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スカイ・レコード  作者: 平田公義
第十五章
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~音楽~ 二人の野心家

 月のウッグリン・シェルミナート宰相と防衛大臣ジャック・ニコルスは『ノア』の迎賓館にて、会談を設けていた。周囲には二人を見守る官僚が相席し、後ろには両陣営の警備兵が立っていた。


「人工衛星兵器〔サンクション〕……。ふむ」


 ウッグリンは金糸の刺繍が施された座椅子の肘掛けをなでながら、テーブルを挟んで向かいにいるジャックの歪んだ笑みをみた。


「何か、気になることでも?」

「いや、な。そちらにこれだけのモノを、それも短期でできますかな?」


 挑発ともとれる発言に、ジャックが反応するよりも早くウッグリンが手で制する。


「いや、そちらの技術力、とりわけ兵士には全幅の信頼をしておる。わしが思うに、人工衛星兵器を偽物に破壊される危険性があるのでは、と」

「宰相殿。ご心配はいりません」


 ジャックはおかしくて思わず声が弾んだ。


「衛星軌道上に上がってきたところで、人工衛星兵器を落とせるほどの戦力を奴らは送り込むことなどできはしないでしょう」


 自信たっぷりにいうなり、テーブルを軽く叩いてコンソールを呼び出した。光学式のタッチパネルは厚めのガラステーブルの表面にキィを浮き上がらせる。


 ウッグリンはこの技術をみても、さして驚くことはなく彼の素早い手つきを見守る。


「現在、〔サンクション〕は静止軌道上にて建造中でありますが――、これをご覧ください」


 と、ガラステーブルにきらきらと燐光が瞬き、それらが集合して像を形作る。


 それはガラス細工のように浮き上がる人工衛星兵器〔サンクション〕のモックアップであった。


 きめ細やかな気泡のようにガラステーブルの中に浮かぶ光粒子が立体的描画を作り上げる。


「人工衛星兵器というからどんなものかと思えば……」

「ヒト型か」


 これには同席している月の官僚たちがどよめいた。


 俯瞰からみる超兵器は長砲身を肩に担いだ巨人であった。周りには作業中の〔AW〕だとか、〔マリーネン〕が小さな熱帯魚のように動き回っているのが再現されている。


 それらと比べれば、〔サンクション〕との比は歴然である。機体は回遊魚のように大きく、〔AW〕などは長距離砲の砲口にひと飲みであろう。


 実際全長は五〇〇メートルを超えている。砲身は八〇〇メートルほどである。『ノア』の戦艦〔アーク・フォース〕をも凌ぐ超ど級戦艦クラスだ。


「すでに武装化は進んでいます。アーム・ウェアもマリーネンも最小限の導入ですみます」


 ジャックの補足には〔サンクション〕への自信がありありと感じられる。戦艦クラスともなれば、副砲や機銃などの防衛火器をつけるのもわけはない。


 が、当然問題も生じてくる。


「その分の費用と施工期間はかかりますが、まぁ、お互い人員不足を補うに越したことはないでしょう?」

「無論だ。そのように取りはからってくれればいい」


 ウッグリンはジャックの下手の言い方に違和感を覚えつつ、その意見を了解した。


「しかし、なぜ、このようにまどろっこしい形なのだ?」


 ウッグリンはガラステーブルをしわがれた指先でたたく。


 彼自身、兵器の運用思想に詳しいわけではない。が、今回の人工衛星兵器がそもそも、人型の形態をとる必然性を感じられなかった。


 ジャックは歪な笑みを浮かべて、ソファーに深く腰掛ける。


「自衛手段ですよ。砲身一つをフレキシブルに動かすのは、賢い考え方ではない」


 彼の自信たっぷりの発言にウッグリンは喉を鳴らしながら、隣に座る官僚に視線を向ける。


 その男はウッグリンの腹心の一人であり、軍部に深く入っている男である。


 男は太い眉を歪めながら、ウッグリンに耳打ちする。


「口実です。こちらへの対抗手段を建造しているともいえます」


 男はジャックの余裕綽々な笑みを一瞥して、ウッグリンから離れた。


 ウッグリンの老練な脳髄はしばし相手の思惑を想像した。


 野心家が無作為に兵器の形を決めるだろうか。超長距離の砲台を建造するだけなら言わずもがな、形態はシンプルに特化したものであるべきだ。だが、彼はおそらく人工衛星が何らかの形で襲われることを懸念している。


 それが『導師』が率いる同盟軍によるものなのか、それとも――。


「我々を牛耳るため、か」


 考えられるのは、身内からの略奪である。


 急ごしらえの条約だ。彼らは強力な兵器は自分らの管理下に置きたいにきまっている。


 人型のデバイスが飾りで終わるはずない。ただの運搬機構で済むはずがない。


 人型デバイスをそのまま月の軍隊を薙ぎ払う巨神へと仕立て上げるつもりなのだ。宇宙での戦闘を加味し、なおかつ月面上での戦いを想定するならば、人型はなるほど柔軟な対応をしてみせるだろう。


