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スカイ・レコード  作者: 平田公義
第三章
26/118

~結成~ パーティーの笑顔

 その日は事務所での結成記念パーティーが催された。


 ミュウ・ミュレーヌ・レルカントの勧誘に成功して、所長であるオリノは満足気である。


「えー。姫様誘拐作戦、成功を祝しまして盛大に楽しんでくれ」

「とはいっても、わたしたちももうヘトヘトです……」


 シャワーを浴びて、ラフな部屋着で戻ってきた勇子(ユウコ)は事務所の濃厚な臭いに頭がくらくらした。


 応接用のテーブルの上にはデリバリーされたピザやフライドチキン、サラダやジュースが並び、思わず口元を抑える。作戦が終わって、疲労困憊の体に脂ぎった食べ物は少し重たい。


「こら、祝いの席だろうに。わらわをここまで連れてきて、なんだ、その態度は?」

「姫様は元気そうですね。もう夜中の一〇時ですよ」


 同じくさっぱりしたミュウはソファーに憮然と座ると、タオルで髪を拭きながら料理の数々に目を輝かせる。


 パジャマ姿の彼女は堅苦しい礼儀作法や皇女である立場を忘れて、気分がよかった。ここでは一人の女の子であり、気品云々など価値をなさない。


「あなたたちとは活動時間が違う。食べてよいか?」

「どうぞ。そういえば、(サクラ)はどうした?」


 オリノは料理をミュウの方に寄せながら、勇子(ユウコ)たちが入ってきたドアの方を見た。そこには脱衣所があり、風呂場がある。客などめったに来ないオリノの事務所は、すでに彼女の私室に等しい扱いである。


 勇子(ユウコ)はソファーの背もたれに腰かけながら、青い瞳を脱衣所に向ける。


「あの子、姫様が散らかした服の整理してます」

「細かいことは気にするな。しかし、これはこれは……、んぅ」


 ミュウはにこやか笑顔を浮かべて、ピザの一切れを口に運ぶと幸せそうに頬を押さえる。口の中に広がる芳醇なチーズ同様にとろけてしまいそうだ。ピリッと舌を刺激するスパイスやソース、トッピングの歯ごたえと濃厚な味付けには文句のつけようがない。


