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スカイ・レコード  作者: 平田公義
第二章
15/118

~勧誘~ 選択権

 シャントッド・コーディルを含む〔AW〕操縦者たちは、避難した住民たちの受け入れ作業に狩り出されていた。農業、水産プラントコロニーからとんぼ返りしてくるスペースボートを誘導しつつ、周辺宙域を警戒する。


 シャントッドは最優先で帰還する『ファルファーラ』の外交官と元老院を乗せたスペースシップを『ノア』の頂点、俗に影側と呼ばれる太陽側と真逆の港へ誘導していた。


『ご苦労だ。詳しい話はまたあとで招集する。それまでは住民の誘導を頼む』

「はっ。招致いたしました、閣下」


 シャントッドは無線に入ってきた元老院の労いの言葉を受けて、形ばかりの返答をする。内心は目覚めた矢先に戦場に放り込んだ老人たちにイラついていた。


 それを表出してはいけない、と自制して彼はゆっくりと誘導レーザーで列になるスペースボートの方へ機体を流した。


〔カムシャリカ〕はビーム・ライフルを携えつつ、スペースボートから発信される認識コードを読み取る。その数は予想以上に多く、かなりの人が避難しているようだった。


「ずいぶんと多い。冷凍睡眠(コールドスリープ)している奴らは大丈夫だろうか……」


 冷凍睡眠(コールドスリープ)をする住民たちは水産プラントに施設を設けて、数百万人が永い眠りについている。彼らもまたそこから目覚めて、保管されていた〔AW〕で『ノア』へと駆けつけたのだ。


 シャントッドは機体を自動操縦に切り替えて、影側を旋回する軌道を設定する。メイン・モニタにウィンドー表示された軌道を承認すると機体は自動で索敵、移動を開始する。


 シャントッドは一息ついて操縦リングから指を抜き取り、ヘルメットのバイザーを上げる。蒸れていた顔を拭って、それから軽く手を揉んだ。


「あれが故郷になるやもしれない星か…………。手の届くところまで来て、戦いとは面倒だな」


 シャントッドはため息をついて、メイン・モニタに移る青い星『ファルファーラ』を見据える。小惑星帯(アステロイドベルト)に守られたその先で南半球が真っ暗になっている。


「地球とい星もああいう星だったのだろうか? 変な感じだな」


 自虐気味に言って、シートに体を寄せる。


 シャントッドはスペースコロニーで生まれ、育ってきた生粋の宇宙移民者だ。だから、故郷である地球についての知識は教科書の文面と写真でしか知らない。コロニーの密閉された空間が彼の知る世界であり、すべてである。


 こうして宇宙にぽっかりと浮かぶ星を目の当たりにしても感慨は湧いてこない。だがなぜだろう。頭の奥底では郷愁の念、というのか引き寄せられるものを『ファルファーラ』に感じていた。


「行ってみたい気もするが、それよりもあの機体を仕留めないとな」


 シャントッドは悔しさに拳を作りながら、あの白銀の機体を思い浮かべる。


「あれは『ノア』の内部にいるはずだ。必ず見つけだして、破壊するっ」


〔アル・シリーズ〕は我欲の象徴だ。大義名分を振りかざして、すべてを奪った悪魔の機体。存在を許せば、今度は『ノア』か、モニタに浮かぶ『ファルファーラ』という星にまで被害が出るやもしれない。


