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スカイ・レコード  作者: 平田公義
第四章
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~跳舞~ 過ぎ去った時間に取り残された兵士たち

 シャントッド・コーディル含む総勢五〇〇人の過去の兵士が覚醒した。大隊規模の人数。そのうち半数、二個中隊が『ファルファーラ』へ下ることが決定した。シャントッドもその一人だ。


 武装部隊を動かすとなると、『ファルファーラ』の原住民たちからは侵略行為とみなされてしまうだろう。だが、彼らには大義名分があって堂々とこの大部隊を動かすことができた。


 未確認機による強襲によって、外交官たちを『ノア』で一時的に保護する立場となったからだ。もちろん、星に向けての通信連絡を踏まえて『ファルファーラ』の各国政府高官たちは了承してくれた。


 そこで『ノア』の元老院並びに外交特使が惑星の各国に持ちかけたのが、外交官の護送あるいは書簡を届けるというもの。もちろん、彼らの中にはそれをよく思わない政治家もいた。一枚岩ではない民主主義を掲げた国もあれば、王が君臨する立憲君主国家、政治体制が確立していない部族規模のものもあった。


 多種多様な国の在り方が交わらずに、閉鎖的になっている『ファルファーラ』にとって『ノア』の訪問は警戒を強めた。だが、同朋に対する親愛の念は強く、それが一国家、一部族、一民族の強い絆と社会を構成しており、渋々といった了解の返答がぽつぽつと来ていた。


 シャントッドが配属になったのは、惑星の北側に広がる平原にぽつりとある国から南下して南の島国まで計三か所の国をめぐる中隊だ。人数は一二〇名ほど。そのうち〔AW〕のパイロットが補欠を含めて四〇人ほど搭乗する予定だ。


「思った以上に戦艦のシステムが簡略化されている。人手はいらないということ、か」


 彼は部隊の懇親会の席で一折挨拶を終えて、隅っこで端末片手に資料に目を通していた。


 酒の酔いも回って、会場はどんちゃん騒ぎ。目を覚ました古兵は冷凍睡眠(れいとうすいみん)の時期が違ったりもして、実年齢のほどは知れない。だからか、上下関係がなく無礼講の風体である。その中には運よく同じ年代の戦友と顔を合わせていたり、中には子孫に会ってきたと声高にいう兵士もいる。


 時代が流れて、共有する時間がズレてしまった者たちの宴。


 時間の止まっていた兵士にとって、現実の流れは少し厳しいものだった。この会場はそんな時の流れが乱流して妙なぶつかり合いがあって、均衡を保っている。


 シャントッドは赤らめた顔を片手で覆ってもみほぐす。外見は二十代前半の男にしては、少し年寄り臭い動作である。


 と、彼の方へ流れてくる一団がいた。


「おい、そこのっ」


 酔っぱらって勢いのついた怒声がシャントッドの頭に落っこちる。


 シャントッドは軽く頭を振って、顔を上げた。端末も畳んで、ポケットにねじ込んだ。


「どちらさんで?」

「ああっ! 舐めてんのか、お前!」


 シャントッドの目を凝らして、その人物を見た。


 まず目に飛び込んできたのは、礼服のボタンが窮屈そうだということ。ボールのように丸い腹を覆っているのが次に更新される。恰幅のいい男であった。決してたるんでいるというわけではなく、体つきの方は力強い印象が持てる。顔の方に目を向けると、一変してふっくらして肉まんのような顔をしている。


 彼に連れ添った二名もそれより一回り小さい感じの男たちだった。


 悪酔いしているのか、顔は真っ赤で瞳も淀んでいる。


「第九八七航行コロニーのゲーセラック・ガラックだ。忘れてんじゃねぇぞ」

「すまない。少し酔いがひどくて、抜けていた。わかった。もう、覚えた。ゲーセラック」


 シャントッドは右手を突き出して、近寄ってくる彼を制した。左手はこめかみを押さえて、ぼうっとする脳髄を刺激する。この男に挨拶をしただろう記憶を手繰り寄せようと眉間にしわがよる。


 男、ゲーセラックは青筋を立てて、シャントッドを見下ろす。


「ふてぶてしい野郎だ。俺がどういう人間か知らないのか?」

「初対面だ。教えてもらえると助かる」


 シャントッドは記憶にないことを認めると真摯に言って、ゲーセラックを見上げる。


 ゲーセラックについていた男二人が前に出て、シャントッドの左右につくとふてぶてしく肩に腕を乗せてきた。ずっしりと肩が重くなるのに、シャントッドも鋭い目つきを向ける。


「お前、出身は第〇六七航行コロニーだったんだろう?」

「大乱期に崩落したコロニーだ。覚えてるだろう? そして、その敗残兵の受け入れ先はどこだった?」


 饒舌な二人の口から出てくる酒気にシャントッドは目元を引くつかせる。


 得意げに話す彼らの態度を見て、大体の予測はついた。しかし、シャントッド・コーディルが直接彼らと会うのは今回が初めてなのは変わりない。


 ゲーセラックが一歩前に踏み出した。


「ま、そういうことだ。少しは敬ったらどうだ? 俺らの先祖に貸しがあるだろう」

「お前らだってここにいる。いまさら、そんな過去を持ち出されても俺には関係ないね」


 シャントッドは立ち上がって、左右の男を突き放す。


 酒の勢いで彼らが過去話を持ち込んでいると思いたい。でばければ、彼の故郷に対する想いを踏みにじっていると考えてしまうからだ。受け入れをしたコロニーと言えば、それは戦勝国だから。


