08話 それぞれの時間
終わりのホームルームを告げるチャイムが校舎に響き渡る。時刻は16時を少し回ったところだ。
2年生の教室。周りが騒がしくなる中、蒼太が椅子の背もたれに深く体を預け、大きく伸びをした。
「あー、やっと今日の学校終わったー!」
「今日はなんか長く感じたね」
隣の席の碧羽がくすくす笑う。俺も筆箱をかばんに投げ込み、席を立ち上がった。
「そろそろ行くか」
斜めに差し込む西日が廊下をオレンジ色に染めている。階段を下りながら、蒼太がどこかしんみりとした口調でつぶやいた。
「咲と出会ってから、まだ2日しか経ってないんだよな」
「なんだかもっと前からの知り合いみたい。この2日間、いろいろありすぎたからかな」
命がけの戦いに、咲の不思議な目の力。あまりにも濃い時間を共有したせいか、時間の感覚がおかしくなっていた。俺たちはそのまま昇降口へと向かう。
昇降口では咲が1人で待っていた。俺たちに気づくと、少し慌てて深く頭を下げてくる。
「みなさん、お疲れ様です!」
「待たせちゃった?」
「いえ! 全然待ってないです!」
蒼太が楽しそうに笑いながら靴を履き替えた。
「それじゃあ、帰るか!」
傾きかけた太陽の光が、影をアスファルトに長く伸ばしていく。
ふと見ると、咲が俺たちから2歩ほど引いた位置を遠慮がちに歩いていた。それに気づいた蒼太が振り返る。
「そんな後ろを歩かなくていいだろ」
「あ、はい……!」
咲が一歩前へ踏み出す。碧羽が隣に並び、優しく語りかけた。
「まだ緊張してる?」
「少しだけ……。私、クラスでもまだあんまり馴染めてなくて」
「あー、1年生の最初ってそんな感じだよな。俺も最初はそうだったしな」
「蒼太先輩もですか?」
「意外か?」
咲は困ったように笑う。4人の間に心地よい笑い声が広がっていった。
交差点に差し掛かり、蒼太が足を止める。
「俺はこっちだから。また明日な!」
「はい! さようなら、蒼太先輩!」
蒼太は片手を上げて去っていった。しばらく3人で歩く。
歩きながら、ふと咲が話し始める。
「蒼太先輩って昔からあんな感じなんですか?」
「うん、あいつは昔から変わってないよ」
「そうなんですね。みなさんはどれくらいの付き合いなんですか?」
「俺と蒼太は幼馴染。それで、碧羽は中学からかな」
「そうだね。気づいたら今も一緒にいるんだ」
咲はどこか愛おしそうな眼差しで呟いた。
「なんかいいですね、それ」
土手へ続く道で、碧羽も立ち止まる。
「私はここで。後輩ができて嬉しい、学校のことでも何でも連絡してね。それじゃあ、また明日!」
「はい、碧羽先輩! また明日です!」
碧羽が去り、残されたのは俺と咲の2人だけになった。17時前の静かな黄昏時。咲がぽつりと呟く。
「なんだか不思議ですね。昨日まで知らなかったのに……こうやって一緒に帰っているのが」
「そうだな」
「でも、すごく楽しかったです!」
夕風が吹き抜ける中、俺も小さく笑った。
「俺も楽しかったよ」
分かれ道に着き、俺たちは「また明日」と手を振り返し、それぞれの帰路についた。
***
玄関の扉を開け、いつもの家の匂いにほっと胸を撫で下ろす。
「ただいまー!」
「おかえり。咲、今日の学校はどうだった?」
リビングから顔を出したお母さんに、私は笑顔で答えた。
「楽しかったよ! それでね、親切な先輩たちができたの」
部屋に戻り、ベッドの上でスマホを見る。画面には、昨日登録したばかりの3人の名前。
昨日までは名前も知らなかった人たち。でも今は、この繋がりがとても愛おしい。
(また明日……か)
私は画面を抱きしめるようにして、小さく微笑んだ。
***
部屋の電気を消し、俺はベッドでスマホを眺めていた。適当に動画をスワイプしていく。
だが、あるサムネイルが目に入った瞬間、指がピタリと止まった。
『澄み渡る青い海と波の音』
画面の中で、どこまでも広がる青い海が静かに波を打っている。
それを見た途端、胸の奥がキュッと締め付けられた。
「……」
俺は逃げるようにその動画を消し、スマホをベッドに放り投げた。
息がうまく吸えないような感覚。天井の暗闇をじっと見上げる。
「……やっぱり、まだ波の音を聞くのはダメだよな」
昼間の明るい自分とは違う、胸の奥にへばりついた重い影。かすれた呟きは、暗い部屋の中に静かに消えていった。
***
夕暮れから夜へ変わる土手。誰もいない草むらに、私は一人で思いきり寝っ転がった。
そして夕暮れの空に向かって――
「すうー……あーーーーーーっ!!」
思い切り大声を張り上げる。胸のつかえがすーっと取れて、一人でクスクス笑ってしまった。
「はぁ……なんて激しい2日間だったんだろな」
怪物の恐怖、咲を守らなきゃというプレッシャー。先輩としてしっかりしようと張っていた気が、ようやく少しだけ解けていく。見上げた空には、星がいくつか輝いていた。
「そろそろ帰ろっと」
***
静かな自分の部屋で、俺はベッドのフチに腰掛け、イヤホン越しに外の静寂を感じていた。
窓の外を見やると、遠くの街の明かりが静かに輝いている。
咲との出会い。彼女の目に見えた謎の『赤く光る核』。
あの怪物が何だったのか、これからどうなるのかは分からない。
だが――不思議と、以前のような孤独感はなかった。
もう、俺一人で抱え込む必要はない。頼れる仲間たちがいるからだ。
俺は夜の街を見つめながら静かに呟いた。
「……『また明日』か」
同じ夜。同じ街。それぞれの思いを抱えながら、俺たちの物語はここから始まっていく。
ここまでの放課後、崩壊する僕らの日常 ――それは、何気ない放課後から始まった。この話で第1章が完結いたします。連載はこれからも続けますので時間がある時に読んでくれると嬉しいです。これからもよろしくお願いいたします




