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スカイ・レコード  作者: 平田公義
第十六章
118/118

~海底~ 遺跡と使命

 海の底とは思えない明るさは水温にも影響していた。


 (サクラ)たちはパイロットスーツの恩恵にあずかって、ララ―シャの案内で海底を歩いていた。


 彼女たちの目の前には白い砂浜が広がり、岩のような巨大な巻貝やそこを宿にしている色とりどりの珊瑚やイソギンチャクが揺れている。さらには白い砂浜を身体から伸びた触手で器用に歩く魚やら、頭を上にして地面を跳ねる枝のような魚が群れを成し、砂の色に擬態した薄っぺらい魚は海底を歩く少女たちを警戒して、その細い目で追っている。


「うむ。海の底と言ってもこうも明るい世界とはな」


 ミュウは砂を蹴って、腕を大きく振って水をかく。


「想像していたよりも風変わりであるな」

「風変わりって言葉で片付けないでよ」


 勇子(ユウコ)は力一杯に砂を蹴って、僅かな海流に乗る。


 腰に重しをつけているとはいえ、海流の流れは彼女の体を軽々と運ぶ。


「聞こえておるぞ」


 ミュウは振り返りながら後ろ向きに跳んで、後ろから迫る勇子(ユウコ)に言った。


 それから器用に水中で体をひねり、前を泳ぐララ―シャと鈍重に歩く(サクラ)を視界に入れる。


 身体は思っているほど軽くはなく、腕を伸ばしたり、足を曲げたりするだけで全身が締め付けられる。水圧の影響とわかっていても、胸の窮屈さが息苦しさを増幅させる。


「水がこれほど重く感じるとは――」

「深海だから、スーツの機能は万全じゃないってこと忘れないでよ」


 ミュウの背中を包むようにして、勇子(ユウコ)が接触する。


「くっつくでない」

「あまりはしゃいでいると空気がなくなる前に、身体が潰れるわ」

「宇宙では大丈夫だった」


 ミュウは腕を組むようにしてくる勇子(ユウコ)に辟易しながらも、ぎゅっと寄せられる強張った感触に口元をむっとさせる。


「宇宙と深海の圧迫感は違うの。気を抜いたら死ぬわよ」


 勇子(ユウコ)にしてみれば、海の中の心地は正直気の抜けない連続なのだ。


 初めて宇宙遊泳をしたときの感覚を思い出す。一瞬にして体が破裂するとか、血が沸騰するとか、考えただけでも恐ろしい人体破壊域にスーツ一着でいるというのは抵抗感を覚える。


