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スカイ・レコード  作者: 平田公義
第四章
28/118

~跳舞~ 揺らいで決心

〔アル・スカイ〕の格納庫では、次々と物資が運び込まれて忙しなく作業機械たちが動き回っていた。


 カニを模した作業機械たちは集団となって、食料から衣類、サバイバルキットなどを〔アル・スカイ〕の腰部に設けたマルチ・パーパス・コンテナに積み込んでいた。平たく言えば、大きめのウェストポーチのようなものだ。


 (サクラ)は作業機械の動きを監視しつつ、積み込まれていく物資の確認をしていた。


「だいたい積み込みは終わりましたね。実弾の方もサイドに収納ですか……」


 端末に表示されている〔アル・スカイ〕のステータスは二度の戦闘によって改良がくわえられていた。各部アクチュエーターの調整、人工筋肉の取り替え、センサ系統とOSとの連動ソフトウェアのバージョンアップ、武装の整備、補填が施されている。


 もともとビーム兵器主体である〔アル・スカイ〕だが、バリアス・ショットガンには実弾を装填する機能があり、そのための弾丸、実包がサイド・アーマー内部に装填されている。仮にビーム兵器を無効にする敵が現れても、仕留めらる様にとオリノが用意させたのだ。


 (サクラ)はそうした戦うための兵装を見るたびに、自分たちが戦場に行くのだと感じてしまう。


 未確認勢力を掃討して、『ファルファーラ』の均衡を取り戻し、その上で『ノア』との協定を結ぶ懸け橋となる。


 そのために武器を取る。虚しい考えだと思うのは、自身が未熟ゆえだろうか。


「だけど、わたしは決めたのです。前に進むと」


 未確認勢力との遭遇は(サクラ)の心に深く突き刺さるものがあった。


 これまでとは違う圧倒的なまでの恐怖と絶望、狡猾さを持った相手を野放しにていては『ノア』も『ファルファーラ』も死滅してしまう。


 いや、そんな大それたほどの理由ではない。


 もっと身近にある、彼女の中の良心が叫ぶのだ。自分を認めてくれる人たちを失いたくない。そして、自由に生きていきたい。


 (サクラ)は一人胸の内が熱くなるのを感じて、ぎゅっと握り拳を作った。


「ちょっとぉ? これはどうなっておるのだ?」


 と、頭上からミュウの苛立った声が降り注いだ。


 立駐する〔アル・スカイ〕の胸部に差し掛かるキャットウォークからミュウが上体を出して、見下ろしているのが見える。


 眩しい照明に目を細めつつ、(サクラ)がその方向を凝視する。


「どうかなさいましたか?」

「うんともすんとも動かなんだぞ! どういうことか?」


 (サクラ)が小首をかしげて、待ってくださいと返す。それから壁際のリフトまで小走りに移動し、上層部へと向かう。


 到着して、(サクラ)はミュウのもとへ急いだ。


「動かない、というのは?」


 ミュウは自身の前に立った(サクラ)を睨んで、ふくれっ面になりながら操縦席の方を指した。ハッチは開放されており、内部は真っ暗で何も見えない。


「先ほどまでは動いていたのだ。なのに、急に動かなくなったのだ」

「はぁ、少し見てみます」


 (サクラ)は自信なく言うと、端末をミュウに預けて操縦席へと体を潜り込ませる。ハッチから差し込む光を頼りに、まずシート内の照明をつける。コンソールのスイッチや後部についているライトが点灯。細かい部分も見えるようになった。


「どうだ?」

「まだ何とも……。けど、問題はないと思います」


 背後で声をかけるミュウに(サクラ)は背もたれを倒して、裏に隠れているカバーを外した。電装系が密集した配線や基盤があり、ユニット上の基盤を抜いて損傷がないか確かめる。


 ミュウは(サクラ)の手際を見守りつつ、ハッチのヘリに飛び乗った。


「なぁ、(サクラ)よ」

「はい?」


 ミュウの柔らかい声音に(サクラ)は淡々と返した。


「わらわたちの故郷に来るのを、どう思う?」

「どう、と申されましても。わたしはできることをするだけです」


 (サクラ)は迷いなく意思表示ができて、少し安心した。しっかりした意志があると自覚する


「できることだと?」

「はい。この〔アル・スカイ〕を使ってできることすべてです。もちろん、ミュウ様や勇子(ユウコ)様のお力添えあってこそなのですが」

「未知の土地に踏み込むことに、何も感じないと?」

「それは————」


 ミュウの質問の意図はわからなかった。


 ただ、(サクラ)は未見の風土に馴染むとか、知らない文化を学ぶという好奇心的思考を持たなかった。『ノア』での生活習慣とさして変わらない、という潜在的な偏見があるのだ。


