子(ユウコ)の剣呑な物言いに、(サクラ)の顔が引き締まる。


『ノア』出身の(サクラ)勇子(ユウコ)でも大気のある星への降下は初めてである。オリノからは機体が自動でやってくれると言っていたが、細かい進入角度の調整やボードの展開は(サクラ)たちの入力が必要だ。


 タイミングを誤ると大気に弾かれるか、上昇する温度に耐えきれず爆散するかだ。そうなれば、彼女たちの身も流星となって燃え尽きることだろう。


 しかし、それ以上に恐ろしいのは〔アル・スカイ〕の動力炉に引火して、エンジンが爆発することである。


 勇子(ユウコ)は〔アル・スカイ〕のコンディションを眺めてヘルメットに顎を乗せる。


HMCEハイパーノヴァ・サイクル・エンジンを搭載だなんて、勝手が過ぎるのよ」

「その『はいぱーのばなんたら』とやら、何か、うぅ……、よくないのか?」


 ミュウは苦悶の表情を浮かべながら、言語の説明を求めた。


 勇子(ユウコ)が答える。


「それはもう。太陽が爆発するよりもはるかに強力なエネルギーを繰り返し、繰り返し炉の中で起こしているものですから」

「つまり?」

「機体が爆発したら、『ファルファーラ』とその周囲の惑星系の生命が死滅します。もちろん、『ノア』も崩壊します」


 HMCEハイパーノヴァ・サイクル・エンジン、別名、極超新星爆発循環原動機。極超新星級の爆発エネルギーを炉心の中で発生させて、さらには超新星元素合成物で新たに同じ現象を起こす半永久機関である。


〔アル・スカイ〕のビーム兵器のほとんどがこの炉心から生成された物質を電荷して、撃ちだす構造を取っている。他の〔AW〕も触媒物質で生成しているが、〔アル・スカイ〕ほどの破壊力と生産力はない。


「それだけではないはず、なんですけどね……」


 小声で付け加える勇子(ユウコ)。彼女自身〔アル・スカイ〕の持つ破壊力は予測できない。そもそも搭載されているエンジン機関の原理もわかっていない。


「爆発、死滅……」


 ミュウの頭の中では星が砕け散るイメージがあった。〔アル・スカイ〕が危険視されているのも納得してしまう。一個兵器に持たせる破壊力ではない。


 (サクラ)もその説明に悪寒を覚えて、バイザーを上げてドリンクを口にする。パック式の吸引に口をつけて、流し込んでいく。


「厄介なものを手にしたな」

「所長もこれを作り上げるのに、何年かけたのか知れませんからね」


 勇子(ユウコ)はため息をついて、『ノア』に残った上司の顔を思い浮かべる。


 この機関を説明していたオリノ・ロンナスの表情は得意げで他の意見を聞こうともしなかった。これの完成に心血を注ぎ、実用にまでこぎつけたのだ、と。その経緯については詳しく聞く気にもなれず、彼女なら酔狂で恒星系を破滅しかねないものを作っていてもおかしくないと思えてしまった。


 ミュウは粗い息遣いで、モニタ上の『ファルファーラ』を眺める。少しだけ陰りの部分が濃くなって昼の部分とのコントラストが綺麗に映っていた。


 綺麗な曲線と青い海、羽衣のようにかかる白い雲。陸地がその切れ間から見えて、自分の故郷がどこにあるのか探してしまう。『ファルファーラ』の陸と海の比率は、四対七。地球に比べて一回り大きく、質量もある。南極、北極を除けば大陸は四つ、ほかは小さな島国が点在している形だ。


 ミュウの生まれ故郷は小さな島国で、赤道より少し北に位置する。レルカント領と言っても、その規模は他国に比べれば小さく弱々しい。


「なぜに、この機体に使ったのだろうか?」


 ミュウはなんとなしにエンジン機関のことを想像した。


「隠すためとかどうとか。どうせ、適当な理由でしょうけど」

「あの女……」


 いけしゃあしゃあという勇子(ユウコ)に対して、ミュウは眉根のよせる。


『ファルファーラ』を眺める気が失せて、短く息を吐き出す。今度はパイロットスーツの着心地が気になりだして、胸のあたりを揉んだ。胸のあたりが窮屈に感じられて、異様な圧迫感を覚える。