 深海もまた空気の循環を誤れば一瞬にして体を押しつぶし、骨やら内臓やらが飛び出す。


 現にパイロットスーツ越しからでも全身に圧がかかり、一歩踏み出すたびに手足を握られてるような感覚に背筋が凍り付く。


「姫様も気を付けてよ。スーツの循環機構が止まったら、わたしたち一瞬で血肉の塊なんだから」

「き、肝に銘じておく」


 ミュウは実感というよりは勇子(ユウコ)の言葉が恐ろしく思えた。同時に勇子(ユウコ)の腕を絡めている感触が強くなっているのが、一層の現実味が感じられる。


 一方で先行する(サクラ)はそのことを理解しながらも、深海を歩くという稀代の体験を純粋に楽しめていた。


「水ってこんなにきれいで、温かい……」


 スーツの与圧は完璧であったが、透明度の高い視界に対して麗らかな光の視覚的な暖かさが、(サクラ)の感覚を刺激する。


 そばを泳ぐララ―シャはゆっくりと歩く彼女たちが陸に挙げられた亀のように思えて微笑ましくもあり、少しじれったく思えた。


 ララ―シャは軽やかに水を蹴り、(サクラ)の周りを泳いでからこつんとヘルメットに額を当てる。


「もう少し早く泳げる?」


 ララ―シャの声、実際にはイルカなどに見られる超音波の発振なのだが、至近距離ならば骨伝導に近い会話が可能であった。


 (サクラ)たちのヘルメット同士の振動で、それを増幅した会話ができる仕組みになっている。


「申し訳ございません。そんなには……」

「もう少しで見せたいところにつくの。見せてあげる」


 ララ―シャは言うなり、(サクラ)の手を取って水中を力強く蹴り上げる。


 (サクラ)は急上昇に驚きながら、眩しい光と昇っていくララ―シャの陰に目を細めた。ここが本当に海の底でヒトの住むには厳しい世界なのか、ふと疑問にさえ思える。


 だが、現実に映る美しい世界は陸上生物が踏み入れられない過酷な深海。


 パイロットスーツの恩恵がなければ、(サクラ)などは死ぬことを強制される世界。


 それは宇宙に出ていったヒトでも克服することが出来ない次元にあった。科学で武装し、庇護を受けているヒトはか弱い。


 それでも(サクラ)の純真な赤い瞳はその世界でさえ美しく、希望に満ちた世界に思えた。


「あれ。あれが見せたかった聖堂なの」


 ララ―シャは中性浮遊をして、(サクラ)の肩を叩く。


 (サクラ)は彼女の指し示す方向を見ながら、耳を、正確にはヘルメットの側面を抑える。水圧の変化にスーツが対応しきれず、圧迫感にちょっとした頭痛に苛まれていた。


 加えて、スーツのウエイト調整も遅れて徐々に自分の体が沈んでいるのも実感していた。


 しかし、(サクラ)は目にする。


 淡い桃色のサンゴの枝先が広がる森に囲まれた巨大な船の残骸。そこに突き刺さるケルト十字に似た鋳造物が墓標のごとく立っている。


 砂地から瘡蓋のような岩塊の色が露わになり、その亀裂から気泡の柱が上っている。ざっと見ても十数本。ヘルメットにあるカメラが気泡の柱を感知して、その温度の高さをバイザーに表記する。


 しかし、(サクラ)には周囲の地形情報よりも深海に眠る聖堂と呼ばれる建物にくぎ付けであった。


 聖堂が帆船の残骸ではなく、潜水艦とか宇宙戦艦の流麗なデザインであるように(サクラ)には思えるのだ。


「これが聖堂……」

「これから案内するよ。導師様」


 ララ―シャの声に含みを感じて、(サクラ)はその建造物を見つめるばかり。


 泡の弾ける音が嫌に大きく、虚しく感じられた。


                 *      *      *


 その暗闇に月で生活していたヒトビトは畏怖を覚えて、内部が軋む音に首を締め上げられる思いに駆られていた。


「深度五〇〇メートル。随分と潜りましたが、機体は大丈夫でしょうか?」


 沈降する〔ベータ・タイプ〕の編隊は気持ち程度のサーチライトを灯し、マリンスノーが揺らめきを照らし出している。


 搭乗員たちの目にはそれが宇宙のデブリにも思えたが、本質的に違うものだと直感した。モニタは真っ暗闇を映すばかりで、包囲を定める星座や恒星の輝きもない。


 有機物に満たされながら、何もない宇宙にも等しい厳格な環境。


 酷似していても、搭乗者の耳から脳髄へ抑え込まれる圧迫感は気分のいいものではない。


 不安そうなクルーに対して、〔ベータ・タイプ〕の機長は毅然と言い放つ。


「技術部は二〇〇〇メートルまでは耐えられると言っていたんだ。耳の圧迫感が気になるなら、耳抜きをする」

「宇宙人側の民間療法でしょう?」

「こまめにやれば、効果はある。俺たちの『力』を使わなくても、対処できる」


 機長の言葉に乗り合わせているクルーは訝しみながら、鼻をつまんで耳抜きをする。


〔ベータ・タイプ〕の搭乗者は総勢一二名で動かされている。機長に副機長、索敵及び航海士を担当する士官二名、操舵士が二名、機関士二名、銃座と火器管制、加えて機体内の対応員が二人。


〔ベータ・タイプ〕は強力な火力と変形機構、何より高い汎用性を凝縮した機体だ。その制御を行うにも相応の人手を要する。機動兵器(アーム・ウェア)以上、戦艦以下の戦略的武力を持つことから戦闘艇に近い位置づけになるだろうか。


