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スカイ・レコード  作者: 平田公義
第十四章
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~再戦~ 震撼する山脈

 西の大陸、北部の山岳地帯で爆音が轟く。朝もまだ早い時間のことだ。鋭い明け方の光が稜線にかかり濃淡な影を彩る。


 青い山肌と深雪の化粧は人の手が加えられた形跡の薄さを物語っている。北端の位置にあるのだ。草木も砂利の床に根付くはずもなく、普通の哺乳類だって寄り付かないような僻地である。


 だから、この地に踏み込むものは同じ鉱物から生まれた機械が似合う。


「素早い――っ」


 (サクラ)はぐっと首をすぼめて、脳天から降りかかる負荷に耐える。


 渓谷へ落ちていく雪崩の波から逃れるようにして〔アル・スカイ〕は跳躍すると、素早く機体を翻す。マントがはためき、四つのセンサーアイが輝いた。


「うっく……。こんなところにまで来なくてもいいでしょうに!」


 ミュウはのど元まで這い上がってきたどろどろしたものを射に押し戻しながら言う。口の中で転がる甘ったるい後味に苦い顔をした。


〔アル・スカイ〕を追うようにして、三機の〔アルファ・タイプ〕が雪崩の陰から上昇を賭ける。粉雪を振り払う人型が三機。


「ひつっこいんだから!」


 勇子(ユウコ)も肩で息をしながら悪態をつく。


〔アル・スカイ〕はスラスターを噴射して、上下逆さまになりながら敵機のビーム攻撃を回避。澄んだ空気を切り裂くビームは予想以上に伸び上り、霧散していった。


〔アル・スカイ〕は脚部を振り回して、懸架しているバリアス・ショットガンを放ちながら応戦。同時に、山脈に広がる渓谷の一つへと飛び込んでいく。


 山脈を走る渓谷は血管のように雪解け水を運搬する働きを持っていた。大小さまざまな川が流れて、流動している。


〔アルファ・タイプ〕は乱雑なバリアス・ショットガンの攻撃などたやすく回避して、愚直に〔アル・スカイ〕を追跡した。


 飛び交うビームが狭く、影になっている渓谷の壁面を砕く。真っ赤な爆炎が谷底に流れる小川を照らし、爆音が谷底から上流下流へと伝播する。


「くっ。このくらいで――」


 (サクラ)はリアビューを一瞥しつつ、フットペダルを踏み込む。


〔アル・スカイ〕はなめからな曲線を描いて渓谷の底へと駆け下る。そして、流れる小川を眼下にとらえた。背後で爆炎を突き抜けてきた〔アルファ・タイプ〕が距離を詰めてくる。


「立ち上がって!」


 (サクラ)の気合にと共に〔アル・スカイ〕は脚部のスラスターを噴射して急制動をかける。お尻から脳天へ突き上げる衝撃が少女たちに襲い掛かる。


 礫が落ちる小川へ〔アル・スカイ〕は滑るようにして着地する。


「墜ちろ!」


 ミュウは叫び、操縦かんを握る手に力を込める。


〔アル・スカイ〕は水しぶきを上げながら、さらに右脚部の脹脛にあるスラスターを開き、振り返りざまに二丁のバリアス・ショットガンを迫る敵機に放った。


 眩しい光が渓谷を埋め尽くす。渓谷という手狭の空間に入ったら、編隊を組む〔アルファ・タイプ〕に回避行動は至難の業だ。


 事実、うかつに飛び込んだ〔アルファ・タイプ〕は瞬いたビームを見た瞬間そのことを悟った。


 二条の光が真ん中を飛んでいた一機を撃ち抜く。飛んでいた位置が悪かった。左右についていた二機はかろうじて回避。一機は凍った岩肌に外装をこすりつけながら、無理やりに降下。もう一機は上昇をかけて、〔アル・スカイ〕の背後に回る。


