63話 託されたもの
俺――橙真がいる会議室には、静かな空気が辺りを包み込んでいた。
「まず一つ目だが――全員が能力に覚醒したきっかけとなった状況は、それぞれ違う。だが、明確な共通点がある」
俺たちは一斉に、風宮さんへ真剣な視線を向けた。
「それは全員が、『大切な人を何としても助けたい』と強く願っていたことだ。声が届いてほしかった。助けてあげたかった。命を賭けても守りたかった……その切実な想いこそが――お前たちを覚醒へと導いたのだと思う」
風宮さんは、そこで一度言葉を切った。
「そして、全員が『災害』と『大きな喪失』を、同時に、あるいはそのどちらかを経験しているということだ」
会議室は、再び静まり返る。
花江さんが、静かに口を開いた。
「私の場合は、お姉ちゃんの喪失だけですね。それでも覚醒したということは……」
「ああ。それは……災害そのものよりも、『大切な人を想う強い感情の深さ』のほうが、覚醒のトリガーとして重要になるのではないかと考えられる」
蒼太は腕を組みながら、深く頷いた。
「覚醒した瞬間の、強い思いか……」
「……俺たち以外にも、同じような過去を経て覚醒した人が、どこかにまだいるのかもしれないですね」
風宮さんは静かに頷いた。
「その可能性は十分にある。だからこそ、覚醒に関する調査は続けていく必要がある。――そして、調査しなければならない謎が、もう一つある」
風宮さんの視線が、俺へ向けられた。
「それは、日向にイヤホンを装着させた『巫女』が、現在どこで、何をしているのかだ」
「確かに、それ……すごく気になりますね」
「日向。火災の中で出会った巫女の顔や服装など、何か覚えている特徴はないか?」
「……すみません。当時のショックが大きすぎて、そのあたりは曖昧で、よく覚えていないんです」
「そうか」
風宮さんは、花江さんへ視線を送った。
花江さんは深く頷き、手元の資料をゆっくりと閉じる。
「今日の特別ミーティングは、これで終了とします。みなさん、お疲れ様でした」
その言葉を合図に、俺たちは静かに席を立った。
そして揃って出口へ向かって歩き出す。
建物の外へ出ると、心地よい風が吹き抜けていた。
風宮さんと花江さんは、エントランス前まで俺たちを見送りに来てくれている。
咲は二人へ丁寧に向き直り、深々と頭を下げた。
「今日は本当にありがとうございました!」
「ああ。次は日向たちの訓練風景でも見に来るといい。そのときの施設案内は、日向にやらせるから」
「えっ、俺ですか?」
「ああ。お前が適任だろう」
花江さんは、穏やかな笑みを浮かべた。
「また何か気になることがあったら、いつでも遊びに来てくださいね。咲さんも、今日はわざわざ来てくれて本当にありがとうございました」
「はい! ありがとうございました!」
俺たちも揃って頭を下げる。
「「「ありがとうございました!」」」
***
防災対策課から、しばらく歩いたところで、咲が感慨深そうに口を開いた。
「今日は本当に驚くことばかりでした!」
「まあな。俺たちの過去の話なんて、今までほとんど話してこなかったからな」
「うん。みんなにこんなに辛くて悲しい過去があったなんて、今日、初めて知ったからね」
咲が俺の顔をじっと見つめてくる。
俺もその視線に応えるように、少しだけ笑みを浮かべた。
「……そうだよな。でも、なんだか……話せてよかったよ」
過去を口にしたことで、胸の奥に残っていた重さが少しだけ軽くなった気がする。
きっと蒼太も、碧羽も、同じなのだろう。
陽光に背中を照らされながら、俺たちは穏やかな住宅街へ向かって歩いていった。
***
同日午後――防災対策課・会議室。
日向たちを見送った後、光莉はそのまま自身の担当部署へと戻っていった。
誰もいなくなった会議室には、俺――風宮一人だけが残っていた。
俺は机の上に残された資料を丁寧に片付けながら、小さく息をついた。
「さて――」
まさに、そのときだった。
「お疲れ様です、風宮さん」
背後から、聞き覚えのある静かな声が響く。
俺はゆっくりと振り返った。
「……月影か」
いつの間に来たのか。
月影が、俺のすぐ後ろに静かに立っていた。
俺は思わず、小さく笑みを漏らす。
「相変わらず、気配を完全に消すのが上手いな」
「これはもう、半ば職業病のような癖みたいなものですから」
そう言うと、月影は胸ポケットから一本の小さなUSBメモリを取り出した。
そして、それを俺の目の前へ静かに差し出してくる。
「……風宮さん。これを少しの間、預かってほしいのです」
俺は差し出されたUSBメモリを、じっと見つめた。
「……これは?」
月影は表情を変えない。
だが、その声には明らかな重みがあった。
「……今後の局面において、極めて重要なデータが入っています」
俺は何も言わず、そのUSBメモリをしっかりと手の中に受け取った。
いったい、何が記録されているというのか。
その小さな記憶媒体が、これから始まる何かの、入口のように思えてならなかった――。