 機長を務めるシャッタル・ブリューは首元のインカムの位置を正し、キャップのつばを後ろに回した。


「浅瀬は調べつくしたんだ。あとは深海だとはいえね」


 索敵担当がぼやきながら、アクティブセンサの調子を確かめる。


「体力は温存しておけ」


 シャッタルは顎鬚を摩りながら、司令室を移動する。


「次の浮上まで一日、二日あるからな。各艦艇には引き続き周囲の捜索を」


 シャッタルは機内の前方へ足を運び、狭いブロックを繋ぐ穴をくぐっていく。周囲には配電ケーブルが敷き詰められ、その上を覆うように横倒しのラッタルがかけられている。


 司令室を出てすぐは士官寝室だ。ケーブルに囲まれて、手狭なスペースに固くて小さい二段ベッドが横たわっている。そこから少し進めばもう一つの二段ベッドがあり、そこが機長と副機長のスペースになっている。


 シャッタルは下段のベッドから使い古された手記をひったくり、さらに前へと進んでいく。


 その時に前方からカーキ色の作業服を着た機関士とすれ違う。


「エンジンの調子はどうだ?」

「エンジン本体に異常は見られません」

「あと三日は持たせてもらいたい。また敵性機とのニアミスもありうる」

「そのつもりです」


 シャッタルの声に機関士はニカッと笑ったが、だいぶ目元のクマがひどくて疲れているように思える。


 機長としては心苦しいところであったが、そうも言ってられない。


 手記を開きながら、ここ数日の航海記録と接敵時刻を見て眉を顰める。


「深みに入れば、向こうも神経質になってくるだろうか」


 シャッタルの足は機首の方へ進み、補助動力機関室を抜けて、頭部銃座についた。


 頭部銃座は変形時には〔ベータ・タイプ〕の頭部となり主砲になる。現在は正面をモニタする観測所として機能していた。


「観測、ご苦労。調子はどうだ?」

「機長。調子も何もありゃしません」


 狭い銃座に座る男は正面のモニタから視線を外して、横についている円盤状のモニタを確認する。彼もまた髭面であったが、シャッタルほど整っていない分ゴリラのような顔つきになっていた。


「深海に来てからというもの、暗がりばかりで気分が滅入ります」

「ぼやくな。歴史学者になるのが、夢だったんだろう?」

「言いますがね、機長。あの文献は文屋のオモシロネタで書かれた内容に思えます」


 ゴリラ顔の男は鼻の穴を広げながら、反論する。


「言うがな。上の学者たちの見識と一〇年間の実地調査は符合している。宇宙人連中だって信憑性があると言ってる」


 シャッタルはゴリラ顔の男にいって、円盤状のモニタをのぞきみる。


 それには周囲一キロ似も及ぶアクティブセンサの反応を捉えたものであるが、機体が潜水するほどに反応の波形は乱れを強くしていた。サークル状の波形が示すのは、遮蔽物、あるいは深海を漂う生物などの位置であり、大きければ跳ね返ってくる波形も大きくなる。


 しかし、〔ベータ・タイプ〕が持つセンサにはそれら以外も捉えている。


 それは電波である。水中での電波は著しくその効力を減水させてしまう。彼らの駆る機体同士でさえ、照明によるモールス信号を中心にするくらいに水の中は電波を遮ってしまう。