 降下する一機が岩肌から離れて、小川の流れに沿いながら肉薄。ビーム・サーベルの発振器を握る。


「ん――っ」


 三人は息を止める。集中力を高めて、次の手を考える。


〔アル・スカイ〕は右腕部が持つバリアス・ショットガンを脚部に戻しつつ、もう一丁で上流から迫る敵機へ射撃。


 渓谷の限られた空間では敵に回避の隙を与えにくいが、同時に射線も容易に特定されてしまう。


〔アルファ・タイプ〕はバリアス・ショットガンの射線をくぐり、小川に重々しく着地する。逆関節の強靭なバネで衝撃を和らげて、そのため込んだ力を解放して〔アル・スカイ〕にさらに迫る。


 その手に握られた発振器が光の刀身をちらつかせた。


「来る――っ!」


 勇子(ユウコ)が戦慄した刹那に〔アル・スカイ〕は右のホルスターから発振器を抜き放つ。しかし、間合いが遠い。


〔アルファ・タイプ〕は踏み込みの直前で横っ飛びにはねて〔アル・スカイ〕の抜刀を避けた。


「踏み込みが早いっ」


 (サクラ)は自分を責めた。緊張のあまりに体が予想よりも早く動いてしまう。残心が遅れた。


 その隙を敵は逃さない。


 下流から駆け上がってきたもう一機が体勢の崩れた〔アル・スカイ〕の背中へと斬りかかる。その一閃は素早く、的確に振われる。


 が、翻ったマントがその一閃を防御。二機の間にビームの干渉波による衝撃が膨らみ、互いを弾き飛ばした。


「動きがいい……。どこの部隊? 正面から来るわよ!」


 勇子(ユウコ)は横間からの衝撃に耐えつつ、上流にいる機体が岩壁を蹴って突進してくるのを目で追う。マントがめくれて、無防備になっている胴体を狙おうというのだ。


「正面!?」


 ミュウの反応がコンマ数秒遅れる。


 しかし、(サクラ)はそれよりも数秒早く行動に移っていた。


〔アル・スカイ〕は小川の底を抉るようにして半身を開けて、正面からの刺突を回避。そして、引き下げた右脚部を一気に引き付ける。


 派手な水飛沫と共に〔アルファ・タイプ〕の出っ張った胸部装甲に強力な膝蹴りが炸裂。〔アルファ・タイプ〕の鋼鉄の胴体が風船のように小さく弾んだ。リフティングを受けたボールのように小さく、最小限の動きだ。