「こんなものまで着せるのも、適当だったら許さんぞ……」


 勇子(ユウコ)は不満顔のミュウのイメージ映像を横目に見て、バブルスクリーンが映し出す『ファルファーラ』のホログラムに必要な情報を入れる。突入経路、時間、予測着陸地点等々、モニュメントが追加されてそれを指先でなぞって、天体を回す。地球儀を回しているような感覚だ。


「あと三〇分もすれば、大気圏に突入しますから辛抱してくださいよ」


 勇子(ユウコ)の報告を聞きながら、(サクラ)はドリンクパックを丁寧に丸めて脇に備えてあるダッシュボードに捨てた。バイザーを下げてクリアな視界を取り戻す。


 それからコンソールパネルを操作して、リア・モニタを呼び出した。表示されたスクリーンには小惑星帯と太陽を受けて輝く『ファルファーラ』の海が見えた。『ノア』の影はもう見えない。


「…………」


 故郷を離れることの不安さが(サクラ)の心をつついて、表情に陰りを映し出す。


 と、〔アル・スカイ〕の後方から接近する物体を勇子(ユウコ)は捉えた。だが、その反応を認めるとコンソールを操作して対処に当たる。


(サクラ)、姫様、後方から人工衛星が来ますよ」


 勇子(ユウコ)がヘルメットを装着している間に、ミュウはお腹に力を入れてリア・モニタを呼び出して確認する。


「人工衛星、とな? いつのまに作ったのだ?」

「もう一〇年以上も前からです。大丈夫。すでに機能を停止した廃棄衛星のようです。(サクラ)、機体を『ファルファーラ』に寄せて」

「かしこまりました」


 (サクラ)は軽く息を吐きながら、〔アル・スカイ〕を『ファルファーラ』へと流した。姿勢制御スラスターを噴射して、横間へと流れる。


 そして、後方から人工衛星が弧を描いて抜き去っていく。目にもとまらぬ速さで眼前へ躍り出て、双子月に重なる。そのころには豆粒ほどの大きさにしか見えなかった。


 耳元が圧迫されるような音を(サクラ)たちは感じた。磁場の乱れや微弱な電波発信の影響だろう。


 ミュウは目をぱちくりさせて、体を前のめりにする。


「何という速さだ」

「約二時間ほどで『ファルファーラ』の赤道上を一周する機体だったみたいです。こちらの座標データを探られることはないでしょう」

「あ、あの、稼働中の衛星については、大丈夫でございます、よね?」


 (サクラ)はおずおずと口にして機体の操縦に努める。


 彼女の言うとおり、稼働中の人工衛星は今も『ファルファーラ』を回っている。立体的な円運動でくまなく周辺宙域を監視し、宇宙航法支援装置として、あるいは星の生態調査装置として様々な役割を与えている。当然、所属不明の機体に対する哨戒装置があってもおかしくはない。