 シャントッドはゲーセラックの横間を過ぎようとして、頭から静かに言葉が降りかかる。


「所詮は敗残兵。勝った相手を嫉む。ま、クソ溜めみたいなコロニーの育ちじゃぁ、悪いのは当然か。戦争を仕掛けておいてよ」


 シャントッドは足を止めて、あふれ出てくる激情を抑える。


 目を伏せて、ゲーセラックを視界から外す。今彼を視界に入れたら、確実に固く握りしめた拳を奮ってしまう。


「撤回しろ。それに、間違えるな」


 ゲーセラックは疑問そうに眉毛を上げて、シャントッドに視線を下げる。真っ赤に紅潮した頬は酒気が高まっている証拠。しかし、彼の思考ルーチンはとにかく多くの人間を服従させたいという欲に満ちたものだった。それが性根だ。


 恰幅のいい体を反転させて、シャントッドを正面に捉える。


「俺の故郷は戦争に巻き込まれた。食糧プラントを守ろうと、みんなを————守ろうとしただけだ」


 震える声には怒りがあって、悔しさがあった。


「もう一度言う。撤回しろ。今なら酒の席だと割り切ってやる」


 シャントッドの譲歩はこれが限界だった。


 歴史が戦勝国に改ざんされて辱められていようとも、それをこの場に持ち込んではならないと強く言い聞かせる。目前に控えた作戦を考えると、チームワークを乱すわけにはいかない。昨日今日結成した部隊だからこそ、慎重でいられる。


 それに過去の景色が戻ってこないのは、経過してしまった途方もない時間が物語っている。


 が、ゲーセラックは意地の悪い笑みを浮かべる。


「嫌だね。負け犬の言うことに興味はないよ。俺だって、末期には何十機ものアーム・ウェアを落としたエースだ。撃墜王さ。経験が違うんだよ、若造」


 瞬間、その饒舌な舌を噛み千切らんばかりにゲーセラックの顎が閉じた。


 シャントッドの渾身のアッパーが彼の顎を直撃したのだ。どんちゃん騒ぎをしていた周囲の連中が上向きに倒れる巨漢を目撃して唖然とした。


 シャントッドはその肥えた体を睨みつける。


「エース? 経験? 撃墜王?」


 面白くもない話だ。鼻で笑って、一蹴する。


 口から血を流すゲーセラックは取り巻きに体を起こしてもらいながら、憤怒の形相でシャントッドの顔を見た。


「ちょいと悪酔いしたみたいだ」


 シャントッドの不敵な笑みとゆらりと近づく足運びに周囲が息を飲んだ。


 取り巻たちがぽかんと口を開けて、ゲーセラックは口の中を血を吐き捨てる。震える足で立ち上がる。


「酔い醒ましに付き合えや!」


 シャントッドの咆哮とともに右ストレートがゲーセラックの顔面にヒット。


 ゲーセラックの体が風船のように飛んで、背後のテーブルに落ちた。食器が崩れ落ちる音、割れる音、木のテーブルが乾いた音を立てて真っ二つに割れた。


 そして、それに負けない周囲の歓声と指笛がシャントッドをはやし立てる。


「喧嘩だぜ、おい! いいねぇ」

「面白い余興をやんじゃんよぉ」

「どっちに賭ける?」

「断然、先制攻撃した奴」

「負けてんじゃぇぞ、デブ」


 男たちの熱気に当てられて、ゲーセラックが顔に被ったスープの汁を払い落として立ち上がる。


 それはもう鬼の形相。闘気を発して、俄然やる気を見せている。


 周りは賭博気分で二人の勝敗を予想し、殴り合いを始める二人を観戦する。


 酒気を帯びている両者の拳は面白いよう入る。蹴りが炸裂し、顔面への強打が観客たちを沸かせた。シャントッドもゲーセラックも苦痛の表情を浮かべるのは一瞬で、すぐに腫れ上がった顔で相手に拳を奮う。


 久々に見るシャバのどつきあいは、男たちの熱狂へと昇華していい気分転換になっていった。


 酒で過去のことをごまかすよりも、スカッと殴り合いを見ている方が興奮するのだ。


 部隊が一体となる空気と熱気はいい親睦になって、シャントッドはとにかく目の前の薄汚い男をぶん殴れることの快感を覚えていた。


 殴られたら、殴り返す。原始的で、野性味のあるやり方は文明の力を忘れた生き物本来の力があった。今の観葉植物のように生きる『ノア』の人々以上に過激で刺激的な力の爆発がある。


 宴は盛り上がり、彼らは当面の不安を紛らわすことができたのは言うまでもない。


 未知の惑星に降りることも、過ぎ去った時間のことも、待遇も、政治も、思想も関係ない。この瞬間に感じる荒々しい呼吸が生きている証なのだから。

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