「動きがよくたって」


 (サクラ)は操縦桿を力任せに押し切る。


〔アル・スカイ〕は軸足を変えると足元に力なく崩れる〔アルファ・タイプ〕に追い打ちとばかりにスラスターの勢い任せの回し蹴りとくらわす。


 そのまま右脚部を軸にした強烈な一打。攻撃を受けた〔アルファ・タイプ〕はたまらず吹き飛び、下流から迫っていた一機へと飛んでいく。


 下流から迫る〔アルファ・タイプ〕も突如飛んできた黒い塊に動きが硬直する。〔アルファ・タイプ〕二機は瞬時に脱出ユニットを射出。衝突による被害を最小限にとどめる。


「――っ」


 その瞬間、ミュウは小川に折り重なって倒れる〔アルファ・タイプ〕二機にトリガーを引いた。


〔アル・スカイ〕は後方に跳躍しつつも、バリアス・ショットガンによる射撃を行う。まだ活動していた動力炉を撃ち抜き、爆発が轟く。


「あうぅ……っ」


 爆風に煽られて渓谷から飛び出す〔アル・スカイ〕の中で少女たちは呻いた。身体を鞭打つように走る衝撃に視界がぶれて、手足に力を込めて耐えるしかない。


〔アル・スカイ〕は再度空中で跳躍して、山頂へと上がる。その頂に着地し、斜面で踏ん張りを利かせる。


 息もつかせぬ連続挙動に耐えた三人はどっと疲れを覚える。


「まったくこれで三度目だぞ! 今朝だけで!」


 ミュウはヘルメットを取るなり、吠えた。汗で頬に張り付く髪を後ろに払い、イライラのあまりに目元を引くつかせている。


「そう怒らないでください。まだ敵がいるかもしれませんから」


 (サクラ)はそう言いつつも、バイザーを上げて顔に流れる汗を拭う。喉はもうカラカラで集中力も途切れそうだ。


 朝になってからというもの、小刻みに襲撃をかけてくる侵略軍。彼らのフットワークの軽さと瞬発力には驚かされるばかりだ。


「こっちに来てから動きを読まれてる気がするわ。消耗戦を仕掛けてきてるとしか思えない」

「そこまでして……」


 (サクラ)は黒煙の上がる谷底を見る。朝から戦闘の連続でこんなことでは身が持たない。それは敵も同じなのではないか、と見当違いな考えすら覚えた。


「導師様の首を取れば、それなりの褒賞が出るのであろう。でなければ、こんなこと誰がする」

「単独で行動している今を狙いどきってのはあるでしょうよ」


 ミュウと勇子(ユウコ)の冷徹な意見は現実的である。


 今まで無差別に攻撃を仕掛けてきた侵略軍は〔アル・スカイ〕の動きには注目している様子はなかった。しかし、『ノア』と条約を結んだことで人工衛星によって動きを読むようになった。


 敵は宇宙にいる。そのアドバンテージは(サクラ)たちには厳しい条件だ。


「少し休みましょう」


 勇子(ユウコ)はバイザーを上げて深くため息をつく。朝から戦闘続きで心身ともに疲労がたまっている。肘掛けのカバーを外して、飲料パックを取る。


「索敵はしておくけど。しばらくは来ないでしょう……」


 飲料パックのストローを咥えつつ、勇子(ユウコ)は言う。完全に気が緩んでいた。


「いいえ、来ました!」


 (サクラ)はバイザーを下ろして視界を確保するなり、すぐにも太陽側から接近する機影を発見した。


〔アル・スカイ〕は頭部を太陽の方角に向けて、いつでも跳躍できるようにしておく。


「ぶっ。もう!?」


 勇子(ユウコ)は飲料水を噴き出しそうになりながら、素早く迎撃体勢に移る。索敵をかけるまえに敵機襲来では身が持たない。


「索敵はあなたの仕事でしょうに」

「する前だったのよ」

「仕事をしてから休憩しろ!」


 ミュウはそう言いながら、モニタにマークされている物体を拡大表示する。ヘルメットなど被るだけ煩わしい。連戦で気持ちは高まりっぱなしである。


 (サクラ)も同じ気もちで汗を吸って張り付くインナーの冷たさ、気持ち悪さを愚痴る暇もなかった。


「あの形状、初めてみる……」


 (サクラ)は静かに拡大表示した機体を睨んでつぶやく。


 向かってくる機体は黒一色。その腕部には振袖とも、翼とも取れる造形が施され、脚部は細い。何よりも嘴に丸眼鏡をした頭部はカラスに似ている。雪山に住む天狗と見まごうその機体は警戒する様子もなく、まっすぐに向かってきている。


「無線は開きませんか?」

「やってるけど、応答なし」


 勇子(ユウコ)はバイザーを上げたまま、無線の波長を変えつつコンタクトを取ろうと努める。


 侵略軍の機体とも『ノア』の機体とも合致しない以上、この近くに住んでいる原住民の〔マリーネン〕である可能性が高い。しかし、〔ガム・ガラン〕のような新型を投入してきたという可能性もあるのだ。


 三人に緊張が走る。熱を持っていた体も次第に冷えてきて、ぎこちなくなってくる。


「無言で接近しないでよ……」


 ミュウは愚痴をこぼしながら、トリガースイッチに指をかける。まだ敵と決まったわけではない。撃つようなそぶりを見せたら、何が起こるわからない。


〔アル・スカイ〕は右腕部に持つビーム・サーベルの発振器をショルダー・ホルスターに収めつつ、機体をマントで覆い隠した。左にはいまだバリアス・ショットガンが握られている。いつでも反撃できるようにするためだ。


