~勧誘~ 声の主、あなたは何者?
〔アル・スカイ〕が飛び込んだ隔壁の中には輸送用の列車が待ち構えていた。外壁を渡るリニアトレインは存在するが、内部に建造されていうことは桜、勇子のような『ノア』の住民でも知らない。
機体が自動制御に切り替わり、列車の荷台に固定されると高速で移動を開始する。
時間はさしてかかっていないと思う。気付いた時には、桜たちを乗せた列車は停車。耳を抑え込んでいた圧迫感がなくなる。
「ここはどこでございましょうか……」
「車両基地、かな?」
桜の疑問に勇子が自信なく答える。
モニタから見えたのは、広々とした空間。〔アル・スカイ〕を乗せる巨大な列車がすっぽりと入る格納庫らしく、眩しい照明が無機質な壁を照らした。
列車が転車台らしい円盤に乗るとロックボルトが車輪を固定する。続いて荷台が起き上がり、〔アル・スカイ〕が直立姿勢で駐機された。
「ご苦労だった。右手のエレベーターに乗ってくれ。直接話をしよう」
無線から女性の声が新しい指示を飛ばす。穏やかなその声音は緊張続きだった桜たちにとって安心ができるものだった。
機体の前に迫り出す連絡通路を見て、三人は機体から降りる。そして、指示通りエレベーターに乗り込むとあとは到着するのを待った。
階層を示すランプはない。ただ上下を示すスイッチがあるだけの簡素なエレベーターだ。
そして、電子音が鳴ると同時に扉が開く。
「ようこそ、歓迎するよ」
その声と同時に飛び込んできた光景は桜たちを唖然とさせるものだった。
雑多なものが溢れる事務所風の部屋。天井には緩やかに回転する天井扇が湿った空気をかき回している。応接用の低いテーブルと対面式ソファーには紙媒体の雑誌やら書類がばらまかれ、衣類が幅を利かせている。周りに目を走らせれば、数多くのアンティーク家具が並べられて、整合性がとれていない。趣味の部屋と言っていい。
「何をぼうっとしている。今、座るところを開けるからな」
桜たちはハッとなって窓際の方に視線を投げかける。
そこには部屋を一望するデスクがあり、ちょうどそこから立ち上がる人影があった。
「あなた様がお呼びになったのですか?」
桜が恐る恐るエレベーターから降りる。続く勇子とミュウは訝しむ視線を向けながら続いた。
背後ではエレベーターが間の抜けた電子音を立てて閉じた。出入り口を隠すように古びたロッカーが塞ぐ。
三人は振り返って、威風堂々と立つロッカーを見上げた。
「隠し扉だったのか……」
勇子は目を細めてつぶやく。
「かっこいいでしょう?」
その茶化す声に改めて人影を追った。
ビジネススーツに身を包んだ女性だった。腰まで伸びた茶髪、愛嬌のある童顔や白い肌、豊満な姿態は何か安心させるものを持っていた。
彼女は豪快にソファーの衣服を拾い上げて、適当に部屋の端っこに放り捨てる。書類は一気にまとめあげるとゴミ箱に放り込んだ。乱雑な扱い。紙媒体は貴重品であるというのに、実に無節操な使い方をする。
「さ、座ってくれ」
彼女の右目にかかるモノクルが窓から差し込む光に反射する。
勇子とミュウは様子を窺うように周囲を見ながらソファーにつく。桜だけは二人の後ろに立って、手を前で組んだ。そして、対面を女性が足組みをして座る。
「初めまして、諸君。わたしはオリノ。オリノ・ロンナス」
「自分は——」
「自己紹介はいいよ、勇子・星許。君らのプロフィールは調べてある」
女性、オリノは澄ました顔をしてそういった。
ミュウが鼻で笑って、ニット帽を取って髪を掻き揚げる。色艶のいい髪が波打ち、指先でくるくると弄ぶ。
「では、わらわのこともか?」
「無論だ、ミュウ・ミュレーヌ・レルカント姫。レルカント領の第一皇女と聞き入っている」
「ほう……。しかし、その情報は機密事項であるはずだ。なぜ、知っている?」
その質問に、オリノはふむと悪戯な笑みを浮かべて口元に人差し指を添える。
「色々とコネはあってね。姫様の情報を含めた外交官のデータは容易でしたし、あなた方が抱えるお悩みも、ね」
ミュウはムッと口をへの字に曲げて黙り込む。食えない女だ。質問をしてもあっさりと答えてしまう上に、『ファルファーラ』が直面していることも知っている風だ。
桜と勇子が張り詰めた空気を感じて固唾をのむ。
すると、オリノは一つ指を鳴らした。
「そうだ。お茶の用意もしないですまなかった。何がいい?」
「あ、あの、さしつかえなければわたしにやらせていただけないでしょうか?」
桜が胸元に手を当てて進言する。
オリノは足組をといて立ち上がると、腰に手を当てて微笑んだ。
「安心しろ。毒も睡眠薬もいれんよ」
「い、いえ、ロンナス様のお手を煩わせるのは少し……」
桜の声が尻すぼみになる。最低身分の自分が歓迎を受けるなどあり得ない話だ。給仕として動くのが妥当で、差別されなければならない。
