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スカイ・レコード  作者: 平田公義
第四章
27/118

~跳舞~ 少女たちの模様

 町の様子は相変わらず、落ち着いた雰囲気のに満たされていた。


『ノア』の動向は依然として『ファルファーラ』に対して静観状態。しかし、シャトル襲撃事件があってからは転向の兆しがあった。故郷へ帰るはずだった外交官たちがコロニーに保護されているという口実は、本土で彼らを待つ種族たちにも通達されている。


 それを『ノア』の元老院が付け入るチャンスだと考えている。送り届けるという契約以外にも、彼らを守ったという実績を叩き付ければ、調査の派遣も難しくはない。うまくすれば、特権階級のものだけは移住できる可能性もあった。


 だが、駆け引きには波がある。今強気に出るのは早いだろう。


 もう少し、『ファルファーラ』の諸問題が激化して、浮き彫りになった頃合を狙えば〔AW〕の降下作戦も正当化される。武力を扱うには、それなりに事実を要するのだ。相手が同じ思考レベルであるならなおさら、論理や事実関係を重要視する。


 宇宙で遭遇した未確認機体がいる限りは、『ノア』にも好都合な状況が出てくる。襲撃に対してもすでに対抗策は打算してあり、あとは外交官を送る手はずを整えるだけ。


 そのような情報、思考概念が元老院の内部で画策しているのをオリノ・ロンナスは把握している。彼女にかかれば、厳重なデータバンクだろうとクラウドネットに沈没した情報のサルベージもお手の物だ。唯一できないのは失ったデータの復元くらいだ。


「元老院のやることは逐一卑屈だ。まぁ、こちらもそのおかげで準備ができるのだが————」


 革張りの椅子にもたれながら、ふと外の方を眺める。


 どんよりとした分厚い雲の塊が浮遊し、灰色模様を呈していた。


 気象プログラムの設定で一日中曇りの予定。管理されているとはいえ、天候の移り変わりを肌で感じなければ、人間落ち着かないのだ。どんよりする気持ちの重みや、個人の予定を狂わされることを知らなければ、心身ともに耐性がつかない。


 オリノは深く息を吐き出して、手先に長い髪をからめて弄ぶ。


「状況は芳しくないかね」


 彼女が不安そうに言っていると、事務所のドアが開かれた。


「はぁ、買い物も疲れる」


 一番に顔を見せた勇子(ユウコ)星許ほしもとは両腕で抱える紙袋の重さに辟易して、肩を下げる。そのあとに(サクラ)・マホロバが続く。彼女もまた買い物袋を抱えて、顔を顰めている。


 オリノはその方に目を向けながら、モノクルの位置を直す。


「ご苦労。注文通りか?」

「ええ、まぁ……」


 勇子(ユウコ)は不機嫌な顔をして、買い物袋をテーブルに置いた。サングラスに隠れた青い瞳を細めて、唇を尖らせる。


 (サクラ)勇子(ユウコ)に続いて買い物袋をテーブルに置く。それからおずおずとオリノに視線を向けて、帽子を取った。隠していた白い髪が下りて、ふわりと波打つ。


「あの、ミュウ様はどちらに……。一応、採寸を確認しませんと」

「そのうち上がってくるさ。受け取りの方、大丈夫だったか?」

「はい。ご本人が多忙ですので、と伝えましたら店員様は快く渡してくださいました」


 (サクラ)がハキハキと報告する。


 オリノはご苦労と再び言って、一息ついた。


 (サクラ)たちはミュウ・ミュレーヌ・レルカントの服を受け取りに行っていた。


 『ノア』では衣類を直接店に出向いて選ばなくても、注文を取れるシステムがある。いわゆるホログラムによる試着装置。人ひとり分を覆うホログラム設備、インターネット環境と身体情報が揃っていれば、試着したい服のホログラムを身体に重ねて合わせることができる。バーチャルでもその精度は高く、出不精な人には好評なシステムだ。


 身体情報については、血液型やアレルギー、スリーサイズなどについて記録、更新されるインプラントチップによって随時確認が取れる。『ノア』ではこのインプラント技術は普及しており、特に冷凍睡眠(コールドスリープ)などの関係で身体のデータを即時解析できるようにしている。


 しかし、ミュウにインプラントチップはない。かといって、直接店に顔を出すのも危険。


 彼女はシャトル襲撃時に錯乱して宇宙に飛び出した、ということになっている。死亡同然の報道がなされたが、それは表向きな発表で裏では諜報機関によってミュウの捜索が行われている。彼女の身柄はもちろんだが、〔アル・スカイ〕に拉致されたと元老院ならびに諜報機関、軍隊は考えている。〔アル・スカイ〕の居場所を特定したいという欲もあるのだ。


 だから、オリノが急場しのぎに彼女の体をスキャンして、体型の近い人物のアカウントを引っこ抜いてきて流用したのである。もちろん代金はオリノが負担したのだが、詐欺行為並びにプライバシーの侵害をしていることに変わりはない。