 それでも完全に消滅してしまうわけではない。一定距離以上の受信が不可能になるだけで、発振さえあれば送受信はできる。


 そして、シャッタルは波形が表す谷間の振れ幅に着目する。


「ここ。ここだ。この電波の谷間が似ているんだ」

「何にです?」


 部下の鈍感さにシャッタルはグチを漏らすことなく、手記を開いてメモを走らせる。腕時計をみながら、すぐそばの景気にも目を入らせる。


「艦艇のアイドリング時の波形だ。アイドリング時は長い波形が特徴的で、次に短いのが二、三続く」

「では、もし本当にアレがあるのなら動力は生きている?」

「それを確かめる」


 シャッタルは銃座にある通信機を引っ張り、司令室に繋いだ。


「わたしだ。センサの波形は確認したか? よろしい。機首を反応のあった方に向けろ。微速潜行」


 シャッタルが通信機を戻すとゴリラ顔の男はシートに座り直し、手元のスティックを握る。


「照明を集中させます」

「いや、照明は下部でやる。おまえはアンノウンに警戒しろ」

「了解」


 シャッタルはすぐに頭部銃座を離れて、もと来た通路を引き返す。


 機体に軋んだ音が響く。宇宙と違うこの音ばかりは各員の気持ちを引き締めさせた。


「深度八〇〇を超えました。各部異常なし」


 シャッタルが司令室に入ると、操舵士の一人が機体の状況を伝達していた。


 もう一人は重々しく舵を握り、深度計と不確かなジャイロコンパスを一瞥する。


「別の海流があるのか? 舵が――」

「塩分濃度が下がっている。真水の海溝に入るかもしれません」


 索敵担当が水の成分を分析した結果を言った。


〔ベータ・タイプ〕の編隊は今真横からの海水の流れに当てられて、体勢がやや傾斜がかっている。空と違いその質量の重さと流れの強さは、機体への衝撃を宇宙や空中の何倍にもした。


「副長、指揮を任せる。後続は待機させろ」

「わかりました」


 副長はシャッタルの命令を受けると、帽子の鍔を上げて二人の操舵士の間に立った。


 そして、深度一〇〇〇。


 後続の照明が上から降り注ぐ中、先頭を行くシャッタル機の機首が逆方向に流れる水の流れに接触した。


 ドンッ。


 機体内に鈍い衝撃が走り、各員の体が揺れた。シャッタルは下部に繋がる通路のパイプにしがみついて、衝撃に耐える。


 その彼が通路に目をやればラッタルを登っていた対応員が片手でラッタルにしがみつきながらも、身体が壁にたたきつけられているのを発見する。


「大丈夫か!? 上がれるか?」

「平気です。どうってことありません」


 機内でもひときわ屈強な彼らは振動する通路の中であってもすぐに体勢を立て直して、ラッタルを即座に上がってくる。


「真水の海溝に入ったやもしれない。後部に備えてくれ」

「変身ですね。耐えられますか?」


 シャッタルは対応員の大きな手を取って引っ張り上げると、笑った。


「耐えるさ。戦闘時ほど忙しくないだろうが、丁寧に心掛けてほしい」

「了解。為せば成る、というヤツですね」

「何だ、その言葉は?」

「宇宙にいる異星人の言葉です。できないことでもやれると信じてやり通す、だそうで」

「そこまで我々の技術も腐ってはいない」


 シャッタルは対応員を送り出して、今度は自分の体を下へ続く通路へ入っていく。


 宇宙ならば頭から入ってすぐに迎えるのだが、重力がある中で足から降りるしかない不便さに辟易した。


「機首一〇度下げ、機尾五度上げ」


 副長が操舵士二人の肩に手を置いて、深度計を見ながら指示する。


 シャッタルは副長の迅速な判断に納得しながら、下部の補助司令室兼下部火器管制室に入った。


 そこは三面スクリーンとコンソール、並びにいくつかのレバーが備えられた狭い一人用の空間である。


「どうだ? 何か見つかったか?」

「ええ。左手のモニタを」


 火器管制官は耳に張り付くイヤホンに注意を払いながらも、上手から降りてきた機長にモニタを勧めた。


 そのスクリーンには眩しい白色で照らされた海底があった。光量の強い照明はスポットライトの様に海底を這いまわり、そこここに落ちているものを浮き彫りにした。


 帆船の船首、へし折られたマスト、金属の装甲はまるで新品の様に眩しい反射光を返してくる。


「船の残骸……。ここまでキレイに残るものなのか?」

「ほかにもいくつか。航空機らしいシルエットも確認しています」


 水圧の唸るような音が艦内に響く。


 火器管制官はそんなことなど気にもせず、近づいてくる海底に目を向ける。


「少し先に行くと、開けた空間に出るようです。こちら、音波探査の地形図」

「なるほど……」


 シャッタルは映し出されたホログラフィの海底像を見て、顎を揉むように手を添えた。


 すでに成分解析が進んでおり、やはり機体は海水の流れとは別の真水による分断された海流にいるようだ。そして、海底像を見れば一本筋で走る海溝に上流の方で扇状に開けているのがわかる。


