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スカイ・レコード  作者: 平田公義
第十六章
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~海底~ 水底の民

 海底のさらに地下は空洞になっていた。


 海水に満たされたそこは地下水脈によって削り取られたような自然的な物ではなく、人工的に整地されている。


「さすがに狭いですね……」


 (サクラ)は周囲を見渡しながら、ウィンドー表示されているサブカメラで機体の隅々まで目を走らせなければならなかった。


〔アル・スカイ〕の巨体は少し腰を上げただけで、ブレードアンテナが天井を擦り、横に足せば張った肩部が壁を傷つける。その微振動が水を伝い、先行するマリーネンも不安げに振り向いたりする。


 引っ掻く音は甲高く、操縦席にいる(サクラ)たちも顔をしかめる。


「金属の引っ掻く音ってどうにも嫌ね」


 勇子(ユウコ)はヘッドフォンのノイズキャンセラーの感度を上げつつ、前方の隔壁を視認し、後方でも閉鎖弁が降りるのを確認した。


 続いて何かが動き出す鈍い振動をブレードアンテナが感知し、通路内の照明が赤くなった。そして、足元の床に小さな穴が開いて水を吸い込んでいく。


 まるで気孔のように、穴は海水を飲み込みどこかへと運んでいるようだ。


「水を抜いてるようだな」


 周囲は赤く暗い色をしていたがモニタを這うように波打つ水の流れとともに、這い上がる気泡の流れをミュウの目は見逃さなかった。


 脱水は数分を要したが、通路が地圧や水圧で押しつぶれるようなことはない。気孔モドキから吐き出された空気が内部を保っているようだ。


「海底に住んでいればこういう技術はあるのでしょうけど。宇宙で生活するより難しいでしょうに」

「そういうものか?」

「真空と海中は違う環境なんです」


 勇子(ユウコ)の端的な言い方にミュウは口をとがらせる。


 機械に守られている状態では海も宇宙も変わらないように思えた。それは自分が守られているという至極単純な思考からである。


 水圧と真空の理屈をとやかく考えられるほど知識があるわけでも、気にすることもないのがお姫様の性分なのだから。


 水がなくなれば、先導していたマリーネンは先へ続く閉鎖弁の解放に向かう。重々しい鎧がこすれて、足取りもどこか重たそうである。


 しかし、〔アル・スカイ〕も水圧がなくなれば各部位にかけていた負荷を解いて、水抜きをする。わずかに浸水していた個所から逃げ出すように水蒸気が噴き出す。


 移動中も電荷を高めて、少しでも水を蒸発させて外へ逃がすようにしていたのだが、それでも間に合わない。水はそれだけ宇宙兵器には天敵ともいえた。


 さらに、水浸しの機体からは大量の海水が滴り、動かすたびに装甲の隙間から入り込んでいた海水が噴き出す。マントも装甲に張り付いて動きを鈍くさせている。


 と、前方の閉鎖弁が開放される。


 通路が停止信号の赤色から青白い光に変わった。


「んっ」


 (サクラ)は瞳を細めて、天井を一瞥し機体を前に進める。


 天井に明るく発光する結晶が等間隔に並んでおり、先行するマリーネンの光沢が一層映えて見える。見れば見るほど鎧というより甲殻類や貝殻を思わせる突起や積層構造らしいヒダがうかがえる。


「――通路を抜けるぞ」


 前を行くマリーネンが広い空間に出ていく。


〔アル・スカイ〕がその後ろについていくと、そこは高い天井と整地された空間であった。キャットウォークやリフト、クレーンまで完備されており工房らしい機械に囲まれている。


「格納庫でしょうか? 鎧の機体もあるようで……」

「天井はプールか? よくもまぁ」

「海底に直結してる通路とかある、みたい。ヒトが泳いでるし」


 (サクラ)、ミュウ、勇子(ユウコ)は見渡す景色に目を点にしながら、そんな感想を漏らす。


 天井には青々と揺れる水の反射光が工房を照らしている。さらには数人が通れる海水に満たされた透明な管が上下左右に伸びている。海中トンネルのようにヒトビトが泳ぎ回り、もの珍しそうに膝をついている〔アル・スカイ〕を見ている。


「水族館にいるお魚さんの気持ちがわかる気がします」


 (サクラ)はヘルメットのバイザーを上げて眼鏡をかけると、ほっと息をつく。


「ヘルメットは不用意にとらないで」

「なぜだ?」


 ミュウがバイザーを上げて、機体のシステムを切っていく。


「どうしてです?」


 (サクラ)は前髪を手櫛で整えながら、ウィンドーの勇子(ユウコ)に言った。


「ここは海底なのよ? パイロットスーツは生命線だってこと。気圧の変化もあるかもだし」

「気圧は地上と大差ないようですけど……。高山病のご心配ですか?」


 そういうこと、と勇子(ユウコ)との回線は切れてしまった。


「くだらん。髪が蒸れて気持ちのわるいことっ」


 ミュウはそんな意見を無視して、ヘルメットを取る気でいる。


 なるほど、と両者の意見を聞きながら(サクラ)は首周りに指を走らせる。気密は問題ない。ミュウの気持ちもわかるが、海底にいると思えばヘルメットを不用意に外すのは得策ではない。


