67話 発生した災害たち
静まり返った山道。
俺――橙真は、荒い呼吸を何度も繰り返していた。
肩を激しく上下させ、口元から伝う赤い血がポタリと地面へ落ち、小さな染みを作っていく。
力の反動で髪には白い色が混じり、視界もかすかに揺れていた。
目の前には、大剣を背負った天使だけが静かに立っている。
しばらくの間、息の詰まるような沈黙が二人の間を流れた。
俺は意識が失われそうになる身体を支えながら、ゆっくりと顔を上げる。
「……本当に、お前じゃないんだな」
「ああ。俺は月影を殺していない」
迷いのない、確信に満ちた返答だった。
その直後――。
――ドォォォォン……!!
遠く山の向こうから、大地を揺らすような凄まじい爆発音が響き渡った。
俺と大剣の天使は同時に首を向け、爆発音のした方角を凝視する。
青空へ向かって、黒煙が立ち昇っていた。
「……行くのか」
「当たり前だろ」
俺は倒れそうになる身体を踏みとどまらせ、右耳のイヤホンに触れた。
「……すぐに倒して、お前から話を聞く」
「分かった。お前が無事に帰ってこられたら、話をしようか」
「その言葉、忘れるなよ」
その一言だけを残し、俺は全身の痛みを無視して、爆発の起きた方角へ走り始めた。
大剣の天使は、俺の背中を静かに見送っていた――。
***
その頃、防災対策課を後にした俺――蒼太と碧羽は、並んで街を歩いていた。
重苦しい沈黙が、ずっと二人の間に続いている。
やがて耐えかねたように、俺は静かに口を開いた。
「……やっぱり、実感が湧かないな」
「うん……本当にね。月影さんが死んだなんて……」
俺は空を見上げた。
「訓練の時はいつも真剣で厳しかったけど……実戦でも頼もしくて、それでも普段は俺たちに普通に接してくれてさ。本当にすごい人だったな」
「私たちが失敗しても怒鳴らなくて、できるようになるまで何度でも挑戦させてくれた。だから、みんな月影さんを心から信頼してたんだよね」
「ああ、そうかもな。月影さんが特訓に根気よく付き合ってくれたから、俺たちは少しずつ強くなれたんだ。もちろん、風宮さんや花江さんのおかげでもあるけどさ」
そう言った俺だったが、その表情から笑顔はすぐに消えた。
「……だから、急に亡くなったって言われても、まだ信じられないよな」
碧羽も静かに俯く。
「橙真も……きっと同じことを思っているよね。一人になりたいって言ってたし」
「あいつ。無茶をしてなきゃいいけどな……」
「そうだよね。こういうときの橙真って、無茶しがちだしね」
「たしかにな」
その時だった。
――プルルルルッ! プルルルルッ!
俺のポケットの中で、スマホから緊急着信音がけたたましく鳴り響いた。
画面を見ると、そこには花江さんの名前が表示されている。
俺はすぐに通話へ出た。
「もしもし! 蒼太です!」
「碧羽です!」
『蒼太くん、碧羽さん! 緊急事態です!』
スピーカーから聞こえる花江の声には、尋常ではない切迫感が滲んでいた。
蒼太と碧羽の表情が、一瞬で強張る。
「何があったんですか!?」
『総合公園に邪神体が出現しました! 二人は至急、総合公園へ向かってください!』
「「分かりました! すぐ向かいます!」」
通話がプツリと切れる。
直後、詳細な位置情報データがスマホへ送られてきた。
「行こうぜ!」
「うん!」
二人は邪神体を倒すため、総合公園へと駆け出した。
***
防災対策課、オペレーションルーム。
室内には緊急警報音が鳴り響き、職員たちが慌ただしく走り回っていた。
私――光莉はデスクの受話器を握りしめ、橙真くんへ何度も電話をかけている。
「橙真くんっ……!」
虚しい呼び出し音だけが、部屋に鳴り続ける。
応答が返ってこない。
それでも諦めず、もう一度発信する。
しかし――やはり繋がらない。
「風宮さん! 総合公園には蒼太くんと碧羽さんが向かっています! ですが、橙真くんとは、まだ連絡が取れていません!」
私はモニターへ視線を向けた。
「残る二つの邪神体発生ポイント――山間部と街中には、誰を向かわせますか!?」
風宮さんもモニターへ視線を向ける。
画面には、道路を粉砕しながら進軍する邪神体と、猛烈な炎を撒き散らして暴れ回る邪神体の姿が映し出されていた。
数秒の重い沈黙。
やがて風宮さんは立ち上がる。
「街中には俺が行こう」
「了解しました! 橙真くんはどうしますか?」
「光莉はこのまま日向への連絡を続けてくれ。もし一時間経っても連絡がつかなかったら、俺に連絡してくれ」
風宮さんは一度、モニターに映る山間部の映像へ目を向ける。
「……日向のことだ。もうどこかの現場に向かっているような気もするが」
「そうですね……了解しました!」
風宮さんはオペレーションルームを後にし、街中の現場へ向かって走り出した。
「お願い……出て、橙真くん!」
オペレーションルームには、呼び出し音だけが鳴り続けていた。
***
その頃、俺――橙真はただ一人、黒煙の立ち昇る山間部へ向かって、夢中で走り続けていた。
右耳に装着されたイヤホン。
そこから生まれる完全に遮断された世界と、自分自身の荒い呼吸音だけが頭の中に響いている。
ポケットの中で、スマホが激しく揺れていた。
何度も、何度も着信を知らせ続けている。
けれど――俺は、その振動に気づいていなかった。




