~再戦~ 超巨大飛行物体と陽気なカラスたち
その名を〔ミカミカミ〕とされる超巨大飛行船は幾枚ものプロペラが起こす重低音を奏でながら、気流を掴んで西大陸の東へと進路を切り始めている。小山に主翼や尾翼が生えたような独特のシルエットは、空力を考慮していない。何らかの力で浮力を得て、プロペラの推力で押し出しているようだ。
「これだけの巨大飛行船を運用する技術……。カラスードってヒトたち、どんな種族なのかしら?」
勇子はモニタの眼下に広がる〔ミカミカミ〕の峰を見下ろしながら、口の中でつぶやいた。
彼女が目にするものがカラスード族の集落の集合体であり、居城であり、要塞である。渡り鳥のように周期ごとに土地を移動しながら生活をしているのだろうか。
「こんな技術まであったなんて……。姫様はご存知でしたか?」
「知るかっ。西の大陸はわらわとて初めてだ」
勇子とミュウのやり取りを耳にしながら、桜はヘルメットを脱ぎ眼鏡をかける。そして、正面に広がる朝焼けの空と先行する機体を目でとらえる。
〔アル・スカイ〕は〔ミカミカミ〕が背負う山の斜面を横手に降下しつつ、先導する天狗のような機体〔マッドラ〕の後に続く。
〔マッドラ〕は振袖のような鉄の簾を広げて、前進翼のごとく機能させている。グライダーの要領で滑空するその姿は優美で流麗。歌舞伎の女形のように柔らかい挙動に思えた。
「あの〔マッドラ〕という機体。それに操縦者も、やっぱり空に慣れ親しんでいる気がします」
「そういう書簡はちゃんと取っといてよ」
桜のつぶやきを聞いた勇子がきっぱりという。
と、〔アル・スカイ〕は山の斜面に沿って流れる気流の風に煽られて一瞬よろけた。
「おいっ!」
「も、申し訳ございません。気流が変わったみたいで……」
ミュウの怒声に桜は小さくなりながら、コンソールパネルを操作して大気の情報を更新する。
〔ミカミカミ〕の背負う山の斜面に落ちていく〔アル・スカイ〕は機体をひねると、真っ白な山肌を蹴って再び〔マッドラ〕を追う。
降り積もっていた雪が舞い飛ぶ。鋭い気流に巻かれて、ダイヤモンドダストがきらめいて〔アル・スカイ〕を追い越していく。
その輝きは下に広がる小屋のような家々の合間を過ぎていく。
「凄い、翼の上に町がありますよ」
桜は操縦桿を握り直しながら、山とは反対の方向に見える低い屋根の僅かな凸凹を目にした。
カラスードたちの家々は大小様々なサイコロのようで、それらがすし詰め状態で連なっている。吹雪に耐えるペンギンの群れのように寄り集まって、飛行する〔ミカミカミ〕の翼で生活をしているようだ。
「それにしても、どこに着陸するのだ?」
ミュウは気流の変化にも動じない〔マッドラ〕を視界に入れつつ、前髪を指先に絡めて遊ぶ。
「向こうも困ってるんでしょう? さっきから山の周りをぐるぐる飛行しているんだもの」
勇子も疲労感むき出しにシートに体を沈めて、気だすそうにコンソールパネルを操作する。横間を流れる太陽の高さなどは依然と低く、〔ミカミカミ〕そのものの高度が上がっているのを感じさせた。
「大きいですものね、この子」
〔アル・スカイ〕は先導に従って、ゆっくりと降下している。
先を行く機体とは二、三言葉を交わした程度で、あとは音信不通である。彼らも〔アル・スカイ〕ほど巨大な機体が来るとは思っていなかったのだろう。
〔アル・スカイ〕を着艦させるとしても、密集する民家の近くとはいかない。かといって、離れた山の斜面に置くと桜たちも不便である。
と、先導する〔マッドラ〕が方向転換を開始。〔ミカミカミ〕の尾翼の方へと流れていった。
〔アル・スカイ〕も空中を蹴って、〔マッドラ〕の朝日に映える翼を追う。
〔ミカミカミ〕の尾翼は平たい水平翼で鳥類の尾っぽのようにもみえる。いくつものフィンが扇状に重なり合って、微妙な角度調整によって主翼と連動して方向を定めているようだ。
「雲が流れてる」
桜は〔ミカミカミ〕の尾翼から生まれる怒涛の飛行機雲に感動を覚えつつ、足元のモニタでその下に潜り込んでいく〔マッドラ〕の影を追う。
〔アル・スカイ〕はマントを翻して、轟音渦巻く〔ミカミカミ〕の腹へと潜り込んだ。眼下に控える山の群れは粗い砂利道のように見える。
その頭上には丸い腹をした〔ミカミカミ〕の強靭な艦底がある。
と、正面の方で重々しくハッチが解放される。気流が乱されて、白い筋が線を引いた。それに沿うようにして先導する〔マッドラ〕が行く。
「誘導灯、確認できてる?」
「はい。正面のハッチに向かえばよろしいのですね?」
「まったく、面倒なことをする」
桜たちはハッチの奥から輝く誘導灯の光を捉えて機体を着艦姿勢に移行する。参列に仕方れた誘導灯のラインを〔アル・スカイ〕のセンサーアイはとらえて、距離と幅を即座に割り出すと力強く空中を蹴った。
先に〔マッドラ〕の十五メートルほどはあろう機体がすっぽりとハッチの中に滑り込む。実に静かで滑らかな着艦だ。
「よぉしっ」
桜もそれに倣って操縦桿とフットペダルを慎重に操る。着艦シークエンスがない以上、機体任せのオートアクションはできない。マニュアルで入り込むしかないのだ。
〔アル・スカイ〕はハッチに近づくとスラスターを噴射して一気に距離を詰める。そして、相対速度を合わせながらへっぴり腰で甲板に脚部を下ろした。
ガゴンッ!