 さらに老人を懸念させるのは、『ノア』の技術力である。


「すでに、次の〔マリーネン〕の生産ラインもできあがっている……。力を付けだしている……っ」


 ウッグリンはそこまで考えて、ジャックの訝しむ視線に気づいた。彼は驚く素振りを見せることなく、むしろ、鈍感な老人のように緩慢な返しをしてみせた。


「どうか、なさいましたかな?」

「いやぁ、あぁ、なるほど。巨大な砲身を移動させるのにもエネルギーは食いますからな。そのために砲身と運搬システムは切り離して使う。なるほど、なるほど」

「ご理解を得られたようで何よりです、閣下」


 ジャックは姿勢を正すと慇懃に答えた。


 だが、腹の底ではウッグリンのとぼけた発言にほくそ笑んでいた。側近とやりとりをみれば、老人が無知であるように感じられたし、なによりお高く止まっているだけの元老員を彷彿とさせた。


 時分の敵ではない、と彼は月の宰相を下に見始めていた。


「ついては、人員もそれなりに必要となってきますが――、大丈夫ですかな?」


 ジャックが探るように問いかけ、ウッグリンは弛んだ頬をもむように口元を手で覆った。


「具体的な数をいってくれれば用意はしよう。が、規模がでかいとそちらの監視網も面倒ではある」

「そのようなことは、直に解決いたします。元老院はすでに掌握しつつあるのですから」


 ジャックの意味深な口調に同席する『ノア』の警備兵も一瞬驚きの顔を見せる。


 防衛大臣がその上に鎮座する元老院を蹴落とそうと考えている。いかにもな野心である。しかし、その腹の内を月の民に明かすのが警備兵たちには理解しがたかった。


「下克上もいいところではないのか?」


 月の官僚もジャックを国家反逆者と思えて、そんなことを言った。暗に亡命を希望しているとも感じられるのだ。


「いやいや、必要なのは停滞した指導者ではない。流動的な、そう、あなた方のように危機感を持てる人物にこそ時代を築く力があるのです」

「大きく出ましたな、大臣」


 ウッグリンもそれが方便か、誇張か、あるいは本音か判断しかねる。迎合しようとすり寄っている風情でもあり、安易に懐に迎え入れない緊張感もあった。


 だが、彼はジャック・ニコルスに通じるものを感じ取っていた。この場で話し合うことは人工衛星兵器の主導権争いでも、整備進捗を聞くためでもない。


 互いの腹の探り合い。


 彼らは全幅の信頼を預けられるほど純真ではない。猜疑と妥協、信頼と譲歩とを天秤にかけつつ精鋭攻勢(グラナド)軍隊(アルマダ)の指揮権を掌握する算段ばかりを考えているのだ。


 ウッグリンはテーブルに置かれているグラスを注視して、すっと手を伸ばす。すると、グラスは彼の意思と見えざる力によって浮き上がると、ゆっくりと彼の手中に引き寄せられた。


「元老院は随分と力を落としているとお見受けする」


 その実感はこの迎賓館の成金趣味から思うことである。


 ジャックも笑みを見せた。


「所詮、数百年、数千年、考えを改めることのできなかった古い時代の人間です」

「そこまでいうか……」


 月の官僚がボソッとつぶやいた。


 ここまで堂々と愚痴をこぼし、あまつさえ味方の兵士がいるまで元老院を無能呼ばわりする。肝が据わっていると称するべきか、世間知らずというべきか。


 ウッグリンはグラスの水を飲んで、唇を鳴らした。


「そういうのならば、大臣。あなたはこの『ノア』をどうしたいというのだね?」

「そうですな……」


 ジャックは自分の前にあるグラスを取り、揺れる水の動きを注視する。それから、グラスの底で宙に円を描きながら、滑らかに傾く水の動きに自分の考えを例えた。グルグルと回る考え、損益、信義、疑義をかき混ぜて考えを纏め上げ、とつとつと言葉にしていく。


「明快に言ってしまえば、『ノア』に生きる人が思い描く永遠の命というものを覆したいのであります。どれだけ時を重ねようと、その大半が眠りの中になるのならば必然生きている意味などありはしないでしょう?」

「いかにも、怠惰な時間の積み重ねを貴重とは言わん」


 ウッグリンにもわかる感覚であった。


「ただ時が経つだけの生は植物のそれだ。静かに生きよう、安らかに生きようとも、我々は動的に生きている。停滞し、それに甘んじていればこの老いぼれの体に血も肉もいらん」