 ふんわりした生地がそれらをまとめ上げて、最高の味わいを織りなす。


 ミュウの疲れ切っていた身体と心が穏やかになる。


 勇子(ユウコ)もそのおいしそうに食べる姫君を見て、生唾を飲むとソファーに腰かけて、フライドチキンに手を伸ばす。


 そして、一口。


「う、ん……。五臓六腑に染みわたるとはまさにっ」

「うまいのか?」

「ええ。久々に食べましたよ」


 ミュウの問いかけに勇子(ユウコ)は嬉々として答えた。


 脂ぎった、それでいたチキンの柔らかい食感と肉汁のうまさにほっとする。胸焼けが来るとわかっていても、このおいしさを前にしてはそんな後のことは考えれなかった。


 オリノは食欲旺盛な二人を見ながら、長い髪を掻き揚げる。


「これでそろった」


 その呟きは小さく、僅かな唇の震えだった。


 オリノ・ロンナスがどうしてこだわり続けたのか、少女たちは知る由もないだろう。〔アル・スカイ〕を一人で隠し通してきたわけを理由を知りたいと思うだろうか。


 オリノが〔アル・スカイ〕を誰の手にも委ねなかったのは、遠い昔の約束を守り通してきたからだ。期待を託した人たちの想いを守ってきた。


 そして、今この時、その者達の悲願は受け継がれる。


 信頼と勇気、何よりの優しさを持って立ち向かう女の子たちにめぐり合った。彼女たちにこそ、〔アル・スカイ〕の操縦者はふさわしい。


 楽しそうに笑いあう少女二人はそんな大それた継承があるとは考えもしないだろう。


 そして、もう一人の少女も。


「すみません。手間取りまして……」


 脱衣所から白髪の少女、(サクラ)・マホロバがとことこ事務所中央へ歩んでくる。少し紅潮した頬が白い肌と相まって目立ち、サクランボのようになっていた。


 彼女はメガネの位置を気にしながら、オリノに小さく会釈した。まだ、緊張しているのだ。


 オリノは腰に手を当てて、ため息を出す。本当に可愛げのある、と心中でつぶやく。


「いいよ、みんな勝手に始めてる」

「では、何をお手伝いいたしましょう? 配膳は、終わってるようで……」

「チーム結成パーティーだからな…………」


 純な瞳で見上げてくる小さな(サクラ)にオリノは意地の悪い笑みを浮かべる。


 雑用はいいから食事に入れ、と言ってしまってはおもしろくない。


 とにかく雑用根性が刷り込まれた、働いていないと落ち着かない性質なのだ。しかし、いつまでも下っ端をやっていては意味がない。


「では、チームの結束を深めるために訓示を一ついただこうか?」

「訓示、でございますか? そんな……っ」

「リーダーはキミだ。これから先、色々と経験していく。その前哨戦と思って、ほれ」


 オリノは(サクラ)の両肩を掴むと、ぐるりと一八〇度回頭させる。勇子(ユウコ)とミュウの方に向けた。


「ん? 何をする?」

「訓示ですよ。注意事項を言うんです。彼女、リーダーですから」

「ふむ。まぁ、聴こうではないか」


 二人は食べかけをお皿に一度おくと、訓示を述べるリーダーに注目する。


 (サクラ)は空いた口がふさがらず、まず何を言うべきか、そもそも、二人に偉そうなことを言っていいのかと思考が空回りする。〔アル・スカイ〕に乗っている時とは違って、今は面と向かって言わなければならない。


 後ろに目を向けても、オリノはやって見せろと真摯な瞳で訴えかけるだけ。


「あ、あの……」


 (サクラ)はオリノと勇子(ユウコ)たちを見比べる。


 逡巡の時間はしかし、両者の顔を二度見れば決心がついた。三人は誰も(サクラ)を嫌悪したり、疑ったりしていない。信頼を寄せている瞳が集まっていた。


 それはそれで気恥ずかしい気持ちがあったが、(サクラ)は短く息を吐く勇子(ユウコ)とミュウをまっすぐに見つめる。


「あの、頑張りましょうっ!」


 (サクラ)が声を張って、宣告する。


 しかし、勇子(ユウコ)もミュウもぽかんとして、ついていけなかった。


「それが訓示というのか?」

「音頭、ですね。どちらかというと……」


 二人の困惑した顔と、ぽかんとする(サクラ)の顔。


 オリノも思わず額に手を当てて、重そうに頭を振った。考えても見るべきだった。確かに、彼女は下働きを続けて〔AW〕の操縦技能や機械工学に強い側面を持っている。


 しかし、その分学業面がしっかりしていたという保証はなかった。


 (サクラ)が胸の前で手を組んで、様子を窺うように三人を見る。


「あの、わたし、間違っていましたか?」

「……ええ」


 オリノは呆れ気味に言った。


 それを聞いた(サクラ)が顔を真っ赤にして、今にも泣きそうな瞳を向ける。


「す、すみません」


 勇子(ユウコ)とミュウはそんな顔をされるものだから、二人そろって肩を落とす。それから、ソファーから立ち上がる。


 (サクラ)は半歩後退って、うるうると瞳が揺らめいた。以前の雇い主や同僚なら、ぶん殴られている。そういう扱いをされていたから、反射的に体を強張らせる。


「いいよ。間違ったって、わたしたちでフォローする」

「ま、そのうじうじした態度は直してもらわんとかなわんがな」


 勇子(ユウコ)とミュウは互いに目配せして、おかしそうに笑った。


 なんとも頼りないリーダーだ。だが、彼女は自分たちから目をそらさず、立場を超えて声を発した。今はそれだけで十分だ。


 元エリートの学生だとか、一国の姫様だとか、罪人の烙印を押された少女だとか関係ない。


 (サクラ)は二人の誇らしげな笑顔を見て息をのむ。


「これから忙しくなるのだからな。頑張ろう」

「シャトルのほとぼりが冷めるまでは、時間がありますけどね。気楽に、勉強でもして頑張ろうか」


 二人の手が(サクラ)の両手を掴む。


 (サクラ)はその手に引かれるまま、前に足を踏み出す。本当に小さな一歩。それだけで、三人の方が並んだ瞬間だった。


 オリノはその三人の後ろ姿を眺めて、安堵の表情を浮かべる。


 ようやくスタートラインに立った少女たち。


『ファルファーラ』で起きる問題を解決し、『ノア』との懸け橋になるやもしれない小さな英雄の卵たちはこれからどんなことを経験して、どんな未来を描いていくのか。


 オリノや彼女に機体を託した人たちの願いが成就する時は果たして……。


「ほらほら、今日は祝いの席だ。豪華料理が冷めるよ」

「そうだな。ほら、食べよう。腹が減っては戦はできぬ、とここでは言われているそうだからな」

「よく御存じで。けど、これ、デリバリーのものです」

「余ったら、明日に取っておきましょう。こんなに食べきれませんもの」


 (サクラ)の発言に、貧乏くさい、と他の面々が口をそろえる。それから、どっと笑いあった。


 一人だけ、(サクラ)は気恥ずかしそうにおろおろする。


 しかし、その中で確かに微かな幸せを感じて、彼女もまたつられて微笑んだ。

 もう一つの『レコード』の物語を読んでくださっている方はお察ししていると思います。


 ストックがありません。この後のお話が全くできていません。


 ですので、しばらく執筆に専念させていただきます。ご理解のほど、よろしくお願いします。


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