 勇子(ユウコ)は冷静に人工衛星の軌道シュミレーターを呼び出して、(サクラ)とミュウに転送した。バブルスクリーンによって、より立体的な軌道を視認することができた。


「稼働中なのはざっとこんなものね。けど、この子の電子兵装ならジャックもできるわ。というより、人工衛星の情報補助なしで大気圏突入何てできないものね」

「では、問題はないのですね」

「当たり前よ。それくらい、考えればわかることでしょう?」

「も、申し訳ございません」


 (サクラ)はしゅんとして、バブルスクリーンを消した。


 その一方でミュウはバブルスクリーンに手を伸ばして透過してしまうことにワクワクしていた。好奇心旺盛に目を輝かせて、映像と自身の手のひらを重ねて遊ぶ。


「おぉ……」

「姫様、あまり遊ばれないようにお願いします。わたしたちの任務をお忘れですか?」


 勇子(ユウコ)の注意にミュウはムッとする。


「真面目だの……」


 そう愚痴ってシートに体を押し付ける。


 三人の気持ちはまだちょっとしたことで揺れ動いてしまう。特に真面目な勇子(ユウコ)はこの降下作戦に一層のプレッシャーを感じているのだ。


 (サクラ)も二人に迷惑をかけないようにと引っ込み思案になっている。


 ミュウは役に立とうという気概があるし、作戦を軽視しているつもりはない。


 三人の溝が徐々に深まろうとしていたその時、〔アル・スカイ〕の鋭敏なセンサが何かを捕捉した。電子音が鳴り、三人に緊張の色が浮かぶ。


 即座に勇子(ユウコ)が対応する。


「月の方から漂流物? 小惑星帯(アステロイドベルト)を抜けて一つ……」


 それを受けて、(サクラ)は双子月の合間に流れる小惑星帯(アステロイドベルト)を拡大表示する。ズームアップを重ねて、さらに解析処理。


 太陽を背にしているお蔭でその正体はすぐにわかった。


 太陽光を反射して、キラリッと外装が瞬いた。


 あの未確認勢力の母艦だ。鏡面をしたひし形の飛行物体が高速で〔アル・スカイ〕へと近づいている。


「画像、送ります」

「あのひし形のっ。こちらに来るのか?」

「予測ですと、そうなります。しかし、まさかこの機体を狙って来たの?」


 勇子(ユウコ)は未確認勢力が降下作戦の動きにいち早く気づいて対応したのか、確証が持てなかった。細心の注意を払って『ノア』内部の目をくらましたというのに、タイミングが最悪だ。


 それに相手の予測進路は『ノア』へと向かうものとも取れる。たまたま時を同じくしただけなのか。


 動揺する勇子(ユウコ)に対して、(サクラ)は敵影を見据えてふっと肩の力を抜く。


「対処します」

「やれるのか?」


 ミュウは口にしながらも、戦意を高めていた。故郷に被害を及ぼしかねない戦力ならば、ここで削るのも必要だ。それに〔アル・スカイ〕の実戦に慣れる機会とも考える。


 勇子(ユウコ)は渋い顔をして、イメージ映像の(サクラ)を見た。


「うまくすれば、回避もできないことはない」

「しかし、『ノア』に向かう可能性もあります」


 (サクラ)が自信なさ気に切り返す。


 仮に〔アル・スカイ〕に気付いていないとして、未確認勢力の母艦の針路を思えば『ノア』へと向かう可能性は考えられる。向こうの戦力は確かに拮抗しうるだろう。だが、襲撃時を思い返すとそれは懐に入られてからの話だ。


「わたしたちが出発するときに『ノア』の一部管制システムを麻痺させてしまいました。回復までまだ時間がかかるかと……」

「三時間以上たっているというのに、のんきだの」

「それが『ノア』のシステムなのです。暮らしている人たちはシステムが完璧だと信じていますから……」


 (サクラ)はミュウの言葉に誠実に答えて、勇子(ユウコ)の了承を待った。


 勇子(ユウコ)は顔を顰めながら、未確認勢力母艦の映ったウィンドーを横目に見た。(サクラ)の意見は確かに正しい。敵の侵入を容易にしてしまう一因を遠からず自分たちは作ってしまった。


 危機感に対して『ノア』は(サクラ)ほど鋭敏な反応はしない。彼女が宇宙での作業で身に着けた経験則や感触は迫るものがある。常に命がけで、自らの命を守るためにその五感を発揮していただろう。


 勇子(ユウコ)はその触覚が未成熟だから、時に(サクラ)の持つ感性に頼るほかなかった。


「…………わかった。しかし、コースから大きく外れないように」

「それは敵次第だ」


 ミュウは操縦桿を握り締めると、即座に狙撃体制へと移行する。


〔アル・スカイ〕が右脚部に懸架されているバリアス・ショットガンを手にする。ミュウの操作から発せられる信号を受けて、ショットガンは狙撃モードへと移行する。銃床(ストック)を展開し、銃身がスライドして長身になる。


「先制攻撃、お願いします」

「こちらに引き付ければ、オリノに迷惑は届かないっということか?」

「その通りでございます!」


 (サクラ)のはっきりした受け応えに、ミュウもすっきりした。


「導師様が言うなら————」

「敵予測ポイント、送ります。姫様、慎重にお願いします。殲滅が第一目標に非ず、です」

「よかろう」


 ミュウはバイザーを下げて、そこに投影される拡大画像と照準線を見比べる。


 勇子(ユウコ)もバイザーを下げて、諸元を入力する。


〔アル・スカイ〕は機体を起こすようにして姿勢を正すと、狙撃態勢に入った。両腕部で支え、銃床(ストック)を肩に当て安定をさせる。


 ミュウが左の操縦桿を少し握るとエネルギー出力が上昇する。右の操縦案にかかる指先を軽く動かせば、照準線が動く。


 誤差修正、仰角〇.〇三度。出力、八〇パーセントを維持。


「————っ」


 そして、照準線が未確認勢力母艦を捕捉すると右手の人差し指を思い切り引いた。


 ゴウッ!


 銃口からまばゆい光が迸り、収束率を高めたビームが一直線に敵艦影へ伸びた。


 その光を合図に、三人は呼吸の調子を合わせていく。

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