~音楽~ 寂しい音色
西大陸の中部は森林と荒野が交錯する土地柄であった。
赤道よりも北にある大地は南側ほど亜熱帯気候ではない。乾いた風と強い日差しにさらされて、雨量も少ない。哺乳類が住む環境というよりは、爬虫類や猛禽類が弱肉強食をする世界に近いだろう。
その空をかける〔アル・スカイ〕に当たる風は暑く乾いていた。
「衛星写真だとこのあたりのはずだけど……」
勇子は立体スクリーンに映した衛星写真と足下のモニタを見比べながらつぶやく。
カラスード族と別れて二日。『ノア』の人工衛星は相変わらず宇宙で目を光らせている。大々的になってきた宇宙勢力の動きは桜たちにも厄介なことであった。
「だから、迂回だの隠密だのとまどろっこしいことはするべきではなかったのだ。二日前の画像などあてになるのか?」
ミュウは進展しない状況に煮えを切らしていた。
「人工衛星の監視網を甘くみすぎです。この子やオリノ所長がいても、何十機もあるんですよ? すべてに欺瞞をかけたらそれこそ怪しまれるわ」
人工衛星の視界をクラックことは不可能ではない。が、それを頻繁に行えば連携している人工衛星同士のデータリンクにそごが生まれてしまう。
「所長のことは『ノア』にも、侵略軍にも知られたくないの」
「あやつなら、どうにでもできそうではあるがな」
「オリノ様でもそれは難しいかと……」
ミュウの不満の声に桜も苦笑いを浮かべる。
「そうよ。あまり所長におんぶにだっこってわけにもいかないわ」
勇子はそう返して、衛星写真の画像の鮮明度をあげる。いくらか細かい絵になって、自分たちの位置とを照らしあわせることができた。
よし、と勇子は小さく頷く。
「桜、少し高度をとって」
「はい」
〔アル・スカイ〕は空中を蹴ると雲の上に出る。向かい風に機体を揺すりながら、なだらかな放物線を描いて降下していく。
見下ろす大地は枯れた白い色をして、ぽつぽつと森林の青葉がまだら模様をつけている。
「あれなの?」
めざといミュウが正面のモニタに乗り出していった。
雲の切れ間から地上絵にも似た町並みが見える。
「大きな町みたいね」
「こういう場所にも暮らしている方々がいらっしゃるのですね」
桜は機体の高度を下げつつ、操縦席に走る微振動に奥歯をかみしめる。
大きくなっていく地表。その迫力に心臓が早鳴る。
〔アル・スカイ〕は雲の絨毯を突き抜けて、眼下に見える町へと降下する。風を切り、大地に迫る巨体はマントをなびかせて高度を落としていく。
荒野の中にわき出たオアシスのように、その町は緑に囲まれていた。ずんぐりした木々の近隣に小さな家屋が並びび、乾いた風が大通りを吹き抜ける。
「警戒されてない……。どういうこと?」
勇子は無反応な町並みを眺めながら、異変に気づいた。
〔アル・スカイ〕が低空に入ったというのに、町は沈黙している。マリーネンがでる気配するらない。
が、町に近づくにつれて機体の鋭敏なセンサが流れてくる音を捉え始めた。
「何? 音? 音楽?」
勇子は聴覚センサの感度を上げつつ、ヘルメットの側面を押さえた。地上から懇々と沸き上がる音色を傾聴し、思わず息を止めてしまった。
その音色の優美で、甘美なこと。
「これはどういうことだ?」
「町のあちこちから聞こえてますよ。なのに、です」
桜とミュウは訝しんで、思わずヘルメットを脱いだ。
音源はあちこちから沸き上がっている。だというのに、聞こえる旋律はまるで示し合わせたかのように揃っていた。
その言いしれない不気味さ。暗澹とした空気に桜とミュウは直感的に、あるいは生理的に拒絶したのだ。
しかし、勇子は怖いもの見たさ聞きたさにヘルメットのヘッドホンから流れる旋律を聴いた。
「ここのヒトたちは一体……」
勇子は胸元を鷲掴みにしてうめいた。