 その一点を勇子(ユウコ)は快く思っていない。


「それはそうと、所長は一体何者なんですか? 個人情報にまで手を出せるだなんて」

「その界隈に詳しいだけ。まだ、こういうこと毛嫌いしてる?」

「慣れないだけです。これで終わりにしてくださいよ」

「これで終わりさ。あとは、発注した部品と物資の積み込みと、君たちの送り出しだけだ」


 オリノが彼女たちに向き直って、軽く指先を合わせる。


 と、事務所の端にある古びたロッカーが横へ流れて、隠しエレベーターが姿を現す。


 扉が開くと、げっそりと肩を落とすミュウがいた。上下つながりの作業着は少し野暮ったく見える。


「ミュウ様、御召し物をお持ちいたしました。それで、採寸を——」

「わかった。だが、疲れた。あとにしてくれ」


 ミュウは気怠そうに(サクラ)の言葉を遮って、ソファーに歩み寄る。それから、勇子(ユウコ)が座る対面側へと仰向けに倒れ込んだ。深々と息を吐いては、額を押さえて唸っている。


「お疲れだな?」


 オリノが飄々と言った。


「機体に慣れろと言ったのはあなただ」


 ミュウが返す。手の甲を少し上げて、恨めし気な視線を彼女に浴びせる。


 今の今まで、彼女は〔アル・スカイ〕の射撃訓練を積んでいた。〔アル・スカイ〕には機体が持つ戦闘データからシュミレーションができる機能が備わっている。当然、そのプログラムには反復学習の面もあってミュウのクセを取り込むためでもある。


 しかし、ミュウは一、二時間没頭して、目がちかちかと痛み、頭痛と胃痛に見舞われてしまった。


 オリノは呆れ気味に肩をすくめる。


「休憩は入れろ。訓練は一日、三〇分までだ。体が持たないぞ」

「わかっているが、そうのんきにしてはおれん。国が心配だ……」


 最後の方は口の中でつぶやいて、ミュウは天井の照明に目を細める。


 一応、死亡扱いになっている。その知らせは彼女が暮らすレルカント領にも通達されているはずだ。誰かが悲しんでいるとは思わない。だが、時が経つにつれて自身の存在が薄らいで、忘れ去られてしまうのが怖い。


 (サクラ)はミュウのそばによって、屈みこむと彼女の顔を覗き込んだ。


「頭痛薬をお持ちいたしましょうか?」

「いや、そこまでではない。感謝する」


 そういって、ミュウは気怠い体を起こす。


 リーダーらしからぬ純白の少女は心配そうに見つめて、ゆっくりと距離を開ける。


 向かいに座る勇子(ユウコ)は瞳を伏せて滔々と語る。


「姫様の意見はもっとも。こちらものんきにしてはいられない。降下作戦は早い方がいい」


 彼女の意志は固い。逸る気持ちが抑えられず、すぐにでも『ファルファーラ』へ行きたいと思う。『ノア』の閉塞的なシステムを開放し、『ファルファーラ』に平穏と共生を求めるためにも、じっとしていられない。


 オリノも思案顔になって、膝元に手を落とす。


「まぁ、キミたちの学習も進んでるし、元老院内部も色々と立て込んでいる……。出るなら、早い方がいいのかもしれないな」


 元老院の監視の目は厳重になっている。しかし、それはあくまで事前に察知する機能ではない。事後処理に長けた神経の使い方である。


 長時間かけて疲弊させるのも手のうちだが、いかんせん未確認勢力の動向がわからない。『ファルファーラ』の侵攻が進み過ぎては、協力体制をくみ上げるどころか泥沼化の戦乱を呼び込みかねない。


 だから、〔アル・スカイ〕の出撃をある意味では『ノア』は待っている。


 傍若無人な巨人が出現することで、彼らの立場を獲得する。すなわち、〔アル・スカイ〕を言い訳に積極的な軍事行動をとる考えがあってもおかしくないのだ。


 外交官たちが知識人であったから、彼らにも自尊心や愛国心を持ち、論理的なやり方も取れるのだ。


「…………」


 (サクラ)だけはこの場にある勢いには乗り切れず、困った表情を浮かべていた。


 それにいち早く気づくのが勇子(ユウコ)である。


「何か不安でもあるの、(サクラ)?」

「あの、いえ……」


 (サクラ)の歯切れの悪い言葉に、ミュウが口を尖らせる。


「はっきりしろ。うじうじと面倒だ」

「申し訳ございません」


 肩をすぼめる(サクラ)


 不安な気持ちがあるのは間違いない。だが、それを論証しろと言われるとどうにも表現しがたい。直感的、感覚的なもので確たる論理もないのだ。ミュウと勇子(ユウコ)の様子、雰囲気の圧迫感からの怯えである。


