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スカイ・レコード  作者: 平田公義
第二章
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~勧誘~ 悩み多き姫

 外交官が宿泊するホテルは、いつの間にか迎賓館にすげ変わっていた。理由は単純明快に、宿泊予定だったホテルが空襲で消し飛んだからだ。


『ノア』の元老院たちも渋々といった様子で、ミュウたちを迎賓館に招き入れていた。そもそもこの建物はコロニー間での重鎮を迎えるための歴史的な建物で、外観は洋風建築の邸宅を思わせる。多くの政治家、元老院が宇宙を渡る船団の明日を決めていた。が、大乱期にもなれば美術品も同じ扱いで建物だけがぽつねんと残ってしまったのだ。


 そのため宿泊する機能も埃をかぶっていた。


「まったく、お風呂の文化が陳腐すぎる」


 ミュウは脱衣所で体を拭きながら悪態をつく。


 浴室は狭い上湯船は小さい。挙句の果ては付き人の一人もいない何ともせせこましい空間を風呂と言い張る。そして一番許せなかったのは、お湯が一滴もでなかったこと。


 給湯設備の故障だか何だか知れないが、苦労して蛇口から水が出てくるメカニズムを解明した彼女にとってそれは蛇の生殺しである。


「水しかないのは邪道だ……」


 そのため、シャワーで仕方なく頭から水をひっかぶって汗を流し、よくわかりもしない液体で髪や身体を洗った次第だ。泡立ちと垢すりは要領よく機能してくれたが、なぜか先ほどから体がひりひりする。ところどころ肌が赤くなっている気もする。真っ赤に日焼けしたような痛みが広がっていく。


 その痛みが体を拭くたびに走って、神経を逆なでする。


「なんなのだ。ここはっ」


 ミュウはまだ乾かしきっていない状態で脱衣所を出た。ぷりぷりと頬を膨らませて、がうぅと唸っている。彼女の民族では興奮したときの感動詞だ。「もうっ」というニュアンスに近いだろう。


 バスタオル一枚をかかえて、小振りなお尻を振って部屋を右往左往する。流れる雫は彼女の艶やかな姿態をなぞり、履物へとしみこむ。濡れた甘栗色の髪を前に流してはバスタオルで丁寧に拭く。


「寝間着もないの? がぅっ! どういう対応をしているのだ、元老院は! ハ、ハクシッ」


 ミュウはバスタオルを体に巻き付けながら鼻をすする。


 バスローブが用意されているも、彼女にはバスタオルの替え程度の認識しかなく存在を知らない。『ファルファーラ』にはバスローブという概念はなく、寝間着は薄着が主流である。


 ミュウはいまだひりひりする肌を摩りながら、カーテンで閉め切られた窓辺へと歩み寄る。豪奢なだけの部屋はどこか虚しく、故郷の自室を思い出して気持ちが悪い。


 カーテンを少し開けて外を眺める。


「これがここの夜か……」


 ミュウは表情を曇らせつつ、『ノア』の夜景を眺める。


 空襲があった後とも会って、明かりはまばらなものだった。しかし、徐々に目線を上げていくと正面に競り上がっていく地面やまるで星空のように輝く民家の明かりが不思議な感覚を覚えさせる。


 日光を取り込むガラス部分には閉じており、太陽の光を遮っていた。『ファルファーラ』と『ノア』の一日のサイクルは違う。『ファルファーラ』の三十二時間で一日というのに馴染むには難しく、ミラーを閉じて二十四時間体制を作り出すしかないのだ。


「星が降ってきそうだな」


 ミュウは一区切り見終えると、カーテンを戻してもう一度部屋を眺める。


 古びたドールハウスのような内装は見た目は豪奢でも使っているものは安っぽく見えて仕方ない。初夏らしい蒸し暑さがさらに引き立つ。


 ため息。


 どっと疲れが身体に伸し掛かって、頭が鉛のように重たく感じる。普段ならまだ起きている時間なのだが、疲労感と暗さに当てられてか眠気が押し寄せてくる。


「今日はいろいろあった……」


 そういってミュウは体をベッドに投げ出す。うつぶせになって、羽毛布団の感触に体重を預ける。


 しかし、鼻に来るかび臭さに嫌気がさして、気怠い体をひっくり返す。目の上に映るシャンデリアの明かりに目を細めて、停滞しだす思考でとつとつと考える。


「あの(サクラ)という人物、何者だ?」


 浮かぶのは純白の少女。


 臆病で人に尽くす(サクラ)・マホロバと呼ばれる少女がミュウには気になって仕方なかった。初めて会った時から、あのシャトルを降りてすぐに現れた時から何か運命的なものを感じた。


 きっとこれから何かが起きる、と。


「お伽噺ってあるものね。他の人も動揺してたし……」


 ミュウだけではない。他の外交官も(サクラ)の存在を気にしている。


 希望か、それとも危惧か。


 それは『ファルファーラ』の伝承に出てくる存在であり、同時にミュウたち様々な種族を育んだ偉大な人物。連想するのは容易く、もっとも妄想を駆り立てられたのは容姿もさることながら、『ノア』にしても『ファルファーラ』にしても、タイミングがよすぎるということだ。


「あの子は本当に導師であるのか? いや、それたり得るのか?」


 ミュウは手の甲を額に当てながらつぶやく。


 ベッドからはみ出した足を手持無沙汰にふらつかせて、スリッパを足先で弄ぶ。


「もし————、もし、彼女がそれだけの力を持っているのならばここに来た意味もあるというもの。やはり、誘いには乗っておくべきだったか……」


 オリノの誘いを断ったのは痛手だったかもしれない。


 だが、得体のしれない女だ。信用するにはまだまだ証拠不十分といったところで、誘いに乗るのは最良とは思えなかった。訳知り顔の不敵な笑みが脳裏に浮かび上がる。


「いや、腹立たしい……」


 目を三角にして、ミュウは両腕を広げて一つ深呼吸。


 たわわな胸を上下させて、体の芯が冷えていくのを実感する。さらに意識が重くなる。


 ミュウの瞳が微睡んで、ゆっくりと瞼が下りてくる。


「考えるのは、またにしよう……」


 そして、深い深い眠りにつく。

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