06話 帰り道
夜風が頬を撫でる。
四人は住宅街を走っていた。
背後から聞こえるサイレンの音は少しずつ遠ざかっていく。
咲は必死に三人の背中を追いかけていた。
「はぁ……はぁ……」
しばらく走ったところで橙真が足を止める。
「この辺で大丈夫か」
蒼太が周囲を見回した。
「たぶんな」
碧羽も頷く。
「追ってきてる感じはないね」
四人はようやく息をついた。
咲は膝に手をつく。
「つ、疲れた……」
「お疲れ」
碧羽が小さく笑う。
その時。
交差点の向こうを一台の車が走り抜けた。
青い回転灯。
車体には『防災対策課』の文字。
サイレンを鳴らしながら、公園の方向へ走っていく。
咲は思わず振り返った。
「あれ……」
「友達が連絡してた防災対策課ですよね?」
橙真が頷く。
「うん、怪物を対処している政府の組織だよ」
「政府の……?」
咲は少し驚いた。
碧羽が言う。
「私たちとはちょっと立場が違うかな」
蒼太も続ける。
「まあ、向こうは仕事だからな」
サイレンの音は次第に遠ざかっていった。
しばらく静かな時間が流れる。
その時。
蒼太が頭をかいた。
「そういや自己紹介まだだったな」
「あ……」
咲が小さく声を漏らす。
碧羽が笑った。
「確かに」
蒼太が言う。
「水沢蒼太、
よろしくな」
続いて碧羽。
「風間碧羽、
よろしくね、えっと……」
咲は慌てて頭を下げた。
「白石咲です!
よろしくお願いします!」
少し迷ってから付け加える。
「あ、呼び捨てで呼んでください!」
碧羽が微笑む。
「じゃあ、咲」
「はい!」
蒼太が苦笑する。
「距離縮まるの早いな」
「いいことじゃない?」
碧羽が笑う。
咲は少しためらいながら口を開く。
「あの……私、なんて呼べばいいですか?」
「好きに呼べば?」
蒼太が言う。
咲は少し考える。
「じゃあ……蒼太先輩?」
蒼太は少し驚いた。
「先輩か」
碧羽が笑う。
「私は?」
「碧羽先輩……ですか?」
「うん、それでいいよ」
咲は橙真を見る。
「橙真先輩もそのままで……」
橙真は少し笑った。
「それで全然いいよ」
咲は安心したように笑った。
その時。
碧羽がふと思い出したように言う。
「そういえば、あの赤い光」
咲が顔を上げる。
「はい」
「本当に見えてたの?」
「見えてました」
「体の真ん中が赤く光ってて……心臓みたいでした」
蒼太が腕を組む。
「俺には見えなかったな」
「私も」
碧羽が言う。
橙真も静かに頷いた。
「俺も見えてない」
咲は目を瞬かせた。
「え……?」
「みんな見えてるんだと思ってました」
蒼太の表情が少し真面目になる。
「少なくとも俺たちは見たことがない」
碧羽も頷く。
「初めてかも」
咲は戸惑った。
自分だけに見えていた。
それが少し怖かった。
橙真が口を開く。
「でも、そのおかげで助かった」
咲が顔を上げる。
「え……?」
「咲が見つけてくれなかったら倒せなかった」
蒼太も頷く。
「間違いないな」
碧羽が優しく笑う。
「今日は咲のおかげだよ」
咲はしばらく言葉が出なかった。
今まで誰かの役に立ったことなんてないと思っていた。
でも。
今日は違う。
「……ありがとうございます」
夜風が静かに吹く。
しばらくして蒼太がスマホを取り出した。
「連絡先交換しとくか」
「また何かあるかもしれないし」
碧羽も頷く。
「賛成」
咲は少し驚きながらスマホを取り出した。
四人のスマホが並ぶ。
通知音が静かな夜道に響いた。
咲の画面に並ぶ名前。
橙真先輩。
蒼太先輩。
碧羽先輩。
咲は少しだけ笑った。
やがて交差点に着く。
「じゃあ俺はこっち」
蒼太が手を挙げる。
「私もこっちかな」
碧羽が笑う。
「気をつけて帰れよ」
橙真が言う。
「お前もな」
「またね、咲」
「はい!」
蒼太と碧羽が別の道へ歩いていく。
残ったのは橙真と咲。
少しの沈黙。
咲が小さく口を開いた。
「また……会えますか?」
橙真は少しだけ考える。
そして。
「そのうちな」
咲は笑った。
「はい」
次の交差点。
橙真も立ち止まる。
「じゃあな」
「今日はお疲れ」
「お疲れさまでした」
橙真が歩き出す。
咲はその背中を見送った。
静かな夜道。
手の中のスマホ。
そこには今日登録したばかりの三つの名前。
橙真先輩。
蒼太先輩。
碧羽先輩。
咲は小さく笑った。
――また会える。
そんな気がした。