「うがぁあ!! カビ臭い!」


 ヘッドフォンからミュウの悲鳴がこだまして、(サクラ)は顔をしかめる。そして、勇子(ユウコ)が念押しした真意も汲み取ることが出来た。そして、バイザーを下げることに。


 ハッチを開けたミュウは目に涙をためて、お姫様らしからぬ鼻先をつまんで周囲を見渡す。


「湿気でベトベト……。壁はぬるぬるテカテカ……。こんなところでは金属は錆てしまうぞ」

「ご心配なく。機体の整備は作業機械たちが管理します。降りますよ」


 隣でハッチの縁に立ち、リフトワイヤーを起動させる勇子(ユウコ)がしゃがみ込んでいるミュウに言った。


勇子(ユウコ)、この酷い臭い予測しておったな?」

「もちろん。鍾乳洞のことを思い出せば、予測しやすいですからね」

「がぅぅ。それならそうとはっきり言わぬか」


 ミュウはふくれっ面になりながら、バイザーを下ろして降りていく勇子(ユウコ)と頭部から降りてくる(サクラ)を睨んだ。


「薄情者!」

「そういわれましても……」

「気にしないの。ほら、御出迎えよ」


 (サクラ)は床に足をつけると、目の前で停止したマリーネンから降り立つ少女に気づいた。


 先ほどの海中で見た姿とは打って変わって、衣服が体に張り付き女の体つきが露わになっている。髪をかき上げると、小動物のような大きな瞳に尖った耳が窺え、女の子というよりも年若い女性といった印象が強くなっていた。


「どもども、こんにちは!」


 甲高い声と共にとんがり耳の彼女は両手を振って近づいてくる。


 (サクラ)たちは愛嬌たっぷりの彼女に気圧されながら、サンバイザーを上げてドキッとする。すでに一歩、二歩の距離まで詰めてきた彼女が前かがみの姿勢でくりっとした瞳でマジマジと見つめているのだ。