「今度こそ、仕留めて見せる」


 シャントッドは静かに決意して、『ノア』へと鋭い視線を射た。




 緩慢とした時間が過ぎ去り、部屋の隅にある振り子時計が午後三時を知らせる。腹に響く重音の鐘が鳴り響く。


 話を進めていた(サクラ)たちはその音に気が付いて、一斉に振り子時計を眺める。話に集中していて、時間の経過など気にしていなかった。


 オリノは静かに困惑顔の三人を見る。


「で、どうする?」

「どうするって————。あなた正気ですか?」

「正気だとも」


 勇子(ユウコ)の訝しむ顔に対して、オリノは涼しげに湯呑を手にお茶を啜る。


 その様子を(サクラ)勇子(ユウコ)とミュウの背後でお盆をかかえながら見ていた。その声はどこかで聞いたことがあった。しかし、明確に思い出せない。


 すると、オリノが視線を投げかけて不敵にほほ笑んだ。


 トクンッと(サクラ)の鼓動が跳ね上がる。


(サクラ)・マホロバ、どうだろう? 〔アル・スカイ〕の操縦者になってみるというのも」

「あの、わたしには、そのようなこと……」


 (サクラ)は困ってうつむく。〔アル・スカイ〕の操縦者に抜擢されたのは買いかぶりすぎだと思う。こうしてお茶くみをしている方が性に合っていると彼女自身考えている。


 何よりオリノの言葉は怖い。何か言い知れない野心めいたものを感じさせる。


勇子(ユウコ)星許(ほしもと)、ミュウ・ミュレーヌ・レルカント様の意見は?」


 オリノが勇子(ユウコ)とミュウに視線を投げかけながら、湯呑をテーブルに置く。


 それにはミュウが毅然とした態度で応対する。


「一国の姫であるわらわに、あなたの手足となれとでも? 無礼な」

「そうですか? あなた方の故郷、『ファルファーラ』で起きている侵略行為についてもお役にたつと思いますけどね」


 ミュウはぐっと唸って、テーブルにあるケーキを頬張った。甘い味と滑らかな食感は好みであったが、色々と見透かしてくる目の前の女性は気に食わない。


「ご協力されるなら〔アル・スカイ〕を提供いたします。悪くないでしょう?」


 オリノの誘いが甘美に響く。


 ミュウが外交官としてここに来たのは、『ファルファーラ』で起きる所属不明軍による侵略行為を止めるため、あるいは『ノア』がその軍隊を派遣しているものだと予想してここまで来たのだ。


 具体策を講じるためにも『ノア』という勢力を分析する必要があった。


 しかし、今回の襲撃騒動を目にしてはそれどころではない。故郷で起きている問題の軍隊が来たのだ。自作自演の襲撃事件にしてはその規模は大きく、容赦がなかった。そして、彼らですら手をこまねいた戦術をしているのには、期待できそうになかった。


 しかし、〔アル・スカイ〕ならば。ミュウは、頼れるものはそれしかないと思う。

 

 オリノがさらに続ける。


「姫様の話からしましても、おそらく今回の騒動と同勢力。ならば、手を取り合うのが妥当ではないかと」

「わらわたち、『ファルファーラ』に住む者の問題だ。それを条件に移民計画を強行しようという腹積もりであろう」


 ミュウは憤慨して、ココアを煽るとそっぽを向いた。いくら戦闘能力があろうと、オリノの手のひらで踊るようなことは一国の皇女としての自尊心が許さない。


 勇子(ユウコ)はミュウを横目で見つつ、真剣な顔つきでオリノに視線を送る。


「わたしは————、わたしでできることでしたら、ぜひ協力させてください」

「————っ! ふんっ。所詮はここの住民か」


 ミュウは勇子(ユウコ)の発言を聞いて驚きとともに幻滅した。彼女は『ノア』の政治状況を憂いていた。そのためになんとしても移住を成功させたいというのは気持ち的には理解できる。


 しかし、会って数時間の女性に協力をするのは、少し軟派なのではと思う。芯の強さを感じさせながら、そのくせ自身の扱いはぞんざい。どうにも理解に苦しむ。生真面目すぎて、自意識が足りない。


 ミュウのツンケンした顔を面白げに眺めるオリノだったが、すぐに勇子(ユウコ)に向き直ると満足げな笑みを浮かべた。


「わかった。そしたら悪いけど、住み込みで頼むよ」

「わかりました」


 勇子(ユウコ)は慇懃な態度で礼をする。


 それを見る(サクラ)はどこか羨む様な眼差しを射ていた。


 三人の少女を見るオリノは静かに指をからめる。


「しかし、教育機関というエリートコースを外れて、よくもわからない女の下で働くというのに清々しいじゃないか?」

「わたしにだって、目標があります。それを果たすためにも、あなたのもとで働いた方が有意義だと思っただけです」


 勇子(ユウコ)は本心から言った。教育機関の慢性的な状況、内向的な管理体制は彼女の目指す外交官としての技能が身につくとは思えなかった。『ノア』の中で完結される話で、ゆくゆくは『ノア』での立場を確立して他の人の動きを見ているだけ。

 

