57話 花江さんからの連絡
朝のやわらかな光が、薄いカーテンの隙間から静かに差し込んでいた。
俺――橙真はベッドに横になったまま、窓の外に広がる青空をじっと眺めていた。
――コン、コン、コン。
ノックの音が響いた後、病室のドアがゆっくりと開く。
「日向、起きているか」
入ってきたのは、風宮さんだった。
俺はゆっくりと身体に力を込め、ベッドの上へ起き上がる。
「風宮さん、おはようございます」
「おはよう。体調はどうだ?」
「一晩寝て、だいぶ良くなりました」
風宮さんは俺の顔色を確かめるように見つめると、小さく頷いた。
「焦るな。まだ無理をせず、ここで大人しく休んでいろ」
「……はい、分かりました」
風宮さんはそう告げると、静かに病室を後にしていった。
俺は再び一人になった部屋で天井を見上げ、深く息を吐き出す。
(しっかり身体を治して、早くみんなのところへ戻らないとな……。今頃、みんなは学校に着いている頃かな……)
***
一方、高校のグラウンド。
朝練を終えた俺――蒼太は、首にかけたタオルで額の汗を拭いながら校舎へ向かって歩いていた。
「蒼太先輩!」
後ろから元気な声が聞こえ、咲が駆け寄ってくる。
「おはようございます!」
「咲、おはよう」
咲は少し周囲を気にするように見回してから、小さな声で尋ねてきた。
「あの、蒼太先輩……最近、橙真先輩の姿を見かけないんですけど、何かあったんですか?」
俺は少しだけ言葉を選んで答えた。
「橙真なら大丈夫だ。心配いらないさ」
その言葉を聞いて、咲は心から安堵したように、ぱっと表情を輝かせる。
「それなら……よかったです! 安心しました!」
「それじゃあ、また昼に食堂でな」
「はい! 失礼します!」
咲は嬉しそうに自分の教室へ向かって走っていった。
***
二年A組の教室。
朝のホームルーム前の室内には、生徒たちの声が響き渡っていた。
「そういえばさ、日向のやつ、今日も休みなんだな」
「珍しいよね。あいつが学校休むなんて」
「風邪でも引いて体調崩したのかな」
「まあでも、そのうち戻ってくるだろ」
「そうだな」
ぽっかりと空いた橙真の席を見つめ、噂し合うクラスメイトたち。
俺も自分の席から、静かにその場所を見つめていた。
「……橙真、今日も来ないね」
隣の碧羽も、そっと空席へ目をやる。
「まあ、今はしっかり身体を休めているところだろうからな」
俺は少し口元を緩め、隣の碧羽を見る。
「うん。でも橙真のことだから、すぐに元気な顔を見せて学校に戻ってくるよね」
「当たり前だ。あいつなら、すぐ戻ってくるさ」
「え、そうなの?」
「幼馴染の俺が言ってるんだ」
俺は力強く笑ってみせる。
その時、ガラガラと音を立てて担任の先生が教室へ入ってきた。
***
昼休み。
生徒たちで賑わう食堂で、俺と碧羽がテーブルについていると、咲がお弁当を持ってやってきた。
「碧羽先輩、蒼太先輩!」
「咲、こっち座って」
碧羽がトレーを置きながら迎えると、咲は嬉しそうに俺たちの隣へ腰を下ろした。
だが、テーブルの向かいにある空席へ目を向けると、咲は少し寂しそうに微笑んだ。
「朝、蒼太先輩から聞いてホッとしました。でもやっぱり、橙真先輩がいないと、いつもの賑やかさが足りないですね」
「ふふ、そうだね。いつもなら私の隣で、蒼太と何かと言い合ってたからね」
「あいつが一人いるだけで、場がぱっと明るくなるからな」
「本当にそうですね。橙真先輩って、周りを明るくしてくれる太陽みたいな人だから」
咲は空いた席を見つめる。
「またこの食堂で、みんなで賑やかにお昼を食べたいですよね!」
その言葉に、俺と碧羽も静かに頷いた。
***
「――以上で、今日の帰りのホームルームを終わります」
先生が連絡事項を終えて教室を出ていく。
放課後のチャイムが校内に響き渡った直後のことだった。
――ブルッ。
俺のポケットの中でスマホが振動する。
ほぼ同時に、碧羽のカバンの中のスマホにも通知が届いた。
差出人は――花江さんだ。
俺と碧羽は顔を見合わせ、急いでメッセージを開く。
『土曜日、訓練が終了した後に特別ミーティングを行います。
「自分の過去や大切なことを話してもいい」と思える信頼できる人を一人、連れてきてください。
集合場所は、防災対策課のエントランスです』
俺は画面を確認すると、静かにスマホを閉じた。
「碧羽のところにも届いたか?」
「うん、同じメールだよ」
二人で顔を見合わせる。
そして、ほとんど同時に一人の顔が浮かんだ。
「なあ……咲を誘わないか?」
「うん! 私もそれが一番いいと思う!」
「たぶん今行けば、まだ咲は昇降口にいるよな」
「行ってみよう!」
俺と碧羽は急いで廊下へ出て、階段を駆け下りた。
***
昇降口に着くと、咲が靴を履き替えている最中だった。
咲は俺たちに気づき、不思議そうに振り返る。
「あれ? 蒼太先輩、碧羽先輩、どうしたんですか?」
「咲に聞きたいことがあってさ。土曜日、空いてるか?」
「空いてますけど、どうかしたんですか?」
俺と碧羽は互いに顔を見合わせ、小さく微笑み合った。
まだ誰も知らない、それぞれの過去。
そして、これから向き合うことになる真実。
土曜日、防災対策課で――それぞれが抱える過去と真実を語る。
新たな時間が、静かに始まろうとしていた――。




