↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/125

44話 天使登場

 広大な地下施設にはもう、邪神体の姿は一体も残っていなかった。


 激しい炎によって焼け焦げた床の中央で、橙真先輩はただ静かに立ち尽くしていた。


 橙真先輩の瞳は、何もない空間をじっと見つめたまま、微動だにしない。


 私――咲は胸の鼓動を抑えながら、恐る恐る橙真先輩のそばへ歩み寄った。


「橙真先輩、大丈夫ですか?」


 返事は返ってこない。


 私はもう一度、小さく声をかけた。


「橙真先輩、もう邪神体はいなくなりましたよ」


 その言葉が届いた――その瞬間だった。


 橙真先輩の全身を包んでいた激しい炎が、少しずつ揺らぎ始める。


 腕から、肩から、胸から。

 そして、全身へ。


 紅蓮の炎は静かに勢いを失い、やがて完全に消え去った。


 そして、外していたイヤホンを再び耳へ装着した、その瞬間。


 カチッ――。


 小さな音が、辺りに響いた。


***


 ガクッ――!


 炎が消えた途端、俺――橙真はその場に膝をついた。


「橙真先輩!!」


 咲が慌てて駆け寄り、倒れそうになる俺の身体を必死に支えてくれた。


 俺は胸の奥を激しく突き上げる不快感に襲われ、激しく咳き込む。


「ゴホッ……! ゲホッ……!」


 口元から血が一滴、ポタリとこぼれ、焦げた床へ落ちる。


「橙真先輩! 大丈夫ですか!!」


 俺は荒い息を何度も繰り返しながら、小さく頷いた。


「……ああ、なんとか……な」


 掠れた弱々しい声しか出ない。


 咲は俺の顔を間近で見つめ、ハッと息を呑んだ。


 俺の黒髪の中に、先ほどまでは存在しなかった白髪が数本も、不自然に混じっていたのだ。


「……橙真先輩、その髪……」


 俺はゆっくりと自分の前髪に触れた。


 指先から伝わる感覚で、自分の髪に白髪が増えていることに気づく。


 だが、俺は何も答えることができなかった。


 ドン――!!


 その時だった。


 地下施設の深い奥から、地響きのような重い振動が響き渡った。


 続けて、もう一度。


 ドン……ドン……!!


 咲の表情が一瞬で凍りつく。


「まだ……いたんだ……!」


 暗闇の奥から、ゆらりと巨大な姿が現れた。


 その姿は、先ほどまでの邪神体よりも一回り――いや、二回り以上も大きい。


 放たれる禍々しい気配だけで、周囲の空気が重く震えている。


 俺は歯を食いしばり、ゆっくりと立ち上がろうとした。


 しかし、身体に思うように力が入らない。


「くっ……そ……!」


 巨大な邪神体が、巨大な腕を振り上げた。


 その標的は、俺と咲だった。


 ――その瞬間。


 地下施設全体を、純白の光が激しく照らし出した。


 まるで天井を突き抜けるように、一筋の光が舞い降りる。


 舞い散る光の粒子の中から、一人の人物が静かに姿を現した。


 純白の翼。

 白銀の装束。

 淡い金色の髪。


 そして、その手には身の丈ほどもある大剣が握られていた。


 その人物は、俺と咲の前へ静かに降り立つ。


 振り下ろされた邪神体の巨腕を受け流し、その巨体を投げ飛ばした。


 黄金色の瞳が、巨大な邪神体を真っ直ぐに見据える。


 純白の翼を持つその人物は、一歩前へ出た。


 巨大な邪神体は低いうなり声を上げる。


 禍々しい腕を振り上げ、一直線に襲いかかってきた。


 しかし、その人物は微動だにしない。


 静かに大剣を構える。


 次の瞬間――白銀の刃が閃いた。


 ――閃っ!!


 たった一太刀。


 それだけで、巨大な邪神体が静止する。


 数秒後、その巨体がゆっくりと上下にずれ、黒い霧となって崩れ去っていった。


***


 地下施設に静寂が戻る。


 咲は目を見開いたまま、その人物を見つめている。


「……」


 俺も口元の血を拭いながら、その姿を見据えていた。


 純白の翼を持つ人物は、ゆっくりと振り返る。


 黄金色の瞳が、まず俺を見つめた。


 そして、視線を横へ滑らせる。


 その隣に立つ咲へ。


「……」


 その瞬間、わずかに動きが止まった。


 咲は突然見つめられ、戸惑ったように小さく頭を下げる。


「あ、あの……」


 純白の翼を持つ人物は何も答えない。


 数秒の静寂。


 やがて、静かに視線を俺へ戻した。


「お前、その様子は……無茶をしたな」


 穏やかな声が地下施設に響く。


 俺はゆっくりと立ち上がった。


「助けていただき、ありがとうございました」


 純白の翼を持つ人物は、小さく頷く。


「今回は、たまたま……間に合っただけだ」


 咲は恐る恐る尋ねる。


「あなたは……一体誰ですか?」

「今は名乗る時ではない。ただ、これだけは言える」


 その人物は、一度だけ地下施設を見渡した。


「私は――世界の均衡を見守る天使だ」


 その言葉には、不思議な重みがあった。


 天使は再び俺を見る。


「その力は……使うたびに、お前自身を蝕んでいる」

「そんなこと、分かってる。それでも、守りたいものがあるんだよ」


 俺は咲をチラッと見て、天使へ視線を戻した。


 天使はその返答を聞き、静かに目を閉じた。


「そうか。ならば、止めるつもりはない。だが……代償を忘れるな」


***


 その時だった。


 階段の方から、複数の足音が響いてくる。


 蒼太たちが地下へ到着したのだ。


 天使はその気配に気づき、小さく息をついた。


「迎えが来たようだ」


 咲は思わず一歩前へ出る。


「待ってください! また……会えますか?」


 天使は咲を見つめる。


 先ほどと同じように、間が生まれた。


 そして――小さく笑みを浮かべた。


「縁があれば、また会う日も来るだろう」


 そう言い残すと、純白の翼がゆっくりと広がった。


 白い光が地下施設を包み込む。


 次の瞬間、その姿は白い光の中へ消えていった。


 静寂だけが、その場に残った。


 俺は天使が立っていた場所を見つめ続ける。


 やがて、地下通路の向こうから蒼太たちの声が響いた。


「橙真!」

「咲!」


 俺と咲は、声の方へ振り返った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。