 ミュウは言葉を詰まらせる(サクラ)に言う。


「わらわの故郷だけではないのだぞ? 他の種族の風習というものを感受できなければ、わらわたちがこれを用いて降りる意味がない」


 ミュウの意見は的確だった。


 相互理解のない交流など空虚で、無意味な行為だ。


 (サクラ)たちは戦闘能力の高い機体を手にしてはいる。それゆえに『ファルファーラ』に暮らす種族が彼女らを外敵とみなす可能性もある。


 その時、頼りになるのは気の持ちようなのだ。好奇心と寛容さを兼ね備えていなければ、とてもではないが異文化を繋げるなどできはしない。機械で果たせないものは、自身の手で勝ち取らなければならない。


「導師という人をやるのですよね……」

「ええ。(サクラ)の容姿はまさに伝承の通りだからな」


 ミュウは淡々と言った。


 (サクラ)は古の英雄像を演じなければならないことに抵抗感がある。人を騙すに気乗りしないのもあるが、それ以上に尊大な英雄がどんなものなのか全く想像がつかない。だが、これをきっかけに来て信頼関係を築いていくことに心構えはまだできていない。


 (サクラ)は基盤に異常がないのを確認し、カバーを戻す。


「やっぱり、わたしでは役不足なのでしょうか?」

「そうならないためにわらわと勇子(ユウコ)が援助する。だから、(サクラ)


 (サクラ)が背もたれを戻して振り返ると、そこにはミュウの優しい笑みがあった。気品のある微笑は清々しく、(サクラ)の中にあるもやもやしたものを浄化するような神々しさがあった。


「あなたには——、あなたたちには、わらわたちの星を存分に楽しんでほしい。いろんなことに感動してほしい。素晴らしい豊かな星である、と知ってほしいのだ」


 それは承知しております、と(サクラ)は言いかけて口を閉じた。


 ミュウが言っているのは、文面をなぞっただけの平べったい記録ではないはずだ。


 五感を持って経験してきたことすべて。心を豊かにする森羅万象の理を感じろという生き物の本懐である。


「わらわもここにきて、よい文化を知ることができた。だから——」

「そのお気持ち、わたしにはまだ少しわかりません」


 (サクラ)ははっきりとミュウに告げる。


 彼女に期待されるのが怖かったし、目的を達するために、楽しいという感情を持つのは矛盾していると思う。しかし、内包しているミュウたちへの想いがどこかそれに近しいものだと知っていた。


「だから、少しずつ考えていこうと思います」

「そうか……。いや、わらわが性急だった。(サクラ)(サクラ)のペースがあるようだからな」


 ミュウは自分に言い聞かせるようにつぶやいた。それから、ふと思い出したように人差し指を頬に当てて尋ねる。


「そういえば、(サクラ)という名前。どういう意味があるのだ?」

「意味、ですか?」


 急な話題の転換に(サクラ)は一瞬戸惑った。


 ミュウはなにくわぬ顔で肩越しに赤い瞳を向ける少女と視線を合わせる。


「己の名前であろうに。願いや(まじな)い、継承と色々その名をつけられた理由があろう?」

「由来、ということですか?」

「そう。その由来というやつだ」


 ミュウの思い出したような口ぶりを耳にしながら、(サクラ)は体の向きを変えてシートに腰かけると、コンソールを操作する。モニタの一部に起動画面が表示されて、バックアップフォルダの更新を行う。


「どうなのだ?」


 急かすミュウに、(サクラ)は思案顔を浮かべながら口を開く。


「この名前は、花の名前だったと思います。桜という樹で、春に桃色の小さな花を咲かせて花弁を散らすそうです」

「なるほど、それは綺麗なのか?」

「わかりません。資料の画像でしか、見たことありませんから」


 (サクラ)は今まで自分の名前の由来になった樹について考えたことがなかった。両親がなぜこの名前を自分につけたのかわからなかったし、その理由を知る術はもうない。深く考える必要はなかった。


 しかし、ミュウは目を伏せてすまなそうに顎を引いた。


「それは悲しかろう」

「どうして、ですか? わたしは別に悲しくありません」


 ミュウの反応に(サクラ)は一度手を止めて、憐れみを向ける彼女と向き合いたくなった。それよりは向き合わなければならない、という意思が強かった。


「名とはこの世に生を受け、己の存在を示す重要なもの。例え、同じ言葉であろうとも、その名に込められた父や母の願いは本物だ。初めて我が子に送る大切な贈り物として、祖国ではみな名前に誇りを持っておる」

「誇り……」

「ただの記号ではない、ということだ」


 ミュウはそれ以上思案する材料を口にしなかった。


 (サクラ)はメガネのブリッジを上げて、彼女から目を離すと作業を再開する。ミュウの国では名前に誇りを持つ風習があるのだろう。だが、(サクラ)にはこの名に対する思いはなかった。