着地の音が鋼鉄の壁を伝播して、広い空間に反響する。次には〔アル・スカイ〕が膝をつく甲高い音が続いた。
「――はぁ」
桜は安堵の息をついて、リア・カメラの映像をモニタに回した。徐々に閉じられていくハッチを目にしつつ、外の風鳴りの音が弱まっていくのを耳にした。
少女たちが周囲を見渡した時、〔アル・スカイ〕が乗る甲板が上昇を始める。そして、真っ暗な空間に四つの光りの射線が伸び上った。
「ここ、重機の搬入エレベーターだったの?」
|勇子[ユウコ]は下へと流れていく壁の誘導灯をみながらつぶやいた。その時、彼女は口元をゆがめてデータベースを呼び出す。
「この感じ、どこかでみたような……」
勇子は姿勢を正すと肩口からさらりと黒髪が垂れた。しかし、表示される立体スクリーンに有力な情報はなかった。
「巨大な船、といえばあなたたちのいうスペースコロニーに近いのではないか?」
ミュウの実直な感想である。
「そういうもの、か」
勇子が半信半疑にこぼす。
その声を聴きつつも桜は周囲の様子をうかがい、ずっとそっぽを向いている〔マッドラ〕に注目する。
「そうですね。宇宙に浮かせるのと重力下で浮かせるのは技術的に違いはありますが、機能的には、間違ってないと思います」
そうしている合間にも昇降機は停止して、広い格納庫に出た。
高い天蓋はガラス張りの空を見上げるように澄んでいて、降り注ぐ光にも暖かみがあった。
左右の壁には何層にも連なったキャットウォークが走り、その下には〔マッドラ〕や整備車両、クレーンが並んでいる。
桜たちの目からは〔アル・スカイ〕が立ち上がってもまだ高さに余裕がある、と感じられた。
「どのくらい中に入ったのかしら?」
勇子は髪を束ねつつ、片手で機体のレーダー発振を行った。アクティブ・センサはすぐにも空間の状態を立体スクリーンで模型を投影する。前後に伸びた大きな空間であると大まかに把握する。
その動きに感づいたのか、いままでそっぽを向いていた〔マッドラ〕が〔アル・スカイ〕の前に回り込んだ。
桜はぎょっとして操縦席の中で身構える。
しかし、そんな警戒など無意味だとすぐにわかった。
前に回り込んだ〔マッドラ〕は恭しくひざまずいて嘴を下に向けた。
「これって――」
「手厚い出迎えみたいだ。下を見ろ」
ミュウの不機嫌な声を聞いて、桜は足下のモニタに視線を向ける。
そこには銃を構えた兵士や文官らしいヒトたちが立っていた。モニタに拡大表示してみるとポンチョのような体を覆う黒装束にカラスのお面をした異様な雰囲気が漂っている。
「降りてきなさいってことかしらね?」
「この状況はそうですよ」
桜はハッチを開放すると、いち早く操縦席から出ていった。
〔アル・スカイ〕は片膝をあげた姿勢のままで、頭部側面にある排熱フィンから熱風を吐き出す。そして、頭部から白髪の幽玄な少女がワイヤーリフトで降りていった。
格納庫の床の上にいるカラスード族は驚いたように隣近所に顔を向けている。
「空気は薄くないか……」
勇子は足下に目を落として、桜が降り立つのをとらえる。
格納庫内の空気は澄んでいる。〔ミカミカミ〕の内部だからか、肌がピリリとする。壁や床、天井にまで小さく振動しているような気がした。
「姫様、大丈夫ですか?」
「問題ない。が、少し肌寒いな」
「同感です」
ミュウは上から続いているミュウにそういって、視線を水平に持ってくると〔マッドラ〕の操縦者らしい人影が機体から飛び降りた。
「な――っ」
勇子が言葉を失ったとき、操縦者は振り袖を大きく広げて翼にするとグライダーの要領でゆったりと床へと降りていった。着地直前には両腕を大きく振って風を巻き起こし、減衰している。
