↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/76

59話 守れなくなった約束

 会議室には静かな空気が漂っていた。

 風宮さんはゆっくりと立ち上がり、場にいる全員を見渡した。


「今回話してもらうのは、各自が能力に覚醒した時のきっかけだ」


 咲は姿勢を正し、全員が風宮さんへ鋭い視線を向けた。


「まずは俺から話そう。光莉、それでもいいか」

「はい、大丈夫ですよ。私の覚醒の過去も一緒に話してください」

「よし、分かった。それじゃあ、始める……これは、防災対策課ができて間もない頃の話だ」


***


 数年前、激しい雨が降りしきる朝。

 一台の公用車が険しい山道を走っていた。


 運転席には俺が座っていた。

 そして助手席には、俺の婚約者であり防災対策課の隊員でもあった、花江葵衣はなえあおいが座っていた。


 フロントガラスのワイパーが激しい雨を必死に払い続けている。

 葵衣は流れる窓の外を見つめながら、柔らかく笑った。


「今日の雨、すごいね」

「ああ、そうだな。今日の現場は、かなりの重労働になりそうだ」

「ふふ、でも颯斗と一緒なら、なんか大丈夫な気がするよ」

「そう言ってくれると、なんだか嬉しいな」


 葵衣は俺の左手に、そっと自分のあたたかい手を重ねてきた。


「ねぇ」

「ん?」

「この仕事が落ち着いたらさ、結婚式の準備、進めようね」

「ああ、もちろんそのつもりだよ。新婚旅行の計画も考えないとな」

「新婚旅行かぁ。私は海がいいな、青くてきれいな海岸に、ゆっくり行きたいかも」

「じゃあ、約束だ。この任務が終わったらまとまった休みを取って、海が見える場所で結婚式を挙げよう」

「うん、約束ね。絶対に忘れないでよ?」

「忘れるわけ無いだろ」

「そうだよね」


 まさにその時だった。車内に緊急の無線通信が割り込んでくる。


『こちら本部! 土砂災害発生の危険地域があります! 直ちに現場へ急行し、住民避難の支援をお願いします!』


 俺は一瞬で表情を引き締めた。


「こちら風宮、了解しました!」


 葵衣も笑顔を消し、鋭い眼差しになる。


「行こう、颯斗!」


 俺はアクセルを深く踏み込んだ。


***


 現場は激しい豪雨が吹き荒れていた。

 必死の誘導により、住民の避難はほぼ完了を迎えようとしていた。


「こちら風宮。住民の避難完了を確認しました」

『了解。直ちに撤収を開始してください』


 その瞬間だった。


 ――ゴゴゴゴゴゴ!!


 大地を揺らす不気味で低い地鳴りが響き渡る。

 俺は咄嗟に山肌を見上げた。


「まずい、土砂崩れだ!!」


 途方もない量の土砂が、滝のような勢いで山肌を駆け下りてくる。


「颯斗!」


 葵衣が俺へ向かって駆け寄る。

 俺は近くにいた住民を庇おうと一歩踏み出した。

 だが、その瞬間――


「危ないっ!!」


 葵衣は俺の身体を力いっぱい突き飛ばした。


「っえ……!?」


 俺は地面を激しく転がる。

 次の瞬間、凄まじい地響きとともに、膨大な土砂が葵衣の身体を容赦なく飲み込んでいった!