 そして、自身の持つ手帳を見て得心する。


「導師の伝説が本当ならこの辺りが陥没した土地だというのも、わからんでもない」

「アステロイドベルト発生時の災害でできたっていう?」

「本土にある昔からの観測データが本当なら地形変動で沈んだ箇所はいくつもある。隕石による津波でもろもろ沈んだ文明もあってしかるべきところ」


 シャッタルは手帳を胸ポケットに入れると、座席にいる火器管制官に言う。


「閃光弾を十二時方向に撃てるか?」

「水圧の影響はありますでしょうが、やってみます」


 シャッタルは彼の不安げな言い草に口元をゆがめながら、正面のモニタに向きなおる。


「キミの見立ては?」

「他の部隊の、『ノア』の物資ですからね。耐圧殻がどうか、わかりませんよ」

「信じるしかないだろう」


 火器管制官はミサイルサイロ、今は魚雷発射管になっている機構に注水をしながら発射に備える。


 シャッタルも司令室に向かって叫ぶ。


「機首そのまま、正面に閃光弾を発射する。第二種戦闘配備。後続には第一種警戒態勢をさせろ」


 了解、と副長の響く声が返ってきて、シャッタルは再び暗いモニタを見た。


 この暗闇の中に何が潜んでいるのか。彼の好奇心が疼くとともに、一抹の不安もあった。閃光弾がこの深海に潜む勢力に位置を知らせる結果になる可能性もあるのだ。


 機体のきしみがクルーたちの不安の現れの様に唸る。


「注水完了。一番、発射準備よし」

「一番発射」


 シャッタルの顰めた声と共に、火器管制官が復唱。


〔ベータ・タイプ〕の背中から高速の魚雷が射出された。スクリューではなくウォータージェットを使った凄まじい推進力で深淵の闇に突っ込んでいく。


 軌道を残す気泡すら深海の暗さには見えない。


 シャッタル達には水から伝わる耳の奥をつくような高音ばかりが響く。


 そして、鈍くはじける音。水圧でつぶれたのかと聞き間違う様な音であったその直後に光が瞬いた。


 魚雷が潰れる直前に中に封入されていた発光素材が作動してくれたのだ。


「これが、伝承の……」


 閃光弾の輝きはさして強いものではない。


 だが、爛々と輝く月光のごとくさらけ出す。


 生物も寄り付かない真水の中で目を疑う様な建造物が光りを照り返している。ピカピカに磨いた真鍮食器のような輝き。沈んでいく光源に合わせて走る光のライン。


 傾斜がかかっている。曲線を描き、下へ下へと続く光の筋はとうとう閃光弾が潰えても根本に至らなかった。


 シャッタルが呆けた顔を叩きながら、司令室の方に叫んだ。


「索敵! 計測はできたか!?」

「はい。推定十キロメートルの砲身と思われるシルエット!」


 その報告にシャッタルの心臓が跳ね上がる。


「こいつが天へと昇る橋だ」


                   *      *      *


 朽ちかけた深海の聖堂には、空気があった。


 外部同様に内部でも錆などで腐食が起きており、灯される明かりは発光ダイオードのようにくっきりとした色合いを持ち艦内を巡っている。


「これ、宇宙船……かしら?」


 ヘルメットを取りながら、勇子(ユウコ)が言った。粘っこい湿気に辟易しながら、青い双眸は内部の様子を観察する。


「大昔にご先祖様が建てた船とかどうとか。今は守護役の住まいになってるけど」

「守護役?」


 (サクラ)は前を行くララーシャに続きながら、眼鏡をかけ直す。


「シキタリなの。宝物を守る役目とそれが他の人にとられないようにするための」

「古めかしい話だ」


 ミュウは呆れたように言っては、同意を求めるように勇子(ユウコ)に目配せする。


 それには優等生の勇子(ユウコ)でも肩をすくめる。


「姫様の国でも似たような物でしょう」

「ムムッ。祖国を馬鹿にするか?」

「そんなつもりはありません。ただ、そう――」


 勇子(ユウコ)は弁解の言葉を紡ごうとしたとき、ふいに疑問にぶち当たった。

 

