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スカイ・レコード  作者: 平田公義
第二章
19/118

~勧誘~ 互いの距離もつかめないまま……

 オリノが所有するビルに帰ってくると、(サクラ)は〔アル・スカイ〕の格納庫へと足を運んだ。雇い主に作業の進行具合を見て来い、と命じられたからだ。


 とはいえ、雇い主であるオリノは泥酔状態で正直冗談で言ったのかもしれない。勇子(ユウコ)が寝室まで連れて行くことになって、(サクラ)も言いつけを守ることくらいしかできない。


〔アル・スカイ〕は格納庫内で佇んでいた。着用していたマントは回収されて、今は強靭で細い白銀のボディを晒している。爆炎の中を駆け巡ったとは思わないほどの光沢が照明に反射して輝く。


 (サクラ)はキャットウォークを歩き、〔アル・スカイ〕の胸部前に立つ。


「…………」


 胸に沸き立つ感慨。これを動かしていたのだという興奮と、激昂する気持ちを抑えきれなかったことへの無念。


 (サクラ)は自分が臆病なふりをして、根底では暴力を振るってきた相手に憎悪していると実感した。痛い思いをして、相手を痛めつけて、心のどこかで爽快な気分を味わっていた。


「わたしに務まりますでしょうか? あなた様の操縦者が……」


 不安げに自問しても、答えはなかった。ただ、自身の中にあるどす黒い破壊衝動が〔アル・スカイ〕に乗ったらまた表立ってしまうのではないかと恐怖してしまう。


 (サクラ)・マホロバはただの臆病者でいいのだ。そうでなければ、自分を保っていられない。


 自意識を持て、とオリノは言った。


 これがその自意識なのではないのか。保守的で、誰も傷つけない生き方を選ぶことが自分の意志のはずだ。だから、雇い主のオリノにも尽くすだろう。同じ現場の勇子(ユウコ)にも従うだろう。


「だけど、どうして……」


 主操縦者で、チームリーダに抜擢されるのだろうか。人に指示することなどしたことないし、したくもない。しかし、それが命令だというのだから、やるしかない。


 (サクラ)はため息をつく。急に疲労感が襲い掛かって、胃もキリキリと責任の重圧に痛む。


 と、コトンッと足に何かがぶつかる。


 びくりと肩を跳ね上げて、(サクラ)は足元に視線を落とす。


「……これは?」


 びくびくと怯える(サクラ)だったが、足元で健気に体当たりをする不思議な物体を見つめる。


 赤褐色のバレーボール大の機械。それには四本の脚と一対のマニュピレーターがあり、大きな甲殻類のようにも見える。その天頂にある球体センサが虹色に発光する。


「ど、どうしました?」


 (サクラ)はおっかなびっくりに屈んで、はさみ状のマニュピレーターを上げる赤褐色の機械に問いかける。どこか愛嬌のある動作で、しばらく機械は両手を上げていたが球体センサに文字が流れる。


『修繕、完了。データ転送、受理ヲ求ム』

「あ、そのことですか……」


 合点がいって、(サクラ)は預かっていた携帯端末を取り出すとセンサにかざす。


 ピピッ。電子音が鳴ると、携帯端末のスクリーンに更新データが表示される。


『送信、完了。本機体ハ休眠ニ入リマス』


 カツカツと四つの脚をせわしなく動かして、赤褐色の機械は歩いていく。


 その後ろ姿をぽぉっと眺めて、(サクラ)は気が抜けてしまった。


「あれが修理機か?」

「あ、星許(ホシモト)様」


 (サクラ)は立ち上がって、背後から近づく勇子(ユウコ)を見た。スモークの薄いサングラスをかけて、気怠そうに歩み寄る。姿を見るまで気配に全く気付かず、不格好を見せてしまったことを恥ずかしく思う。


 勇子(ユウコ)はそんな(サクラ)に微笑んで、去っていく修理機械を怪訝そうに睨んだ。


「まさか、人工知能(AI)じゃないわよね?」

「申し訳ありません。わたしには…………」


 (サクラ)は肩を落として、隣に並ぶ勇子(ユウコ)に言った。


 彼女はすぐに表情を和らげて、軽く首を振った。


「あなたを責めるつもりはないわ。ただ、気になっただけ……」


 しょんぼりとする(サクラ)に優しく言いつつ、どこかしこり残る言い方をした。


 人工知能(AI)はこの『ノア』では禁忌の技術であり、製造方法も抹消されている。その理由は定かではなく、今の『ノア』にはそうした機械の存在は人を堕落させてしまうというのが通説である。