その姿は鳥類の動きであった。
桜はその降り立った操縦者と出迎えの一団を見比べてから、手を前で組んだ。
「はじめまして、カラスードの皆様」
桜はお面の下から注がれる視線にひきつった笑みを浮かべる。同じ顔がずらりと並び、異様な威圧感を覚えるのだ。
と、降り立ったばかりの操縦者が身体をくねらせて、下から覗き込むように桜を凝視する。鳥が怪しいものを探るような仕草で、両手を後ろに伸ばし、頭をせわしなく左右にひねる。ステップを踏み、桜を中心にくるくると回る。
「あ、あのぉ……」
桜が困惑していると、そのとがったマスクの先が顎先を突き上げるようにして向けられた。
ふっと煤の煙っぽい臭いが鼻をかすめる。からからと乾いた木の鳴る音が耳に入る。
「どうした?」
床に降り立った勇子とミュウはその光景を見て疑問符を浮かべる。
すると、二人が近づこうとした瞬間、出迎えの一団は銃を構えた。わざとらしく撃鉄をあげる音を響かせ、牽制までしている。
勇子とミュウはムッとして足を止める。
「入国検査のつもりか?」
「郷に入っては郷に従えってことでしょう」
二人がそんな軽口をたたいているうちに、桜の入国審査らしいことは終わったらしい。
操縦者は嬉々とした様子で飛び跳ねて、お面を脱ぎ捨てた。
そこには目を爛々と輝かせる少女の顔があった。ふっくらとした頬は紅潮し、にこにことした笑顔が映える。年かさは桜たちと同年代くらいの、ちょっぴり幼げな娘であった。
「導師様だ! 本物だ!」
そのキィキィした声に桜は思わず瞼を堅く閉じて一瞬硬直した。彼女に悪意はないのだろうが、格納庫内に反響する少女の声量は力強い。
「おお、それはまことに……」
銃を構えていた面々も一様にお面をはずして素顔をさらす。
血気盛んな男女が憧れの眼差しを向けて、感嘆の声を漏らす。すると、すぐに歓喜の声へと変わり桜に殺到する。
「うわわ、あの――」
桜が混乱している間にも、カラスードのヒトビトは彼女の小さな体を担ぎ上げて、銃を組んで神輿を作るとそこに乗せてしまった。
現人神を見たとばかりにヒトビトの喜びようは熱を持ち、神輿に祀られた桜は激しく上下する動きに縮こまるばかりであった。
勇子もそんな光景にもなれてきて肩をすくめた。
「ひとまず、休めそうね」
「しかし、話すことは山ほどある」
ミュウはそういういいながら、あくびをかみ殺す。
カラスードにやんややんやと祭り上げられる桜が助けて、と視線を送っても知らんぷり。
「侵略軍と繋がりがあるんじゃないかってこと?」
「用心はすべきではないか」
ミュウは勇子に厳しい視線を射た。
侵略軍の活動については東の大陸しかしらない。西の大陸の現状がどうなっているかまでわからない。知らなければならないことが山積みだと思うと疲労感が湧き上がってくる。
「それには所長が裏をとってるわよ」
勇子は淡々と返した。
「なにかしら動きがあったら教えてくれるでしょう?」
「オリノというのは、どうにも苦手でな。あまり信用していない」
「わたしたちは?」
勇子が意地の悪い聞き方をする。
ミュウは口元をとがらせると、視線を逸らす。そして、彼女の隣が居たたまれなくなって桜の方へ足をのばす。
「信頼している。みなまでいうな……っ」
その気恥ずかしさを隠すうわずったお姫様の声に勇子は微笑んだ。
「もちろん、わたしもよ」
冷静にいう優等生にはミュウの方がさらにたじたじになってしまった。
「お二人とも、皆様をご説明してくださいよぉ」
カラスードの質問攻めに桜は情けない声を上げて、二人に助けを求めた。