中央で金管楽器の音が寂しげに泣けば、励ますように郊外の弦楽器が甘い音色を奏でて風に乗せる。
それを囃したてるように体鳴楽器のマラカスやシロフォンに似たリズミカルな音が押し上げ、諫めるようにティンパニを連想させる音が押さえつけた。
シンバルが怒鳴る。ドラムが慌てて取り繕う。そんな様子に呆れて、ため息をつくように叩かれるピアノの鍵盤。
それでも、すべての音色がどこか疲れている。
空から町が奏でる演奏を聴く勇子にはそう思えた。
「着陸できそうな場所はないようですね」
メガネをかけた桜がモニタの隅から隅まで見渡しながら言った。
「一度、離れましょう。どこかに機体を隠して、町に向かえばいいわ」
桜の所感に勇子はそういってヘルメットを脱いだ。
結えていた髪を解いて大きく息をついた。
「気が滅入るっ」
聞き入ってしまった勇子は胸の奥に染み込んだ旋律に毒づいた。
心の隙間に付け入り、埋めていく感じ。あるいは感傷に浸る弱さに甘んじる雰囲気。
〔アル・スカイ〕は町の上を飛行し、縦断する。政庁らしい立派な建物を通過しても、軍事的な動きは全くなかった。
木々ばかりが怯えたように梢を揺らしてざわついた。
* * *
桜たちが郊外には行ってまず感じたのは、もの寂しさであった。
「演奏は聞こえるというのに、外には誰もおらんのか?」
ミュウは民家を見渡しながらいらだった声を上げる。様々な楽器の音色がこだましてはいるものの、ヒトの生活環などはなかった。
蓄音機から音楽が垂れ流しになっているのかと思ったが、音の柔らかさや尖った刺激、波のような緩急は蓄音機だけで生み出せるようなものではない。
空気を震わせて、耳だけでなく全身に伝播してくる感触は生演奏によるものだとミュウは確信していた。
だから、お姫様はいつも以上の不愉快さに頬を膨らませる。
「もてなしはどうした?」
「警戒すらされてないのだから、あるわけないでしょう」
勇子はサングラスの縁に指を添えると、空を見上げた。薄いスモークのかかっただけのサングラスでは『ファルファーラ』の日差しを和らぎきれず、チクチクと痛んだ。
「気付いてないはず、ないのだし」
空を見上げながら勇子はつぶやいた。
町の上空を、それも低空で進入した〔アル・スカイ〕を見逃すことなどありえない。高い空を外にでれば誰だって入れただろうし、窓からでも十分に感知できるだろう。
「聞いてみましょう?」
桜は不安げに視線を泳がせるのをやめると、帽子を取って近くの民家に足を進めた。
民家は材木を張り合わせたような木造建築で、その支柱には生木を使っているようだ。その証拠に屋根に巡る梢には青く色づいた葉が傘のように広がっていた。窓は開けっ放しで、すぐ横には玄関がある。
「ごめんください」
桜はドアをノックしながら言った。
しかし、間をおいても返答などはない。パランポロンと乾いた弦のふるえる音ばかりが返ってくる。
その様子を不審に思ったミュウは眉間にしわを寄せて、近くの窓の方へ移動する。
「あの、ごめんくださいっ」
桜は今度は声を張って尋ねた。
「無駄よ、桜」
勇子は桜の横に立つと、落ち込む彼女の肩に手を乗せる。一瞬、桜の方が跳ね上がった。
「ここより、もう少し先を行ってみましょう。中央の方に政庁らしい建物あったから、そこなら――」
「しかし、町中こうなっているかもしれないのです」
「わかるけども――」
桜と勇子は玄関先で不毛な口論をして遅々として進展しない。
「まったく、何をやっておるのやら」
ミュウは話が進まないと見切りをつけると、開けっ放しの窓の方へ移動する。
「正面がダメなら、ここから呼べば――」
警戒心のないまま家の中をちらりと覗いた途端、ミュウの顔色が一気に青ざめる。咄嗟に体を引いて、叫びをあげそうな口をふさぐ。
