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スカイ・レコード  作者: 平田公義
第十四章
106/118

~再戦~ 至難の道なれど

〔ミカミカミ〕の損耗は予想以上で巨体はとんぼ返りで西大陸へと引き返す航路に入りつつあった。


 右の大翼のプロペラを一機失い、左翼の一機を停止することでバランスを保っていた。それで気流に任せて、〔ミカミカミ〕の巨体がさらわれいる。


「高度を下げ。西からの風速三〇に落ちました」


〔ミカミカミ〕の中枢、中央司令室ではオペレーターたちが内外の状況を整理して、各所に通達している。


 階段状に設けられた各デスクと壁面に並ぶブラウン管テレビに似たパネルが各所の映像記録を出力している。巨大な管理センターを象徴する機材であった。


 そのうち何台かのモニタが連動して、右翼の様子を映し出している。隆起し、裂けた装甲は刺々しい轍を右翼の町に残ったままだ。


 数十機の〔マッドラ〕が歪んだシャフトの撤去作業に当たり、せり出していた部分をどうするか、と測量を続けて状態を観察していた。


 その情報は随伴させている(サクラ)たちの作業機械を介して中央司令部に伝達されていた。


「あ、どうも……」


 そこに緊張の面もちで入ってきたのは、ミーガルである。彼女は調査資料を抱き抱えて、近衛兵に会釈をする。


「役員会ならびに導師様は雛壇の上にいらっしゃる。くれぐれも失礼のないように」

「は、はい。承知しました」


 近衛兵が野太い声で警告するものだから、ミーガルは萎縮してそそくさと中央司令室を進んだ。


 オペレーターたちの視線を気にしながら、階段を上がっていくと雛壇の最上部が見えてきた。


 ミーガルは緊張に高鳴る心音を押さえるように資料を強く抱きしめる。


 すると、最上部で素っ頓狂な声があがった。


「修繕は本当にあなた方だけで?」


 勇子(ユウコ)の声だ。


「何だろう……」


 ミーガルは足を早めて、最上階に行く。


 そこで(サクラ)やミュウ、カラスード族の役員たちを目にした。


「他の方々がそうしている中で、我々だけがご厚意に甘えるわけには……」


 金糸の入った羽織を着た役員の一人が申し訳なさそうにいう。


 彼らの中心では作業機械で投影した立体モニタがあり、〔ミカミカミ〕のモックが展開されていた。


「そうは言いますけど……」


 サングラスをかけている勇子(ユウコ)が心配そうに役員たちを見渡す。


「コレくらいならば、我々だけでも対処できます」


 (サクラ)は役員たちの真摯な視線に複雑な表情を浮かべて押し黙るしかなかった。考えがうまくまとまらなかったのだ。


「簡単にいうがな」


 痺れを切らしたミュウは腰に手を当てて、不遜な態度で役人連中を見渡す。


「この〔ミカミカミ〕の大所帯。それにあの巨大な基軸の取り外しだけでもどれだけの時間を要するか、わかったものではないぞ? それに翼の中の町だって――」

「それは重々承知しております」


 役人の一人が語気を強めて言い放った。


 これにはミュウも思わず口を閉じて、眉をひそめる。


「結果だけを申せば、導師様方のご助力は欲しいところであります」

「ならば――」

「しかし、高貴な生まれの姫君ならば、その意味をよくご存じなのではないか?」


 ミュウはそれを言われて、ぐうの音も出なかった。


 勇子(ユウコ)も役人たちの腹の内がただ意固地になっているのではない、というのを敏感に察することが出来た。


「かつての罪滅ぼし、と申しますか?」


 (サクラ)も苦々しい口調で絞り出す。


「我々の、いや、この星にいるすべての生き物の祖先は『導師』様におんぶに抱っこのありさまでありました」

「それから幾星霜の時を経ても変わりがなければ、我々は怠惰で愚鈍な生物のまま」


 役員たちは熱のこもった声で(サクラ)たちを圧倒する。


「どうか、我々の力を信じていただきたい」


 (サクラ)は懇願されて、気持ちが揺れ動く。ふとミュウや勇子(ユウコ)に顔を向けたくなる衝動が走る。


 が、ぐっと喉をならして踏みとどまる。


 一人で決めなければならない責任感を(サクラ)は恐れた。その判断が本当に正しいのか、と自問してしまう。


「あの導師様、どうか……」


 と、そこに話を聞いていたミーガルが恐る恐る会場に上がった。


 役員たちが渋い顔をして、資料を持った末端兵の介入に不愉快そうな視線を送る。


「あなた、どうして?」


 勇子(ユウコ)はミーガルを頭からつま先まで見て、彼女の抱えているものに目が止まった。


「右翼の損害状況の報告書を届けにきました」

「ああ、そういうの」

「盗み聞きしておったな」


 資料を受け取る勇子(ユウコ)と入れ替わるようにしてミュウが言った。


「申し訳ございません。しかし、意見を具申いたしますと、導師様たちにはもっと重大なお役目があるはず。ここで足と止めるより、前にお進みください」


 ミーガルは深々と頭を下げた。


 これには勇子(ユウコ)もミュウも苦い顔を浮かべてしまう。彼女のいうことも一理ある。まだ接触できていない種族もいるのだ。修理のめども立っていない状況で長居するのは確かに得策ではない。