「ふぅん……」

「ど、どうも……」


 (サクラ)は固唾をのんで、口の端をぎこちなく引き上げる。


 と、彼女の濡れた指先がバイザーをつついて、そのまま指先で頬を持ち上げる。


「声は聞こえるみたいだけど、どういう仕組み? 変なの?」


 それを言われて、(サクラ)は罪悪感にかられた。


 面と向かって話す相手に対して、窓越しというのはあまりに失礼ではないか。


 (サクラ)は慌ててヘルメットを取り、改めて彼女を見た。最初の一呼吸で鼻がしびれるような生臭さに襲われて、脳髄まで浸透する。思わず全身の毛が逆立った。


「し、失礼しました」

「あらあら、なるほど!」


 (サクラ)の容貌を見るなり、彼女は両手を合わせて人魚姫は目を輝かせた。ズレたメガネからも窺える赤い瞳やボサボサの白髪を知らないはずがなかった。


「海の上はなんだか騒がしいってお兄ちゃんたちが言ってたけど、あなたがいたから?」

「一応、ええ、そんなところです。えっと――」


 (サクラ)はメガネを直しながら、改めて彼女を見た。


「ララ―シャ・ベルベロッキです。導師様」


 人魚姫、ララ―シャはほほ笑みかけるとその掌を差し出した。


 (サクラ)はそれに応じて、握手を交わした。握った手の感触は柔らかく、自分たちと変わりないと思えた。


 二人が握手を交わしている合間にも、ミュウと勇子(ユウコ)もヘルメットを外して独特の匂いにしかめっ面になりながら周囲を見渡す。


「ここのヒトたち、地上で起きてることをよくわかってないようだな」

「それにしては――」


 勇子(ユウコ)はその青い瞳で注目している他のヒトたちの表情に違和感を覚える。


 皆一様に怪訝そうに眉根を寄せて、囁きあう者もいれば、逆海底トンネルに乗って外へと急ぐ者もいる。歓迎ムードでないのには慣れ始めていたが、異様な雰囲気がある。


「どうも何かを企んでるような……」

「歓迎されないのは今更であろう? しかし、ララ―シャとかいうのは能天気そうだ」

「ミーガルの様に伝承好きって――、感じでもないか」


 ララ―シャを見ると、導師伝説を知ってはいても信仰している風ではない。


 だが、他のヒトたちが一向に近づこうとも咎めようともしない。それだけ彼女が異質なのか、ただ仲間からも疎外されているのかわからない。


「ララ―シャッ!!」


 すると、格納庫内に男の声が響き渡る。


 それを聞いた(サクラ)は握手を解いて肩を震わせる。一方でララ―シャは辟易した表情で肩を落とした。


「お兄ちゃん……」


 (サクラ)たちはララ―シャの後ろからずかずかと武器を手にした騎兵を見て、思わずのけぞる。


 彼らが駆るマリーネンと同じように重々しい鎧を身に纏い、厳つい兜で覆われた顔の威圧感は凄まじい。手にしている銛も立派で逃げ出そうものなら、投げ飛ばして背中に突き刺しそうな迫力がある。


 そして、先頭の騎兵が兜を取ると精悍な顔立ちをあらわにした。短く硬い髪質なのか、湿気の多い空間でもツンツンと毛先は尖って見えた。長い耳や若い顔の作りは大人っぽい。


「お前はまた勝手に――」


 青年の瞳が一度(サクラ)に向けられて、怪訝そうに眉をひそめて妹へと向き直る。


「他種族を引き込むなとあれほど念を押したというのにっ」

「だって導師様でしょう?」

「そういうのは理屈じゃない。拘束しろ!」


 連れ立っていた騎兵隊に投げかける青年に対して、ララ―シャが(サクラ)たちの前に立って迫る彼らを制した。


「下がれ! これは守護役の厳命ですよ」


 ララ―シャの言葉に巻貝のような兜で顔を覆った騎兵隊が慄いた。


「ララ―シャっ。いつまでもオレを困らせるな!」

「レディックお兄ちゃんが嫌がらせをするからでしょう? 行きましょう」


 ララ―シャは(サクラ)の手を引いて、さっさと兄であるレディックの横間を大股で過ぎていった。


 その時、(サクラ)がレディックの横顔を窺うと、彼の表情は強張り沈痛そうに伏せていた。彼の目が妹の輝かしい瞳を避けるようでもあった。


 後についてくるミュウと勇子(ユウコ)は彼の心情を察することなく、勝手気ままなララ―シャについていくので手一杯である。


 少女たちの一団を咎める者はなく、彼女らは外へと通じる配管へと急いだ。


                *     *     *


 レディック・ベルベロッキは肩の力を抜いて、固い髪の毛を撫でる。後ろまで引いた手をだらりと下げて、正面で膝をつく巨人を見上げる。


「団長、いかがいたしますか?」


 連れ立っている部下がレディックの横に立ち、銛の矛先で〔アル・スカイ〕を指した。


 すでにリア・ラックに収納されていた作業機械たちが動き出し、機体の全身を這いまわっている。それに慄く騎兵もおり、銛を構えて牽制する姿勢している。


 レディックは兜の隙間からうかがえる部下の心配そうな視線を察して、短く息をつくと手にしている銛の石突で床を叩いた。


「守護役の客人が乗ってきたモノなら放っておけ。帰るとき、困るだろう」

「しかし、あの者――、いえ、あの方のお姿は信じてよいものかと」

「迷信だっ」


 レディックは部下の言葉を振り払うようにして、〔アル・スカイ〕から視線を外す。


 振り返ると、他の部下たちが視線を向けている。同じ兜に鎧を身に着けたこの国の機械科部隊。兵士というより騎士という風情を感じさせる彼らは確かに由緒ある生まれが多い。


 水底の民にとって水面のむこうは危険に溢れた世界だ。そこへ一番近くにいける者たちは勇士として、憧れの的になるのは言うまでもない。


 だからこそ、レディックのように導師のような絶対勇者を認められない節のものも少なくない。もっとも彼にはもっと複雑な事情もあるのだが。


「言い伝え通りの姿だから救いを求めるなど、恥さらしだ」

「しかし、妹さんのことを思えば――」


 それでも部下が食い下がる。


「くどいっ。もう決まったことだ……。今更ッ」


 レディックは怒りを押し殺して言い放ち、歩き出す。


 数人の部下はそんな自身を律する団長に黙ってついていき、また数人は困惑したように互いにアイコンタクトをとってから後を追った。


「各員、次の引継ぎまでよく休んでおけ!」


 レディックはそう言い放ち、解散を宣言する。


 これ以上の心労は自身にも部下にもよくない。ララ―シャのことだけに振り回されるわけにはいかないのだ。来訪者にもだ。危険性の有無は妹に任せるしかない。それくらいの責任の取り方を理解してもらわなければならない。


「この海を探っているのは他にもいるはずだ。気を引き締めろ」


 レディックが銛の石突で床を強くたたくと、騎兵隊は姿勢を正して了解した。

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