 この星の文明が画一的に、停滞していること。


 彼ら彼女らは様々な土地で生活し、その身体能力は勇子(ユウコ)たち宇宙からの来訪者よりもはるかに優れて特記すべき力を身に着けている。


 進化を促すためにか。


 生物が環境に適応するため、あるいはより優れた遺伝子を遺すために己の構造を変化させていったのか。


 いいや、それでは『導師の伝説』は何を示すというのだ。


「姫様やララーシャたちが機械文明を持つ理由があったの?」


 先を行くララ―シャが仰々しい両開きの扉に手をかけながら、振り返る。


「さぁ……。けど、導師様はそれが正しいことだと思って知恵を与えたのかな?」


 冷めた口調に(サクラ)たちは立ち止まり、その意味を考える。


 ヒトが機械を持つ理由。


 他の動物に対抗する手段として道具が生れ、自然に拮抗するため科学が発達し、ヒトを生かす土壌となっていた。しかし、そんなことをしなくとも、ララ―シャたちとまでいかなくも環境に順応した生活は遅れるはずだ。


 機械文明の果ての一つが『ノア』であるなら、果たしてヒトは原始の頃より何かが変われただろうか。


「別の種族のお伽噺では導師様は種族間の争いを収めるためにマリーネンを作ったと聞きました。争わないように」


 フフッとララ―シャは(サクラ)の答えに笑って、扉を押し開ける。


「今も昔も導師様は変わりがないようね」


 扉のむこうから光が溢れて、澄んだ空気が流れ込んできた。


 ララ―シャは濡れた髪をいじりながら、光に溶け込むように中へと入っていく。


 (サクラ)たちもそのあとに続いて、部屋の中を見渡して目を見開く。


「結果は、ただヒトの闘争心を仰ぐだけになるとあたしは思うな」


 部屋には太い管が根っこの様に床や壁を走り、天井一面が真っ白な照明が敷き詰められている。そして、何より目を引いたのは八つの透明な支柱。その中にララ―シャと同じ水底の民が封じ込められている。


 そこには中年男や妙齢な女性、若い男女、老人や老婆が眠るように液体の中で浮かんでいる。そして、肉体の崩壊が始まったミイラのような、男とも女とも区別がつかないものと沈んだ白骨。


 (サクラ)たちは青ざめて、震えあがった。


「これは……」

「みんな、守護役に選ばれた人たち」


 ララ―シャは(サクラ)たちに向きなおり、乾いた笑みを見せる。


「どういう原理をしているのか、あたしにもわからない。けど、ここに誰かが入らなくちゃ、守らなきゃいけない宝物を失うんだって」

「ララ―シャ様……」


 (サクラ)は彼女の運命を察して、胸が痛んだ。


 ララ―シャ・ベルベロッキは外の世界を知りたがっていた。だというのに、この深い海の底に縛られ続ける運命を課せられた。


 いったい誰がこれほどに残酷な運命を用意したのだろうか。


「ここで死んでいくのか?」

「そうみたい。あまり実感はないけど」


 ミュウの固い質問にララ―シャは朗らかに答える。


「ねぇ。あたしの人生を全部なげうってでも守る価値のある宝物って何だと思う?」

「……」


 人生と引き換えに守り通す宝物。


 (サクラ)には思いつかなかった。ララ―シャの立場に置き換え、これまでの旅路を振り返って、もっと自らの一四年という短い人生を振り返ってもわからない。


 この先、数十年に匹敵する価値。


 勇子(ユウコ)にしてもミュウにしても人生を天秤にかけた時、それをも傾ける大きさや等しいものなど思いつかない。


 ララ―シャにもその答えは見えていなかった。


「世界を旅している導師様たちなら何かわかると思ってたけど……、そうじゃないんだね」

「申し訳ございません」

「別にいいよ」


 (サクラ)はララ―シャの顔を見つめながら、必死に考える。


 どうすれば、彼女を救えるだろうか。


 この深海に眠る宝の正体を暴けば、この風習に終止符を打つことが出来るだろうか。だとして、このカプセルの存在理由を否定できるのか。守護役に選ばれ、この閉ざされた世界で消えていくことが何を意味しているのか。