「……わかりました」


 (サクラ)が了解の意志を示すと、ミーガルはパッと華やかな笑顔をあげた。


 その先には穏やかで、緋色の瞳が凛々しく輝いて見えた。


 (サクラ)は彼女に微笑み、役員たちへと向き直る。


「ただし、あなた方だけではやはり人手不足です。援助を手配いたしますが、よろしいでしょうか?」

「はい。我々も他の種族との交流は願ったりかなったりであります」


 役員の一人が意気揚々というが、ほかの数名は少し渋った顔色をちらつかせていた。


 全員が異文化交流を快くは思っていない。鎖国してきた風習や文化のそごを想像すれば、受け入れがたいところがでてくるのは必然だ。


「失礼いたします」


 と、そこに一人の将兵が足を踏み入れてきた。


 ミーガルは思わず横に退いて、(サクラ)たちの側に立った。


「先ほど導師様宛の電文が本船に届きました」

「わたしに、ですか?」


 これには(サクラ)も小首を傾げて、ミュウと勇子(ユウコ)の顔を交互に見た。


 むろん、二人もこの事態など知る由もなく頭を振る。


 役人たちも将兵の発言に眉をひそめる。


「読み上げろ」


 役人の一人がこわばった声で命令する。


「いえ、それが……」


 将兵は弱った声で言って、緊張したまま立ち尽くす。


 そこで(サクラ)が彼に歩み寄る。


「電文をお借りできますか?」

「はい。こちらになります」


 (サクラ)は将兵から電文を受け取って、一目して納得した。


「ああ。オリノ様からです」

「ご存じの方で?」

「はい。わたしたちの後援をしてくださっている方です。『ノア』の文字だったので、こちらの方も戸惑ってしまったようです」


 (サクラ)の丁寧な言い方に、役人たちは訝しむのをやめた。彼女のやんわりした声や微笑みは真心からくるものだとわかるからだ。


「元気にしていらっしゃるでしょうか……」


 少し頬を赤らめて、伏せた視線で文章を追う瞳は嬉しさに満ちていた。久々に連絡をもらえて、彼女も思わず浮き足立っていた。


「所長はなんて?」


 勇子(ユウコ)は役人たちに目配せしながら促した。


 オリノがまさか文通をしたくて連絡をよこすはずがない。加えて〔ミカミカミ〕を経由しての報告だ。穏やかなもののはずがない。


「最近定時連絡も怠っておったからな。催促の文ではないのか?」


 ミュウの推察に、(サクラ)は首を横に振って否定する。


「いいえ。心配してくださっているのはありますが……」


 そこまでいうと、(サクラ)の表情も曇ってしまう。


「何か悪い知らせでもあったの?」

「……はい」


 勇子(ユウコ)たちにも緊張が走る。


 (サクラ)も言葉を選ぶようにして、今一度文面に視線を落とし、それからカラスードの役員たちを見回した。ミーガルも不安げに見つめてくる。


「上では、『ノア』と侵略軍が衛星軌道兵器の開発に取りかかったとあります」


 勇子(ユウコ)は戦慄して、全身の毛が逆立った。


「何だ、それは?」


 ミュウやカラスード族にはいまいちピンッと来なかった。


「簡単に申し上げると、宇宙から地上に向けての超長距離砲です」

「よくわかりませんが、そこまで危険視する理由は何でしょうか?」


 ミーガルがおずおずと尋ねた。衛星軌道兵器の全容を地上で暮らす彼女らには想像しがたく、また、その破壊力などは考えもつかない。


 高いところから重いものを落とせば、破壊力が増すことがわかっている。だが、その具体的な脅威を捉えきれないのだ。


 (サクラ)が弱ったように肩を落とす。彼女とて兵器の威力はわからないのだ。


 そんな彼女を見かねて、勇子(ユウコ)が説明を引き継いだ。


「任意の場所に隕石を落とせるようなものよ。着弾地点の半径何十キロ、何百キロは跡形もなくなってしまうわ」


 そこまで説明を受けて、『ファルファーラ』のヒトたちは想像力を働かせて脅威の大きさを推し量った。


 ミュウもミーガルたち、カラスード族も固唾を飲み込んだ。


「国一つ、消せると?」

「言ってしまえば、そうなるわ」


 ミュウの極端な話と勇子(ユウコ)の了解はカラスード族をどよめかせた。