 あるいは、桜という樹に実感が持てないから無味乾燥な感触しかないのかもしれない。


 そう思うと、(サクラ)の中でポット何かが芽吹く。


「ミュウ様。その、桜の樹は『ファルファーラ』にございましょうか?」

「わからない。桜の樹がどんな形をしているのか、資料を見んことにはなんとも。話だけではわらわの祖国にはないなだろう……」


 ミュウの弱った声に、(サクラ)はわかりましたと返事する。


 その心中では『ファルファーラ』に自分の居場所がないような錯覚が渦巻いていた。自分と同じ名前の樹が存在しない星。いささか感傷的になっている。そう思うと余計、資料で見た桃色の花びらが頭の中で散っていく。


 消えていく、虚しい花。それが(サクラ)の抱く印象だ。


 すると、ミュウは閃いたように目を見開いて、嬉々として操縦席へと飛び込んだ。


「そうだ。ならば、(サクラ)!」

「は、はい!?」


 シートの前面に立って、顔をずいと近づけてくるミュウに(サクラ)はどぎまぎした。目いっぱい体を引きつつ、鼻をくすぐる甘いミュウの香りに頭がふらふらしてくる。


「桜の樹を探すというのはどうか?」

「どうかって、どういうことですか?」

「名前と同じ樹を探す。実に(サクラ)にピッタリではないか」

「はぁ……、左様で」


 (サクラ)は気が抜けた声で言った。


 ミュウは満足げに身体を引くと、誠実な眼差しで(サクラ)の瞳を見つめる。甘くとろける様な、素敵なものを見つけた子供のような無邪気さが溢れている。


「きっとあなたのご両親が、その樹を気に入って(サクラ)と名付けたに違いない。そこには何か、感じるものがあったはずだ。いや、あったとも! でなければ、(サクラ)がこうも立派に育つものだろうか?」


 興奮したようにぎゅっと預かっている端末を胸に抱きしめるミュウ。そこには絵にかいたような夢見るお姫様がいて、現実と向かう堅苦しいミュウ・ミュレーヌ・レルカントの姿はなかった。


 (サクラ)はその姿にあ、とため息のような感嘆をこぼした。彼女の感受性の豊かさ、繊細さは『ノア』の閉塞的で堅苦しい環境では身につけられない。開放的で自由奔放な姿。


 桜という樹がどんなものなのか。


 自分の名前にどんな願いが込められているのか。


 その答えは直にそれと遭遇したときわかるだろう、と(マサキ)はそんなインスピレーションを受ける。でなければ、彼女の体が打ち震えて、目頭が熱くなる理由が見つからない。


 と、ミュウが優しく言う。


「見つけようではないか。そういう目的があっても、よいことだ。勇子(ユウコ)だってそれくらいのことは許してくれるだろうとも」


 (サクラ)は目元に溜まった涙を指先で払って頷いた。


 それから、最後のコンソールボタンを押してモニタを復活させる。プロセッサーの駆動音が鳴り響き、ウィンドー表示が起動プログラムの羅列を流しだす。


「再起動できました。あとは、マニュアル通りにすれば、問題ありません」

「手間をかけたな」


 いいえ、と(サクラ)はミュウと入れ替わるようにして、ハッチの外へと出て行く。


 そして、ミュウが端末を返しながら言う。


「最後に一つよいか?」

「なんでございましょう?」


 (サクラ)は誠実に問うた。


 シートに座るミュウは長い髪を後ろに送って、コンソールパネルを操作する。ぎこちないながらも、一通りの操作は覚えているようだった。


「わらわたちの星を救ってくれる理由はなんだ? 桜の樹探しなど考えておらんかったからな」

「あまり深く考えたことはありません」


 (サクラ)は深く考えずに言った。


「人を助けるのに理由は必要ないと思いますから」


 まっすぐな(サクラ)・マホロバの意志。飾らない本当の心。色々と複雑に考えていた。いや、単純な答えをそれらしい羅列で埋め尽くして格好ばかり良くしようとしていた。まるでそれが正しいかのように。


 だが、今ははっきりと自分の心を向きあって、単純明快で素直な気持ちを打ち明けられたと実感している。


 ミュウはしばたたかせたが、得心したように目を伏せた。


「なるほど。ならば、心配の余地はなし。行っていい」


 (サクラ)はその照れた声に言及はしなかった。


 ミュウの満足げな表情。昔に見たような気がしてしかたない。大切な人の一番大好きな顔だった気がする。


 (サクラ)は思い出にふけるのもほどほどに準備作業に戻った。


『ファルファーラ』へ向かうことが、自分の存在定義を探すことになると小さな予感を胸に抱いて。

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