そもそも、この場所に同席していること自体分不相応なのだから。
オリノは困った表情をして勇子とミュウに目を配った。彼女たちもまだオリノを信頼しきってないようで訝しんだ瞳を向けていた。
「まぁ、その方が二人も落ち着くか。台所はそこの突き当りだ。水は冷蔵庫のボトルを使ってくれ。水道は先の騒ぎで断水中だ」
「かしこまりました」
桜は深々とお辞儀をして指示された台所へ歩いていく。
オリノはその後ろ姿に笑みを浮かべると改めてソファーでふんぞり返った。
「さて。君たちの質問に答えていこうか? わたしの話はそのあとにするよ」
勇子とミュウは一度顔を見合わせてから、モノクルを弄るオリノを見据える。得体のしれない女性だ。余裕綽々の態度がさらに不安感を煽られる。
勇子がおずおずと口を開く。
「あの、あの機体……、〔アル・スカイ〕はあなたの所有物ですか?」
「そんなかしこまらなくていい。そうさな…………、少なくとも『ノア』の管轄にないアーム・ウェアだ。そういえば、星許は〔アル・シリーズ〕を知らないのか?」
オリノに言われて、勇子は唇に軽く握った拳を当てて思考する。
記憶の糸を手繰り寄せて、〔アル〕という単語から導き出される情報をぽつぽつと口にする。
「大乱期の————、殺戮兵器、ですか?」
「殺戮兵器?」
ミュウは勇子の顔を覗き込んで言った。先ほどまで乗っていた白銀の巨人がそれほどまでに危険な存在だったとは、思いもよらなかった。
その一方で台所でボトルの水を電気ケトルに注ぎ込んでいた桜も胸の内が苦しくなった。
「まったく教育機関は偏見を教えているのか。嫌になるね」
オリノは辟易として手の甲を振った。
その様子に勇子が眉根を寄せて怒りをあらわにする。自分の学んできたことを否定されたのだ。今しがたあったばかりで、怪しさ満点の女性に言われたくないことだ。
「なぜ、そう言い切れるので? 〔アル・シリーズ〕は多くのスペースコロニーを破壊し、何億の人の命を奪った」
「事実ではある。が、なぜ〔アル〕という名前が建前として大乱期に何機も出てきたと思う?」
勇子とオリノが議論を繰り広げる中、ミュウは話の全容がわからず頭が熱くなる一方だった。
「わらわにもわかりやすく説明せよっ。無礼であるぞ」
威厳たっぷりな言い回しをしつつも、ミュウは内心のけ者にしないでと叫んでいた。
スペースコロニー『ノア』が『ファルファーラ』に至るまでの歴史を何もしならない。大乱期と呼ばれる時代や、〔アル・シリーズ〕と呼ばれる巨大兵器、そしてスペースコロニーといったものは現実味のない不協和音にしか聞こえない。
勇子が慌てて不機嫌顔のミュウに説明する。
「えっと、わたしたちの暮らす『ノア』はもともと何百基とあったスペースコロニー船団の一基でありました。それで、その————」
「おろかにも、船団は互いの領土の略奪を始めてしまった。それが大乱期と呼ばれる戦国時代ですよ、お姫様」
言葉に詰まった勇子に代わってオリノが素早く付け足した。
勇子からすれば信じたくない時代である。宇宙にまで出て人同士が殺し合うなど、悲しくて虚しいことではないか。
ミュウも同じことを思いつつ、追及する。
「なぜ、今はここを含めた三つしかない? それに、略奪をする理由は何だ?」
オリノはそうですね、と少し困った表情を見せて人差し指を立てた。
「まず初めに『ノア』と食糧プラント以外は破壊されました。もっともその残骸の一部は『ノア』の補修に使われたり、作業機体の製造に回されたりと活用されましたけどね」
次に中指を立てて、二つ目を示す。
「次に略奪理由は単純な食糧難。人口が増加し、彼らは自分たちの生活圏の生産量が追い付かなくなり、奪うしかなかった。そのうちに人死にが増えたり、スペースコロニーそのものが破壊されるといったことが続いたのです」
「そうした略奪戦では各スペースコロニーは〔アル・シリーズ〕と呼ばれる英雄と崇められた機体を出して、旗印にして戦ったのです。自分らにこそ、大義があると言って」
勇子が苦々しい思いを抱きながら付け足した。
略奪に大義も何もない。だが、彼らは自分たちの生活圏、ひいては生存権を護後ろ盾として宗教以上に実感できる巨大な偶像に縋った。
「そのときにあの白い機体も活躍したのか?」
ミュウは凄惨な歴史を耳にして他人事とは思えず親身になって聞いた。
おそらく外交官として出席するはずの会談でもこうした話題が出ただろう。おもに同情を引くために使われて、心を揺さぶられたはずだ。ここの政府が『ファルファーラ』の現状を知っている以上そうした揺さぶりは大いに考えられる。
軍事力という手段を暗に示して協力体制、あるいは屈服させるために。