「その感覚、痛いほどわかります」


 ジャックは深く頷き、グラスを弄ぶのをやめた。


 彼の手の中で水が渦を巻く。


「能天気なんですよ、そういう連中は。こういうところで数千年も生きていられるということが、自分たちに妙な自信をつけさせた。絶対的な安全はないというのに」

「そうだ。宇宙という空間を甘く見すぎている」


 ウッグリンは初めてジャックに同調した。


 目先のことばかりを考えている男かと思えば、ビジョンは壮大なものであった。現実的か否かを除いて、彼の言い分はなるほど月の民をも巻き込む力を発揮しだすかもしれない、と感じさせもした。


 ジャックが俯いて水の流れを見ているのに倣い、ウッグリンもまたグラスの水を見た。ちゃぷんっと水が弾んだ。


「水を、コップ一杯にするのにどれだけの苦労をしたよ。空気もだ。祖先の恩恵をわかっていないのだ」

「それが『導師』への恨み辛みというわけですかな?」


 ジャックは何か確信を得たとばかりに、顔を上げて象徴的な歪んだ笑みを浮かべる。


 彼には月の宰相が器の小さい虚勢を張っているだけの老人だとは思いたくはなかった。自分自身の肉体がいつか老いていくはてに、欲求不満だけが骨に支えられ、たるんだ皮膚をかぶっているようになっているのだろうと漠然と感じていた。


 自分の行く末がウッグリンのようになるならば、観察するのも悪くはなかった。


「宰相殿。あなたの世作りはどういったものか、わかった気がします」

「それは、貴様の想像でしかないな」


 ウッグリンはぎょろりと目だけを動かして、皮肉っているように笑うジャックを窺った。


「だから、信頼もしましょうし、疑いもしましょう。しかし、ウッグリン宰相を信頼する一助にはなりましょう」

「都合のいい――」

「そう解釈するのが、今後の交友にも必要になります」


 ジャックは実に落ち着いて、ウッグリンの焦りを窺った。


「ふん。期待させてもらおうか」


 ウッグリンは話を切り上げると、グラスをテーブルに戻した。これ以上話していても、老衰した身体はつらいだけであるし、何より揚げ足取りの不毛なやり取りになるのが目に見えていた。


 そんなものは何の得にも毒にもならない。


「我々もそろそろお暇させてもらう。月の方も何かと忙しいからな」


 ウッグリンが重々しく腰を上げると、呼応してジャックもすっと立ち上がった。


「では送ってゆきましょう。それで、どうでしょう? その途中にでも衛星兵器の下見などされては?」

「ああ、では頼もうか」


 ウッグリンの反応を見て、ジャックは背筋を正す。それから背後にいる兵士たちに振り返る。すぐ後ろに立っていたのっぽの兵士と目があった。


「宰相殿がご帰還される。船の手配を」

「はっ」


 のっぽの兵士は返答すると、一足先に部屋を出ていった。長い手足で颯爽と談話室を縦断し、豪奢な扉では体を丸めて出ていった。


「では、今後ともよろしく頼むぞ」


 そういってウッグリンはジャックに手を伸ばした。


「ええ。こちらこそ」


 そして、ジャックもまたその手を握り返して、握り返した。


 互いに暖かい手、か細い指でありながら、そこに加わる力の強さに奇妙な感じを覚える。生きている証ともいうべきか、老いてなお生命の強さをうかがわせる手に二人は心穏やかではなかった。


 ジャックの方から握手を解く。


「参りましょうか」


 ジャックはウッグリンたちよりも先に立ちながら、握手をした手を固く握りしめた。


「この男を使いこなせるか……」


 口の中でつぶやき、ジャックは不安を覚える。


 防衛大臣である彼は『ノア』の中ならば誰であろうと、手駒にできるという自信過剰さがあった。が、その根拠のない自信は必然外部から来たウッグリンには通用するものではない。


 目覚めて人を使う立場を確約されていたジャック・ニコルスには厳しい感触である。あるいは、これが『ノア』の長い歴史の弊害ともいえる。世間を知らなすぎるのだ。


 一方で大臣や兵士に周りを固めながら進むウッグリンも一抹の不安を抱えていた。


「面倒だな。導師に続き、この頭でっかち……」


 ウッグリンは口をもごもごさせて、周囲の壁を見渡した。


 だが、今は我慢の時だと年の功で抑え込んだ。これ以上に老人は我慢を重ね、歳を取ってきた。


 すべては万里同風の悲願を成就させるため。暗い宇宙から再び明るい太陽と青い空の下で生きるための我慢である。


「今は防衛大臣が勝手に動いてくれればいい。あとは、忌まわしい本国の小娘をどう始末するかだ」


 そう。ウッグリンにとって一番の障害にあるのは、月の民の象徴である存在だ。


「過去の英雄の末裔はこの戦争で華々しく、消えてもらう」


 英雄がいる世界はいつだって混乱の渦中にある。


 一時代を築き上げた英雄の血筋とはいえ、日和見主義に染まった英雄など誰も必要とはしない。


 偽物以上に、ウッグリンにはいつまでもトップの座に居座る存在こそが最大の悪だと信じてやまない。


 二人の野心家は豪奢な談話室を出ると、一路港へと向かうのであった。

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