 天狗のような機体は愉快そうに腕を振って、鋼鉄の振袖を揺らした。振袖というよりも金属製の簾のようで揺れるたびにシャラシャラと軽快な音を立てていた。


「歓迎してるの? それとも威嚇してるの?」

「どっちなんだ、もうっ」


 勇子(ユウコ)の慎重な口調とイライラを含んだミュウの声音。


 (サクラ)は真正面からくる天狗のような機体を見据えながら、呼吸を整える。距離にして一キロ。〔アル・スカイ〕の瞬発力ならばすぐにでも間合いを詰められるし、開けることもできる。


 しかし、相手は丸い魚眼レンズをもわせる瞳でじっと〔アル・スカイ〕を捉えて離さない。


 と、センサが新しい反応を捉える。


 それは熱源の増大と地面の強大な揺れであった。


「今度は何だ!」


 ミュウは操縦席にまで届く揺れに狼狽しつつ、接近してくる天狗のような機体と足元を見比べる。


 揺れが激しくなり、斜面の雪に亀裂が走ると雪崩が巻き起こる。もうもうと白煙を上げて滑り落ちていき、雪は渓谷へと突っ込んでいく。


〔アル・スカイ〕もこの場を危険と判断して跳び上がった。その瞬間、天狗のような機体が敏捷な飛行で接近。


 あっという間に〔アル・スカイ〕の横につくと同じように上昇する。大きさは一回り小さいくらいか、その機体はゆらゆらと揺れながら、腕部についている簾をスライドさせて太陽の方角を示した。


「こいつ、ふざけているの?」

「南京玉すだれ――?」


 勇子(ユウコ)は隣にいる機体がそのような伝統芸能に似た動きをしたもので目を見張った。ちょうど釣竿の動きだ。


「太陽の方角――」


 (サクラ)は示された方向に視線を送り、ぎょっとした。


 遠い山脈で深雪の雪化粧が次々と剥がれ落ちていく。朝日に照らされた青い山肌と白煙が派手に上がる中、それは悠然と浮上する。


「嘘でしょう?」


 (サクラ)は〔アル・スカイ〕の制御も忘れて、白煙から現れる雄大な翼を目にした。


〔アル・スカイ〕は自動でスラスターを噴射して減速しつつ、唖然としたように蠢く山脈を見つめる。


「山が……」


 勇子(ユウコ)は白煙が渦を巻き、流れていくさまを見た。それが翼に取り付けられた巨大なプロペラが巻き起こす推進力だとは夢にも思わなかった。


「飛翔するのか」


 ミュウは口元をわななかせて、見たままを言った。


 雪の粉塵を払いのけるようにして、山を背にした機械の飛行船が浮上する。圧巻の光景。山脈に擬態していた翼は重々しく、軋む音を立てて何百というプロペラを回転させる。


 朝日を浴びる巨大な黒い影はカラスの化け物か、その親玉のようにみえる。山脈に巨大怪鳥の影が落ちてプロペラが巻き起こす風が山間に冷たい風を流し込む。


 と、天狗のような機体は〔アル・スカイ〕の正面に回り込んで浮上する山を指さし、もう片方の腕を大きく掲げた。バスガイドが誘導の旗を上げるような感じで、敵意らしいものは感じられなかった。


「ついてこいって?」

「そうみたい、です」


 ミュウの問いかけに(サクラ)はそう答えた。


 疲れ切っている(サクラ)たちからすれば、戦わないだけ穏便に話がつくと思った。戦闘をする気力も頭に失せている。


 何より山ひとつもあろう巨大飛行船を相手に戦うなど無謀もいいところであろう。


 だから、天狗のような機体の案内に従って飛行船の方へと〔アル・スカイ〕は跳んだ。

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