 勇子(ユウコ)星許(ホシモト)にとってそれは衰退の一途だ。だからこそ自分で行動できるオリノの誘いは至極好ましく、『ノア』から自分の力で巣立てると予感する。


「了解、そういうの好きよ。で? (サクラ)の返答は?」


 再度質問された(サクラ)は弱々しい瞳でオリノを見つめ返す。


「あの、その前にご質問してもよろしいでしょうか?」

「いいよ。何が聞きたい?」

「お父さんとお母さんについて、です。わたしのこと、どう思っていたのかわかりますでしょうか?」


 (サクラ)の少しためらいがちな声音が部屋に染み入る。


 勇子(ユウコ)とミュウが表情を強張らせて、オリノの反応を待った。彼女たちもまた肉親について心に引っかかりがある。(サクラ)の場合、物心がつき始めたころに別れ、両親について考えることもあるのだろう。


「あなた様はわたしのことをご存知のようですし。でも、それに、初めて会った気がしないのです。あなた様は——」

「わたしの知っているのはデータ上の履歴と君を預かった数日の間だけ。それ以上のことは何も言えない」

「……はい」

「驚かないのね?」


 オリノは静かに湯呑を取って一口すすった。


 (サクラ)は小さく頷く。オリノに預けられた記憶もあやふやで驚きは起きなかった。ただ、そうだったんだとすんなり受け入れられるところがあって納得してしまう。


「愛情はあったわ。同時に後悔もしていた」

「…………」

「愛情も行き過ぎれば、我が子に危害が及ぶのを知っていたのにね」


 その言葉に(サクラ)は俯いて、お盆をぎゅっと引き寄せる。


 結局、自分は生まれた瞬間から異分子だった。両親は愛情を持って出産を決意してくれただろう。だが、その結果が自らの処刑と我が子の贖罪の日々だと知っていたら生むことはなかったはずだ。


 二人の命を糧にして(サクラ)・マホロバは今日まで生きながらえた。その命にどれだけの意味があっただろう。これまでも、そしてこれからも変わらない道具のように扱われる日々がきっと待っている。


 オリノたちが心配そうに視線を向けてくる。憐れみを向けても、これの問題は彼女が踏み出さなければならないことだ。


 自らの意志で未来を選択しなければ、(サクラ)は一生道具として生き続ける。だがもし、少しの勇気と希望があるならば、切り開けるものだってある。


 沈黙の時を破って、(サクラ)が口を開く。


「ロンナス様……」

「なんだ?」

「貴重なお話、ありがとうございました。ですが、わたしはやはりお役に立てそうにありません」


 (サクラ)は申し訳なさそうに面を上げて、真摯な瞳でオリノに告げる。


「わたしはご覧の通りの、その、所有物ですから」


 自虐気味に言いながら、(サクラ)の心は軋んだ。


 自分は馬鹿だ。どうして、彼女に協力すると言えないのだろう。〔アル・スカイ〕の強さが恐ろしいからか。それともオリノ・ロンナスという女性のもとで働くのが嫌だからか。


 そんなものは便宜的な言い訳でしかない。


 本当は自分の意志で何かをするのが怖いのだ。失敗が怖いのではない。自分の意志を表出すことが怖いのだ。


 自由になるということが、これほどまでに不自由だと考えたこともなかった。


 何かを決めることも、選択することもしてこなかった。作業機械同然に働いて、蔑まれて、(サクラ)という意思はいらないと思い続けた。


「本当に申し訳ございません。今の雇い主様のこともありますから…………、それに——」

「わかった。そちらの事情は把握した」


 オリノは残念そうに言う。


 (サクラ)は安堵する気持ちと胸を突く寂しさに泣いてしまいそうだった。それでも気持ちを押し殺して深くお辞儀をした。


 勇子(ユウコ)は不機嫌そうに顔を顰め、ミュウもまた呆れたように肩をすくめる。


「だが、一つだけ忠告しておく」

「は、はい?」

 

 オリノがこれまでにない威厳のある声を出す。


 (サクラ)はきょとんとして彼女の厳しい顔つきに生唾を飲む。


「それが望みなのか? よく考えることだ」


 その言葉は(サクラ)でなくとも、この場にいる少女たちの心に突き刺さる。


 望むことは何なのか。それを実現させるには何が必要か。


 オリノは静かに立ち上ると、子犬のように見上げてくる少女たちに微笑んだ。


「送っていく。ついてきな」


 言われて、(サクラ)たちもまた立ち上がった。


 彼女たちはその後ろ姿を追って歩き出す。それぞれの思惑と迷いを抱えて、今はこの場所を去る。


 お茶の香りとケーキの皿はテーブルに放置したまま、事務所のドアがぱたりと締まる。

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