「加えて、迎撃手段、もしくは宇宙にあがる手だてがなければ、一方的に攻撃を受けることになる。衛星軌道上にでも建設されたら最後、あらゆる地表を射程におさめてくる」

「それでは虐殺だ」


 カラスードの役員の一人が声を荒げる。


 一方的に安全圏から攻撃を加えて、自分たちの被害はほとんどない。まさに理想的な攻略方法と言えた。


「宇宙を生活圏にしているヒトからすれば、地上のことは対岸の火事の出来事としかとらえないわ。そういう土壌、といえばいいのかしら。宇宙を足場にしていれば、星のありようなんて気にしないのよ」


 勇子(ユウコ)は被害報告書に目を通して、胸を痛めながら言葉を絞り出す。


 これまで侵略軍が宇宙圏からの超長距離砲撃をしてこなかったのは、彼らもまた『ファルファーラ』の住民であったからだろう。地上で暮らしたいと願う彼らが、星を死に至らしめるような攻撃を安易に決断するはずもない。


「いよいよ、侵略軍も切羽詰まってきたようだな」


 ミュウも腕組をして、緊張に肩を強張らせる。空から降り注ぐだろう脅威は想像するだけで恐ろしい。それを食い止めることが出来るのかどうかもわからない。鳥肌が立つ肌に爪をくいこませて、恐怖を抑え込むので精一杯だ。


「それでは今回の戦いは何なのだ」

「時間稼ぎをしているのだろう。こちらが対策に乗り出さないよう注意を逸らすための」


 役員たちは口々に言って、悲嘆にくれる。打つ手がない。たとえ空を移動できる〔ミカミカミ〕であっても、相手は俯瞰から確実に座標を特定して攻撃を仕掛けてくるに違いない。


 少なくとも今回の襲撃にはそうした意図がちらついていた。


「敵の行動は異常だ」


 誰かがそう口にした。そして、誰もが押し黙り、無言で肯定する。


 宇宙からくる侵略者から身を守るので精一杯な彼らには敵の事情を推測する気力はなかった。自分たちの身が危ないのに、襲ってくる敵を想像するのは愚考といえる。


 だから、感覚的なもので敵をとらえる。


 相手は知性も通わない獣である、と言い聞かせている方が余計なことを考えなくて済む。


「そう、でしょうか?」


 しかし、(サクラ)にはそんな考えはなかった。恐る恐る周りの様子をうかがいながらも、自分の意思を示した。


(サクラ)……」


 勇子(ユウコ)は彼女の口を止めようとしたが、これが逆に(サクラ)に拍車をかけた。


「わたしには、侵略軍の全部が冷酷だとは思えません」


 カラスードの役員たちの顔色が激変する。敬愛すべき『導師』が敵を庇う。裏切られた、と感じるのは不思議なことでない。


「導師様……」


 一番ショックを受けたのは、他でもないミーガルである。勇敢で優秀な指導者である彼女が敵に情けをかけるのが腑に落ちない。


「この子は、ほんとに……」


 勇子(ユウコ)は額に手を当てて、がっくりと肩を落とす。


 同盟の象徴が侵略者の肩を持つような発言をすれば、誰だって疑念と不満を抱くに決まっている。それを止められなかった自分が情けなる。


(サクラ)? 冗談だというなら今のうちだぞ?」


 さすがのミュウでも声を押し殺して、忠告するのが精一杯だった。


「いいえ。今日、少しだけですけど、敵の操縦者の声を聞きました」

「そんなものは敵の捨て台詞でしょうがっ」


 役員の一人がしびれを切らして声を張り上げる。家紋の入った羽織の袖がバタバタと震えた。袖に隠れた翼が震えて、怒りを示しているのだ。


 それでも(サクラ)は毅然として、背筋を正して全員を見渡す。


「それが普通の生活を望む声だとしても、ですか?」


 その問いかけにカラスード族は口を閉ざした。


「宇宙で暮らすと言うことは、みなさまには想像しにくいことと思います。しかし、考えてみてください。水や空気がない世界で、みなさまは生きていけますか?」

「そんなこと――」


 ミュウが代表するようにしてつぶやいた。


 彼女自身、宇宙に短い期間とはいえ体感した。その記憶は鮮明であり、あまりの過酷な状況に鳥肌が立つ。


「生きていくためには、それらを生産し続けなければなりません。たとえ、宇宙線を浴び続け、病気になるヒトが絶えなくても、行方不明者を出そうとも、どんなに犠牲者が出ても止めることは許されません」