 (サクラ)は携帯端末をしまいながら、どうしようかと思案する。勇子(ユウコ)と何を話せばいいのか。それ以前に会話をしてよいものか迷った。


 対等の立場、のはずだ。いくら勇子(ユウコ)は元教育機関の学生、『ノア』の中でも上級階層であったとしても、今はこうして肩を並べている。


 しかし、(サクラ)は最下層の人間。道具として売り飛ばされれば、拒否権も何もない。そんな自分が意見を持つのはとてもおこがましいことだ、と卑屈になってしまう。


 目上の人、という認識から逃れられず後手に回ってしまう。


「まったく、所長はいったい何者なのかしら……。(サクラ)はどう思う?」

「は、はい。素晴らしい方だと思います。あの、それで所長様は?」

「ベッドに入って寝てるわ。あ、わたしたちは事務所のソファーで今夜は寝てくれって」

「さ、左様で……」


 (サクラ)はその待遇に困惑する。


 勇子(ユウコ)も腕組みをして、苦い表情を浮かべる(サクラ)に同意する。


「酷い扱いよね? まぁ、いきなり転がり込んでおいて文句を言える立場ではないのでしょうけど」

「あの、わたし、ソファーで寝られるだなんて、分不相応な気がして……」

「はい? 分不相応? ソファーで寝るのが?」


 勇子(ユウコ)は自分の耳を疑って、そう投げかけた。


 すると、きょとんとして(サクラ)は小首をかしげる。


「え? わたくしめは床で寝るのが最良かと存じますが……。おかしいでしょうか?」

「おかしいわよ。十分に、おかしい……」


 呆れて半分、悲しさ半分に勇子(ユウコ)は目を細める。


 今までどんな生活を送ってきたのか、勇子(ユウコ)にはわからない。しかし、自分を過小評価してしまうほど虐げられていたというのは(サクラ)の弱気な瞳から見て取れた。


 綺麗なサクランボを思わせる赤い瞳がじっと見つめてくる。不思議な視線で、魅惑的なものを感じる。彼女の暖かさというのか、純朴さが表れていた。


 勇子(ユウコ)はサングラスで隠した青い瞳が急に醜いのではないかと胸が締め付けられる。早く一人前になろう、と妄執に駆られた荒んだ目つきをしているのだろうか。


 (サクラ)は彼女のムッとした表情を察して、おずおずと尋ねる。


勇子(ユウコ)様、どこか具合が悪いのですか? 顔色が優れませんが……」

「そうね……。今日の疲れが出てきたのかもしれないわ」


 (サクラ)はそうですか、と念を押す。


 かくいう(サクラ)も四肢の関節が軋み、全身が強張って気怠い。爆撃の中必死に電気自動車を運転したことや〔アル・スカイ〕を操縦した疲労が今になって溢れてきた。


 勇子(ユウコ)は軽く首を回して、横に固定されている〔アル・スカイ〕を見上げる。


「色々とやらなければならないこともあるし。そのためにも、この機体のこともよく調べなきゃね」

「本当にあの星へ参るのでしょうか?」

「あの所長が言った以上は、ね。冗談で終わる気がしないわ」


 不安そうに尋ねる(サクラ)勇子(ユウコ)は呆れた笑みを浮かべる。


「本当に、わたしも物好きなの……」


 教育機関を去って、特に後悔はない。向こうも咎めることもなく、彼女を除籍にして即日退去を命令するほどだ。


『ノア』に従わない異分子はすぐに除去したかったのだろう。もちろん、教育機関の教諭たちは勇子(ユウコ)がまともに生活できないものだと推測しての判断を下した。それだけ、女の子一人が『ノア』で人生を一から仕切りなおすのは難しいのだ。


 その境地に立たされている実感はある。


「…………」


 (サクラ)は視線を泳がせて、勇子(ユウコ)から時折り向けられる視線に気が付いていても言葉が浮かばない。


 勇子(ユウコ)の寂しげで不安そうな視線に気付きながら、何かを言って傷つけてしまうのではと不安になってしまう。そうした回避思考をしているうちに、(サクラ)の唇はさらに固く結ってしまう。


 お互いまだ知り合って一日程度。接し方がわからない。互いにわかりあえるのか、不安で仕方なかった。


「さ、点検のデータは明日に回して今日は寝ましょう? そろそろ、きつくなってきたわ」


 あくびをする口を押えて、勇子(ユウコ)が言う。その青い瞳に涙がたまって、一筋流れた。会話できないのは彼女も同じで、(サクラ)の青ざめた表情に何も言えない。


「は、はい。では、ご用意いたします」


 (サクラ)は慌てて、エレベーターのもとへ走った。身に沁みついた雑務精神が有無を言わさず、彼女を動かす。


 勇子(ユウコ)は目を瞬かせて、その背中の後に続く。


「本当にあの子がリーダーになるのかしら? 不安だわ」


 オリノが眠る寸前に言っていた言葉を思い出しては今でも信じられない。


 勇子(ユウコ)の雇い主はエレベーターに乗って自分を待つ(サクラ)をチームリーダーに抜擢しようとしている。


『ファルファーラ』の国の皇女であるミュウを引き入れようとしたり、まだまだわからないことだらけだ。


 しかし、少女たちにも休息は必要だ。そして、まだ動き始めてすらいない。互いの気持ちもわからず、踏み込む勇気もなく、ドライな距離感が続く。


 今はまだ準備の時。


 わかり合うには、きっかけが必要なのだ。

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