オリノは一つ頷いて腕組みをする。
「いや、〔アル・スカイ〕はもっと以前の機体です。大乱期よりもずっと前……」
「〔アル・シリーズ〕が建前として活躍できたのと関係があるので?」
勇子が食って掛かる。
オリノは何かを思い出すように瞳を閉じて滔々と語る。
「わたしたちが故郷を捨てる以前、〔アル〕の名を冠した巨大アーム・ウェアが英雄として祭り上げられていた。平和を運ぶと多くの人が考えていた。だから大乱期でも、そういう建前や象徴を作り上げて英雄の真似事をしていた」
「故郷を捨てた、とは難儀なことだ」
ミュウは故郷を捨てた挙句に、自ら多くの命を奪っていた彼女らの祖先に呆れた。
精神的な疲労を感じさせる。だから、地球で活躍したと言われる鉄巨人を作り上げることで、英雄譚を再現し、自らを正当性のあるものにしようとした。とても脆弱で、一人では生きていけない生き物の性を感じさせる。
台所の方から湯の沸ける音が聞こえてくる。ポッポッと子気味好い音を立てて、三人の間に響き渡る。
「だからこそ、こうしてあなた方の星への移住をしたいという現状があるわけなんですね。まぁその辺はどうだっていいんですけど」
「ずいぶんと淡泊ですね、ロンナスさん」
「長いこと生きてると諦めもつくわ。ここのことは特に」
勇子の僻むような口ぶりに飄々とオリノは答える。
「あ、あの……。お茶はいかがいたしましょう?」
と、そこに台所からおずおずと顔出す桜が三人に注文を聞いた。インスタントコーヒーや紅茶、緑茶やら様々な種類があっては自分の一存で決めるのは気が引けて仕方ない。
オリノたちは一度会話を中断してぽつんと肩をすくめて立つ桜に目を向けた。小動物のようなくりっとした瞳がじっと見つめてくる。
「何がある?」
「えっと、インスタントコーヒーと紅茶と緑茶と————」
「緑茶を頼む、桜」
「じゃ、あたしもそれで」
勇子とオリノは即決する。
「かしこまりました。姫様はいかがいたしますか?」
「うむ。クリームソーダとやらはないのか?」
ミュウは生真面目な顔をしておっしゃる。
お姫様が『ノア』のお茶を知るわけがないと認識する。仕方がないとはいえ、威厳を張って頼むものがクリームソーダとは少々子供っぽい。
桜も困ってしどろもどろする。冷蔵庫を除いたとき、アイスはおろか、ソーダ水もなかった。はっきりとありません、と答える場面なのだろうがそれでいいのだろうかと悶々としてしまう。
オリノは一つため息をついて助け舟を出す。
「失礼ながらそういうものはありません。ココアならありますけど?」
「ここあ? とは何だ?」
「甘い飲み物でございます、姫様」
勇子も異国文化に興味津々のミュウにそう付け足して、桜の手助けに入る。
「仕方あるまい。桜、そのココアとやらを持ってまいれ」
「か、かしこまりました」
鬼灯のように赤くなった頬の桜が慌ててお辞儀をする。気恥ずかしさと余計な知恵熱で、雪のような白い肌はすぐにそうした鮮やかな色を浮き彫りにさせる。
彼女は被っている帽子を押さえて体を起こすと台所へと引っ込んだ。
「冷蔵庫に牛乳とケーキくらいはある。出してくれ」
「は、はい」
オリノは台所に向けて大声で言うと、控えめな声が帰ってきた。
その反応に彼女は自然笑みをこぼした。
「何がそんなに面白いので?」
勇子は彼女の表情を逃さなかった。何か企んでいるのでは、と身を固くする。
「ん。いや、大きくなったと思ってね」
「桜を知っているのか?」
ミュウの質問にオリノはええ、と軽く返答して二人に向き直る。変わらない笑顔とどこか懐かしむように瞳を細める。
勇子とミュウはこの時ばかりは彼女が温厚で優しい人間だと思った。肩肘を張っているのが馬鹿らしくなるくらい、彼女は温和な雰囲気を持っていた。
「数百年前から。まだ赤子同然のころからね」
「なっ。あ、あなたは物の怪というやつか!?」
ミュウが驚いて人差し指をオリノに向ける。冷凍睡眠の実態を知らなければ、確かに数百年という年月と目の前の若々しい肉体を見ては驚くのも無理はない。
しかし、勇子は疑念をさらに深めて、目の前の女性を見つめる。
『ノア』で罪の子と呼ばれる桜・マホロバと面識があり、さらに大乱期以前、英雄と呼ばれていたかもしれない時代の〔アル・シリーズ〕を有していること。オリノ・ロンナスは一体どれだけのことを知り、さらに何を考えているのだろうか。
そして、異様な雰囲気に包まれる応接間に桜が各種飲み物のと切り分けたケーキを乗せたトレイを持って入る。
「…………」
桜は彼女たちの会話を耳にしていたが、この緊迫した空気に圧倒されてしまう。
何がこれから何が語られるのか。
不安な空気が立ち込めて、桜、ミュウ、勇子の気持ちを束縛する。




