45話 撤収完了
地下通路の奥から、複数の慌ただしい足音が響き渡る。
風宮さんのすぐ後ろから、蒼太と碧羽も必死に駆けてきていた。
焼き焦げた匂いが充満する地下施設へ足を踏み入れた三人は、目の前に広がる光景に思わず言葉を失い、足を止めた。
床一面に深く残る黒い焦げ跡と、ゆらゆらと立ち上る白い煙。
事故現場のように静まり返る空間に、あんなにいた邪神体の姿は、一体も残っていなかった。
「……なんだこれ」
蒼太が呆然とした様子で思わず呟く。
碧羽も信じられないといった様子で周囲を見回しながら、大きく息を呑んだ。
「ここで……一体何があったの?」
***
その凄惨な空間の先には、咲に身体を必死に支えられている俺の姿があった。
風宮さんはすぐに大股で俺たちの元へ歩み寄ってくる。
「無事か」
俺はかすかに小さく頷いてみせた。
「はい、なんとか無事です」
短くそれだけを返した。
蒼太も慌てて駆け寄ってきたが、その途中で俺の口元にある赤い痕跡に気づき、ピタリと視線を止める。
「お前、その血!」
俺は口元を服の袖でさりげなく拭った。
「大丈夫、大丈夫」
その一言だけを静かに返す。
蒼太はとても納得がいかないといった険しい表情を浮かべたが、それ以上は追及せず何も言わなかった。
***
風宮さんは地下施設全体をゆっくりと重厚な眼差しで見渡す。
黒く焼け焦げた壁に、派手に崩れ落ちた瓦礫。
そして、静まり返った不気味な空間。
数秒ほど思考を巡らせた後、静かに口を開いた。
「お前たち四人は先に上に上がり、光莉と合流しろ」
俺たちは風宮さんへ視線を向けた。
「この施設の詳細な確認は、俺が行う」
「分かりました」
風宮さんは俺の隣に立つ咲にも温かい目を向けた。
「君も一緒に地上へ向かってくれ」
「はい!」
咲はハキハキと静かに返事をした。
蒼太が俺のすぐ隣へ歩み寄り、肩を貸そうと手を伸ばしてくる。
「咲、俺代わるぜ」
「蒼太先輩、ありがとうございます!」
「橙真、自力で歩けるか?」
俺は苦笑いを浮かべながら、軽く首を振った。
「そのくらいなら平気だって」
「おいおい、無理すんなよ」
碧羽も本当に心配そうな眼差しで俺を見つめてくる。
「本当に大丈夫?」
「ああ、大丈夫」
俺は短く答え、地上へ向かって一歩前へ踏み出した。
咲もその隣を寄り添うように歩き始める。
俺たち四人は暗く長い地下通路をゆっくりと歩き、地上へと続く階段に向かっていった。
***
去っていく日向たちの背中を静かに見送り、俺は一人、地下施設の奥深くへ視線を向けた。
「月影、そこにいるんだろ」
闇の中から、静かな足音が聞こえてくる。
「ああ。それで、どうした」
「この地下施設内の徹底的な調査だが、お前の課に任せたい。いいか?」
「了解した。この情報通信管理室室長、月影旭陽がこの場の解析を引き受けよう」
「任せたぞ、俺は一旦上に戻る」
「わかりました」
***
石造りの重い階段を上がり切ると、温かな夕暮れのオレンジ色の光が俺たち四人を優しく包み込んだ。
教会の広大な敷地内は、静まり返っている。
そこには信者たちの姿はすでに無く、待機していた花江さんが立っていた。
「みなさん、お疲れ様です。橙真くんに言われた通り、信者の方々は安全に避難させておきましたよ」
「花江さん、ありがとうございます」
しばらくすると、地下施設から風宮さんも上がってきた。
俺たちの前まで歩いてくると、全員の顔を順番に見回した。
「施設内の確認は引き続き行うが、今日の調査はここまでだ」
蒼太が手を挙げて尋ねる。
「何か分かりましたか?」
風宮さんは静かに首を横へ振った。
「詳しい解析は明日からだ。俺たちは報告を優先する」
そう言うと、風宮さんは全員へ鋭い視線を向けた。
「今回の作戦報告は明日、防災対策課の会議室で行う。今日は各自帰宅してしっかり休め」
「「「了解しました」」」
***
俺たちはそれぞれ頷き、不気味な教会を後にした。
教会から静かな住宅街へと向かう道は、休日の夕方ということもあって、平日より静かな空気が流れていた。
そして、いつもの住宅街の分かれ道にたどり着いた時。
「俺、こっちだから。じゃ、また月曜日な!」
「おう、また月曜日な」
蒼太が手を振って去っていく。そして、
「私もこっちだから。気をつけてね」
「じゃあな、碧羽」
碧羽も坂道を下っていった。
***
残されたのは、俺と咲の二人だけになった。
並んでしばらく静かに歩いた後、咲がふっと口を開いた。
「橙真先輩……今日は、私を頼ってくれて本当に嬉しかったです」
俺はそれを見て、口元を小さく緩めて笑う。
「こっちこそ、咲が来てくれて本当に助かったよ」
咲も心底嬉しそうな愛らしい笑みを浮かべた。
「橙真先輩の役に立てたのなら、私すごく幸せです!」
「そう言ってありがとうな、咲」
「はい!」
「それじゃあ、また月曜日学校でな」
「はい!」
咲は軽く一礼すると、自分の家へ続く道を軽やかな足取りで歩き始めた。
俺はその小さくなっていく後ろ姿を、静かに見送った。
***
今回、あの教会の地下で一体何が起きたのか――その恐ろしい真実を知る者は、まだほとんどいなかった。
だが確実に、大きな運命の歯車が動き始めようとしていた。
その真実のすべてが明らかになるのは、まだもう少し先のことだった。