 堂々巡りの思考は疑問に疑問を重ねていくばかりで、解決策から遠ざかっていくばかり。


「ここの機械を調べ上げれば、打開策はあるのではないか?」


 ミュウが辺りを見渡しながらいう。


 勇子(ユウコ)もそれをもってカプセルの周囲に小走りで駆けよって、コンソールがないか調べる。


「無理だよ。調べるにしても、わたしたちの知識ではここが船であったという記録だけ。外の世界ならここのことを何かしら伝わっていると思ったけど」

「わたしたちが聞いたのは、この海域にマスドライバー――、宇宙に行くための建造物があるっていうことだけ。この船も打ち上げるための母船だったのかもしれない」


 勇子(ユウコ)が口にするのは外観からの推論である。


 ララ―シャは肩を落とす。


「じゃぁ、この装置は何なの? ただのヒトを殺すだけの機械?」

「それは――、わたしにもわからない」


 カプセルを調べていた勇子(ユウコ)は捜査の手を止めて、中で沈んでいる白骨を見た。


 もしこれらが何かしらの機械なら意味もなく存在するだろうか。これらは確実に稼働している。唸り声のような駆動音が部屋全体に響いている。


 アニミズムを信仰している民族ならこういったこともするかもしれない。


 あるいはそう思わせて、機械の本質を隠しているとも考えられる。


 勇子(ユウコ)は思う。


 この星には汎神論的な信仰が根付き、人知を超えた存在を信じている。その反面、マリーネンなどの彼等の知識水準を超えた科学技術を有している。


 卵が先か、鶏が先かという命題のように、今の『ファルファーラ』を作り上げたのが各民族によるものなのか、超技術によるものなのかをとやかく論じても仕方のないことだ。


 それほどに混沌とした均衡で『ファルファーラ』は成り立っている。


「あるがままを受け入れるしかないの、かしらね」


 ララ―シャの結論は単純であった。


 運命には逆らえない。従っていくしかできない。個人にそれらをせき止める力はない。


「まだ、そうと決まったわけではありません」


 その時、(サクラ)が否定した。


 ララ―シャたちは彼女を見て、その赤い瞳が揺れているのを見た。確信も持てず、無根拠にした言葉であることは明白であった。


「わたしたちがこの施設をくまなく調べてわけではございません。もしかしたら、新しい発見があるかもしれません。〔アル・スカイ〕の索敵だって――」

「それは全部、あなたの希望よ」


 ララ―シャがぴしゃりと遮った。


 希望を抱いても、それが潰える未来しか見えなかった。


「希望をもってはいけませんか?」

「現実を見ていないみたいで、あたしは好きになれない」


 だから、とララ―シャは目を細めて(サクラ)を見た。


「導師様。あなたは万能じゃない。この海の底では満足に泳げないでしょう?」

「それはあなた様も色んな場所を見た時、同じことを言われると思われます」


 (サクラ)の言葉に、ララ―シャは息をのんだ。


 初めて、純白の少女がただの英雄の生き写しではないと思った。


「わたしは御覧の通り、力は弱く、頭もよくありません。色んな所に行っても、そこに住むヒトビトには及びもしません」


 (サクラ)はララ―シャを真正面にとらえて言う。


「それでもここまで来れました。わたしは多くのヒトと出会うために、大きな困難に立ち向かうために」

「導師様は大きなことを成し遂げようとしているのはわかったよ。けど、あたしには関係ない。だって、ここで終わるんですもの」

「そうあなた様が決めたからですか?」

「決められたからよ」

「では、一緒に考えましょう」


 ララ―シャは(サクラ)の純粋さに嫌な気分を味わった。


 同情、憐憫と自分の小ささを突きつけられたようで惨めな気分だ。希望を捨てようともしない少女ほど見苦しくて見るに堪えない。


 そう思うのも、かつての自分がそうであって徐々に希望の価値など虚しいものであると刷り込まれていったからだ。


 今更、と諦観してララ―シャ・ベルベロッキは疲れた笑みを浮かべた。


「考えて、無駄としても?」

「わたしはまだララ―シャ様のことをよく知りません。けど、あなた様が外の世界を知りたいという気持ちは誰かが奪い取っていいものではありません」