「そのために人口すらも制御して、生活圏の保持につとめた時代が『ノア』にはあったわ。侵略軍にだって似たような境遇はあるかもしれない」


 勇子(ユウコ)(サクラ)の言葉に添えて、サングラスの位置を直す。その裏で青い瞳がかすかなりと揺れていた。


 中央司令部が静まり返る。浮遊泉を循環させる管が静かに胎動して、沈黙が一層重く感じられた。


「何も考えずに来た敵を撃ち落すだけなら、きっと余計な苦悩を背負わなくて済むでしょう。けれども、その結果は皆様はよくご存知かと思われます」


『ファルファーラ』の歴史が語ることが偽りでないならば、直面している事態に対して向き合わなければならない。


「ヒトの争いの果て……。誰とも関わることのなくなった世界」


 ミーガルがつぶやく。


 カラスード族の役員たちはそれらを歴史学で刷り込まれてきた。しかし、現実として体感すれば違いは身に染みてわかるものだ。


 そして、(サクラ)たちも。


「わたしたちは殺戮を望んでいるのではありません。同盟は宇宙の脅威に立ち向かうと共に対等にするための土壌なのです」

「それだけでは、争いが解決するものではありません」


 役員の一人が言った。


「理想論だ!」


 手厳しい意見である。


 力を終結させて対等の武力を以ても、それは暴力の応酬に耐えるだけの力でしかない。それを奮う意思を根絶しなければ、いつまでも争いは飛び火して尽きることはないだろう。


 それに対して勇子(ユウコ)は誠実に受けて立つ。


「例えそうであっても、わたしたちは一人でやっているわけではないわ」

「すべてのヒトが直面していることなのだ」


 ミュウが腕組を解いて、加わる。(サクラ)たちの弁論に立つべきだと彼女は思った。


「我々は互いの干渉を閉ざして、平穏を確かに手にした。だが、それは逃げ口実ではなかったのか?」

「若いから言えるのだろう?」

「そうだ。だから、わらわは祖先のように逃げることを良しとするつもりはない」


 ミュウははっきりといった。


 島の外を知らなかった皇女ではもうないのだ。数々の地を訪れて、幾多の出会いを重ねて、多くの戦場を体験した。だからこそ、思う。


「苦しいこと、つらいこともあった。だが、多くのことを学んだつもりだ。過去の歴史だけではわらわたちは生きられんのだ」

「そういう、ものになってしまうの?」


 ミーガルが震えた声で言う。


 (サクラ)は改めて全体を見回した。


「歴史はわたしたちを立ち止まらせて、考えさせます。しかし、そのまま立ち止まっていてはいけないのです。少しでも今を見て、歩いていかなければ変わらないままですから」


 いつだってそうだ。


 過去には多くの情報が眠っている。それは先達たちの英知であり、(サクラ)たちに力を貸してくれる。迷ったとき、苦しいとき、過ちを犯したとき、過去の情報が足がかりとなる。


 歴史には過ちが記されてはいても、絶対的な正しさが実現した時代が果たしてどれほど記されているだろう。それを再現できたとして、今が豊かになるのだろうか。


 (サクラ)はいつも思う。


「今を生きているのはわたしたちです。わたしたちの力でこの窮地を乗り越えのです」


 誰も言い逃れができない、この現実に誰もが押し黙る。


「かつての『導師』様がいかに優れていようと、悲惨な結末を迎えたとしても、わたしたちがそれを今に決めることではございません。わたしはわずかな希望であっても、それを信じ続けます」


 (サクラ)の強く純真な思いは揺るがない。


「衛星軌道兵器が建造されてしまっては、急がなければなりません。残る種族との接触を急務とします。同時に宇宙に上がる手段を探索します」


 (サクラ)の凛とした命令が中央司令部に響いた。


「しかし、宇宙といっても」


 だが、役員たちは渋い顔をした。


 と、そこでミーガルが思い出したように言う。


「可能性はありますよ。大昔には宇宙へといった種族がいるんですから、その遺跡か今もそのような技術の断片を持っている種族がいたっておかしくないですよ」


 ミーガルの知識に大人たちは不安げに視線を泳がせる。


 言い訳をするつもりはない。彼ら主導の下で古代遺跡の発掘や研究が行われていたのだ。そうした痕跡があることは役員たちは重々承知である。


「わたしたちは大陸の南へ行きます。皆様にはほかの方々の合流、〔ミカミカミ〕の修繕をお願いいたします」


 (サクラ)はその言葉でその場を占める。


「やるしかない。我らが導師のお導きとあらば――」


 役員たちは了解の意思を示して、会釈をする。


 思考を放棄したつもりはない。今は『導師』の旗本に集い、この難局に立ち向かわなければならない。


 知らなければらならない。


 かつて『ファルファーラ』の民たちが切り捨てた共存の道を。

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