74話 深夜の情報交換
深夜――
防災対策課・治療室。
無機質で静まり返った病室に、規則的な心電図の電子音だけが静かに響いていた。
「……」
俺は重いまぶたを持ち上げ、ゆっくりと目を開ける。
視線の先には無機質な白い天井が広がり、ツンとした消毒液の独特な匂いが鼻腔を刺激した。
視線を落とすと、右腕には点滴の針が刺さり、全身には痛々しいほど隙間なく包帯が巻かれていた。
「……ここは」
身体を起こそうと微かに力を入れた瞬間――
「……っ!」
全身の皮膚と筋肉に、焼けつくような激しい痛みが走る。
***
「今はまだ、無理をするな」
不意に聞こえた不快感のない声に引かれ、声のした方へ視線を向けた。
暗がりの中、天井からすっと一筋の白い光が降ってきており、その光の粒子が眩しく集まっていく。やがてその光の中から、身の丈ほどもある大剣を背負った一人の天使が静かに姿を現した。
「なんだ、お前か」
「何だ、文句があるのか」
「文句はないよ。あと一旦、俺はお前が月影さんを殺してないことは信じることにした」
大剣の天使は一瞬意外そうに眼差しを揺らしたものの、すぐに静かに頷く。
「そうしてくれるとありがたい」
「あの時約束した、情報交換しようぜ」
「情報交換なら、私が持っている情報も教える代わりにお前が持っている情報を教えろよ」
大剣の天使にあきれたように軽く肩をすくめられた。
「ああ、もともとそのつもりだったしな。じゃあ、まずは俺から話すな。お前と初めて会った、あの教会の地下にいた大量の邪神体のこと覚えてるか?」
「まあな。今よりは軽そうだったが、お前がボロボロだった時だな」
「確かに、あの時もボロボロではあったけど……っていうか、まだ名乗ってなかったな。俺は日向橙真。ちなみに、お前って名前あるのか?」
天使は目の奥で少しだけおかしそうに笑う気配を見せた。
「名前か、この名を名乗るのは久々だな。私の名はガブリエルだ」
「ガブリエルか……これからはそう呼ぶ」
「好きにしろ」
「ていうかちょこちょこ話し方変わってないか?」
「こっちが俺の本心だ」
「そっか。それじゃあ俺の前ではその話し方で話せよ」
「そうさせてもらう。それで、話の続きは」
***
俺は、真剣な表情へと戻った。
「教会の地下にいた邪神体たち、自然災害を纏ってなかったんだ。あの時は別のことで頭がいっぱいだったから深く気にしてなかったけど……今思えば明らかに変だったなって」
「……まあ確かに、それはおかしいな。今までお前たちが戦ってきた邪神体とは明らかに違うな」
「ていうか、ガブリエルたちも邪神体と戦ってんのか?」
「もちろんだ。それで、それが一つ目か? まだあるのか?」
俺は右耳へゆっくりと手を添え、イヤホンを指先で軽く触れる。
「あと一つある。俺が今つけてるこのイヤホン、小学生の時巫女にもらったものなんだ」
ガブリエルの表情が一瞬で固まり、少しだけ目を見開いた。
「……巫女が?」
「ああ。理由は分からない。でも、ずっと使い続けてる」
「巫女がただで物を渡すだけでも異例なのに、イヤホンを渡しただと。確かに、それはおかしいな。何か特別な意味があるのかもしれない」
「俺も、そんな気がしてる」
***
重苦しい沈黙がしばらく病室を支配したあと、俺はガブリエルをまっすぐに見据えた。
「今度はガブリエルの番だけど」
「ああ。俺からは、まず月影が何を調べていたかだ。月影は橙真と会うよりも前から、鳥山宗一郎、シエリオ・トグレイ、巫女を調べていた。書籍や資料を当たって、『扉と鍵』についてもな」
「そうだったんだ……それで月影さんはどこまで調べられたんだ?」
「鳥山宗一郎、シエリオ・トグレイのことは詳しく調べられた。巫女、『扉と鍵』の存在までは辿り着いた。だが、正体までは掴めなかった」
「あと一歩のところだったってことか……それでガブリエルは、『扉と鍵』について何か知らないのか?」
「知っていることは一つだけだ。『扉』が造られた時、俺の仲間の天使が大勢犠牲になった。その中には、ミカエルという名の天使もいた」
俺は思わず息を呑み、言葉を失う。
「今この世界で活動できる天使はたったの六人。昔はもっといたんだが、扉を創ったときに大勢が犠牲になった」
「六人で、この世界を守ってるのか……」
「そんなところだ」
***
その時だった。
廊下の遠くから、足音が静かに近づいてくるのが聞こえた。
「誰か近づいてきてるみたいだな」
「そうみたいだな。また会おうぜ」
「ああ、いつでも呼べ。呼んだらすぐ来てやる」
「それじゃあ、頼りにさせてもらう」
「任せておけ」
その言葉が聞こえた後、ガブリエルの身体は瞬く間に淡い光の粒子となり、静かに空気中へ消えていった。
それと同時に、張り詰めていた緊張が解けたのか、俺の全身に強い眠気が襲った。
(……まだ限界だったんだ)
意識がゆっくりと、深い闇の中へ遠のいていく。
俺は抵抗をやめ、再び眠りについた。
***
――コンコンコン
控えめなノックの音のあと、病室の扉が開く。
「橙真くん」
見回りに訪れた私は、安らかな寝息を立てて眠る橙真くんの姿を目にし、ホッとしたように微笑んだ。
「今はゆっくり休んでね」
そう小さく呟き、足音を立てないよう静かに病室をあとにした――