「葵衣ーーーーーっ!!」


 俺は即座に立ち上がった。

 泥だらけになりながら、素手で必死に土砂を掘り返す。


「葵衣! 返事をしてくれ! 葵衣っ!!」


 爪が割れ、手が血と泥に染まっても掘り続けた。

 そして――


「っ、葵衣!」


 崩れた土砂の中から、葵衣の姿を見つけ出す。

 俺は必死の思いで葵衣を抱きかかえた。


「葵衣!」


 葵衣はゆっくりと重い目を開いた。

 かすかに微笑み、震える手で俺の頬にそっと触れる。


「無事で……よかった」

「喋るな! 今すぐ助けるからな!」

「約束……守れなくて、ごめんね」

「そんなこと言うな! 一緒に海へ行くんだろっ!?」


 俺は必死に声を張り上げた。

 しかし、俺の頬に触れていた葵衣の手から、ゆっくりと力が抜けていく。


「葵衣……? 葵衣っ!!」


 返事は二度となかった。

 俺は冷たくなっていく葵衣を強く抱きしめた。


「俺が……俺が守るって約束したのにっ!」


 激しい涙が雨と混ざり合い、零れ落ちる。


 ――ヴワッ!!


 その瞬間、俺の身体を狂暴で激しい雷が包み込んだ。

 そして放電するかのように辺りで電磁波が広がっていった。


「うああああああああっ!!」


 深い悲しみ、激しい後悔。

 そして、守れなかった約束。


 そのすべてが、俺を「雷の能力」の覚醒へと導いたのだった。

 だがその力は……最も守りたかった大切な人を救うには、あまりに遅すぎた。


***


 数日後、花江家。

 祭壇には笑顔の葵衣の遺影が飾られていた。


 焼香を終えた俺は静かに手を合わせる。

 部屋の隅では、妹の光莉が遺影を呆然と見つめていた。

 俺はゆっくりと、光莉の前へ歩み寄った。


「光莉」


 光莉はゆっくりと顔を上げる。その目は涙で真っ赤に腫れ上がっていた。

 俺は深く、深く頭を下げた。


「……申し訳なかった。葵衣を助けることができなかった」


 光莉は何も言わない。

 ただ静かに、姉の遺影を見つめ続けている。


 やがて、震える声で小さく口を開いた。


「……お姉ちゃん、いつも話してくれたんです。『颯斗はすごく優しい人なんだよ』って」

「最後まで……俺を守ろうとしてくれたんだ」


 その言葉を聞いた瞬間。

 光莉の瞳から、大粒の涙が堰を切ったように溢れ出した。


「お姉ちゃん……どうして、どうしてお姉ちゃんだったのっ!!」


 胸から溢れ出す絶望と悲しみ。


 ――フワッ……


 その瞬間、光莉の身体から温かく淡い光が優しく広がった。

 部屋の中を、柔らかな風が静かに吹き抜けていく。


(……覚醒した――)


 光はゆっくりと収まり、光莉は静かに目元の涙を拭った。


***


 さらに数日後、俺は再び花江家を訪れていた。


「防災対策課は、君が能力に覚醒したことを確認している。もし光莉が望むなら、防災対策課でその力を、人を守るために使ってほしい」


 光莉はしばらくの間、黙っていた。

 大好きだった姉との思い出。

 失った大きな悲しみ。


 そのすべてを胸に抱き締めながら、静かに、だが強い眼差しで頷いた。


「……私、お姉ちゃんみたいに、人を守れる強い人になりたいです」

「ああ、一緒に守っていこう」


***


 風宮さんは語り終え、静かに椅子へ腰を下ろした。

 花江さんも小さく息を吐き出す。


「……それが、私たちが覚醒した理由です」


 会議室は静まり返っていた。

 最初に口を開いたのは咲だった。


「そんな悲しいことが……あったんですね」


 咲は目元を潤ませながら俯く。

 碧羽は花江さんをじっと見つめ、小さく拳を握りしめた。


「葵衣さんも、花江さんも、本当に心の強い人たちですね」

「そう言ってっもらえると、お姉ちゃんも嬉しいと思います」

「それでも、守れなかった後悔はきっと、一生消えないですよね」


 風宮さんは小さく頷いた。


「ああ、もちろんだ」

「だから花江さんは、誰よりも人を守ろうとしてくれているんですね」

「はい。お姉ちゃんの分まで、絶対に守るって決めましたから」


 風宮さんは場にいる全員を見渡した。


「ああ。だから今も戦っている――そして次は、風間」


 指名された碧羽は静かに席から立ち上がった――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。