55話 任務報告
河川敷の燃え広がる猛火の中、俺――風宮は日向に必死に呼びかけ続けていた。
「おい、日向! 意識があるのなら返事をしろ! 日向! 日向!」
「……」
返事はない。
日向の身体から伝わってくる力も、徐々に弱くなっているように感じられた。
「……これは急がなければ、命に関わる可能性がある」
俺は意識を失った日向を背負い上げ、そのまま防災対策課へ向かって全力で走り出した。
(なんとか間に合ってくれよ……!)
夕暮れに染まり始めた街並みを、ひたすら駆け抜ける。
走りながら通信機を取り出し、防災対策課へ緊急連絡を入れた。
「……こちら風宮。河川敷の邪神体二体、撃破! しかし、一人が重体。そして河川敷で火災が発生している。至急、消防へ出動を要請してくれ!」
『こちら、了解しました!』
通信を終える。
俺はさらに脚へ力を込め、走る速度を限界まで引き上げる。
***
一方、海岸では、巨大な氷壁となった津波が荒れ狂う海を完全に塞ぎ止めていた。
空を覆うほど巨大な氷壁を見上げ、私――光莉は呆然と息を呑む。
「……これを、蒼太くん一人で……」
その言葉を聞きながら、蒼太くんは砂浜に座り込み、肩を激しく上下させていた。
「はぁ……はぁっ……」
おそらく、自力で立ち上がる力すら残っていない。
そんな蒼太くんの隣へ、私は優しくしゃがみ込んだ。
「蒼太くん」
蒼太くんはゆっくりと重い顔を上げる。
「みんな……すみません……」
「蒼太くん、何も謝る必要なんてないんだよ」
「……はい」
私は穏やかな笑みを浮かべた。
「防災対策課に、戻ろっか」
「……はい」
私と一緒に立ち上がった蒼太くんは、静まり返った海面をもう一度だけじっと見つめた。
そして私は通信機を取り出し、防災対策課へ連絡を入れる。
「こちらも邪神体二体、撃破しました。途中で巨大な津波が発生しましたが、蒼太くんが能力を使い、完全に凍結させて止めてくれました」
『こちら、了解しました』
二人はそのまま車に乗り込み、防災対策課へと向かった。
***
小学校の校庭は、すっかり静けさを取り戻していた。
不気味な霧は晴れ、吹き荒れていた激しい風も収まっている。
月影さんは校庭の隅々まで注意深く視線を走らせた。
「敵の反応はない」
「これで……倒せたんですかね」
「撃破を確認した。防災対策課に戻るぞ」
「はい!」
私たちは校門を出て、防災対策課へ向かって歩き出した。
***
防災対策課の建物に到着すると、私――碧羽は月影さんと一緒に会議室へ向かった。
扉を開ける。
中には、風宮さんと花江さんがすでに席に着いていた。
私は会議室を見回す。
(……あれ?)
そこにいるはずの二人の姿が、どこにも見当たらない。
「風宮さん、花江さん。橙真と蒼太はどうしたんですか?」
「日向は現在、医務室で緊急治療を受けている」
「蒼太くんも今は大事をとって、医務室で休んでもらっているよ。もちろん、二人とも命に別状はないからね」
「……それなら、よかったです」
私は心底ホッとし、胸を撫で下ろした。
風宮さんは手元の資料を机の上へ置いた。
「では、本日の戦闘報告を始める」
「小学校では邪神体二体を撃破。周辺住民および施設への被害はありません」
「海岸でも邪神体二体を撃破しました。途中で巨大な津波が発生しましたが、蒼太くんが完全に凍結させたため、市街地への被害はありません」
「河川敷では邪神体二体を撃破した。ただし、土砂崩れと大規模な火災が発生。現在も消防による消火活動が続いている」
淡々と読み上げられる報告内容。
だが、その内容は決して軽いものではなかった。
報告が終わると、会議室全体が重苦しい静けさに包まれた。
風宮さんは、ゆっくりと場にいる全員を見渡す。
「あの日以来、邪神体の発生数は確実に増えてきている――」
誰も言葉を返せない。
重く張り詰めた空気が、部屋を包み込む。
「今日はこれで終了だ。風間、今日はもう帰って、しっかり休め」
「はい。わかりました。失礼します」
***
私は席を立った。
廊下へ出ると、一度だけ奥にある医務室の方向へ視線を向ける。
(橙真……蒼太……大丈夫だよね)
心配な気持ちを抱えたまま出口へ向かって歩いていると、後ろから、パタパタと足音が聞こえてきた。
「碧羽さん!」
「え、花江さん。どうしたんですか?」
「さっきの重苦しい空気の中だと、言いづらかったんだけどね……碧羽さん、眼鏡をかけるようになったんだね」
「そうなんですよ。最近、以前よりも周りが見えづらくなってきていて」
「そうなんだ……もしかしたら、それが碧羽さんの能力の代償かもしれないね」
「能力の代償ですか?」
「うん。能力を使ったときに身体へかかる負担が、少しずつ表に出てきているのかもしれないね」
私は眼鏡のフレームにそっと触れた。
「……そうなんですかね」
今まで、ただ視力が悪くなっただけだと思っていた。
けれど、もしこれが能力の代償なのだとしたら――。
もしかしたら、いつかは……。
胸の奥に、小さな不安が芽生える。
「それと、蒼太くんは大事をとって、今日はここで一晩、様子を見ることになったから」
「そうなんですね。じゃあ、橙真は?」
「それは、橙真くんの回復力次第かな。でもね、二人とも命に別状があるわけじゃないから、安心してね」
「そうなんですね。分かりました。橙真と蒼太のこと、よろしくお願いします」
「うん、任せて! 碧羽さん、今日は気をつけて帰ってね」
「はい! それでは失礼します」
私は深く一礼し、静かに防災対策課を後にした――。