動悸が収まらず、膝から力が抜けて屈み込んだ。それから、肩で息をしながら桜たちの方へゆっくりと振り返る。
「二人とも」
ミュウのか細く、くぐもった声に口論をしていた桜たちは反応した。
「どうかなさいましたか、ミュウ様?」
桜たちは窓の下で屈んでいるミュウに小首を傾げる。
「何してるの?」
勇子は思わず呆れてしまった。
お姫様の勝手気ままは今に始まったことではないが、状況が降着しているときにふざけているようにしか見えなかった。
ミュウは声を殺して窓を力強く指し示す。鼻を鳴らして、中を見てみろとその仕草から容易に想像できた。
「姫様。あまり感心しないわ」
「いいからっ」
勇子のぼやきも聞くことなく、ミュウは血相を変えて窓を覗くように促す。
「なにか、あるのですか?」
桜は促されるまま、恐る恐る姿勢を低くして窓に近づく。
「ああ、もうっ」
ついに勇子もしびれを切らして、桜の屈んだ背中に乗っかり外枠の高さに視線を合わせる。
桜は中腰の姿勢で上からのしかかる勇子の重みに困った表情を浮かべる。
「あの重たいです……」
「そんなのーー、てっ!?」
そっと窓のむこうを除いた二人は目を見開いて、息を止めた。
家の中ではバンジョーをつま弾く人狼の姿があった。筋骨隆々で着ているシャツやジーンズまでが窮屈そうである。弦をはじき、抑える手は大きく、バンジョーもそれに合わせてバスドラムのように大きい。
俯いて演奏に没頭する人物であるが、時折口元から鋭い牙をちらつかせていた。その歯と突き出した鼻先まで伸びる唇は桜たちの頭などぺろりと飲み込んでしまいそうだ。
そして、人狼の目が桜たちを見た。
「ひ――っ」
桜は短い悲鳴を上げると、身体を沈めようとした。だが、背中に乗っている勇子の体重を支えきれず、ひざから崩れ前のめりに倒れていく。
「うわっ。この愚か者――」
ミュウが罵声を上げるよりも早く、彼女の顔に桜の胸が落ちてきて共倒れになる。
三人娘は鏡餅よろしく積み重なり、一番下のミュウが苦しそうにもがく。どたどたと民家の壁を蹴り飛ばし、土ぼこりを上げる。
「誰だ。騒がしいぞっ」
騒音に気づいて、バンジョーを演奏していた人狼が吠えた。
瞬間、桜たちは情けない声を上げて身を起こす。
それから三人は路上に出てその場で一回転し、方向を決めた桜が走り出す。勇子とミュウもふらつきながら、桜を追っていった。
「桜のドジッ。食われてしまうぞ!」
「うえぇん。そんなこといわれましてもぉ」
「狼顔のヒトだからって、話は通じるでしょう!」
そうはいいながらも、桜たちは背中に感じる寒気から逃げ足を止めることができなかった。
「ネーミラ族とはわけが違うのだぞ! 食われるにきまっておる」
ミュウは実直な感想を言う。
誰だって自分より一回りは大きい相手に委縮する。加えて相手は狼の顔をしているのだ。本能的に危険だと感じてしまう。
「だからって、逃げてていいわけ?」
「あなただって逃げてるでしょう!」
必死に走る勇子にミュウは大声で言う。
少女たちがわめき散らしても、周囲の民家からは何ら反応もない。
「どうしましょう?」
先頭を切る桜は周囲をみながら困り果てた。
「どうするのよ?」
「どうするのだ?」
勇子とミュウが同時に返答する。
次の瞬間、交差点に差し掛かると横間から荷馬車を引いた馬が現れた。
出来事は一瞬であった。
少女たちの悲鳴と馬の嘶きが空に響き渡る。
そして、桜たちはあろうことか荷馬車に頭を強打する。ガツンと脳髄に響く痛みとともに視界が波打つように歪んだ。
「あ、あうぅ」
まともに立ってられず三人はフラフラとさがり、しりもちをつくなりそのままの勢いで仰向けになる。
視界が渦を巻く。青い空が白んでバチバチと花火のような閃光が弾けていく。そして、三人の意識は白い雲にでも上るように失っていった。