 オリノは(サクラ)の様子をじっくりと舐めるように観察しつつ、口を開いた。


「そういうなら、まぁ動向を探っておこう。〔アル・スカイ〕にも慣れてもらわないとな」

「所長は(サクラ)に甘いです」


 勇子(ユウコ)が鋭い視線を向けた。


 ミュウも敵意のある眼光をオリノに放っている。


「だって、現場の指揮者。ついでに言えば、星の英雄をしてもらう子なんだから」

「なんとも、頼りない感じはするがな」


 オリノの責任転嫁な発言に対して、ミュウはため息交じりに感想を述べる。


 (サクラ)のスイッチのオン・オフは極端で、普段の弱腰のままでは確実に失敗するだろう。〔アル・スカイ〕を操縦している時の思い切りの良さと即決力、何より力強く訴えかける力がほしいところだ。


 期待の目を向けられた(サクラ)当人は、あうあうと口をまごつかせて困り果てる。


 その心中では準備を進めなければならない、と頑なな意思があった。『ファルファーラ』への降下軌道の算出や『ノア』の警戒網をどう掻い潜るのか、考えなければならないことが山ほどある。


 そういう意見が言えずに、勇子(ユウコ)とミュウの気迫に押されて発言する機会を先送りにしてしまう。


 すると、ミュウは上体を起こして髪を掻き揚げる。そして、テーブルに置かれている買い物袋に目が留まった。


「なにこれ?」

「あ、御召し物です」

「あぁ……。そういえば、そんなこと言ってたわね」


 ミュウがおもむろに買い物袋を引き寄せて、中に入っている超圧縮された服を手に取る。圧縮された服は薄く、平べったい板のようになっている。それだけで、五着ほどまとめられているとは夢にも思わないだろう。


 しげしげと観察するミュウに(サクラ)が開封の説明をする。


 対して、勇子(ユウコ)は立ち上がって間借りしている部屋へと歩いていく。その足取りはきびきびとして、苛立った足音をしている。


「どこへ行く?」


 オリノは一人立ち去っていく少女を呼び止める。


 勇子(ユウコ)は一瞬、(サクラ)とミュウを見たがすぐにオリノに視線を戻す。平静を装った顔だった。


「現地の言葉をしっかりとものにしたいのです。勉強してます。御用があったら、また呼んでください」

「熱心なこと……」


 オリノの粘りのある口調はうっとりとしているようで、どこか良くないなという注意らしいニュアンスがあった。


 勇子(ユウコ)は少し顎を引いて、部屋へと歩いていく。


 その背中にオリノの陽気な声が投げかけられる。


「面倒だとは思わないでくれよ。『アメーバにもわかる! ファルファーラ現地語、日常会話編』、作るの大変だったんだから」

「……ふざけた名前じゃない」


 勇子(ユウコ)は小声で不満を吐露する。しかし、学習教材としてはわかりやすい構成をした品物だ。短期間に単語はもちろん、慣用句や文章の組み立て方は把握できるようになっていた。発音にも気を使っており、現地人であるミュウも感嘆していた。口頭に特化する反面、筆記の習得率は低いが。


 彼女が去っていくと、続いて(サクラ)とミュウは開封した服が膨れ上がるのに驚きの声を上げた。まるでポップコーンのように弾けた衣類。綿のように膨らんで、本来の大きさになる。


 ミュウは衣類を抱きかかえるようにしながら、ほっと溜息をつく。


「凄い技術だ」

「さようでございますか?」


 (サクラ)は床に落ちてしまった衣類を抱え上げて、テーブルに置いた。


「さて、採寸を合わせるのを手伝ってくれ」


 ミュウはそういうなり、衣類をソファーに置くと立ち上がった。そして、すぐにもつなぎの作業着を脱ぎだそうとする。何の迷いもなく前のファスナーをお腹のあたりまで下ろした。


 (サクラ)が赤面してどうしようと慌てふためく。


 その様子を見かねてオリノが口をはさんだ。


「ここで服を脱ぐのはやめてくれ。仮にも仕事場だ。脱衣所でしてくれ」

「客など来ぬくせに」

「下請け企業よ、どうせ。けど、公私混同ってわけにはいかないでしょう?」

「こうし、こんど?」


 ミュウがファスナーから手を放して、眉根を寄せ、彼女言葉を反芻する。が、ミュウはアンダーを着ておらず、胸元を大胆に開いて膠着してしまう。珠のような肌や膨らんだ胸が露わになって、主張している。


 オリノは呆れるばかりだった。なぜ、シャツの一枚も来ていないのか、と思わず首を振ってしまう。


(サクラ)、連れて行きなさい」

「は、はい!」


 (サクラ)はようやっと緊張状態から脱したようで、ミュウの背中を力強く押して脱衣所へと連れて行く。ミュウは理解に苦しんだ顔をして、渋々脱衣所へと入った。


「このチーム、操縦者としての協調性はいいが、まだまだ遠慮がちというかなんというか」


 オリノは一人盛大にため息をついて、静かになった事務所を見渡した。


 三人の人間関係が未発達なのは、まだ生活して日が浅いが故だと思いたい。

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