 (サクラ)は真面目に言う。


「あなた様の宝物、人生の大きな目標なのですから。一番大切にしなければなりません」

「そう。そうね」

「わたしはあなたの希望を守れるなら、全力を尽くします」

「人生をかけてでも?」

「無論です。けど――」


 (サクラ)は照れて、指先をもじもじさせながらいう。


「わたしも一人ではなかったから、ここまで来れたのです。そして、来れると信じられました。そして、この先にも行けると信じています」


 勇子(ユウコ)とミュウも(サクラ)の言葉には面食らった。


 信じることをバネにして彼女はくじけそうになっても、前に進んできた。それしか知らないようにも見て取れたが、(サクラ)の純真な思いはそのままこれまでの行動に繋がっている。


 ララ―シャは自然と笑いがこみあげてきた。


「アハハッ。何それ? 一致団結が解決策だというの?」

「はい。一人より二人。二人より四人――。世界はですね、ララ―シャ様。ずっと広いのです」


 (サクラ)は大きく手を広げて強調した。


 相変わらず子どもの発想で、勇子(ユウコ)とミュウは呆れてしまう。しかし、彼女の世界は広がってる。


 この深い海の底よりもずっと深く、広くこれからも拡大していくに違いない。その中にはきっとヒト救う手立てがあるかもしれない。


 希望がほんの一握りのモノであっても、世界を見渡せばその一握りは一つではない。


 ララ―シャが世界を知りたいと願うのなら、その願いをかなえる最善を世界に問いかければ出てくるかもしれない。


「空に巨大な山が浮かび、大樹に小人たちが暮らし、ジャングルの木々に家を建てて暮らすヒトがいるだなんてわたしは想像もしたことがありませんでした」

「それってあなたの空想?」

「空想ではありません。あなた様がまだ知らないだけです」


 ララ―シャは目の前の少女が面白くて、陰鬱な気持ちや嫌な気持ちも忘れてしまった。


 外の世界を知りたい。小さく縮こまっていた希望が怒ったフグのように膨れ上がって、強気になってくる。


「だったら、ここに閉じこめられるなんてまっぴらごめんね。もう少し足掻いてみましょ」


 その言葉に(サクラ)たちも安どの表情を浮かべる。


「ララ―シャ様、この部屋の他にはどのような施設がございますか?」

「奥の方にいくつか部屋があるの。けど、途中でふさがれちゃってるの。ほら、この建物から突き出てる部分。あれが通路をつぶしちゃったみたいなのよね」


 ララ―シャの話を聞きつつ、勇子(ユウコ)が管の行く先を見ながら言う。


「どこかしら別の入り口とか、通気口とかありそうなものだけど……」

「外からは全く。足元から空気は来てるけど、握り拳ほどの配管ばっかりでヒトが通れる道なんてないよ」

「うむ。確かにここから風が来ておるようだな」


 ミュウが配線をかき分けて、床にある空気穴を見つける。耳を近づければ、空気が漏れるのとは別に鼓動のような、地鳴りのような音を聞き取った。


 次いで鼻先で臭いを確かめたが、かび臭いばかりでなんら新しい発見はなかった。


「地熱とか、太陽光を利用してるとも考えられますね」


 勇子(ユウコ)はエネルギー供給の経路考えながら、顔を上げる。


「艦艇ならそういうのもありそうだけど――」


 その時である。


 室内に警報が鳴り響き、天井一杯に警告メッセージが表示される。


「何事だ!?」


 ミュウが跳び上がって、周囲を警戒する。


 天井を見たララ―シャが血相を変えて、口元に手を当てる。


「誰かが遺跡に接触してる」

「遺跡って何よ? ここじゃないの?」


 勇子(ユウコ)はララ―シャに言った。


 (サクラ)も状況急転に驚きながらも、ヘルメットをかぶり直す。


「ここからずっと北側に『天に昇る橋』っていう遺跡があるの」

「それだ! わらわたちが探していたもの!」

「危機が迫ってるかもしれません。見に行きましょう!」


 (サクラ)は三人を扇動して、急ぎ〔アル・スカイ〕の下へ走った。

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