73話 託されたUSBの記録
防災対策課・医療室前。
俺――蒼太は重苦しい沈黙の中、固く閉ざされた扉をじっと見つめていた。
隣には碧羽と風宮さんが静かに佇んでいる。
花江さんは不安を隠しきれない様子で、カツカツと足音を響かせながら廊下を行き来していた。
長い沈黙の後――。
カチャリ。
重々しい音を立てて医療室の扉が開き、医師が静かに姿を現した。
「先生!!」
花江さんが弾かれたように駆け寄る。
俺たちも、すぐに医師の前へ集まった。
「現時点では、日向さんの命に別状はありません」
その一言を聞いた瞬間、張り詰めていた緊張が一気に解ける。
俺たちは、ほっと安堵の息を漏らした。
だが、医師は重々しい表情のまま言葉を続ける。
「ですが、今の日向さんは体力の消耗が非常に激しいため、しばらくは絶対安静が必要です。それと……彼の髪と皮膚に見られる変化については、残念ながら原因を特定できていません」
「……そうですか」
俺は込み上げてくる感情を必死に抑え込み、静かに拳を握り締めた。
「橙真……」
碧羽も悲しげに医療室の扉を見つめ、消え入りそうな声で呟く。
「容態に少しでも変化があれば、連絡しますので」
そう言い残し、医師は再び医療室の中へ戻っていった。
誰も言葉を発することができず、廊下には重く冷たい空気が漂っていた。
***
その時だった。
静まり返った廊下に、慌ただしい足音が響き渡る。
「風宮隊長……っ! 花江室長……っ!」
情報通信管理室の職員が、息を切らせながら駆けてきた。
「どうしたの、そんなに慌てて」
「月影さんが遺したUSBの解析が一部完了しました! 確認をお願いします!」
「本当ですか!」
俺は思わず顔を上げた。
風宮さんは静かに頷くと、俺たちへ向かって告げる。
「光莉、水沢、風間。会議室へ向かうぞ」
「「「了解しました」」」
***
案内された会議室には、情報通信管理室の職員がすでに待機していた。
大型モニターの前に置かれた机には、一つのUSBメモリが置かれている。
月影が最期に残したもの。
その小さな記録媒体に、俺は視線を向けていた。
四人が静かに席へ着くと、職員は深く一礼した。
「お待たせいたしました。月影さんから受け取ったUSBについてですが、断片的ではありますが、解析が完了した部分がありますので、ご報告いたします」
会議室全体を、張り詰めた空気が包み込む。
職員が手元のパソコンを操作すると、壁面の大型モニターへ最初の機密資料が映し出された。
『重要資料』
月影が自らの命を懸けてまで残したUSB。
そこには、まだ誰も知らない真実が記録されていた。
「まず、こちらの『鳥山宗一郎』についてです。経歴、防災対策課設立時の初期記録、能力に関する断片的な情報などが保存されていました」
画面には、鳥山宗一郎の名前とともに、いくつもの資料が並んでいる。
「ですが、極めて機密性の高い核心部分については一部データが削除されており、現在も復元作業を進めております」
「鳥山さんについて、月影さんは何を調べていたんだ……?」
思わず俺が呟く。
「現時点では、そこまでは分かっていません」
職員はそう答え、次の資料へ切り替えた。
そこに映し出された、予想もしなかった名前を見た瞬間――俺の表情が一変した。
『シエリオ・トグレイ』
「……あいつか」
「神門教の教祖……」
「もしかして……以前、教会に潜入した時に取り逃がした人ですか?」
花江さんが問いかけてきた。
「はい。そうです」
「月影さんが残したデータでも、シエリオ・トグレイは神門教の教祖となっています。ただし、それ以上の詳細な経歴については、現在も調査を継続しています」
会議室の空気が、さらに重く沈み込んでいく。
神門教。
月影は、あの教団について何を掴んでいたのだろう。
職員が、さらに画面を切り替えた。
次に映し出された文字は――。
『天使』
「USBには『天使』に関する調査記録も残されていました。ただし、内容の多くは月影さんが独自に収集した資料や考察であり、真偽の確認を進めております。現在解析が完了しているのは、ごく一部のみです」
***
誰も言葉を失い、会議室が静まり返る。
その深い沈黙を破ったのは、風宮さんだった。
「……なるほど、そういうことか」
全員の視線が一斉に風宮さんへ集まる。
「月影がダイイングメッセージとして残した『天』の文字……あれは、『天使』を示している可能性がある」
「だから『天』の文字を残したのか……!」
「すべてを記さなくても、このUSBを見れば私たちが真相に気づくと思ったんですね」
職員は、さらに資料を切り替えていく。
『巫女』
『扉と鍵』
「『巫女』『扉と鍵』についても現在解析を急いでおります。存在そのものは確認できましたが、詳細情報には高度な暗号化が施されており、解読には至っていません」
「……月影は、一人でここまで調べていたのか」
「はい。ですが、このUSBにはまだ解析しきれていない大容量の暗号データが残されています。新たな情報が判明次第、直ちに報告いたします」
「頼む。月影が命を懸けて託してくれたものだ。必ず最後まで解析をやり遂げてくれ」
「了解いたしました。必ずやり遂げます」
会議室には、再び静けさが戻った。
月影が遺した、世界の運命に関わるかもしれない真実。
鳥山宗一郎。
シエリオ・トグレイ。
天使。
巫女。
そして――扉と鍵。
今まで別々に見えていたものが、少しずつ、一つの線へと繋がり始めていた。
その全貌が明らかになる日は、まだ少し先のことだった――。




